とある一般人の話①
異世界に召喚される者は選ばれた人間である。それは勇者であったり、聖女であったりする。私の目の前にいる彼らが、まさにそうなのだろう。彼らは不思議な光を纏っている。人々の視線も釘付けだ。
「おお、なんと神々しい!聖なる儀式は成功した!」
周りにいる人間の中で一番偉そうにしている男が大きな声で叫ぶ。
あまりにも現実味がない光景だが、冷静さを自分が保っているので不思議だ。そういえば、と思い自分の体を見る。自分も目の前の二人のような輝きを纏っているのではないかと思ったがちらと光っていないので少しがっかりしてしまった。英雄だの聖人だのになりたいわけではないが何か特別な力を自分が持っているなら嬉しかったのに。
「君、大丈夫かね。」
「え?私?」
「ああ、そうだよ。こちらに来なさい。」
いかにも知的で冷静そうな、背の高い男が私を扉の方へ促した。彼の方へ足を向けるとそのまま廊下へ連れ出される。困惑してしまった私は、男の顔見つめることしか出来なかった。
「誰も君のことを見ていない。」
そう言われて、私は黙って男に付いていくしかなくなってしまった。
しばらく廊下を歩いて、質素だが格調高いインテリアが施された部屋に通された。
「ここは私の執務室だ。」
「どうして、私のことをここへ?」
「まずは自己紹介をしよう。私の名前はアーダルベルト・アーバスノットだ。アーダルベルトと呼んでくれてかまわない。君は?」
「私は、真堂るいです。」
「シンドー・ルイ?聞きなれない名だ。シンドーが名か?」
「いえ、真堂は苗字です。」
「苗字?家名のことだろうか。」
「そうです。るいが名前です。」
「では、君のことはルイと呼ぼう。」
アーダルベルトは自己紹介を終えると、棚からティーポットとティーカップ一式、茶葉とクッキーを取り出してお茶を入れてくれた。嗅ぎなれた紅茶の匂いが漂って来たので、どことなく安心感を得られた。
「私がここに君を招き入れたのは、何よりあの下らない聖なる儀式の場から抜け出したたかったからだ。」
アーダルベルトは今までの物腰柔らかい様子から一転、砕けた態度を見せる。
「私はここに来たばかりなので、何が何だか、状況を理解できていなくて。」
「ああ、そうだろうな、申し訳ない。私としたことが。」
「君と、あの神々しい光を纏って現れた二人をこの世界に召喚したのは神官たちだ。とある伝承によれば、あの二人は推定、選ばれた勇者と全てを浄化する力を持つという聖女だ。二人を召喚する儀式を神官たちは聖なる儀式と呼んでいてね。この儀式を行うことは王も同意している。」
なるほど、最近ではよくある展開というわけだ。思わずうんうんと頷いてしまった。
「失礼なことを言うようで申し訳ないが、あの二人と違って君が何か特別な力を持ちうる様には見えない。だから君をここに連れ出した。それにしても、君はやけに冷静だな。」
「大丈夫です。正直に言って責任が大きい役割をせずに済んでほっとしています。それにこういう展開は、私の世界ではよくある話なんです。」
アーダルベルトは疑問と好奇心を顔に浮かべて私に問う。
「よくある話とは?」
私は元いた世界で流行していた異世界ものについて説明した。こちらの世界には物語を伝える媒体は旅芸人のお芝居や吟遊詩人の歌しかないようで、小説や漫画やアニメの説明をするのに苦労した。アーダルベルトは私が元いた世界に興味を示したようで色々と聞きたそうにしていた。
「私たちの世界の人は魔法とか、異世界から人を召喚するとかそういう事が出来る人ははいないんですけどね。」
「魔法が使えない世界があるのも驚きだが、魔法が存在しない世界でそういった物語が広く人々に愛されているのは何だかおかしい気もするな。」
魔法だのなんだのが想像上の出来事ではなく現実の世界の人間にとってはそういう感想になるのだろう。しかし、異世界転生が現実としてこの身に起こった今となっては、元いた世界の異世界ものの物語もただの人々の妄想ではなかったのだろうかと今では思う。
「君の話をもっと聞きたい。役割を持たないで召喚された君のここでの生活は私が保障しよう。かまわないかな?」
「ありがたいお話です。よろしくお願いします。」
「一つお聞きしたいことがあるんですけど、どうして聖なる儀式は行われたのですか?」
アーダルベルトは溜息を吐いて忌々し気な表情を浮かべた。
「現在、この国では未曾有の魔物被害と周辺諸国との外交問題に悩まれているのだよ。」
「それで勇者と聖女が必要なんですね。」
「ああ、それもあるが神殿が立場と権力を固めたいというのが聖なる儀式を行った一番の理由だな。彼らは今頃狂ったように喜んでいるだろうよ。」
皮肉たっぷりの口調で吐き捨てる。
「神殿の人たちが嫌いなんですね。」
「その通り。私は彼らとは政敵というやつでね。私はね、国の運命を異世界から来た救世主に委ねようなんて馬鹿馬鹿しいと思っているのだよ。」
そう言って、アーダルベルトはハッとした顔をした。
「おしゃべりが過ぎたな。いい意味で、君は部外者だからつい話してしまった様だ。」
ここで待っていなさいと言い残して、アーダルベルトは部屋から退室した。
なんの力も持っていない私は、異世界に召喚されてすぐに酷い目に遭う可能性だって充分にありえたのだから、今の状況は幸運だと言えるだろう。アーダルベルトが聖なる儀式の場に居合わせてくれていて本当によかった。
それにしても、政治的な理由で召喚されたあの二人は大丈夫だろうか。たまたま同じエレベーターに居合わせただけの関係だが、同じ学校の生徒なんだから多少は気になる。悪いようにはされないだろうが、私と違って勇者と聖女はこれから忙しくなるだろうなと思った。