1 大きなオネエ様は好きですか?
新連載始めました。
どうぞよろしくお願いいたします!
「ちょっとちょっとちょっとっ! あんた、アタシの連れにナニしようっていうのよ?」
そう大きな声で威圧すると、大きな……セレスティーヌの頭ふたつ分、いや、もしかしたら三つ分位は差があろうかという上背の大女が、セレスティーヌに絡む男に掴みかかった。
大きな手を思わず、視線が追う。
握られた肩が、鈍くミシリ、と音がしたのは気のせいか。
「べ、別に……! ちょっと声を掛けただけでっ!」
「嘘こいてんじゃないわよ! 嫌がってるのに離さないで引っ張ってたでしょう!?」
「ひ、ひぃぃぃ……っ!」
いきなり現れた女の格好をした大男に肩を握り締められ、男は酷く驚く。痛いと言って腕を振り払おうとしたが、余計に強く掴まれる羽目になった。
そして、平均身長はあろうかという成人男性が持ち上げられ締め上げられ、足をバタバタとさせている。
(…………。じょ、女性?)
セレスティーヌは、目の前で決して小さくはない男を持ち上げてブン回そうかという勢いの女性の格好をした人間を、ぽかんと口を開けて見上げていた。
金色の巻き毛にピンク色のドレスのそのご令嬢。……ご令嬢?
ムキムキとまでは言わないものの、良く鍛え上げられた(ように見える)太い上腕二頭筋が、ドレスを今にも突き破りそうな程にパンプアップされている。
……胸も。脂肪のついたまろみのある柔らかなそれではなく、固く発達した胸筋というか胸板というか……そんな、なんか違うカンジのそれが薄いドレスを押し上げ、ピキピキと布を引き千切らんとしていた。
「あ、あの? 死んじゃうとマズいんで、その辺で……」
ぎゃいぎゃいと騒ぐふたりに、セレスティーヌはおずおずと声をかける。
道を急いでいるところを見知らぬ男性に声を掛けられ、一緒に来いと腕を掴まれて抵抗していたのだったが、なかなか離してくれずに困っていたのだった。
周りも面倒事は沢山だと、見て見ぬふり。遠巻きに横目で様子を見遣りながら、皆早足で通り過ぎて行く。
貴族なのか金持ちの放蕩息子なのかはわからないが、なんだか身なりは良いものの関わらない方がよさそうな男に絡まれて困っているところを、見るに見かねたその人が引きはがしてくれたのであった。
「純情そうな女の子を強引に連れて行こうと思うなんて、今度やったらただじゃおかないんだからね!?」
ぶおん。
低い音をたてながら、放蕩息子(暫定)を放り投げた。
哀れ、ぺしゃりと道端に放り投げられた男は、ぎゃ、と潰れたような声を出したかと思うと、後ずさりながら急いで逃げ出す。
「お、覚えてろよ!」
「あ~あ。それ、ゴロツキの捨てゼリフじゃないのよ」
大女(暫定)は逃げて行く男を見遣りながら鼻を鳴らした。
「……あのぅ。助けていただいてありがとうございます」
セレスティーヌは男なのか女なのか判らない――どう頑張っても、女の格好をした男にしか見えないのだが――人物に頭を下げた。
勿論連れなどではない。
正真正銘、見たことも聞いたこともない、全くの初対面な御仁である。変な輩に絡まれていたセレスティーヌを見るにみかねて助けてくれたのであろう。
すると、自分の遥か下に位置するあどけない表情のセレスティーヌを見、正体不明の御仁は腕組みをした。
「アンタも。ダメよ、ボーーーーッとして歩いてちゃ!」
「はい。申し訳ございません」
大女か大男かな人物が、呆れたように忠告する。ごもっとも以外の何物でもない。
セレスティーヌは確かに、と思いつつ……そう殊勝に答えては再び頭を下げた。
大柄な人物は小さくため息をついてセレスティーヌの格好と大きなカバンを見遣る。
簡素なワンピースを着ているが、よくよく見れば仕立てと布は上等であった。
化粧っ気もなく髪も簡単にまとめただけという姿だが、良家のお嬢様か貴族の令嬢なのであろうとアタリをつける。
(はて、しかし)
そんな身分の娘が何故供もつけずに、ひとり大きなカバンをぶら下げて歩いているのか。
