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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
3章 All or Only One
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 一年の半分は城にいないというだけあって、当然リズセム殿下は非常に旅に慣れていた。野宿にも嫌な顔ひとつしないばかりか、率先して魔物除けの魔法陣を描くし、焚き火の準備も手馴れている。少なくともルナセオよりもずっと旅の役に立っていた。そう、例えば食糧の調達とか。

 これまでは訪れた村で食材を買い込んで使っていたが、それを知るなりリズセム殿下はきょとんとして、「狩ればいいじゃん、金がもったいないよ」と庶民的なことを言いだした。そうして王様自ら、懐から取り出した小型の魔弾銃で(メルセナが父からもらっていたものと同じ型だ、ルナセオはどきりとした)、優雅に空を舞う鳥をさくっと撃ち落とした。その上、彼は自前のナイフで迷わず鳥の首を落としてみせた。


「なんで!?なんで王様が鳥を絞められんの?」

 悲鳴を上げながら飛びついてきたメルセナとともに木陰に隠れながらルナセオは叫んだ。いくらなんでも王様のやることではない。

「そりゃ、旅先で食料がなくなればそのくらいやるだろう?森の中に切り身の肉が歩いているわけでもなし」

リズセム殿下は軽やかに笑った。そりゃそうなのだが、鳥の解体なんて見たこともない街暮らしのルナセオとメルセナがこの体たらくで、さらに城に入ればそんな血なまぐさい光景はいっぺんも目に入りはしないだろう王様が気楽に鳥を締めてみせるというのはどうなのか。

 エルディが血濡れになったリズセム殿下の手をかいがいしく拭いてやりながらため息をついた。

「たかだか鳥一羽仕留めるのに魔弾銃を使うなんてもったいない…」

「いやー、血が固まりにくいから血抜きが楽なんだよね。あ、聖女くん、その鳥吊っておいて」

「うん」

ネルはリズセム殿下の指示に素直に従って、手早く首を失った鳥を紐で吊るした。田舎育ちのネルはリズセム殿下以上に手際が良かった。故郷では牛の解体もしたことがあるらしい。


 リズセム殿下が同行してから、各段にネルの表情が明るくなった。どうやら先の村でリズセム殿下に励ましてもらったとかで、ネルはすっかり殿下になついていた。彼に買ってもらったらしい新品のマントは裏葉色に小花柄の布で縁取りがついたかわいらしいデザインで、ネルによく似合っている。

 ずっとふさいでいたネルがにこにこする姿を見ることができたのは喜ばしいのだが、なんとなく…本当になんとなくだけれど、ルナセオには面白くない。自分の不甲斐なさを感じてしまうからかもしれない。

「俺ってほんと役立たず」

今日も今日とてエルディの特訓で痛めつけられた腕をさすりながら、ルナセオは自己嫌悪にがっくりとうなだれた。エルディが視線をさまよわせた。

「そんなことはないだろう。ネルだって、同じ年ごろの者がそばにいるだけでも気が楽だろう」

「そんなの、セーナがいるじゃん。あっちのほうが性別も同じだし、セーナは世話焼きだし、ネルだって悩みを話しやすいし」

うだうだ言いながら、ルナセオはますます胸がもやもやした。あーあ、俺、何言ってるんだろ、かっこわるい。エルディもちょっと困った様子だ。

「ルナセオ、何か…煮詰まっているのか?」

「…わかんない。ただちょっとモヤモヤしたってだけ」

確かに、ずっと煮詰まっている。父の正体についてラゼに黙っているということもしかり、クレッセのこともしかり、そして今回の、ネルのこともしかり。これまで自分はたいして感情を波立たせないタイプだと思っていたけれど、それは違うのかもしれない。

 

 エルディは無愛想でやや口下手だが、あの爆弾みたいなセーナ姉さんの父をしているだけあって、懐が大きくて親切だ。ただ、誰かの相談を聞くのは苦手らしい。ルナセオのほうも、これまで相談はするよりされる側だった。

