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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
1章 レクセディアの空白の少年
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 洞窟を抜けた先にある村で、ルナセオたちは一泊することになった。洞窟の向こうはもうレクセのような青々とした木々とレンガの作る街並みとはまったくちがう様相だった。草花の葉っぱはトゲトゲしいものが多くて、木の幹の色は黒っぽくて背が高い。吹きすさぶ冷たい風に、ルナセオにマントを貸し与えたままのトレイズはぶるりと震えた。

「とにかくお前の服をなんとかするか、それから宿だな」

「俺、あんまり持ち合わせないんだけど」

「子供に自腹切らせるわけないだろ。経費だ、経費」


 ルナセオは人の厚意に対して遠慮しないタイプだった。小さな村唯一の仕立て屋にある、既製品の中でいちばん縫製のしっかりした服と、防寒かつ蒸れ防止の魔法がかかったマントを選んで弾き出された金額に、トレイズは領収証を見ながら苦虫を噛み潰したような顔になった。

「お前、少しは自重しろよ」

「経費ならいいじゃん」

加齢臭の薫り立つマントはトレイズに返して、新品のマントにぬくぬくくるまりながらルナセオは悪びれもせずに言った。

 制服は燃やして捨てていくことにした。他の都市でレクセの学校の制服を着ていたら目立って仕方がないし、だいいちあの服はところどころ血が染みていた。後生大事に持っていたってもう袖を通せる状態じゃないだろう。


 それから、村の外れにある小さな墓場の角で、ささやかなラゼの葬式を行った。トレイズは荷物の中から、紐で縛ったラゼのものらしいひと房の金の髪を取り出すと、地面に埋めて土を盛った。

「あそこからは、これしか持ち出せなかった。ちゃんとした葬儀はレクセでもやってくれると思うが、アイツも眠るなら故郷に近いほうがいいだろ」

「ラゼって、このへんの出身だったの?」

 別にラゼとは友達というわけじゃなかったから、彼女の身の上なんて聞いたことがなかった。ただ知っているのは、学校の風紀委員で、規則に厳しくて、校則破りには率先して突っかかっていく気が強い少女だったと、それだけ。ルナセオより、素行の悪いグレーシャのほうが話した回数は多かっただろう。

「まあな。アイツはもう故郷へは二度と帰らないと言っていた。だけど、ちょっと意地っ張りだったからな、本当はいつかは帰りたいと思ってたはずだ」

 それからトレイズは、荷物の中から布を巻いた円状のものをルナセオによこした。

「これはお前が持っておくといい。これからの旅には危険が付きまとうこともあるだろうからな」

布を外すと、中にあったのは、ラゼが持っていたチャクラムだった。トレイズが磨いたのか、血は拭き取られてくもり一つない。武器屋のショーケースに飾られていれば美しいと思っただろうが、この刃が本当に人の命を奪うことを知ってしまうと、とたんに醜悪なものを握っている気になるから不思議だ。


 黙りこんでチャクラムを見下ろしているルナセオに、頭上から気遣わしげな声が落ちてきた。

「大丈夫か?」

「うん、…なにが?」

反射的に答えてしまってから、トレイズを見上げると、彼はやっぱり苦々しい顔をしてルナセオから顔を背けて、宿への道を辿って歩き出してしまった。

「…大丈夫ならいい」


 トレイズの背中を追いながら、ルナセオは自分が、思っていたよりずっと「大丈夫」であることに首を傾げた。目の前で同級生が死んで、巫子なんてものになって、自分も黒マントの何人かを手にかけたというのに、ルナセオはいつも通り呑気で楽観的な自分のままだった。人って意外としぶといんだなあ、くらいの気持ちで平然としているのを、トレイズは強がっているようにとらえたのだろうか。

 仮に、あのときトレイズがもう一歩遅れていて、あの巫子狩りの少年に刃を振り下ろしていたら、ルナセオは今こんなに穏やかではいられなかったような気がする。この男は、すんでのところでルナセオの心を守ってくれたのだ。

(まあ、次にあの巫子狩りに会ったら、そのときは我慢しないけど)

ルナセオは、自分が不穏なことを考えている自覚もないまま、ラゼのチャクラムを腰のベルトに留めた。



 その翌朝には村を発ったルナセオたちが、シェイルディアの首都クレイスフィーにたどり着いたのは、それから七日後のことだった。堅牢な門は首が痛くなるほど見上げるくらいの高さで、昔の名残りなのか、所々に見張り窓のような小さな小窓がついていた。巨大な門戸の両脇には黒い甲冑の兵士が槍を持って立っており、ぴんとした立ち姿が格好いい。

 中に入ってからも圧巻だった。雪が積もりやすいからか、石造りのしっかりした建物は入り口が二階にあるものが多く、どれも背が高かった。メインストリートは賑やかで、旅一座らしき集団の出し物や行商人に人が集まっていた。ゆるやかな長い坂道の向こうには、ひときわ要塞みたいに重厚な王城らしき建物が見えた。

