ポンニチ怪談 その35 鎮魂祭
国際競技場神社の鎮魂祭で行われるマラソン大会への参加招待状を受け取ったモンリ。マラソン大会優勝の賞金に惹かれ、故国ニホンへ母の反対を押し切って帰ってきたが、彼はその招待の真意をわかってはいなかった…
「ここが、ニホンの首都…だったところか」
煩雑な空港での手続きをおえ、ようやく外の空気を吸ったモンリはつぶやいた。
「お母さんから聞いたのとは、だいぶ違うな。もっとも、お母さんがここを出たのは、僕が小さいころだったから、だいぶ前だよな」
母の記憶にあるのは人であふれ、土産や弁当を見る店がひしめきあい、中庭のような休憩スペースや簡易ホテルまであった広い空港だ。都心に近く、国内線ターミナル二つに国際線ターミナルも併設した首都の玄関口だった場所。しかし、今では広いロビーは閑散とし、シャッターが何年もおろされたままだ。休憩所の椅子の表面は破れ、完全に壊れてしまった椅子も放置されている。店らしいものは一か所のみ、地下と二階をつなぐ長い長いエスカレーターもとまったままだ。
「空港に乗り入れていた電車も廃線になったっていうし、センシュ村だっけ、そこに行くにはどうしたらいいんだろう?」
背中に背負ったリュックの重みが増す。故国とはいえ、モンリが今いるのはほぼ地球の裏側の国だ。里帰りというより初めての外国旅行気分で荷物を詰めすぎたのかもしれない。だいたい国をまたいだ旅行など、小さいころにニホンから出て以来だ。今の生活はニホンにいたころと雲泥の差、外国旅行などもってのほか、人里離れた家で、目立たないようひっそりとつつましく暮らす、いや暮らさなければと母が何度もいっていた。ニホンに行くことさえ、母は反対していたのだが、
「招待してくれた、国立競技場神社の人たちが迎えに来てくれるのかな」
ニホンからの招待状が届かなければ、モンリは国外にでるどころかニホンに帰ることすらなかっただろう。聞いたこともない団体からの招待、それは母の懸念を押し切っても受けたい理由がモンリにはあった。
“モンリ・ユキオ様。ニホンでの鎮魂祭にご参加いただけないでしょうか。お祖父さまの関わった大会にかかわる鎮魂祭ですので、ぜひ、ご参加いただきたいと思います。祭りで行われるマラソン大会に、ご参加いただき誰よりも早く国際競技場神社にたどり着ければ、賞金○○ドルが支払われます。ご参加のお申込みをいただければチケットをお送りし…”
「もし勝てれば、大学に行けるかもしれない。いけなくてもそれだけのお金があれば、母さんの病気だって、ちゃんと治せるんだ。空港までの旅費の分だけで入院だってしてもらえたんだし」
空港までの距離をモンリは家から歩き、送られた旅費で母を医者にみせたのだ。幼いころから足の速さと耐久力だけは、村の子供にも、町の大人たちにも負けない。だが
「昔は、足が速いとスポーツ大会っていうのに出て、お金稼いだり、大学とか行けたりしたらしいけど。あのニホンでの大会のせいで、アスリートの地位が低くなってとかで、早く走れるとか泳げるとか意味がなくなったとか言われたなあ」
原因はモンリたちがニホンを出国する前に行われた大会のせいだという。母にそのことについて尋ねようとしたら、真っ青な顔で叱られた、そしてニホン人であることも祖父のモンリのことも絶対に誰にも言ってはいけないと固く口留めされたのだ。
「お祖父ちゃんのおかげでお父さんが早くに死んでもなんとかなったんだって、おばあちゃんが言ってたのに、なんでそんなに秘密にしたがるのか。何かあったのかな。だからニホンからの招待を嫌がったのか」
でも、もうモンリは応じてしまった、旅費もチケットも使ってここまできたのだ。
「いっそ、歩いていこうかな。センシュ村ってどこにあるんだろう」
そこだけ真新しい、新トーキョーの地図の前に立った途端
「モンリさんですか」
と、声をかけられた。
「あ、はい。国際競技場神社の方、ですか」
振り返るとマスクをした初老の男性が、たっていた。
「ええ、そうです、ようこそいらっしゃいました。すぐわかりましたよ、お祖父さまによく似てらっしゃいますな」