 つまり、ふたりが揃ったところで、なにも建設的な話はできなかった。エルディはしばしルナセオにかける言葉を探しているようだったが、やがて意を決したように自身の木刀を構えた。

「…ストレス発散に、打ち込み稽古でもしてみるか?」

ついでにこのエルディという男、顔は芸術品のように流麗だが、割と思考は体育会系だった。



 そんなこんなで、森を抜けてシェイルディア首都クレイスフィーにたどり着くころには、ルナセオの腹筋にうっすらと割れ目がついてきた。鬼教官の指導には何度もへこたれそうになったが、こうして自分の身に力がついていることを実感すると、達成感を覚えてくる。それに、エルディと修行している間は、もやもやした雑念を考える暇がなかった。

「あー、やだやだ、筋肉信仰。少年、ガキンチョのドヘタクソな指導に惑わされちゃだめだよ」

力こぶを作って悦に浸っていたルナセオに対して、リズセム殿下があきれた様子でぽんぽん背中をたたいてきた。

「コイツ、顔だけは上等だけど、中身はポンコツだから。せっかくの前途ある若者がそんな無理な修行に慣れるもんじゃない」

ルナセオよりも背の低い子供の姿をして、リズセム殿下は老人のような小言を言った。

「ウーン、でも、俺、筋トレ楽しくなってきたし」

確かにエルディは厳しいが、それにも少しやりがいを感じてきたのも事実だ。すると、リズセム殿下は半眼で自らが「ガキンチョ」と呼ぶ銀髪の美青年を振り返った。

「ほら見なよ。かわいそうに、素直な少年をすっかり悪い道に染めてしまって」

「ルナセオに課したのは我がシェイル騎士団の特訓メニューを簡略化したものですが」

「じゃあ我が騎士団のメニューが残念なる構成だということだね。帰ったら騎士団長に改定を打診しておこう」


 そのクレイスフィーはすでに目前に見えていた。といっても、街の周りは堅牢な石造りの外壁で覆われていて、中の様子はわからない。見上げるほど巨大な門の両脇には、鈍く太陽の光を受けている甲冑を着込んだ兵士が立っている。ルナセオは一度来たことがあるからそこまでの驚きはないが、ネルは見慣れない様相にぽかんと口を開けていた。

 薄暗い森を抜けると、昼間の高い日差しがまぶしい。手で日差しを遮りながら門に近づくと、不意に甲冑兵のひとりが手にした槍を取り落とした。けたたましい音に、びくりと肩がはねた。

「う、ウオオオオオオオオ、セーナ!セーナじゃないか!!」

「なにィ!?セーナだと!」

「あっ、久しぶり!」

メルセナの顔見知りなのか(そもそも兜のせいで顔が見えないのだが、メルセナには誰だかわかっているのだろうか)、彼女が軽く手を挙げると、兵士は感極まったようにその場に膝をついた。そんな重そうな甲冑を着込んでよく動けるものだ。

「ああッ、無事だったか!お前が枯れ森に入っていったと聞いて、生きた心地がしなかったぞ!」

「伝令、伝令ー!城に伝えろ!俺たちのセーナが帰ってきたぞー!」

もう一方の兵士もガッショガッショと音を鳴らして門の中に向けて叫んだ。中からも「なんだと!?」「セーナが!」と騒ぎ立てる声が聞こえてきた。どうやらメルセナは大人気らしい。当のメルセナは少し恥ずかしそうに「なんていうか、シェイル兵士ってだいたいこんな感じで暑苦しいのよね」と肩をすくめてみせた。


