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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
3章 All or Only One
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 忘れようにも忘れられない、ラゼを撃ったあの小柄な少年のあどけない顔立ち。恐怖に震えて、怯えながらもこちらを睨むまなざし。間違いなくふたり組の片方は、あの因縁の巫子狩りだ。

 その少年は、オロオロしながらもう一方の巫子狩りのマントを引っ張って訴えていた。

「ねえローア、もう帰ろうよ。いい加減先生に怒られちゃうよぉ」

「ダメよ!まだひとりも巫子を見つけられてないじゃない」


 もう片方の巫子狩りもまた、ルナセオとそう変わらない、むしろ年下に見える少女だった。小麦色の髪を結い上げてきれいにまとめている。彼女は気の強そうな顔で小柄な巫子狩りを睨んだ。

「悪しき巫子を捕まえたら、勝手に転移陣を使ったことなんてチャラよ、チャラ!それどころか評価も上がるわ。パパの役にも立てるもの」

「僕、もうやだよ。巫子って本当に怖いんだから。ローアは会ったことないから分かんないんだよ」

 少年の巫子狩りはしゅんとうなだれた。「先輩たちもみんな死んじゃった…」


 なにを馬鹿なことを。ルナセオは胸の奥からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。あのときと同じだ。思考が焼き切れて、耳がひどく熱くて、目の前が真っ赤になるような感覚。ルナセオはそっと背中に手を回した。自分だってラゼを殺したくせに、襲いにきたのはあいつらのくせに、なにを被害者ぶって泣きそうな顔をしているのだ、あいつは。


「だ、か、ら!私たちで仇を討ってやろうって言ってんじゃない!」

 ローアと呼ばれた、少女の巫子狩りが、奴の頬を強くひっぱった。

「そうと決まったら今日も巡回よ!絶対に今日こそ巫子の尻尾を捕まえてやるわ。行くわよ、トック!」

「なんだかなあ…」

 トック。少女に呼ばれた仇の名前を、ルナセオは記憶に焼き付けた。ズンズン進んでいく少女の跡を追って、そいつはとぼとぼ歩き出した。行ってしまう、一歩前に踏み出したところで、くいとルナセオのマントが控えめに引かれた。


 振り返ると、ひどく気遣わしげにこちらを見つめるネルの若葉色の瞳が目に入った。彼女は、チャクラムに指をひっかけたルナセオの手元を見て表情を曇らせた。

「ルナセオ」

 肩に手が置かれて、押し殺すような声でトレイズが名前を呼んだ。

「ルナセオ、落ち着け」

「俺は落ち着いてるよ」

むしろ、いつもより頭が冴え渡っているくらいだ。正面を見据えると、巫子狩りたちは角を曲がって見えなくなるところだった。

 メルセナも戸惑った様子で、ほかの面々にならうようにぺたりとルナセオの背中に張りついた。

「なに?どういうこと?」

「あいつは…」

 ルナセオは唾を飲みこんだ。この場から動けない自分が、もどかしくて仕方なかった。

「あいつだ。あの小さい巫子狩り。あいつがラゼを殺したんだ」



 とにかく街で騒ぎを起こすなとなだめすかされて、メルセナの案内で食堂に連れて行かれ、目の前にほかほかのパスタの皿が置かれる頃には、確かに少し冷静を欠いていたかもしれないと思うようになった。3人がなにかとこちらの様子を伺うので、ルナセオはちょっぴりイラッとした。「だから落ち着いてるってば」と、やたらと水を飲ませようとするトレイズの手を押しのけると、ようやく3人もほっと息をついてくれた。


