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正しい幼女の育成法   作者: 青沼 サイ
幼年初期編
1/106

エバンズ家

資産家の祖父が死んだ。


テオドールがその知らせを受け取り、列車に乗り込んだのは葬儀当日の早朝だった。


王都から3時間、列車と馬車に揺られて久しぶりに実家へと帰る。


本家の大きな屋敷の門をくぐり、玄関に入ったところで、男に呼び止められた。


「テオ?テオドールじゃないか!久しぶりだな、去年の新年会以来じゃないか?」


(マリアおばさんの旦那、だったかな?)


「お久しぶりです。」


名前が思い出せないテオは、当たり障りのない返事と笑顔を返す。


「最後に会ったときより、随分と背が伸びたんじゃないか?今、確か15だろ?」

「16です。今年で17歳になりますよ。」

「あ、あぁ、そうだった、そうだった。うちのアナベルの一つ上だもんな。」


叔母の夫だと思われるヒゲモジャの男は、歳を言い間違えた気まずさを誤魔化すように、大きく口を開け笑っている。


「ああ、そうだ!お義父さんが、去年、テオは魔法学校で最優秀生徒に選ばれたって、喜んでたよ!すごいじゃないか!」

叔母の夫は大袈裟に驚いている素振りをみせる。


「いいえ、そんな。何人かいるうちの1人ですよ。」

「いいや、あの競走率が高い、王都の学校で選ばれたんだ。お義父さんは、いろんな人に自慢して回っていたよ。」


祖父の話題になり、自然と会話のトーンが下がる。


「それにしても、あのお義父さんが急に死んじまうなんてな。テオもびっくりしただろう?」

「ええ。でも、去年の新年会の時から調子が悪そうでしたし、車椅子の生活も長かったので、なんとなくはわかっていました。」


祖父はテオに自分は長くない、と2、3年前から言い続けていた。


「お祖父様はいつも僕に“もう十分にやったから、いつでもあっちに行く準備はできているんだ“って、言ってましたから。」


祖父は没落した貧乏貴族、エバンズ家を1人で見事に立て直した男であった。

商才があった祖父は、様々な事業や投資を展開し、莫大な富を築き上げ、エバンズ家を再び名実ともに貴族とさせた。


「お義父さんの85年間の人生は、まさに波瀾万丈だったな。同じ男として、商人としても、とても尊敬していたよ。本当にすごい人だった。まだまだ教わりたいこともあったんだが、実に残念だ。」


目の前にいる男は、祖父の死を純粋に悲しむような素振りをしている。

だがテオは、叔母夫婦が何度も祖父に金を借りにきていたということを知っている。


(本当に残念なのは、もうお金を借りれるアテがなくなったから、じゃないの?)


テオが冷めた目で男を見ていると、そこに小太りの中年女性が通りかかった。


「テオ?テオじゃないの!?一瞬誰だかわからなかったわ!」


驚いたように近づいてくる女性の服装は、葬儀の場にふさわしく黒一色。

しかし、その服装に不似合いなほどの派手な装飾品と化粧をしている。


その姿に内心テオは眉をひそめつつ、表面上は笑みを装った。

「お久しぶりです、マリア叔母さん。」

「あら、まぁ。なんだか、すっかり大人みたいになって。背も伸びて、かっこよくなったわねぇ。あの兄さんの息子とは思えないわ。似てるのはその金髪と目の色だけねぇ。」


叔母はテオを頭の天辺から足のつま先まで舐めるように見ている。

テオはそれに居心地の悪さを覚えた。


(相変わらず、騒がしくて、遠慮のない人だ。)


「テオ、あなた、いつ来たの?もしかして、今、着いたばかり?」

「ええ、まぁ。」

「それなら、兄さんは大広間にいたわよ。ねぇ、あなた?」

「あぁ。君の弟、ジョナスもいたなぁ。サラ姉さんはどこだったかな?厨房の方かな?」

サラはテオの母親である。

「さぁ?知らないわ。」

急に冷めたような口調になった叔母。


(母様と相変わらず仲が悪いんだな。)


テオは軽く会釈をして、叔母夫婦より立ち去った。


そして、大広間で弔問客に囲まれている父を見つけた。


「父様。」


呼びかけに気づいたように父は一瞬こちらを見たが、再び客人たちの相手をし続けた。


(まぁ、いつものことだな。)


ただ、ぼーっと父を見つめているテオに、1人の少年が声をかけた。


「兄さん、やっぱり帰ってきたんですか。」


弟のジョナスが気怠げな態度でテオに歩み寄ってくる。


「とうとう去年のクリスマスにも帰ってこなかったから、家族のことなんて忘れてるんだって思ってましたよ。」

「休み中に出された課題が多くてね。こんな田舎の家に帰ってくる暇がなかっただけさ。」

「そうでしたね、兄さんはエリートだけが通える、あの王立魔法学校に行ってるんでした。僕ら“ど田舎“の人間と違ってお忙しいですよね。」


ジョナスの棘を含んだその口調に、テオは腹立たしさを感じるよりも、呆れて軽くため息をつく。


(また母様あたりが、このバカにそう吹き込んだんだろう。)


15歳になる弟に可愛げを求めたことはなかったが、せめて賢くはあって欲しかったと思う。


「テオドール、帰ってきたのですか。」

兄弟は声がした方向へと振り向く。

艶のある黒いサマードレスに身を包んだ、痩せ型の女性がいた。

背筋をスッと伸ばし、気難しそうな表情で佇むその姿から、典型的な貴族の淑女を思わせる。


彼女はテオが最もこの家族の中で苦手とする人間。


「ただいま帰りました、母様。」


できれば会いたくなかった、と悟られぬように精一杯の作り笑いをする。


「ジョナス、あちらの庭で遊ぶ子達の面倒をアナベルと一緒に見てくれるかしら?お兄様はきっと長旅でお疲れでしょうから、休ませてあげましょう。」


ジョナスは渋々といった態度で、母に言われた通り庭へと向かった。


「いつ着いたのですか?お父様に挨拶は?」

「今さっきです。父様は今、僕に構ってる暇はなさそうです。後で落ち着いたら、改めてしますよ。」

「学校は?」

「ちょうど夏休み中です。」

「今回はどれくらい、こちらにいるのですか?」


まるで事務の確認作業をするような淡々とした口調の母。

そんな母に対抗するように、笑みを浮かべて両手を広げるテオ。


「この通り、今日は何も持ってきていません。葬儀が終わり次第、夜の列車で戻るつもりです。」

「そうですか。」

「じゃあ、“僕は長旅で疲れているので“、 どこかで、しばらく適当に休ませてもらいます。」


テオは大広間から早々に出て行く。


(あれが、久しぶりの“母と息子“の会話か。)


客観的にみている自分に対し、ある種の面白さを感じて自然と自嘲的な笑みがこぼれた。


(どいつもこいつも、相変わらずだな。)


いかにも成金といった叔母夫婦。

体面を取り繕う事に忙しい父親。

頭が足りない、意地が悪い弟。

冷たい母親。

その他似たり寄ったりの親戚ども。


エバンズ家とは、要するにろくでもない奴らの集まりである。

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