借金令嬢は返済に生きる 結婚するのも突然に
エリンはアリシアが来た事に驚いた。
お互いに関係無い様振る舞う、暗黙のルールがあったからだ。
アリシアはエリンの部屋に入った。
公爵家はメイドに個室を与えている。
「久しぶりね。アリシア。驚いたわ。来てくれて嬉しいわ。」
「私もです。お姉様。突然来てしまいごめんなさい。
言いにくい、悔しい話があります」
アリシアは父親が仕出かした事を話した。
時折、感情が高ぶり、声が震える。
聞いているエリンも手に汗を握り、身体を震わせた。
なんて事を、あの役立たずはしたのだ!
領地の商会、まっとうに暮らしている領民への裏切りだった。もう経営計画が始まり、資金を入れ込んだあとに。無料で全てを奪われてしまう。
アーサーを信じて協力してくれた商会、働いている領民のためには、3億リブルを支払わなくてはいけない。
3億リブル!アリシアか来た日にちは3日目。あと7日。
エリンは決意した。
「わかりました。アリシア、知らせてくれてありがとう。私もできるだけお金を作って7日後までにアーサーにお金を送るわ」
「いいえ。お姉様にお兄様から伝言です。すぐにでもご結婚を、と。」
「アーサーに伝えて。ありがとう、と」
姉妹は沈黙した。
アリシアは姉の様子を見て怪しむ。
エリンもアリシアの顔を見て訝しむ。
「私達、同じ事を考えていませんか?」
アリシアがエリンに問う。
「私は、何も。それより、行く所があるからアリシアは帰って。急ぐの。
アリシアこそ、リッチモンド伯爵家の誰かに頼んで、すぐにでも結婚しなさい。」
「まだ15歳だから、結婚できません。
お姉様、お金を作ると言いましたよね。どうやって作るつもりですか?もしかして身を売ろうと考えてませんか?」
「いいえ。そんな事しないわ。アリシアこそ、考えてないでしょうね!?」
お互い、無言になる。
エリンもアリシアも自分が身を売ろうと考えて、互いに結婚を勧めていた。
「私が姉なんだし、成人してるんだから!娼婦くらい、なってやるわ!」
「お姉様には今まで苦労させてしまったから、私の番です!私が娼婦になります!若いし!きっと高いてす!」
互いににらみ合う。
「私のほうが胸が大きいし、しまるところは締まってるから、高いはず!男は大きい胸が好きなのよ!アリシアは真っ平らなんだから、胸と一緒に引っ込んでなさい!」エリン。
「私はまだ成長途中!もうすぐ16!成人です!胸は負けても、私は若いから高値がつくはず!それに、お姉様、身体にアチコチ傷がありますわ。お転婆だから。私の身体はキレイです。」
「暗けりゃ見えないわよ!やる時は暗い所でするものよ!胸のない子は黙ってなさい!大きい胸が男は大好きなんだから!」
エリンがアリシアに近づく。首に手刀を入れようとする。アリシアがかわす。互いに構える。にらみあう。
「お姉様、ここじゃ狭いわ!表に出て勝負!」
「受けて立つ!勝ったほうが身を売るでいいわね!負けたら大人しくアーサーの元へ帰るのよ!」
扉が開き、レイナルトが部屋に入って来た。顔が赤い。胸の話が耳に痛い。あの夜、胸を触りすぎただろうか。
「僕が、エリンを守る。だから、身売りはやめてくれ。ごめん。全部聞こえた。エリンに話があって」
姉妹がギョッとして固まる。
「レイナルト様は関係ありません。出て行ってください。お勤めを辞める話を公爵夫人にしにいきます。」
エリンの声は震えている。
本当は、身売りは怖い。レイナルトの気持ちは嬉しい。
「僕も行く。アリシアさん、だね。僕はこの家の次男、レイナルト・サンフォークです。エリンさんに求婚しています。断られていますが。お姉さんをお守りします。エリンの大切な妹さんも、守ります。ローラン子爵家問題に僕も協力します。」