「あんな子供が危ない武器持って巫子狩りやってるなんて」

 自分のほうが幼い見た目をしていながら、メルセナは憤慨した様子で言った。

「神都ってやつはそんなに人手不足なの?男の子のほうなんて私とそう身長が変わらなかったわ」

「見た目は子供でも、奴らは特殊な訓練を受けた殺しの専門家だ。甘く見ると痛い目見るぞ」

トレイズの忠告に、ルナセオもうなずいた。実際、あのトックという少年は気弱そうななりをして、魔弾銃でラゼを殺したのだから。


「あの子たち、『悪しき巫子』って言ってたね」

 ネルが首をかしげて言った。おとぎ話で語られる巫子は正義の味方だ。「巫子狩り」なんていうくらいだから、彼らにも何らかの大義があるのかもしれないが。

 それに。

「巫子がなんで悪者扱いなのかはともかく、あっちは俺を恨んでるだろうな。レクセで襲われたとき、あいつ以外の奴を全滅させちゃったし」

パスタをくるくるフォークに巻きながら、あの日のことを思い出す。トックが言っていた「先輩たち」というのが、あの日ルナセオが殺した巫子狩りたちのことだろう。

「少なくともあの巫子狩りからすれば、俺は凶悪な人殺しだと思うよ。まあ俺からしてもあいつは悪党だからお互いさまだけど」

 気づけばフォークには巻きすぎて大きな塊になったパスタの玉が出来上がっていた。大口を開けて頬張っていると、妙な沈黙が支配していた。ネルもメルセナもフォークを置いているのでどうしたのかと首をかしげていると、トレイズが深いため息をついた。


「恨みを捨てろとは言わないが、仇討ちなんて汚れ仕事は、お前がすることじゃない。そんなことをしてもラゼが戻ってくるわけでもないしな」

「なんだよ、トレイズだって…仇のこと憎んでるんだろ」

ラゼの墓を見つめていたトレイズの横顔は、行き場のない恨みを抱えていたはずだ。9番を憎んでいた彼の台詞とは思えなくてトレイズを睨むと、彼はふと疲れたような笑みを浮かべてルナセオの頭をポンポン叩いた。

「俺だから言えることもあるんだよ」

トレイズはひどく優しい声で言った。

「俺は白黒はっきり付けなきゃ気が済まないたちだからな。いつもそれで間違える。ガキの頃は自分が正義だと疑ってなかったし、今だってその考え方を簡単には覆せない。でも、お前らはまだいくらでもやり直せるだろ。そんな子供のうちから、人生棒に振ることはねえよ」


 べつに、ルナセオは人生を捨てて仇討ちを誓っているわけではない。そもそも、ラゼの仇だからあのトックを憎んでいるのかも、よく分からなかった。ただ、彼が存在していることが許せない。どこかで安穏と生きていると思うだけで嫌な気持ちになるし、この世界から排除せずにはおれない、それだけだ。

 釈然としないルナセオの表情に気づいたのか、フォークを握ったルナセオの右手を誰かが握った…ネルだ。


「ね、ネル?」

「セオにこれまでどれだけ大変なことがあったのか、わたし、わかんないけど…」

 ネルは一生懸命言葉を選んでいる様子で、むずかしい顔をしてうんうん唸った。

「あのね、リズセム様に言われたの。辛いときこそ、楽しいことを探すんだって。セオにはあんな怖い顔じゃなくて、いつも笑っててほしいよ。わたしも手伝うから、だから…セオ?」