「そうですか、祖父のことはよく覚えてないんですが」
「みな、よく覚えておりますよ、わが神社のモノたちは、皆、ね」
と、男性が皮肉交じったような口調で答えたが、モンリは気が付かなかった。
「え、っと、渡された日程だと…。え?明日、さっそく走るのか。だから今日は早く寝たほうがいいっていわれたのかあ」
センシュ村について、モンリは与えられた部屋に通された。同じような部屋がいくつもある建物が何個も並んでいるそれは、町でみかけた団地のようだったが、町の団地と違い、人々の声はしない。ときどき、人影が見えるが、一棟に一人か二人、それも離れた階や部屋で、わざと隔離されたような感じだった。
「なんとかウイルスの脅威っていうのが、ニホンではまだいわれているんだな。だから担当の人も日程表だけおいて、すぐ帰っちゃったし、食事とかも届けられて、部屋で食べるのか」
モンリの家から一番近い町でも数年前までマスク着用だの、人とは距離を置いて話したりしろとうるさかったが、最近はウイルスは沈静化した、弱毒化したなどといわれ、だれもマスクなどしていない。
「結構息苦しいんだよな。マスクって。まさかマスクして走れってことかな。…よかった、マラソン参加者はしなくてもいいのか。マラソンって確か長い距離を走ることだよな。国際競技場神社まではだいぶあるらしいから、考えて走らないとだめだな。一番でなくても八番目ぐらいまでは賞金が出るって話だけど、いったい何人でるんだろう」
ベッドのうえであれこれ考えているうちにモンリは眠りについた。
翌朝、モンリは館内放送で起こされた。
『マラソン大会出場者は朝食後、速やかに広場まで集まってください。8時半までに来ない場合参加拒否とみなします。拒否の場合は、会場までの旅費の倍額を請求します。支払えない場合はフクイチ原発処理場などでの強制労働に従事していただきます。国外からの参加者も同様です。なお、参加拒否者の出国はみとめられません、空港、港にて拘束されます』
ぶっそうな内容に
「な、なんだろう。ただの大会じゃないのか」
考えてみれば、地球の裏側に隠れるように暮らしていたモンリのところに、なぜわざわざ飛行機のチケットや旅費を送ってまで招待したのか。何か、理由がある、とはおもっていたが
「い、いや。大会に参加すればすむことじゃないか。参加して一番にたどり着ければいいんだ。もし、だめでも、何とかなるだろう」
まさか、ビリだと強制労働でもさせられるのだろうか。そういえば他の参加者と顔を会わせる暇もなかった、いや…誰が、何人参加するかもしらないのだ。
「ウイルスをまだ怖がってるんだ、ニホンは。だから、ほかの人に会わせないんだ。参加者の名簿とか見逃したのかもしれないし」
モンリは日程表を見返そうとしたが、
「ああ、もう8時すぎだ。急いで食べていかないと、間に合わない」
ベッドから飛び起き、いつの間にか扉の前に置かれていた朝食のトレーを慌てて取りに行った。
「ふう、結構いるんだな」
指定された場所には数十人の人々が集まっていた。年齢は様々。服装はバラバラ、長そでのシャツにジャージのような男性。モンリと同じタンクトップに短パンの20代ぐらいの女性。ヘルメットをかぶり、あちこちにプロテクターを付けた男性までいた。
「あんな格好で早く走れるのかな」
と、モンリがみてるとプロテクターの男性が、驚いたように
「あ、あんたモンリ元会長の孫とかか!」
「は、はい。祖父をご存じで?」
「南米に逃げたって聞いたが。ま、まさか強制的に連れてこられたのか?いや、今の政府にそんな力はないか。だいたい米中ロの上の連中が人権侵害とか言い出すだろうし…」
ぶつぶつ言う男にモンリは答えた。
「招待状がきたので、参加したんですけど」
「なんだって、そんな!まさか高額の賞金とか言われたのか!」
「え、ええ」
「利権目当てで国際大運動大会を強行開催したっていうモンリの孫が金に困って、のこのこ殺されに来たってのか。ハッ笑えない笑い話だぜ」
殺される?なぜ?
