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借金令嬢は返済に生きる 新婚生活はすれ違ってます

朝、エリンは目覚めた。

隣にレイナルトがいる。自分を抱きかかえる様にして眠っている。長いまつ毛。汗で額に貼り付いた金髪。男独特の筋肉と筋張った腕にも慣れた。


結婚式を終えて、エリンはレイナルトに頼んだ。

「借金を返済し終えるまで、子供は作らないようにしたいのです。子供が出来ましたら、物入りです。それに、私は借金がある中で育ちました。とても不安でした。安心して子供には育ってもらいたいのです。」

「僕はすぐにでもエリンとの子供が欲しいけど。君がそう言うなら。」

レイナルトは了承し、子供が出来そうな女性の周期を聞いて、その間は寝室を別にする事に決めた。

エリンは月のものがある間と、子供の授かりやすい間は自室で眠り、それ以外は夫婦の寝室で眠る事にした。

夫婦の寝室に行くと、必ずレイナルトがいて、エリンを愛おしそうに大事に抱いた。

レイナルトはエリンに愛をささやく。何度も、繰り返し。しかしエリンは応えることが出来なかった。


エリンにとって、レイナルトとの結婚は本意では無かった。対等の関係でなく。責任を取る形で。こじれて、大きな負債を背負わせて。その結果の結婚だった。

どう答えて、どう振る舞えば良いかわからないまま、寝室を共にする。レイナルトに対する感情は、感謝、申し訳なさと背徳感だった。

レイナルトとの夫婦の契りは、エリンにとってはローラン子爵家の借金を背負わせた代償行為だった。贖罪の思いでレイナルトを受け入れるが、レイナルトが愛をささやく度に苦しかった。

レイナルトがエリンに笑いかける。エリンといて嬉しそうにしている。

自分にはその愛情を受け取る資格がない、受け取れない、それがまた、レイナルトの表情を曇らせる。それでもレイナルトはエリンに愛情を注ぐ。エリンはどうすればよいかわからない。


レイナルトもエリンが所在なさげに不安な気持ちでいる事を感じていた。自分に返ってくるこわばった微笑み。遠慮がちな物言い。不安そうな瞳。

何度もベッドを共にし、夜を過した。

レイナルトが求めれば必ず受入れてくれる。義務のように。


まだ、あの馬車での夜の方がエリンと近かった様に思えた。


レイナルトが受け継いだ伯爵家はアリステア王国の北西部に位置する。夏は涼しくて過ごしやすいが、冬は寒さが厳しい。

公爵は管理人を置いて、伯爵邸と領地の管理を任せていた。

北と西に山脈があり、なだらかな丘陵と多くの小川、田園と森林が混在する土地だった。領民は5千人ほど。自然豊かな農村と伯爵邸のある領都。王都まで馬車で3日。

公爵家がこの地をレイナルトにとしたのは、ローラン子爵領が南に接しているからだろう。


レイナルトは引き続き管理人に仕事を任せた。しばらくは領地領民の様子を見て管理人にと領地経営をしていくつもりだ。

管理人にはモーガンという名の30半ばの愛想の良い男だった。夫人と子供二人がいて伯爵家の別棟に住んでいた。


まず、伯爵邸の手入れをする。軽くモーガン夫妻が掃除をしてくれていたが、これからレイナルト夫婦が住むのだから、料理人やメイドや庭師を雇わなくてはいけない。公爵家から数名が来てくれたが、こちらの領地から雇うことで雇用ができるし、馴染むために多くの人を雇うつもりだった。