話を聞き終えた公爵夫人は、深いため息をついた。
エリィがローラン子爵家の令嬢とは。当主が愚か者で借金子爵と有名だ。
「なんて事。わかりました。協力します。
レイナルト、お祖母様からのお金を預かっています。孫3人にそれぞれ、亡くなる前に家庭を持ったら渡して欲しい、と。公爵家を出る時渡すつもりでした。
エリオットとマデリーンに、使いを出して。お祖母様はレイナルトに5千万リブル。マデリーンに3千万リブル、エリオットに1千万リブルとしていました。
レイナルトにはすぐ手配しましょう。マデリーンとエリオットには、貸してもらうという事にしなさい。マデリーンの分も、伝えたら私がそのまま預かってて良いと言ってくれたから、まだ私の管理下にあります。
二人共、貸してくれると思うわ。
あと、私の動かせるものを換金しましょう。5千万リブルくらい、用意出来ると思います。これで1億3千万リブルね。
だから、姉妹が娼婦に身を落とすことは許しません。
身売りしない事が条件です。
エリィ、いえ、エリン・ローラン子爵令嬢ね。レイナルトと結婚しなさい。すぐに。
アリシア・ローラン子爵令嬢、あなたはうちのエリオットと婚約しなさい。これで二人共安全になります。すぐにでも届けを出します。」
公爵夫人がキッパリと告げた。
その日の夜。
マデリーンからはすぐに承諾の手紙が来た。貸すではなくて、あげるでいいわ。と。
レイナルトにおめでとう!結婚祝いよ!と別添えでメッセージカードがついていた。
エリオットは帰宅してきた。珍しい。
すぐに公爵夫人の部屋に来た。
カンカンに怒っている。
「母上!婚約しろとはどう言うことですか!僕は結婚など考えていません!」
「人助けよ。婚約だけ。一時の間で良いから。もう、せっかちね。説明するから、座って。」
公爵夫人の部屋にはエリンとアリシアがいた。
エリオットはヤケにキレイなメイドが二人、控えていると思った。
「人助けの婚約?レイナルトがすればよいのでは?僕は嫌です。」
「申し訳ございません。奥様、やはり無理強いは良くありませんわ。こんな立派な方に、嘘の婚約で少しの間だけだとしても、私など、申し訳ないです。私のことは気になさらないで。お姉様だけでも、安全なら私は嬉しいのです。私は大丈夫ですから。」
エリオットがアリシアを見た。
「誰だ?メイドではないのか?」
エリンはブルネットのかつらを外している。アリシアとおそろいの濃い金髪だ。背の高い方の凛々しい女性には見覚えがある。髪の色が違うが、当家の美貌のメイドのはず。
「急だけど、レイナルトはこっちのエリンと結婚します。こちらはエリンの妹のアリシア・ローラン子爵令嬢よ。」
「レイナルトがメイドと結婚!?」
「レイナルトが何年もエリンを好きな事は、公爵家では周知のことです。知らないのは滅多に帰らないエリオットだけよ。エリンはローラン子爵令嬢ですから、良いのよ」
エリンは黙ってエリオットにカーテーシーをする。アリシアも。
「どうなっているんだ。レイナルトが結婚するのは良い事だ。若いがな。それで、なんで僕まで婚約なんです?」
公爵夫人が説明する。
最後まで聞いて、エリオットはアリシアを見つめた。
「アリシア嬢、おいくつですか?」
「15歳です。もうすぐ16です。」
「若いですね。僕は22歳です。
婚約者ねえ。ピンとこないなあ。」
「私などでは申し訳ないです。なっていただかなくても、何とかりますので。」
「駄目よ。2億リブルは用意できそうだけれど、あと1億リブル。お兄さんの所で用意できるとは思えないわ。リッチモンド伯爵家も、1億リブルは無理でしょう。用意できなければ、アリシアさん、危ないと思うわ。とてもお綺麗ですもの。」