ネルが怪訝そうにこちらを見たが、ルナセオのほうはそれどころではなかった。ネルと繋いだ手がカッカと熱くなって、汗をかいているのではと心配になるくらいだ。


 固まっているルナセオと、きょとんとするネルを交互に見て、メルセナが呆れた様子で首を振った。

「なんていうか、ネルって小悪魔よね」

「ええっ、なんで?」

「あーやだやだ、愛しのデクレくんに会えたら告げ口しちゃおっと」

「ど、どうして?セーナだって一緒だよ?セオは巫子の仲間だし、お兄ちゃんみたいだし…」

テーブルに突っ伏すと、ゴスンと鈍い音が鳴った。あー、はいはい。「お兄ちゃん」ね。分かってましたよ、もちろん。


 隣のトレイズが同情するように背中をさすってきた。なんだか涙が出てきたが、これはきっと打ちつけた額の痛みのせいだ。きっとそうに違いない。



 しかし、そもそもの問題が解決したわけではない。結局メルセナの観光案内は延期になった。街中でさっきの巫子狩りたちと遭遇して、民間人に被害があってはならないので。


「街中で巫子狩りとドンパチするわけにはいかないからな。王城ならそう下手なことはできねえだろ」

「俺たち、前に来たときにお城で巫子狩りに襲われなかったっけ?」

「…何かあったら騎士に助けてもらおうぜ」

ところが、食事を終えてクレイスフィー城に向かうと、城門の前に、例の巫子狩りコンビが立っていた。完全にトレイズの作戦が裏目に出たようだ。


 彼らが視界に入るやいなや、両脇をがっしり女性陣に固められ、ついでに背後からトレイズに頭をつかまれた。すっかり危険な珍獣扱いだ。


 さすがに2回目の遭遇となれば、ルナセオもいくぶんか冷静でいられた。少なくとも、この人通りの多いメインストリートで武器を出すのはためらわれる。大人しく様子をうかがっていると、少女の巫子狩り…ローアといったか…が、プリプリ怒りながら、見張りの兵士に食ってかかっていた。

「なんで入っちゃダメなの?玄関受付は誰でも入れる決まりでしょ!?」

「ズケズケと我らの王城に踏み入った挙句、騒ぎを起こして出禁になったのはお前たちの自業自得だろう、帰れ帰れ!」

「しょうがないでしょ!悪しき巫子を捕まえようとしたんだから感謝してほしいくらいよ!」


「ああ、やばい」

 彼らの話を聞いて、ルナセオは思わずつぶやいた。

「前に来たときに俺が巫子狩りに追われたせいで、なんか迷惑かかっちゃってない?」

「不可抗力だったろ」

トレイズはそう言うが、巫子狩りたちがこの城を張っているのは、明らかにルナセオたちのせいだろう。ナシャ王妃やギルビスに助けてもらったことで、ずいぶん苦労をかけてしまっているらしい。


 見張りの甲冑兵は、全身鎧姿でも分かるほどうんざりした様子で、ローアたちを追い払うように手を振った。すると、ローアは肩を怒らせて叫んだ。

「なによ!アンタみたいなヤツ、パパに言って処罰してやるんだから!」

「ちょ、ちょっと、ローア!」

トックが慌ててローアのマントを引っ張ったが、すでにローアのほうは、沸騰したヤカンよろしく顔から湯気を噴き出さんばかりに暴発していた。

「だいたい、五大都市は神都の属領なんだから、私たちの命令には従ってしかるべきでしょ!シェイルは繁栄めざましいっていうけど、それだって神都が自治を認めてるおかげなんだから…」

「シェイルが、なんだい?お嬢さん」


 凛とした声が割って入った。ルナセオの腕にくっついたままのメルセナが、いつもより数トーン高い声であっと声を上げるので、ルナセオはぎょっとして彼女を見下ろした。メルセナの頬は薔薇色に染まっていた。


 温和そうな濃紺色の髪と瞳の青年は、純白のマントをはためかせて颯爽と城内から現れた。彼は招かれざる客にもあくまで紳士的に、諭すようにローアに声をかけた。

「我らがシェイルの繁栄が神都の功績だと、そう言ったかい?なるほど、君は少し偏った歴史の授業を受けたようだ」

「な…なによ、本当のことでしょ?」

 突然現れた、いかにも地位の高そうな騎士に、ローアはたじろいだ。噴火は多少おさまったらしいが、意見を変える気はないらしかった。


 青年は鞘に収まった自身の剣の柄を指先でもてあそびながら、至極冷静に言った。

「世界を取りまとめるべき神都で、そのような自都市賛美の教育が謳われているとは嘆かわしい限りだ。そちらの神官学校ではもう少しマシな教師を雇うよう、世界大会議で奏上いただけないか殿下にお願い申し上げておくとしよう」