結局、公爵家から資金を借りてしまった。

伯爵邸にある物を使うつもりだったが、思っていたより古く、家具も足りない。

新たに購入しようとするレイナルトをエリンは止めた。

メイドをしていたエリンは知っていた。

公爵家の倉庫にまだ使えたり、新品の様な家具やカーテンなどの家の装飾品がある事を。いらない食器や鍋なども下げ渡してもらえるように公爵夫人に手紙を書いた。

ほどなく公爵家から伯爵邸にものすごい馬車の列が到着した。

家具が運び込まれ、室内が整えられた。

古い馬車もいただけた。

領地で募集した料理人やメイドたちが忙しく屋敷を闊歩していた。


れはエリンの瞳に力がないことを心配していた。

言葉が少なくなり。笑顔を見せない。そう、お人形の様なのだ。


エリンは落ち込んでいた。

なんの役にも立っていない自分に、罵っていた。心のなかで。

頑張ってきたつもりだった。学園での勉学。体を鍛えて。メイドとして仕送りをして。バイトして。

アーサーは実業家の道を歩んでいる。そりゃ、借金まみれだけれど。アーサーの実力を認めて、多くの商会が金を貸した。

アリシアは公爵家でエリオットと仲睦まじい。

自分はなんの役にも立ってない。

レイナルトに多大な借金をさせただけのお荷物だ。


伯爵家で大切に扱われるのが苦痛だった。

エリンの美貌に利用民達は歓迎ムードだ。

レイナルトはゆっくり領地を観察し、アーサーの様に観光地になる様に事業に着手するつもりの様だ。


半年程穏やかな日々は続いた。

領地の小麦が実り、収穫間近になった時期。災害が襲った。

害虫が大繁殖し、小麦がほぼ全滅状態になったのだ。

そこに暴風雨が来て小川が氾濫。

数十名の死亡と行方不明者が出た。

家を流されたり半壊した領民が出た。

人手を出して小川に堤防を作らなければならない。

避難民に簡単な家屋を建てたり、炊き出しをしたり。

食料を他領から調達。

レイナルトは忙しく働いた。

エリンも炊き出しなどの手伝いに出た。

領民は困窮した。そこに寒波が来た。

薪などを買えない領民、簡素な建物の中で身を寄せ合う避難民。

レイナルトの領地で餓死者と凍死者を出してしまった。

公爵家から借金して領民に巻きを配り食料を配ったが、足りなかった。

レイナルトはげっそりと痩せた。

死者は体力の無い子供や老人が多かった。



1ヶ月以上、エリンが夫婦の寝室に行くと、レイナルトはぐったりと眠り込んでいた。

朝は暗いうちに出掛けるらしく、エリンが起きる前に支度して出て行っていた。

休みは一日も取らず、毎日出掛けるレイナルト。

疲れが溜まっているように見える。


エリンが夫婦の寝室に行くと、珍しくレイナルトが起きていた。しかし疲れた顔で書類をめくっている。


「レイナルト様、とにかく寝てください」

エリンがレイナルトに話しかけた。

「うん。でも。」

「お身体を大事にしてください。」

優しくレイナルトの瞳を見つめるエリンにレイナルトはベッドにいざなわれた。

エリンに口付けし、体を寄せ合ってベッドに倒れ込む。

「ごめん。抱きたいけど疲れすぎて、無理。眠い。」

レイナルトが目を閉じ、すぐに眠った。

エリンはレイナルトの寝顔を見て、そのやつれた顔にまた苦しくなった。


以前のレイナルトは優雅でにこやか笑う人だった。公爵家の次男で裕福に育った人。

エリンは自分が貧乏神なんじゃないかと思う。

エリンのために使ったお金があれば、領民にもっと食料や薪を配れたはずだ。お互いにわかってて、口に出さずこの冬を過ごした。自分と結婚したがために、レイナルトは領民を救えなかった。レイナルトの寝顔を見ながら、エリンはなかなか寝付けなかった。


朝になってレイナルトは目を覚ました。

エリンが側で眠っている。

薄い夜着で艶めかしく眠るエリン。

身体を休めた事で久しぶりにエリンを抱きたくなった。もう数週間抱いていない。

「エリン」

声をかけたがエリンは深く眠っている。

「寝顔もかわいい。」

レイナルトはエリンの頬にキスした。くちひも軽いキスをし、柔らかな肌を撫でた。エリンは起きない。

「エリン、愛してる。」

レイナルトは何度もささやいてエリンの身体を優しく撫でた。頬に口づけし、首筋にも口づけする。何度もエリンの名を呼ぶ。

眠っていたエリンはぼんやり目を覚ました。夢の中でレイナルトに抱かれていた。そう思ったが、現実に夫がそうしていた。勝手にされている事に対しレイナルトに腹立たしい思いがわいた。