 大騒ぎになりそうな気配に、エルディがこめかみを押さえながら一歩前に進み出た。

「お前たち、娘の無事を喜ぶのは光栄だが…」

「ヒッ、エルディ様!」

甲冑兵にとっても彼は鬼教官なのか、エルディを恐れるように少し甲冑が浮いた。その様子にも慣れているのか、エルディは苦い顔でリズセム殿下を示した。

「…殿下の御前だ」

 そのあとの甲冑兵たちの動きは非常に機敏だった。彼らは即座に持ち場に戻り、落とした槍を拾って直立すると、見事に声をそろえて叫んだ。

「王殿下、お帰りなさいませ!」

「ええ、もう終わり?もうちょっと大騒ぎする皆の衆が見たかったなあ」

リズセム殿下は残念そうな声音で言ったが、どこまで本気なのか。少なくとも顔は笑っていた。


 門の中に入ると甲冑の列ができていた。彼らは置物のように等間隔に並んで、ルナセオ達が前を通ると槍を床に叩きつけて音を鳴らした。どうやらこれが甲冑兵流の出迎えの作法らしい。大きな音に、ネルはいちいちビクビクしていたが。

「ネル、べつに襲われたりしないよ」

トレイズの背中に隠れたネルを励ましたが、彼女が頷きかけたところでまたしても槍の音がして「ひえっ」と声を上げた。かわいい。


 しかし、そんなネルも、門をくぐった先の街並みを見て、はっと息をのんだ。インテレディアの村育ちのネルには、こんな大都会、目にするのは初めてだろう。ルナセオが以前来た時よりも暖かくなったからか、街はさらににぎやかな様相を呈していた。街の入り口広場には行商や旅芸人が並んでいて、旅人から街の住人まで、大勢が遊びにやってきているらしい。

 リズセム殿下はネルの反応を見て、自慢げにうなずいた。

「美しい街だろう?寒さの厳しい土地だが、皆が図太く生き抜く良いところだ。我が城からの景色もなかなか見応えがあるからぜひ後で覗いてみるといい」

いつも食えない態度のリズセム殿下の台詞の中で、それは珍しく心からの言葉に聞こえた。一言聞いただけで、彼がこの街を愛していることが伝わってくる。おやと目を見開いたところで、リズセム殿下は両腕を広げてくるりとこちらを振り返った。


「さて!どこに行きたい?城に出向く前に好きな場所を観光と行こうじゃないか」

「殿下、お願いですから速やかに城へお戻りください」

エルディがすかさず口をはさんだ。切実な声音だ。

「娘たちを城に迎え入れる準備をしなければ」

「まったく融通の利かない子だね。まあいいさ。諸君、夕食の時間までにはお城へおいで。我が城自慢のシェフの味を堪能させてあげよう」

そして、去り際にリズセム殿下は、レクセからずっとネルの頭に巻かれていた、マユキのスカーフをひょいと取り上げた。

「この街じゃこんな野暮なものは要らないよ。我が街は姿を隠していては楽しめないからね」


 娘に財布を残したエルディとともに人込みのなかに消えていくリズセム殿下の背中を見送って、ネルがぺたんと両手を自分の頭にのせた。

「わたしのスカーフ、さらわれちゃった」

「まあ確かに、この街じゃいらないかもね。たぶん誰も気にしないもの」

「オイオイ、巫子狩りがいたらどうすんだ」

トレイズは納得していなさそうな顔で、ネルのマントのフードをつまんだが、その手をメルセナがはたいた。

「その時はアンタが守ってくれるんでしょ?」

「まあ、そりゃそうだが…」

「せっかくだから満喫しましょ!私が街を案内してあげる。どこに行きたい?」

 案内といっても、前回は街は素通りでまっすぐ城に向かってしまったので、何があるのかもよくわからない。ネルと顔を見合わせていると、メルセナはあっと声を上げて、恐る恐るという風に申し出た。故郷に帰ってきてうれしいのかコロコロと表情が変わるものだ。

「ごめん、まずは私の家に寄らせて。家の中にある食料、ダメになっちゃってるだろうからなんとかしないと」



 さすが、王城で働く騎士の家は城からもほど近いようで、ルナセオたちはメインストリートの坂道を登って、大きな王城の屋根が見えるあたりでわき道に逸れた。そのころには人込みに酔ったネルがふらふらと家の壁に手をついてため息をついた。