「ど、どういうことなんです」
「知らないのか。地球の反対じゃしかたないか。金に困ってるってんなら、パソコンとかスマホもないのか。まあ、あっても祭りのことは記事にもならんだろうな。この祭りはな、国際大運動大会が開催されたために死んだ大勢の国民の魂をまつる神社、国立競技場時神社が彼らの鎮魂のためにやってる祭りなんだよ」
「鎮魂って?どういう」
「ほんとに何にも知らねえのか。大会開催で観客だのボランティアだのバイトスタッフだ野の間に変異ウイルスが蔓延、首都だけでなく協議が行われた道府県は医療崩壊が起こったんだ。そのおかげでウイルスにかかってない人々まで大勢亡くなった。さらに変異株が変異して諸外国からきた選手が世界中に凶悪なウイルスをまき散らした。そのせいでニホン政府だのが多額の賠償金を要求されるわ、貿易は拒否されるは、実質ニホンは崩壊した。一応政府ってものがあるが、米中ロが実質支配してるようなもんだ。大会開催なんて馬鹿なことをしたニホン国民は10歳以下だとよ、そのせいで選挙権もない。先進国、九条はじめ民主的な憲法をいただく平和国家から、極貧の後退国に成り下がりだ。空港やらをみたろ、十数年も前から修理もしてない、使える滑走路ももはや一本だけ、まったく廃屋みたいな国になっちまった。あんたの祖父モンリはその大会を強行した連中の一人だ。かなり名をしられてるし、ものすごく恨まれてるんだ、知らなかったのか」
呆然とするモンリに男はつづける。
「は、サメの頭といわれたモンリの孫らしいぜ、のこのこやってくるとはな。この祭りは大会開催に賛成した奴らをあつめて走らせて、死んだ連中の鎮魂にするっていう祭りなんだよ。もちろん死んだ奴らや開催した連中を恨んでるわけだから、ただ走らせるわけじゃない」
モンリはゴクリと唾を飲み込んだ。
「沿道から石だの矢だの飛んでくるんだよ、聴衆が投げつけるんだ。火炎瓶を投げたり、猟銃をぶっ放す奴もいた。聴衆はおとがめなしだ、おまけに怪我をしても救助なんてない」
「それじゃ、死んじゃうんじゃ」
「もちろん、そうさ。参加者はほとんど死ぬ、神社までたどり着けずにな。大会を無理やりにやった奴らやその子孫が身をささげることで、死んだ人々の魂を鎮めるんだとよ。そうでないと大地震とかウルトラ台風とか、スーパー津波が襲って、ニホンは今度こそ壊滅するってな」
「そんな、迷信みたいなこと」
「ああ、そうさ、ニホンが極貧国になりさがったことへの憂さ晴らしだよ、ニホン国民、とくにトーキョー都民の。ウイルスがいつまでも蔓延してるのはそのせいだって、だれかが言い出したんだよ。で、大会のせいで死んだ奴らが祟ってるんだって。だから大会の開会式の跡地に神社をつくって、死んだ人々を祀ったんだ。戦争での死者を祀ったのとおんなじだよ。だけど、こっちのが祟りとかひどかったみたいだな。ウイルスがいつまでも流行するし、大会後に大きな地震がいくつもきたしな。まあ医療崩壊がおきたせいでウイルスがおさまらないし、もともと地震多発地帯だけどな。だけど、あの大会のせいで、みんなダメになっちまったんだよ、開催した奴らを恨みたくもなるだろう。で、憂さ晴らしにこういう祭りだ。鎮魂っていうが、生きてるやつらの鎮魂、かもな」
「そんな、馬鹿な。それじゃ祭りのマラソン大会なんて誰も参加しなくなるんじゃ」
「ああ、そうさ。だから強制なんだよ、これはな。別に連行されるとかじゃない、世論というか忖度というか、まわりのプレッシャーみたいなもんで出させられているんだよ。はじめは国外に逃げそびれた政府とかの奴ら。次は当時の政権をヨイショしてた御用学者とか自称有識者とか芸能人。次は選手とかその関係者。俺は聖火ランナーだったんだよ、自分じゃなくて親父がな」
「そんな、親のせいで…。拒否できないんですか」