「軍事都市なんていうからもっと物々しい街かと思ってたけど、すごい賑やかなんだね」

「ここの王殿下が華やかなものが好きだからって噂だな。まあ百年以上王位が変わってないとか、正妃が敬虔なシスターだとか、だいぶ眉唾ものの噂が多い土地だけどな」


「シェイル騎士団員の姿絵、新しく入荷したよ!」

お嬢さんたちの黄色い悲鳴とともに商人の高らかな客引きが耳を引いた。見ると、凛々しい男性の絵に少女たちがきゃーきゃー言いながら群がっている。

「ねえ、一等騎士様の中で誰が好き?」

「えーやっぱりエルディ様かなあ」

「あの美術品みたいなお顔で子煩悩っていうのがまたポイント高いわよねー」

「そうだ、セーナのためにギルビス様の新しい姿絵買っておいてあげましょ!」

レクセでも女学生たちが誰がかっこいいとか誰のファンだとかで盛り上がっている姿はよく見たが、さすがに姿絵は出回っていなかった気がする。わざわざ金払ってまで人の絵がほしいかなあ、熱狂する少女たちを眺めていると、心の声が口から漏れていたらしく隣から吹き出す音がした。

「シェイル騎士団はこの都市中の憧れで、ここに生まれた男子はだいたい騎士を志すし、女子はこぞって騎士と結婚したがるらしい。ま、そのくらい花形だってことだ」

「へー」

「ほら、あれを見ろ」


 トレイズに指を差された先を見ると、城の方から二人の男が歩いてきていた。金色の紐やら金具やらで飾られた黒い軍服に身を纏い、美しい毛並みの黒馬を引いている。

 絵姿に群がっていた少女たちがきゃあと歓声を上げた。

「ダラー様とヒーラ様よ、今日も素敵…」

「ヒーラ様って史上最年少で一等騎士になられたんでしょう?お強いのね」

「こっちを見てくださらないかしら…」

少女たちの願いは叶わず、二人はきりっとした顔でそのまま彼女たちの前を素通りしていった。すっと背筋を伸ばして颯爽と歩き去る姿は、なるほど確かに格好いい。しかも少女たちの視線にまったく惑わされない硬派さに好感を持てた。


「騎士かー、俺に剣の才能があれば目指してたかもなー」

「やめとけ、シェイルの騎士は徹底的な実力主義で、新人はストレスで吐くらしいぞ。憧れまででとどておけ」

「ああ、それは俺には無理かな」

のほほんと生きてきたルナセオにできる仕事ではなさそうだ。すぐさま諦めて、ルナセオたちは王城に向かった。



「いない?」

「はい、エルディ一等騎士は半月前から長期休暇を取られており不在にしております」

 王城の一階は一般市民にも開放されており、見かけのいかめしさとは裏腹に中は贅を凝らした華やかな装いだった。ふかふかの絨毯に、ぴかぴかに磨かれた窓、輝く大きなシャンデリア。これが学校の課外授業なら大はしゃぎしていたことだろう。待合い用なのか、受付の前に置かれたソファの座り心地に感動していると、背後から何やら雲行きの怪しい会話が聞こえてきた。


 振り返ると、にこやかな受付嬢に対してトレイズは困り顔だ。

「参ったな…いつ頃戻るんだ?」

「あいにく戻りの時期は未定のようですね。当面は不在にしているものと伺っていますが」

無期限の長期休みが取れるだなんていい職場だなあとルナセオはクッションを抱きながら呑気に思っていたが、ラトメに行くための当てが外れて困ったことになったのも事実だ。どうするんだろうと成り行きを見守っていると、トレイズは「仕方ないか」とつぶやいて、受付嬢になおも尋ねた。

「紹介状とかはないからダメ元で確認してほしいんだけど、騎士団長のギルビスに時間が取れないか聞いてみてもらえないか?」

「ギルビス騎士団長ですか?…失礼ですが、お客様のお名前は?」

受付嬢は目をむいてトレイズを上から下まで眺めた。そりゃあ、こんな薄汚れた身なりの隻腕の男が約束もなしに現れたのだから警戒するだろう。

「あー、元ラトメ神護隊長のトレイズという者だ。トレイズが来たって言えば分かると思うから」

「も、元神護隊長様でいらっしゃいましたか!申し訳ございません、少々お待ちください!」

受付嬢は焦った様子でトレイズにぺこぺこ頭を下げると、後ろに設置されていたなにかの取っ手みたいなものを耳に当てて何やら話し出した。どうやらどこか別の場所にいる誰かと会話できる魔法道具らしい。側から見るとひとり言を言っているみたいで珍妙だ。


