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馬に乗るともヒモに乗るな。2

 神風の国・日乃原(ひのはら)皇国(こうこく)――それは島国でありながらも、神風に守られし国。


 日乃原皇国がこの明開(あけひらく)常治(とこはる)の御世において、世界の大国列強と肩を並べる程の力の源は”気合(けごう)”と呼ばれる四つの超常現象を起こすことのできる気――風乃(かぜの)()地乃(ちの)()水乃(みずの)()火乃(ひの)()――にある。


 読んで字の如く、風・地・水・火を自らの意思で動かせるその力には、古来燦々(さんさん)たる御柱(みはしら)が立ち登りし時より世界中が恩恵に与ってきた。

 しかし西欧の大国は科学技術の進歩により領土を広げるにつれ、血を、信仰を薄め、地脈に御座(おわ)す御柱より賜りし能力を徐々に失ってしまう。


 その間にも鎖国で閉ざされた日乃原皇国には”気合”の力として連綿と受け継がれていた。

 開国によりその”気合”が世界中に知られる頃には、ほぼ日乃原皇国のみに許される力となっていたのだ。


 とはいえ全ての皇国民が使えるものではなく、その力の大きさにも随分と個人差がある。

 この現代で大きな”気合”を使えるものはそのほとんどが華族。平民ならば私のように気の力を全く感じないで一生を過ごす者も珍しくはない。

 祝賀会で”火乃気”使いの生天目(なまため)樟陽(しょうよう)が自分の背中に起こした小さな炎もこの”気合”だったが、この程度でも平民としては十分誇ってもよい能力だった。


 そして神風の国と呼ばれる日乃原では中でも”風乃気”が最も尊ばれている。

 当代皇帝の御代においては皇帝陛下、皇太孫(こうたいそん)である和平守(かずひらもり)親王殿下、を筆頭に十数名人ほどしか発露させている者はいない。


 それほどに数少ない”気合”の最上位”風乃気”を齢三つにして「発露」させたのが私の妹の桃子だった。

 黒髪の私とは違い、銀色に近い灰青の髪色を纏い、人々を魅了する。社交お披露目間もないとはいえ、当然ながら注目度はけた違いに大きかった。


 そんな中、先日の記念祝賀会にて親王殿下が直接ダンスを申し込んだことと、皇国華族学院での親しい付き合いも相まって、二人は恋人同士だという噂が広まってしまったのだ。


 そして、それを邪魔するのが姉の私、悪役令嬢華妙院苺子という噂も――。


「しかし、時期が悪かったね。四神(しじん)気合(けごう)の神事が近いからと、そのまま『(みそぎ)』に入っていかれたのだろう? 肝心のお二方が否定をされずに行ってしまわれたものだから噂がおさまるわけがない」


 琉卯子が軽く眉を顰めた。


「んー……それは仕方がないわ。そもそも殿下はそんな噂などお知りにならないでしょうし……。ただでさえ桃子は社交お披露目も済んで、初めて神事へ参加することとなるのだから。むしろ噂に振り回されることなく、(つつが)なきようお勤めがすむこと、お祈りしなくては……」


 祝賀会の終わりと同時に突然執り行われることとなった気合神事は、早くてもひと月、長ければ三月にも及ぶという。不定期に行われる神事だが、これは”風乃気”を持つ者の最優先事項である。

 たとえ妹のこととはいえ、一皇国民として口出しできるようなものではない。


「知らない、ねえ。……知らないのはどちらなのか」


「え、なに? 樟陽?」


「いいえー。でも苺子お嬢様はそれでいいんですか? このままじゃあ、桃子様が戻ってくるまで、悪役令嬢とかの噂が消えることは多分ないですよ」


「……大人しく家に籠っていても、ダメ?」


「無理です、無理。それどころかもう定着しそうな勢いなんですが」


「え、えええー……」


 確かにその悪役令嬢なる印象がついてしまうと困るのは私しかいない。

 今のところ商店は指示を出すだけでなんとかなっているものの、いつまでもこのままではいられない。そうでなくとも早く次の結婚相手を見つけなければならない。


 正直なところ私が結婚相手に望むことはそう多くない。

 商売には口を出さない男。できれば広告塔になってくれれば言うことがない。それだけだった。がしかし、それが意外と難しかった。


 大抵の男は女の苺子が引き続き商店を切り回すと聞けば眉をひそめる。

 女が、女には、女でしょう? そう耳にするたびに、拳に力が入った。だから、鉤狛子爵家の玲人(れいじ)のように顔はいいけれど少し抜けているくらいが私にはちょうどよかったのだ。


 まあそれも、桃子にちょっかいをかけなければの話だけれど……。


 返す返すも腹立たしく、考えれば考えるほどため息しかでない。

 私は、気を紛らわすために卓の上にのったチョコレートを手に取る。

 華妙院男爵家は最先端の洋館であるけれど、私は皇国古来の畳敷きに和装が好みだ。どうもにも椅子とテーブルで、ナイフにフォークの洋食は今ひとつ受け付けない。食事は焼き魚と芋の煮っ転がしに豆腐の味噌汁が一番だと思う。

 けれども菓子だけは別だった。


 甘いミルククリームを包むほろ苦いチョコレートは私の大好物であり、精神の安定剤だ。

 そのまま一口に放り込もうとしたその時、樟陽が提案に手を上げた。


「ま、このままじゃあどうにもなりませんし、一つどうでしょう。この際、悪役令嬢とやらの噂を逆手に取ってみては?」


「んぐっ……ん、ん?」


「樟陽くん、苺子様に何をさせるつもりだい?」


「今なら噂の苺子お嬢様をひと目でもって方々が多いと思うんです。良くも悪くも皆さん噂好きですから。ね、だからお茶会や昼食会にでも参加して、その悪役令嬢の噂とやらが事実無根であることを証明すればいいわけですよ。あわよくば、その噂を流した犯人たちをつかまえて謝罪させることが出来れば完璧ですねえ」


 驚きでチョコレートが器官に入りそうになり、慌てて一気に飲み込んだ。

 甘いクリームを味わう前に消えていく。口の中にはほろ苦いだけのチョコレート味が残った。


「ちょっと、樟陽、ダメ、ダメ! 私が華族の作法に疎いの知っているでしょうに。桃子とは違うのよ。……それに、そもそもあんたが言うその会っていうのがねえ」


 祝賀会のような人に紛れることのできる会ならまだしも、少人数のお茶会や昼食会など、私は華族令嬢として参加したことがない。


「大丈夫ですって。俺が、ちゃんと、ついていますからね!」


「……そのっ、あんたが、一番、信用できないんだってーっ!」


 両手を突き上げて叫ぶ私を華麗に無視し、樟陽は意気揚々と親指を立てる。

 琉卯子は小さく肩をすくめながら、なんだか面白そうな顔をしてみせた。

 私は二人の顔を交互に見ながら、チョコレートよりも苦々しいものが胃の中からせせりあがってくるのを感じて目を閉じた。


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