借金令嬢は返済に生きる 出奔してしまいました
レイナルトの伯爵家の借金は膨れるばかりだ。
公爵家にお金を借りて、食料を配る。
家を無くした人へ木材を調達する。小麦の種も買えない領民に、無償で種を配る。
小川の改修工事。
荒れてしまった畑を戻す為に人手も金もかかった。
ローラン子爵家への4千万リブルは全く返せていない。利子が付いて4千3百リブルになった。
公爵家からは2千万リブルを借りた。更に借りる予定だ。
税収は見込めない。冬を越せるだろうか?領民を死なせず春を迎えねば。
レイナルトはドンドンやつれていく。
公爵家とローラン子爵家から種や小麦が送られてくる。助かる。しかし、返す目処がつかない。
エリンはレイナルトに優しくする。
夜の相手もする。
ある日、レイナルトの伯爵邸に隣国の大手の商会の使いが来た。夫妻に面会を求めてきた。
「私、隣国で手広く商いをしているティエルノ商会のカディスと申します。お見知りおきを。
王太子様のお妃様の弟君とお伺いしております。近しくお付き合いさせていただけましたら、と。この度、伯爵様には天候被害などてお困りとお聞きしました。小麦をお納めしたく参りました。」
40歳くらいの上品な紳士に見えた。
「そうでしたか。ティエルノ商会のカディス様。わざわざの起こし、ありがとうございます。しかし恥ずかしながら金策に困っておりまして、そちらのお値段によりましては」
「あ、お代はいただきません。小麦を馬車に3台だけですので。お納め下さい。」
「しかし、それでは。」
「大丈夫でございます。まあ、お話だけお聞きしていただければと。私めは口頭での伝令でございまして、大変失礼な事を今から申します。私は言いたく無い事をご了承下さいませ。商会に使われている身ですので、上からのお達しでございます。」
「なにやら、聞きづらい話のようですね。」とレイナルト。
「はい。大変お怒りになると存じます。申し上げにくい話でございます。聞いた後、小麦などと申されると思いますが、どうかお納めください。置いて帰りますので。
さて、ご夫妻がご結婚されて1年程ですね。大変お美しい奥様でいらっしゃいます。公爵家のご結婚と言う事で、言伝の主も参列なさったそうです。パーティにも出て奥様を近くで見られたそうです。我が国のそれなりに地位があり、お金のある貴族だそうです。名前は出す事が出来かねます。一目惚れだそうでございます。しかしながら、素晴らしいご伴侶が居られる。当たり前ですが心の内に留め置き、ご帰国されました。それが、この度の伯爵家の困り事を耳に入れたらしく、奥様にお会いしたい、とのことです。ご旅行にいらして下さいませんか?とのお誘いです。1月程のご滞在をお望みです。別荘で共にお過ごししたい、と。1千万リブルをご用意してお待ちしておられるそうでございます。離婚されて、お輿入れなら、1億リブルを伯爵にお支払いするそうです。失礼ながら第2夫人との扱いになりますが。」
レイナルトとエリンは驚いて言葉が出なかった。先に言葉を理解し、レイナルトはテーブルに拳をぶつけた。ダンっとテーブルが揺れ、ティーカップから紅茶がこぼれた。怒りが沸点を超えたレイナルトが身体を震わせながら言った。
「お帰り下さい。確かに失礼な申し出ですね。言い難い伝令お疲れ様です。二度とわが屋敷に来ないで下さい。」
「やはり、そうですよね。お怒りご尤もです。それでは、失礼いたします。」カディスは冷静だ。
「待って、待って下さい。一千万リブル、1ヶ月で。それだけあれば領民に冬を越せる食料を配れます。私、行きます。」エリンは震える声で、潤んだ目でレイナルトに言う。
「馬鹿なことを!エリン、冷静に考えて。絶対に駄目だ。」
「なら、離縁して下さい。1億リブルあれば借金も返せます。」
「黙れ!」
レイナルトはエリンの頬を打った。
「カディスさん、私は妻を売るような事はしません。お帰り下さい。」
レイナルトはエリンを抱きしめた。エリンはレイナルトの胸に顔を埋め泣いている。
「そうでしょうとも。誠に申し訳ない言伝でした。それでは、失礼いたします。小麦は領民の皆様にお役立て下さい」
「ありがたくいただきます。」
エリンの嗚咽を耳にしながら、カディスは部屋を辞した。
カディスもエリンの様子に胸が痛かった。
夏になった。公爵家からアリシアが男児を産んだ知らせが来た。
レイナルトは公爵家にエリンを行かせた。祝の品を持って、エリンにゆっくりしておいで、と。
レイナルト夫婦は結婚してからぎくしゃくしたままだ。エリンにとって良い気分転換になるとレイナルトは思った。
エリンは公爵家に10日ほど滞在し、帰宅の途についた、はずだった。しかし、レイナルトの待つ伯爵邸に帰ることは無かった。エリンは馬車を止めての休憩中に行方をくらませた。馬車のクッションの下に手紙があった。
レイナルトに向けての感謝の言葉と、自ら姿をくらますので、探さないで欲しいとあった。そのままエリンは行方不明になった。
レイナルトはまずティエルノ商会を疑った。
しかし、2億リブルがレイナルトの伯爵邸に届いた。
カディスが「あの方は1億リブルが限界です。2億は無理です。他にも奥様に直に話を持っていった人間がいたのではないでしょうか?」と怪訝な顔をした。