「生意気ね!アンタたちなんか神都が認めなきゃ存続もできないんだから、黙って私たちの言うことを聞いてればいいのよ!」


 あーあ、ルナセオとメルセナは同時に首を横に振った。巫子狩りってやつは、歴史の勉強はしていないのだろうか。

 世界王陛下はこの世界でもっとも地位が高くて、彼が治める神都ファナティライストがそのほかの都市を取りまとめていることは間違いない。しかし、あくまで五大都市は自治が認められていて、神都に支配されているわけではない。むしろ、シェイルディアの繁栄は神都をも超えるという噂も聞いたことがある。もっともルナセオは神都に行ったことがないので、どこまでが真実かは怪しいが。

 とにかく、五大都市が神都よりも劣っていると発言するのは、自分の無知をさらけだしているようなものだ。これは外交問題待ったなしだ。まして相手は、この都市の騎士団長なのだから。


 青年は優雅な動きで曇りひとつない剣を抜くと、そのまま宙に放り投げた。くるりと一回転した刃が、太陽の光を受けて円を描く。彼はうっとりするほど無駄のない動きで剣を受け止めた。

「お嬢さんはよほど、我ら誉れ高きシェイルディアの力をお試しになりたいらしい。それが神都の総意ならば、仕方ないね。神都は我がシェイルとの盟約を守る意志なしと、私から敬愛なるリズセム王にお伝えしておく」

「わ、わ、わ、私を脅そうったって、そうはいかないんだからねっ!」

 無知なりにローアも自分の身に危機が迫っていることは理解したらしい。彼女の声はひっくり返っていた。青年はとぼけたふりをして小首をかしげてみせた。

「さて?最初に我が兵を脅したのは君だと思っていたけれど。まさか栄えある神都ファナティライストの仕え人ともあろう者が、自らの行動の責任がとれない訳ではないだろう?」

 そのまま青年は流れるような動きで、手にした剣を横なぎに払った。ローアの綺麗に整えられた髪が、はらりと数本、陽光にきらめきながら落ちるのが見えた。


 シェイルディア騎士団の長・ギルビスは、にっこりと笑った。

「おっと、失礼。虫が止まっていたようだ」


「おおお、覚えてなさいっ!」

 敵ながらかわいそうなほど震え上がって、ローアは一目散に逃げていった。ルナセオたちのすぐそばを駆け抜けたが、幸い彼女は一切周りを見る余裕がなさそうだった。後ろをわたわたと追いかけるトックだけが、ふとこちらに視線をよこして…

 目が合った。


 トックはルナセオを見て、一瞬きょとんとした後で、それが誰なのかを悟った様子でヒッと息を呑んだ。恐怖でこわばった顔は、あの日と同じだ。ルナセオを化け物でも見るような表情だった。

 ルナセオは拳を握りしめて、どうにか彼にチャクラムの切っ先を向けないように我慢した。彼のほうも、なにかを取り出そうとするように、自分のマントの胸元に手を添えたが、躊躇した様子であたりを見回すと、諦めた様子でその場を立ち去っていった。


 その小さくなる背中をじっと見つめていると、メルセナと再会を喜びあっていたギルビスに声をかけられた。

「君たちをラトメに送ってすぐ暴動が起こったと聞いて心配していた。間が悪かったね」

「あ、いえ」

ルナセオは我に返って、慌ててギルビスに視線を合わせた。

「俺は特に何事もなく…ネルは大変だったみたいだけど」


 ギルビスの視線がネルに移るのにあわせて、ルナセオはこっそりと握りしめていた手を開いた。どれだけ強く握っていたのか、血が滴っていた手のひらの傷は、ルナセオが眺めている間にあっという間にふさがってしまった。まるで、お前は人間ではないのだと言い聞かせるかのように。

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