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011 メグリ

 


 ご馳走を心ゆくまで堪能した私に、彼も満足そうだった。


 ーー美味しかった?――


 ーーええ、とっても。こんなご馳走、初めてだったよーー


 ーーそれはね、僕たちが生まれた場所で活動してるんだ。この体になるまでは手強かったんだけど、今では貴重な食糧になってるーー


 私にとっての蜘蛛なんだな、そう思った。


 ーー兄弟もたくさんいたんだけど、みんな狩られちゃってね。飛べるようになってからずっと、どこかに仲間がいないか探してたんだ。

 そして今日、君に会えたーー


 彼の言葉に、私の胸は熱くなった。

 私も同じだよ。

 言葉にすると泣いてしまいそうだから、私は彼を見つめてうなずいた。


 ーーあなた、名前は?――


 私の問いに、彼は小さく首をかしげた。


 ーー名前……名前って何だろうーー


 ーーあなたの名前。あなたのことを何て呼べばいいのかって思ってーー


 ーーごめん……よく分からないーー


 そうか。今のこの世界、私たちにとって、個人が名前を持つという概念自体が存在しないんだ。

 こうして私たちが出会えたのは、奇跡に近いことなんだろう。

 ほとんどの同胞は、死ぬまで一人なんだ。

 そう思うと、少し寂しい気持ちになった。


 私は微笑み、空を指差した。


 ーーあれは月――


 ーー月……――


 両手で水をすくう。


 ーーこれは水。私たちにとって、なくてはならない物――


 ーー水……そう呼ぶんだね、それのことをーー


 ーーそして私はミサキ。ミサキよーー


 ーーミサキ……それが君の名前、なんだねーー


 ーーそう! ミサキよ! 嬉しい、初めて人から名前で呼んでもらえた! ねえお願い、もっと呼んで!――


 ーーミサキ……ミサキ、ミサキーー


 ーーそう、私はミサキ! 嬉しい! 名前を呼んでもらうのが、こんなに嬉しいだなんて! どう言ったらいいんだろう、一人じゃないんだって思える!ーー


 涙がこぼれそうだった。

 そんな私を見て、彼は少し動揺しながらこう言った。


 ーー僕には……名前がない。誰と話すこともなかったし、考えたこともなかった。でもミサキを見てたら、少し羨ましいって思うよーー


 ーーじゃあ、私がつけてあげるーー


 ーー僕に名前……いいの?――


 ーーだってその方が、私も呼びやすいし。それに嬉しいーー


 ーーミサキが喜んでくれるなら……僕も嬉しいーー


 ーーじゃあ――


 私は目をつむり、考えた。

 前の世界でも、人に名前をつけたことなんてない。

 名は体を表す、なんて諺があるくらいなんだから、適当につけていいものじゃない。

 この世界で初めて出会った仲間。

 私を信頼し、好意を向けてくれる人。

 そう思った時、頭の中にひとつの名前が浮かんだ。


 ーーメグリ……メグリってどうかな?――


 ーーメグリ……――


 ーー私にとって、仲間になる筈だった人の名前。残念ながら、付けることが叶わなかった名前――


 ーーそんな大切な名前、もらっていいのかい?――


 ーーええ。だってあなたはもう、大切な仲間なんだから!――


 私がそう言うと、彼は嬉しそうに微笑み、うなずいた。


 ーーありがとうミサキ。じゃあ僕は、メグリになるよーー


 ーーこれからよろしくね、メグリーー


 ーー僕の方こそよろしく。ミサキに会えて、本当によかった――





 私たちは手を取り合い、歌った。

 共に笑い、涙を浮かべ。

 初めて出来た絆に感謝した。


 弟か妹が出来たら付ける筈だった名前、メグリ。

 この日この時。この出会いの為にあったんだ。

 そう思うと嬉しかった。

 前世からの絆がようやく結ばれた、そんな気がした。




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