「はあ…目が回っちゃった…」

「大通りはずいぶんな人出だけど、いつもこうなの?」

ネルの背中をさすってやりながらメルセナを見ると、彼女のほうは目をしばたいて「そお?」と首を傾げた。どうやらクレイスフィーでは当たり前の光景らしい。

「冬はもっと静かだけど、それ以外の季節はだいたいこんなもんよ。いつもよそからの行商とか興行とかが来てるし」

 レクセの学生街だって日中は賑やかなものだが、クレイスフィーはその比ではない。もっとも、ルナセオが暮らしていたのはあくまで学生の街なので、レクセディアの王城のある首都はこんな感じなのかもしれない。ネルの背中をさすりながら想像していると、背後から突然声をかけられた。


「あら!セーナじゃない」

 振り返ると、山のような野菜をかごに抱えた女性が、メルセナを見て目を丸くしている。

「ずいぶん長く留守にしてたじゃない。目の保養がいなくなってみんな寂しがってたわよ」

「ちょっと、寂しがるのはパパに対してだけなの?」

歩み寄ってきた女性に、メルセナはぷんと頬をふくらませた。どうやら彼女の友達のようだ。不満げなメルセナはさらりと無視して、彼女はルナセオたちを見た。

「こちらは?」

「友達!旅先で会ったの」

「ふうん」

彼女はネルの赤い髪を見て、物珍しそうに「イカした髪型ね。私も真似しようかしら」と自分の髪をつまんだ。大都会はファッションセンスまで最先端らしい。どうやらネルの髪はおしゃれだと思ったようだ。


「そういえば、セーナ、家に帰らないほうがいいわよ。アンタたち親子がいなくなってから、家の前をウロチョロしてる怪しいヤツらがいるのよ」

「怪しいヤツら?」

メルセナが聞き返す後ろで、ルナセオもネルと顔を見合わせた。なんだか嫌な予感がする。

「なんだか黒いマントを着た妙な連中よ。一応お城には通報しておいたんだけど。なんだか黒い筒みたいなのを持ってて…」


 巫子狩りだ!思わず叫びそうになったが、その言葉が口から飛び出す前に、トレイズが猛然と駆け出した。

「トレイズ!?」

「お前らはそこにいろ!」

言うが早いか、トレイズはあっという間に通りの向こうまで駆け抜けていってしまった。呆然と立ち尽くしていると、メルセナが憤慨して地団駄を踏んだ。

「そこにいろって、アイツ、私の家がどこか知らないじゃない!」

「薄汚いけどなかなかダンディな人ね。セーナ、ギルビス様から乗り換えたの?」

もちろん事情なんて何も知らない女性が呑気に尋ねると、メルセナは信じられないとばかりに叫んだ。

「誰に乗り換えるとしても、あの方向音痴だけはありえないわ!行くわよ、ネル、セオ!」


 メルセナに引っ張られるようにしてトレイズの後を追うと、彼はそこまで先には行っていなかった。彼の消えていった曲がり角のすぐ先で、物陰にたたずんでいた彼は、追いかけてきたルナセオたちに気が付くと一瞬だけ渋い顔をして、すぐに身振り手振りで自分の後ろに隠れるように指示した。

「なに…」

意図を汲みきれなかったネルが声を上げそうになったので反射的に彼女の口をおおった。ちょうど同じ行動に出たメルセナにしたたかに手をたたかれたが、ルナセオはそれどころではなかった。


 トレイズが様子をうかがっていた通りの奥に、二人組の黒マントが向かい合って立っていた。彼らはいつもフードを目深にかぶっているものだと思っていたが、今は二人ともフードを脱いでその顔をさらしている。ちょうど二人とも横顔が見える位置で、何の気なしにその顔を見たルナセオは、自分の身体が震えるのを感じた。

「…あいつは!」


 忘れもしない。あの日、ラゼを殺した、ルナセオが殺せなかった、あの気弱そうな少年の巫子狩りだった。


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