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勘定合ってヒモ足らず。1

「苺子お嬢様、可愛いなあ。いや、本当に可愛いです!」


「う、うう、嘘おっしゃい! こんなの可愛いわけないじゃない、樟陽!」


「やだなあ。俺を信用して下さいよ。苺子お嬢様」


「ほ、ほほ、本当にこれで大丈夫なんでしょうね?」


「うん。可愛いです」


 樟陽がしまりのない顔で何度も私を褒めまくる。

 そんな人並み外れた美貌で、可愛い可愛いと言われても、全く褒められている気がしない。


 そうでなくても、アレだ――。


「いや、待って! ……やっぱり、無理よ、無理。いくらなんでも無理があるわ。だって……」


「どうして? 似合ってますよ、そのセーラー服」


「だからっ、それが、無理だって!」


 どこから手に入れてきたのかわからないが、今朝樟陽が私にと持ってきたものは、なんと華族学院高等部の女子制服だった。


 セーラー襟のついた黒いワンピースは、つい最近華族学院にて採用されたばかりのもので、桃子の通う中等部ではまだ着ることが叶わない。

 桃子は流行ものが好きだから、早くセーラー服を着たいのだと毎日のように話していた。

 だから私もセーラー服のことを耳にタコができるほどに聞いていたのだが、実物を見るのはこれが初めてだ。


 それどころか、そのセーラー服をまさか自分が着ることになるなどとは夢にも思っていなかった……!


 確かにセーラー服は可愛い。

 可愛いけど、けれども……私、もう二十歳なんですけどっ⁉


 女学院を卒業して二年。

 今さら海老茶の女袴を履いて街を歩けと言われても御免被りたいのに、セーラー服はさらにない。絶対にない。


 しかもそのうえ、これを着て華族学院に侵入するなどとはありえない。


 ……なんで袖通しちゃったんだろ? なんか、こう……つい、樟陽に乗せられたんだよねー……。


 にこにこと笑う樟陽に向かい、私はめいっぱい眉間に皺を寄せてぎろりと睨みつける。そうして両手でバッテンを作った。


「やっぱりダメ! 絶対に無理。バレるから!」


「えー、でもそれじゃあいつまでたっても噂の大元はわかりませんよ。だって、苺子お嬢様の通っていた女学院経由じゃあ、誰もそんなことよく知らないって言ってたんでしょう?」


「ぐ……う」


 先日の詩作の会で、樟陽にまかせておくと碌なことにならないと実感したため、苺子なりにも苦手な社交を頑張ったのだ。


 親友の神無月琉卯子は師範学校で忙しいために、自力で女学院の同窓生のつてを使い、お茶会などにできるだけ潜り込み話を聞いて回った。

 裕福ではあるものの華族ではない女学院の同窓生は皆、苺子の「悪役令嬢」の噂は聞き及んでいて、それなりに心配もしてくれてはいた。

 しかしその噂の出どころは首を傾げるだけだった。


 そんな中ただ一人、苺子の尋常小学校からの幼馴染である大商家の娘、杉浦一甫(かずほ)が気になることを教えてくれた。

 華族学院に通う令嬢が、ここまで噂が広がる前、随分と興奮気味に『悪役令嬢』とやらの話していたのを聞いたことがあると――。


『先日うちの呉服店にご来店された桐野谷子爵家のお嬢様が随分と熱のこもったように話していらっしゃいましたわ、苺子様。「夢幻胡蝶」のお話でしょう?』


『夢幻胡蝶……ですか?』


『ええ。「少女語り」という雑誌で連載されている。今一番の人気のお話でしてよ。特にこの姉が主人公をいじめる姿というのが本当にひどくて、皆さんとても同情しているのですって』


『そこに、その……悪役令嬢という呼称が?』


『そうらしいですわ。またその見目姿というのが、ふふ。“黒髪を振り乱したり悪役令嬢は釣り上がった眉に眼光鋭い瞳、その唇から零れる吐息は毒気を撒き散らさんばかり――”という描写でして、桐野谷のお嬢様ったら、まるでどこかに手本でもいらっしゃるように……あら、勿論苺子様のことではないですけれども、ねえ』


 などと一言も二言も余分なことまで教えてくれた。


 しかし雑誌の名前まで確認できたのは初めてだった。

 これは琉卯子にもわからなかった新事実だ。


 後で調べてみれば、やはり「少女語り」は平民向けの少女雑誌よりも高額な雑誌であり、悪役令嬢という呼称の先駆けであったらしい。


 そして、その「悪役令嬢」の容姿や立場が、正に私にドンピシャリと的中していたのだった。


「いやだからって、セーラー服を着て、華族学院に潜入するのは無理があるでしょうにっ!」


 引き留める樟陽の腕を払いのけ、普段着の紬に着替えた。

 借り物のセーラー服は丁寧にたたんで樟陽へと返す。


 しかし、どこから手に入れてきたんだか……? 


「似合ったのになあ。苺子お嬢様のセーラー服」


 突っ返したセーラー服を抱え、唇を尖らせながら本気で残念がっている樟陽が怖い。


「あれ? 靴下(ストッキング)がありませんよ?」


「ああ、靴下ね。それは後で代金を渡すから教えてちょうだい」


 流石に素足に履いたものをそのまま返すわけにはいかない。

 樟陽にしても女性用の靴下を返してもらっても使い道はないから新品よりもお金で渡してあげた方がいいだろう。


「ええー……」


「……って、何よその顔は?」


「普段苺子お嬢様は靴下なんて履かないんですから、そのまま渡してくれていいんですけどねえ」


「は?」


「また着たくなるかもしれないじゃないですか。その時のために、俺が責任を持って保管しておきますからね。全部!」


 それはいい顔で恐ろしいことを言い切った。


 いやいや、絶対に着ないから!本当に、何が起こっても!


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