カミングアウト 中編
アマンダ……本当は『アマデウス』であるが、便宜上アマンダに統一しておく。
彼というか彼女というか、アマンダ曰く、そこそこいい家柄の嫡男として生まれ育った。そこそこいい家柄なので、いわゆる『側近』という者たちがいたのであるが。
その側近の一人である護衛騎士に、いつしかフォーリン♡ラブしていたのであったそうだ。
「そんなにいいお家柄なら、女性も沢山寄って来たでしょうに……やはり女性にはそういう気持ちが持てないのですか?」
セレスティーヌはピンチョスのエビを、はむはむと食みながら聞く。
全くもって行儀がいいとは言えないが、楽しく食事をしたいというアマンダの意向である。
「女性に限らずなのだけど、近づいて来る奴はみんな下心が見え見えなのよねぇ……アタシの肩書しか興味がないのかと思うとやるせなくてね。まあ、いい家に生まれていい思いもさせて貰っているのだろうから、その辺はある程度仕方ないんだろうけど……」
アマンダは先ほどの鯖サンドにカプレーゼを挟み込むと、大きな口で齧り付いた。
「それにしても、女性は凄いのよね。勢いも凄ければ陰での蹴落とし合いの苛烈さも半端なくて……小さい頃から婚約者候補とかいって沢山群がって来るんだけど。もう、ギラギラし過ぎてて恐怖なのよ!」
アマンダは顔を青くして泣きそうな声で小さく叫ぶ。かなりの恐怖体験があったのであろう。
……何があったのかは知らないし想像もつかないが。
「…………。それはご愁傷様です」
実際世の中にはそんな女性ばかりでもない訳なのだが。
まあ、それは今更言わずとも、アマンダも充分に承知しているであろう。
しかし現実に、優良物件(?)であるアマンダの周りには、向上心と野心バリバリで、家の意向もガッチリと言い聞かされた隙のない高位令嬢達が、手ぐすねを引いて迫ってきていた(?)のであろうと思う。
貴族、特に高位になれば高位になる程、家と家の懸け橋になるべく何某の意向を強く感じる婚約や結婚が結ばれることとなりがちだ。
婚姻は立場によっては政治そのものである。
婚姻で結びつきを強くすることも、また血を繋ぐことも、男女ともに貴族の役目といえばそうなのであるが。
とはいえ愛情とまでは行かなくても、同士としても手を取り合えないような間柄にしかなりえないような関係なのだとしたら、なかなかに辛い現実なのであろう。
様々な思惑があるとはいえ、一生を共にするだろう伴侶と心を通わせることの出来る関係性を築きたいというのは、人間として極当たり前の感情であろうと理解もした。
「まぁ、そんな状態だったから。男性にしても女性にしても、心を許し合える友人って凄い貴重なのよね」
「そうでしょうね」
衆目に晒される立場(多分)であったアマンダにとって、下心のない、本心から心を許し合える友人は本当に貴重で大切な存在だったのだろう。
「彼は、小さい頃から本当に優しい人だったの。心からの言葉をかけられる度、一緒に何かをする度に、どんどん心が傾いて行って。真面目で誠実で一生懸命な姿を見る程に、友情からいつしか、もっと強い愛情を感じることになったの……」
「うおぅ」
手を組んでキラキラと瞳を輝かせる厳つい青年の姿(女装中)に、思わず変な声が漏れ出た。
「彼とは年も近くて。本当に小さな頃から様々な事々を一緒に乗り越えて過ごしてきたわ」
ご学友兼側近兼幼馴染、というヤツなのであろうか。
懐かしみながらも酷く辛そうな様子のアマンダを見ながら、セレスティーヌは自分に問いかけた。
(側近……)
そこそこというよりも高位も高位というか。
同じ貴族とはいえ、その出自には天と地ほどの差がありそうである。
王家に連なるとか、公爵家の、などと正体を聞くと恐怖以外の何ものでもなさそうなことが予想出来るので、セレスティーヌそのことには触れないで、そっとしておくことにした。
そして。もしかしなくても。
(これはやっぱり、衆道的な……?)
仮に女性の側近なのだとしたら、普通に男女として接すればよいであろう。
もしもアマンダが女性の心を持っていたとして、女性の格好をしなくてはならない程に切羽詰まっているのなら、これまた若干変わって来るのだが。
好きな人のために女装をしているということなので、お相手は普通に考えて男性なのだろうと思う。『彼』と言っているし。
よしんば男装の麗人だというにしても、男女なら対外的には問題にならない(……と思う)ハズ。男性が女装で、女性が男装でというややこしさはあるものの、ここまで切なく想いつめているのであれば、アマンダが女性の姿になりたいにしても我慢をするのではないかと思える訳で。
……それに、美しい女性が男性っぽい格好をするのと、ゴツい男性が女性の格好をするのとでは、こう、やっていることは同じでも破壊力の度合いが違い過ぎると思うのだ。
「それまでも男性に好意を……愛情を持たれたことはあったのですか?」
その、恋愛的な意味で。
視線に疑問を乗せて問いかける。
「ううん」
アマンダは切ない顔で首を振り、金色の縦ロールの髪を揺らした。
女性にはと口にしかけ、多分ないのだろうと思い直して聞くのを止める。
「彼は武家の家門だから、アタシを守る騎士になるんだって言って。彼は小さい頃から武術に励んでいたわ……」
ウルウルと潤んだ瞳のアマンダを見上げてから、逞しい腕と分厚い胸板を見る。
意中のご学友兼側近兼幼馴染氏と少しでも一緒にいたくて、懸命に訓練をした結果、このような肉体美を獲得してしまったのだそうである。
本人曰く、筋肉がつき易い体質なのだそうだ。
太くて大きい手指は、本気で力を入れたならセレスティーヌの腕など一握りで砕いてしまうであろう。
(……うーん、何から守るのかしら……?)
出会い頭の様子からいっても、アマンダを害せる人間は早々いないと思うのだが。
片手で振り回された挙句、無残にも道端に放り投げられた悪漢(中肉中背の成人男性)を思い起こして、思わず首を捻った。
とはいえ、高貴な立場であれば様々に配慮が必要なのだろうと勝手に結論付ける。