後からカディスは律儀に連絡して来た。
「私共の商会に依頼した方の所には奥様はおられません。お金の動きもありません。」
レイナルトは領地て忙しく仕事をしていた。エリンも領地で領民と交流していた。そのどこかで、接触した奴がエリンを連れて出たのだろう、と思われた。エリンの意思で出たのであれば、たやすい。
レイナルトは自分を責めた。エリンを失った心が喪失感で狂いそうだった。
ローラン子爵家からアーサーが来た。
アーサーはレイナルトから話を聞いて、考え込んだ。「姉様らしい。あきらめましょう。時がたてば、わかる事もでてくるでしょう。」
レイナルトは亡霊の様に生気がない。
ゲッソリやつれている。
「姉様はレイナルト殿を救おうとしたのでしょう。とりあえす、姉様が贈ったらしい2億リブルで借金を返しましょう。ええと、4千万リブルを先ず返済。利子の三百万リブルも、と。伯爵家の今回の被災での借金、3千万リブルですね。それも返済。あとは、小川の改修工事と、ついでに灌漑設備を作りましょう。井戸も掘って。ウンウン。教会と孤児院に学校を併設。避難民の家屋ついでに働く場所を作りましょう。湖畔のホテル、うーん。コテージにしましょうか。温泉出ますね!これは良い。牧場と花畑を隣接させて。街道の整備もついでにして、これて運搬がはかどるし、人も物も移動しやすい。あ、これ大切。トイレの整備。衛生状態を良くするため、村や町にトイレを常設、と。業者の手配もします。と、計画は立てておきましたから、こちらから建設業者など、手配しましょう。うちも儲かるし。人足はレイナルト殿の領民を雇うので経済は回る、これで良し、と。」
アーサーが2億リブルで返済と領地経営計画を立てた。
「レイナルト殿。姉はレイナルト殿が好きなんですよ。素直じゃないから。苦労しすぎたんですね。自分のせいでレイナルト殿が苦しむ姿を見るのが辛かったんですよ。悪いのはの生物学上のアホ父だというのに。待つ、これしか我々は出来まません。姉様が帰ってきた時、ローラン子爵家と領民が豊かになっているように、私は頑張るのみです。胸を張って、姉様に見せたいですからね。レイナルト殿はどうなさいますか?前を向いて下さい。そうですね。ここにいるのがつらいなら、王宮で働くのも良いと思いますよ。事業は信頼できる者に任すくらいが良いんです。その道を知る者にね。」
「アーサー殿からみても、僕は領地経営に向いていませんか?」
「経験が足りない、という事ですよ。そもそも、レイナルト殿は王宮官吏になろうと勉学に励まれていました。領地経営はサラリとしか習っていないのでしょう。実践あるのみ、ですからね。独立して姉を娶ろうとなさっていた。アホのせいで急に領地経営をする事になり、さらに害虫や天候災害です。眼の前のことに対処する事しか出来なかった。仕方ない事です。
2万リブルで借金は無くなり、領民に仕事を与えられます。自然に立ち直ります。とりあえす、自信を取り戻してください。あなたは立派てすよ。
そうだ。私は今、ローラン領のみですが、法律を作ってるんですよ。夫や親が保護権を持ち、その名目で妻や子を売ることができる。王国の法律ですが、ローラン子爵領民に置いては、夫や親のみでなくて、自身のサイン無しでは成立たないとね。あと、売られそうになった妻や子を保護する施設も作りました。評判良いですよ。近隣から移る民まで来て賑わってます。きっと、姉も喜んでます。」
「アーサー殿こそ、ご立派です。きっとエリンは僕に愛想をつかして、出て行ったんです。」
「姉はあなたに一言でもそのような事をいいましたか?」
「いいえ。」
「僕が学園を卒業してローラン子爵家に呼び寄せようとしても、姉はローラン子爵領に戻らず、公爵家でメイドを続けました。アリシアが心配だと言ってたけどけど。違いますよ。公爵家に居たかった。あの時、マデリーン様はもう王宮に上がっていた。いたのは、夫人とあなたです。姉はあなたのメイドでいたかったんですよ。レイナルト殿が嫌いなら、言い寄られたらローラン子爵家に帰っていたはずです。何度でも言いますけど、姉は素直になれない人なんです。
3億リブルの借金は、正直、やられましたよ。あれがなければ、姉は普通にレイナルト殿と結婚していたでしょう。
姉はきっと帰ってきます。そりゃ、大金と引き換えにしたのは、姉の身ですから、おそらく、犠牲は払ったでしょうが。私には大切な姉です。レイナルト殿が許せないと言うなら、ローラン子爵家に帰ってきてもらいます。どうなさいます?」
「今、他の男とエリンが、と思うと嫉妬で狂いそうです。毎日、毎夜、エリンのことを考えて、おかしくなりそうです。諦めたほうが楽になれるのに。出来ない。エリンが好きです。アーサー殿がそうおっしゃるなら、エリンが帰ってくるのなら、僕は、何年でも待ちます。」
「そうして下さい。私としてはレイナルト殿に王宮勤めを勧めます。冷静な判断を一人でなさる状況に無いです。環境を変えて、問題に数名で協議して進めていく官吏が向いてらっしゃる。」
「ここにいるのは、辛いです。どうしてもエリンを思い出します。公爵家でも、エリンの姿を探してしまう。
王宮官吏ですか。兄上に手紙を出してみます。」