「婚約で大丈夫ですか?」
「えっ?」
「結婚の方が確実です。成人は令嬢は16歳で、結婚年齢も16歳からです。16歳から本人の意思で結婚できます。保護者権も父から夫に移ります。
ですが、条件を満たせば15歳で書類上の結婚が出来ます。
アリシア嬢は学園の生徒である。両家の親の承諾書を出せば問題ありません。聞けばローラン子爵の捺印はアーサーさんが管理とか。署名など似せて書けばよいのですから、僕とアリシアさんの書類を整えて貴族院に出せば良いのです。アリシア嬢の安全は保証できます。」
公爵家夫人、エリン、アリシアはポカンとした。
1番に正気に戻った公爵夫人が、
「それは名案だわ!早速書類を用意します!そしてローラン子爵家へ参ります!」
「母上はこちらで金策を用意してください。ローラン子爵家へは、僕が行きます。アーサー次期子爵にご挨拶しなくては。アリシア嬢と結婚するのは僕ですから。レイナルトの分も挨拶して来よう。あちらの金策も聞いてくる。
あと、僕の個人のお金がある。働いているからね。一千万リブル、アーサー次期子爵に融通できる。
あと、レイナルトに爵位を用意して。もう18歳だ。成人した貴族なら、借金できる。させたくはないが、足りない分はレイナルトと私が借金しよう。本人はどこ?」
「役所関係を回って、要りそうな書類を貰ったり、手続きのやり方を聞いてまわってるわ。」
「ふむ。手早く進めましょう。先に役所に書類を出してしまいましょう。レイナルトと私と、一緒に結婚式と披露パーティをすれば無駄がなくていい。花嫁は姉妹だし、うん。次期ローラン子爵のアーサー殿と日にちの相談もしてまいりましょう。」
エリオットはにこやかだ。そんな長男をみて、公爵夫人は言った。
「エリオット、先にアリシアさんとお話をしてきなさい。キチンと言うのよ。」
促して二人を部屋から出した。
夫人にはわかる。エリオットはアリシアを気に入ったのだ。好き嫌いの激しい子だから。
「エリンさん、で良いわよね。私もマデリーンも、レイナルトがあなたを好きな事は知っていました。結婚に大賛成よ。息子が二人共結婚するのね。急だけど嬉しいわ。
エリオットはアリシアさんが気に入ったのよ。あんな言い方しかできなくて心配だわ。」
「そうでしょうか?仮の結婚ですのに、大げさにしていただいては、後ほど解消しますのに。」
「そうはならないと思うわ。エリオットもレイナルトも。エリンさんはレイナルトがお嫌かしら?」
「申し訳ないです。ローラン子爵家の事に巻き込んで。どうやってお返し出来るか、何十年かかっても返済するつもりでおります。」
「エリンさんとアリシアさんが息子たちと仲良く、良い家庭を作ってくれることが恩返しだと思って。幸せになって。そうねえ、可愛らしい孫が産まれたら嬉しいわねえ。」
公爵夫人は未来を想像して微笑んだ。
夫人が窓の外を見ると庭園にエリオットとアリシアがいた。
話をしている。エリオットがアリシアの手を取り、手の甲に口づけした。そして、アリシアを引き寄せて抱きしめたのが見えた。アリシアは大人しく抱きしめられている。
「手が早いわね。朴念仁だと思っていたのに。」
夫人がつぶやいた。
エリンも窓からアリシアを見た。
殴り倒さないということは、アリシアもエリオットに好意を持ったのかしら?偽りの関係のみの承諾なら、抱きしめたり抱きしめられたまま、ということは無いだろう。
さっき出会ったばかりで、早くない?
エリオットがアリシアに口づけしたのが見えた。
早いわ。早すぎる。この展開にエリンはもう頭がついていかない。
横で公爵夫人が「この調子だと、来年には孫がもう一人増えそうね。」と言った。