 物珍しくて受付嬢を眺めていると、不意に隣から声がかけられた。

「シェイル騎士に会いにいらっしゃったのですか?」

「ああ、うん、そうだけど…」

答えながら声の主を見て、ルナセオは途中で言葉を失った。それくらいびっくりするほどの美少女が、柔らかいほほえみを浮かべてルナセオを見下ろしていた。

 肩口までで切りそろえられたさらさらの銀髪を黒いレースのリボンで飾り、くるんとカールした長いまつげで彩られた瞳は宝石みたいな瑠璃色をしていた。頬はお人形のように薄い薔薇色が差していて、白磁の肌を包む衣装は修道女のような黒いワンピースだったけれど、要所を彩るレースや厚手の生地から、ものすごく手や金のかかった代物だとわかる。


 美少女はなぜかルナセオの隣にちょこんと腰かけると、無邪気にこちらに身を乗り出した。なんだかお花みたいないい香りが漂ってきて、ルナセオはどきどきしながら左耳のあたりの髪をなでつけた。

「旅の方でいらっしゃいますね、ようこそシェイルディアへ。観光ですか?」

「あー、えっと、まあ、そんなとこ。あそこにいる連れの知り合いに会いに来て」

しどろもどろに返すと、美少女はまあ、と嬉しそうに手を叩いた。指先の爪まで小さくてかわいらしい。

「我が都市の騎士はみな自慢の豪傑揃いなのですよ。彼らの縁者ということは、あちらのお連れ様も名うての方なのかもしれませんね」

「う、うーん、わかんないけど」

 この子は天使なのか妖精なのか、とにかく人間じゃないに違いないと半ば確信を持って視線をさまよわせていると、ルナセオの思考が凍った。王城の入り口から、見覚えのある黒マントが二体、歩いてくるのが見えたのだ。


 突然ルナセオがマントのフードを深くかぶったので、美少女はキョトンとした。しかし、構っていられずルナセオはクッションに顔を伏せて縮こまった。

「どうされたのですか?」

鈴の鳴るような声で問われたが、ルナセオは答えずにクッションから目から上だけを出して黒マントたちを伺った。二人組はいずれも背が高くガタイがいいように見える。少なくとも、あの時の少年の体格ではなかった。

 美少女はルナセオの視線を追って巫子狩りを見ると、柔和な表情を曇らせた。すると、ささやくようにルナセオに問いかけてくる。

「あちらの方々から、身を隠していらっしゃるのですね?」

妙に確信を持った口調で言われて何も返せずにいると、彼女は何かを納得したのか、荒れひとつ知らないすべすべの小さな手で、クッションを握っていたルナセオの手を握った。

「え」

「こちらへ」


 言われるがままルナセオは美少女に手を引かれて、入り口とは違う城の奥へと駆け出した。背後から、巫子狩りたちの「いたぞ!」「追え!」という声が飛んでくる。

「あいつら追ってくるんだけど!?」

「中庭に参りましょう、あちらで撃退いたします」

調度品として飾られていてもおかしくないくらいの美少女から剣呑な単語が飛び出してルナセオはぎょっとした。彼女は勝手知ったる様子で廊下を駆け抜けると、ひときわ大きな扉を開いて飛び込んだ。


 そこは美しく草木が整えられた庭園で、なにか魔法がかかっているのか北国だというのに春のように暖かかった。美少女は遊歩道を駆けて中庭の中央にたどり着くと、ルナセオを背中にかばうようにしてくるりと振り返った。

 巫子狩りたちはすぐに追いついてきて、あの黒い筒をルナセオたちに構えた。

「巫子だな、大人しくついてきてもらおう」

「抵抗すれば無事では済まないぞ」

一体彼らは巫子になんの恨みがあるっていうんだろう?チャクラムを握ってルナセオも応戦しようとすると、美少女がそれを制するように腕を上げた。

「我が城で狼藉を働く者を見過ごすわけにはまいりません。その無粋な武器を下ろしてください」

「なんだこの女は?」


 美少女は詠唱もなしに、その場から風を引き起こし、掲げた手のひらから透き通る水を繰り出した。厚手の黒いワンピースの裾がふわりと浮かんで、細い足首がのぞいた。水流は風に乗って高く高く舞い上がり、細かいしぶきがパラパラ落ちてきた。

「無詠唱で二属性同時魔法なんて聞いたことないぞ!?」

「危険だ、はやくやっちまえ!」

巫子狩りたちが慌てて筒の先を少女に向けた瞬間、少女のほうは上を見上げて「ギルビス!」と叫んだ。


 呼び声に応じるように、吹き抜けになった城の上階から(しかも、ルナセオの見間違いでなければ五階くらいから、だ!)人影が飛び降りた。その人物は、直後火を吹こうとした巫子狩りたちの黒い筒を真っ二つに斬り落とし、ルナセオたちと巫子狩りとの間に難なく着地した。白いマントが翻り、濃紺の髪がさらりと揺れた。

 男は冷徹な声で唖然とする巫子狩りに言い放った。

「ここはお前たちのような慮外者の立ち入る場所ではない。去れ」

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