エリンはレイナルトを受け入れながらぼんやり、自分はなんなんだろう?と考える。お金で買われて、ベッドにいる。

エリンが起きたことに気がついたレイナルトはエリンに微笑む。キスする。

「おはよう、エリン。つい、可愛くって。驚かせちゃった?大好きだよ。」

レイナルトはエリンを見つめ、またキスをする。

「おはようございます。旦那様。私は旦那様の物ですから、何時でもお好きな時にどうぞ。」

「なっ。そんな」

レイナルトは赤面する。

「旦那様は莫大なお金を支払われました。ですから、私を好きにしてよろしいのです。」

エリンが表情を変えずレイナルトを見た。さすがにレイナルトもカチンと来た。

「僕は君が好きだから結婚したんた!仕方ないだろう?どれだけ払ったって、君が欲しかった。」

「ですから、どうぞお好きに、と申しております。」

「やめてくれ。エリン。君を愛してる。僕は君からも愛されたいんだ。」

「私は、買われたような物ですから」

レイナルトの瞳に愛情でないものが光った。

「君がそう思うのも仕方ないよね。僕はお金を払ったよ。君が好きだから。でも、僕が欲しいのは、自信があって、目がキラキラして快活に話すエリンだ。お金の事は忘れて、僕と夫婦としてこれから生きていって欲しいと思ってた。」

「お気持ちありがたくお受け取りします。」

「だから、そんな口の聞き方して欲しくないんだ!」

「それは、無理ですわ。私は旦那様に負い目があります。借金のせいで苦しんでおられるのに。私は役立たずです。」

「君が側にいてくれるだけでいいんだ。」

レイナルトもエリンも苦しそうな顔をした。

「私達は、お互いに側にいる事で苦しんでいます。」

「それでも、君にいて欲しい。愛してる」

「私は」

「バートが好きだった?彼は今も君を思ってる。」

「えっ?」

「彼は君を好きだ。幼い頃から、学園でも。今でも」

「でも、何年も会っていません。レイナルト様はバートを知っているのですか?」

「学園で有名だったよ。君が卒業した後も、バートは1年学園にいた。

僕は年下だし、公爵家の人間と言うだけで、何の取り柄もないよ。公爵家に生まれたから、遺産をもらえて、良い環境で育てられた。それだけだ。

バートはすごいよね。実家の商会が無くなっても、きっと実力で事業を起こすよ。アーサーもだ。切れ者だ。頭が良くて先が見通せて、多くの人を引き付けて尊敬されてる。

そんな人達を見て来ているから、僕なんてつまらないよね。お金で君を手に入れて、こうして君を抱いて。僕を軽蔑してるの?それで、そんな態度を僕にするの?」

「そんな事を思った事ありません。」エリンは本心で言った。

「言えないよね。お金を払ってもらった身だから。遠慮して。」

エリンはレイナルトとこんなケンカになるとは思っていなかった。自分だけが偏屈になって心を開けていないだけだったのに。レイナルトを深く傷つけていたのだ。

レイナルトは苦しそうに笑い、エリンの手をとり、肩をベッドにお押しこんだ。

「そんなに買われたって言うなら、そういうふうに扱ってあげようか?」


扉の向こうから申し訳無さそうな声がする。

「朝食をどうなさいますか?」

「いらないから、出ていくまでかまうな!」

レイナルトが声をあげた。

クソックソッ!仕事も家でも苦しい。

レイナルトはどうにもならない思いをどうすることもできなかった。

エリンが気を失った事でやっとエリンを離した。

「俺は、何をしていたんだ。こんなことをしたいわけじゃなかったのに。」


茫然自失となったレイナルトに、扉の向こうから年配のメイドが声をかけた。レイナルトの乳母だった女性だ。


レイナルトの怒鳴り声と、エリンのうめき声が聞えて、デリケートな問題であるから入ることも出来ず、メイド達は困惑していた。


「旦那様、いえ、坊ちゃま。マーサです。失礼ですが、お部屋に入らせていただきますよ。」

「少し待て」

レイナルトはエリンに夜着をかぶせ、自分もガウンをまとった。

マーサが部屋に入る。

「奥様と喧嘩したからって、だめですよ。優しくしないと。泣いてらしたのでしょう?」

レイナルトは無言だ。

「坊ちゃまが反省しているのはわかります。奥様が目覚めたら、謝るんですよ。」

「うん。」

「ケンカをしながら夫婦になるものですが、痛めつけるのは違いますよ。」

「うん」

レイナルトは深いため息をついた。


レイナルトはエリンに花束を贈り、カードにメッセージを書いた。


そしてまた、何事も無かった事にして、二人の日々が始まった。


エリンもこの日の事をレイナルトに何も言わなかった。





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