第1話 プロローグ
「うむ、うごけない、こまった」
『お主が悪いんじゃぞ。落ちているマグロ缶につられよって』
「す、すまん」
ここは大陸随一の国土を誇る、ベテルギウス王国、王都ディリカ・リリージュである。街全体が堅牢な石の砦に取り囲まれた大規模な城塞都市である。
城の地下、牢屋の中でミリアは布団でスマキにされていた。不老不死の妙薬の材料としてミリアは捕まってしまったのだ。さきほどから爆発音が鳴り響いている。それも尋常ないぐらいの大きな音。全てを粉々にするような。そして、ミリアの前に彼が現れた。
「ミリア、助けにきたよ。ここへ来るまでに素敵な教会を見つけたんだ。前に君は僕に言ったよね。勇者とネコミミ族は、種族が異なる理由で結婚は許されないって。勇者の僕の名誉を守るためにできないって。そんなことはないんだ。勇者教会総本山を吹きとばし、いや、話し会った結果、ネコミミ族は例外として認めてくれたんだ。さっき予約を申し込んだところだ。さぁ、僕と結婚しよう」
自分を気遣うように囁きかけた青年の姿にミリアはごくりと息を飲んだ。きんぱつ、イケメン、やろう、しね? それで、このヒト、だれ? と見知らぬ男に声をかけられたことでミリアは混乱しているようだ。
「今までどこに行っていたんだい、知り合いに君を頼んでいたがいなくなったと聞いて本当に心配したんだ、でも、この国に君が捕まっていると噂を聞いて助けにきたよ。この国は本当に許せないな、僕の花嫁を拐うなんて、しかも、生贄にしようとするなんて、これは、もう、あれだね、消すしかないね」
金色の髪の下から覗く彼の瞳は惹きつけられるようなプラチナのアクアマリン、澄んだ青だった、その瞳でミリアを優しく見つめているが、怖いことを言っている。
「でも無事でよかったよ」
「こまった、わからない」
さっきまで、布団から這い出ようと必死なミリアだったが、この青年のことを必死に思い出そうとしてる。だけど、分からない。
どこかで見たことがある。
でも考えても分からない。
ミリアの頭についているネコミミがしゅんとうなだれてしまった。
「うむ、わからない、あきらめる」
3秒ほど考えてみたが、ミリアはとうとうあきらめてしまったらしい。
「う、でれない、ふとん、とって」
それよりも布団から解放されたい、自由がほしい、ふとん取って! 欲望に忠実なミリア、これこそが、猫道である。
だが、ミリアの嘆願を無視して青年は話し続ける。
「それでだ、君のために似合うドレスも、これも捨てがたい、あああっ、どれがいいかな、実に迷うところだ、君にはどれが似合うんだろう」
「ゆうしあ?」
ミリアは側に落ちている。本に話しかけた。
『勇者とはのう、魔物を退治する職業のことじゃ、この男はさらに勇者を超えた存在、真の勇者じゃ。もう人間ではない、精霊神より不老不死を授けられておるからのう。難しく言うとお主の頭では分からんじゃろうからな、簡単にいうと、とにかくすごいんじゃ』
「うむ、そか、ねこみみ、なにぃ?」
『ネコミミ族とはのう、お主のことらしいぞ。お主にはネコミミと尻尾がついておるからのう。簡単にいうと猫耳少女じゃ』
「うむ、そか、それで、こいつ、だれ?」
『お主は死ぬたびにアホになってしまうからのう、ここに連れて来られるまでに、何度か死んでもうたからのう。とうとう記憶になくなってしもうたかもしれん。そうじゃ、これなら思い出すじゃろ。ぎゅーどんじゃ、ぎゅーどんの男じゃ~』
「えっ、ぎゅーどん? あああっ!!」
だんだん思い出してきた。自分は彼を待っていた。帰ってくるのをひたすら待っていた。お腹をすかせながら……
だから、さっさと、ぎゅうどん、くわせろ!!
ベテルギウス王国が滅亡した日――
魔物たちの大規模な群れが発生し、さらにアグリウス帝国、神楽の国、二つの国による総攻撃があったという。
猫神教という宗教団体、おまけにS級モンスターであるフェンリル、グリーンドラゴンまでもが加勢した。また、1個師団を壊滅させた、赤い歩くネギまで現れたそうだ。そして、真の勇者に目覚めた勇者までもが現れたのだ。
ネコミミ族に滅ぼされたベテルギウス王国。
古文書には、そう書かれている。
天罰かそれとも……その理由をしる者はいない。