このまま放り出したなら、すぐさま同じような男に声をかけられるに違いないと簡単に予想出来てしまうことに再びため息をついた。
(乗り掛かった舟よねぇ……まあ、別に急ぐ訳でもないし)
男のような女のような人物は、己の『ちんまい、可愛らしいもの・可哀相なものを放って置けない性分』に苦々しく心の中で呪詛を吐いたのであった。
******
夏らしい、白い雲と青い空のコンストラストが目に染みる。
日が昇ると同時に家を飛び出して来たセレスティーヌは、早足で自分の住む街と幾つかの賑やかな街を抜けてほっとため息をついた。ここまで来ればちょっとは安心してよいであろう。
再び空を見上げれば、太陽がもう間もなく頂上に昇ろうとしているではないか。
普段は馬車で移動する道。慣れない道を女性の足で歩くとして、隣の領地へはどのくらいかかるのだろうか。
街のハズレには、畑や山、川などの落ち着いた景色が広がっているが、全然全く楽しめない。
朝は静かだった蝉の声が、ひっきりなしに響いていた。セレスティーヌはハンカチで汗を拭うと、再び小さくため息をついた。
(ため息なんかついても、どうにもならないわ)
自分に言い聞かせるかのように心の中で呟いては、誰にともなく小さく頷く。
夏は日が長い。
日が暮れるまでに家門の誰にもみつからない場所を目指すなら、乗合馬車にでも乗った方がよいのだろう。だが、宿代に当座の生活費とが重くのしかかる。
……辿り着いた先ですぐさま職にありつけるかも判らないのだ。手元の金はなるべく減らしたくないのが人情というもの。
(とりあえず、フォルトゥナ方面を目指すのが早いのかしら……)
街道の遥か先をみつめては、どうしたものかと首を傾げた。
ここエストラヴィーユ王国には、各地方に大きな領地が幾つかある。
王都イースタンのある王家直轄地、そして六つの大領地。
勿論その合間に小さな領地も点在する訳ではあるが、王国は大きく分けてそんな七つの地方に分かれていた。
王家直轄地・オステン領は国の中央の、やや南側に位置している。
フォルトゥナは比較的直轄地にほど近い場所にあり、その直轄地の北側――国の中央部から西部にかけて位置している土地だ。
直轄地の南に位置するディバイン地方も気になるが、海を結んだ諸外国との玄関口であるディバインは、先進的でおしゃれな領地として有名である。家と父の仕事の手伝いばかりして、地味なセレスティーヌには少々荷が重い気がして、各領地との通り道であるため、程よく発展した領地でありながら、山あり川あり畑ありなフォルトゥナの方が気負いが少ないように思えたのであった。
それに、幸運の女神にちなんだ名前の土地は、何だか幸先が良さそうだというのも選んだ理由の一つである。
よし、と思い進路を北――フォルトゥナ領方面――に据え、うろ覚えの地図を思い起こしながら王都の道を急いだ。主要な街へは街道が通っており、人や馬車の流れもそれなりにある。万一違った領地へ着いたとして、決まった約束や訪問先がある訳ではなし、それはそれである。
王都とはいえ広いのは当たり前で、端から端に移動するとすればかなりの時間を要するであろう。徒歩であれば尚更だ。
無理は禁物であるが、屋敷の人間に追い付かれては全てが無駄になってしまう。
きっともう、屋敷を抜け出したことはバレてしまったであろう。
(それとも、昨日の今日だからと気遣ってそっとしておこうと、まだ誰も部屋に訪れていないかもしれないわね……)
朝から歩き通しで疲れた身体にムチ打って賑やかな一画を抜けようとした時。
見知らぬ男に声をかけられた。
……道を尋ねられるのかと思って立ち止まれば、ニヤニヤしながら手首を掴まれて思わず眉を顰めた。放してくれるよう頼んだが聞いてくれる筈もなく、大声を出そうかと思った時に颯爽と現れたのだ。
マントではなくピンク色のドレスを翻した、金髪縦ロールでド派手なお化粧の、ガタイのとてもイイ、お姉さんかお兄さんかわからないその人が。
お読みいただきましてありがとうございました。
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