「拒否ねえ、そうだな、国外に出るとか、無人島で一生送るとかの覚悟があればな。招待状が届くと周りに知られるんだ、あの大会の関係者、開催に賛成したあおった奴らだとな。で、出ないとかいうとどうなると思う?その日から水がでなくなるんだよ。昔は電気、ガスの次に水道っていっていたが、今は電気やガスもこない。炭とか薪で煮炊きが大半だ、ソーラーとか自家発電やってるやつもいるけどな。薪の供給とかもなくなる。もちろん米とか乾パンの配給とかもな。多少資産があったところで、そもそも食料とか生活必需品とかも売ってもらえないんだ。ネットショップ?参加渋ったと知れた時点でスマホもネットも使用できなくなる。訴えても無駄だ。役人がそもそも訴えとかを受理してくれない。何か困っても誰も助けてくれないんだよ、四面楚歌、村八分、いや村十分か、葬式もだせないんだから。今の政府も黙認だよ、自業自得だってな。米中ロのお偉方も旧ニホン政府に媚びてたやつらなんでどうでもいいんだろ。むしろ世界中に変異ウイルスをまき散らした悪魔の使徒、裁かれて当然って感じだよ。ま、ニホン国民の憂さ晴らしにもなって現体制に反抗するようなこともなくなるから都合がいいってことだろうな。ホント、賛成派は悲惨だよ、前から。ヨツウラ・ハリだっけ、政府寄りだった女政治学者だったか。ウイルスのとき威勢のいいこといってたせいで、招待状が届く前からひどい目にあってた。娘が襲われて息も絶え絶えになって帰ってきても、知らんぷりされてた。しまいにゃ死人が出ようが、火葬すらしてもらえず、家には誰も近寄らない。招待されるころには、本人は腐乱死体だったそうだよ、しかも大半は野良猫だのに食われてひどいありさまだったそうだ。そんな目に遭いたくない、家族を遭わせたくなければ出るしかないんだ」
立ち尽くすモンリの横から、タンクトップの女性が飛び出した。
「いやああ、死にたくない!」
スタート地点のテープから沿道に出ようとした途端
「逃がさんぞ!」
「ハシシタの娘め、貴様らがあおったせいでオーサカはなくなっちまったんだ!」
「違うぞ、ハシシタじゃねえ、ジコウ党のマンマルの娘だ」
「あのおバカ大臣!なにが一時免疫よ!大会大失敗、パンデミックが起こったとたん、外国に逃げだして!」
集まった聴衆に囲まれた。
「ち、ちがいます。私は、その…、会長だった…、ハジモトの…、ごめんなさい。助けて」
女性は震えながら、命乞いをするが
「あのアホ会長か、とっとと中止にしてりゃよかったんだ」
「セクハラ婆の娘?よくものうのうと生きてこられたわね」
罵りの声があがり
ボコ
「きゃっ!」
バシ
「いた!」
バンバン
「うう…」
だんだん彼女の声がきこえなくなり、
ドサッという音とともに完全に姿がみえなくなった。
「なんだ、死んだか、どうする」
「邪魔だからどっかに置いとけよ」
「いいわよ、踏みつぶしちゃいなさいよ」
聴衆の非情なセリフにモンリは震えが止まらなくなった。それをみた男は苦笑いしながら
「見たろ。絶対に逃げらんねえんだ、参加しちまったらな。ニホン国から逃げた奴らは大丈夫かと思ったが、お前みたいに引っかかる奴もいるんだな。そのうち逃亡先の国に圧力かけて強制送還されるのかもな。ま、俺たちにゃ関係ないか。一応、防備はしてきたが、俺もこの大会で死んじまうかもしれねえし。お前は足が速そうだが、石とか瓶とかよけて神社までいけるかねえ」
男の声が終わるか終わらないうちに放送が入った。
『えー、今年もトラブルはありましたが、鎮魂祭マラソン大会を開催いたします。皆様今年も鎮魂のため、犠牲となってくれる選手たちを速やかにあちらに送り出しましょう。それでは、スタートです』
パアンと開催の合図が鳴り響いた。
どこぞの国では国民多数の反対のなかスポーツイベントを開催するつもりですが、ホントにウルトラ変異株が続出になったらどうする気なんでしょうね。アスリートの方々も参加したらかえって地位がダダ下がり、下手すると例のスポーツイベント自体が次回からなくなる騒ぎになりかねないと思うんですけどねえ。それとも最後にあの世行きでもメダルをーというあれなんでしょうか。皆さん地球の生命体としての正気を取り戻していただきたいものです。