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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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一部残酷な描写が含まれます。

 グレーシャに案内されたのは屋敷の二階にある書斎だった。昔この屋敷に人がいた時の状態そのままになっているのか、本棚には書籍がぎっしり詰まっていた。一部の本は床に直接積み上げられている。どれだけ古いのか、表紙は擦り切れて紙も黄ばんでいた。

「確かここで鍵のかかった本が一冊あったんだ。どこに行ったかなあ」

 遊び回っていそうな派手な外見とは裏腹に、意外にも読書家のグレーシャはこの部屋の蔵書も一通り手をつけているらしく、勝手知ったる様子で本棚をなぞっている。ルナセオも手近な本をパラリとめくったが、インクが薄れて文字もろくに読めなかった。


「ああ、これこれ」

 グレーシャが引き抜いたのは、青い装丁の手帳だった。確かに表紙に鍵穴のついた金具がはまっている。

「これだけ他の本よりちょっと新しくて気になっててさ。針金で開けてやろうと思ったんだけど、魔法がかかってるみたいでうまくいかなかったんだよな」

 ルナセオがポケットから鍵を取り出すと、ネルとメルセナも寄ってきた。全員で固唾を飲む中、鍵を差し込むと、カチリと小気味いい音が鳴って金具が外れた。

「開いたぜ!」

「読んでみましょ!」


 どきどきしながら表紙をめくると、紙は色あせてはいたがインクは薄れていなかった。確かにそこには父の几帳面な筆跡で文章が綴られていた。


「『決して、忘れるな』…」


 1ページ目にあるのはそれだけだった。この文章だけ後から書き加えられたものらしく、古くなった紙と比べてインクがはっきりしていた。ぺらりと一枚ページをめくると、そこから父の日記が始まっているようだった。



『今日、ようやく高等祭司として陛下に認めていただいた!

 僕が得た左手の印は、赤の巫子の証らしい。おとぎ話だと思っていたけれど、本当に存在するとは驚いた。僕の持つ9番の印は世界を滅ぼせるほど強大だから、無為に使ってはいけないと、世界王陛下は強くおっしゃられた。

 だけど、この力があれば、僕はもう一度、レナに会うことができるかもしれない』


『世界を滅ぼせる力なら、望むかたちに世界を再構築することも可能だと思う。陛下はあまり言いたがらなかったけれど、無理だとはおっしゃらなかった。

 恐ろしい力だって、使い方を誤らなければ、高等祭司としてより世界王陛下を助けることもできるかもしれない。

 レナ、どうか見ていて。そしていつかきっと、君のいる風景を取り戻すから』


 そこからしばらくは、他愛ない日常の話が続いていた。父は世界王によほど心酔していたらしく、日記にはよく「陛下」が登場した。高等祭司というのは、世界王と近い位置にいる役職らしく、王のご機嫌伺いや、ほかの高官との折衝や、貴族との会談の付き添いなどもこなすようだ。時期を考えると、この頃の父はまだ十代のはずだが、巫子の強い魔力を持つことも含めてだいぶ頼りにされていたようだ。


 雲行きが怪しくなってきたのは、そこから何ページか先に進んだあたりからだ。


『世界大会議にあのトレイズ・グランセルドがいた。何故あの人殺しが、“神の子”の警護に就いているんだ?奴は僕のことには気付いていないみたいだ。

 レナを、そして彼女の家族たちを殺したあいつは、何食わぬ顔で笑っていた。まるで自分には、なんの罪もないみたいに』


『グランセルドの悪行を訴えても、奴らを刑に処すことはできないという。あの一族は世界政府の高官からも依頼を請ける腕利きの暗殺者だからと。なにが腕利きだ。どんなに言い繕ったところで、あいつらは戦闘狂いの殺人鬼に過ぎないというのに』


 そこからは、トレイズや、グランセルドという暗殺一族への恨みつらみが書き連ねられる日々が続いた。文字もだんだん殴り書きのようになり、しまいには文字とも呼べないぐちゃぐちゃとした線が何ページにも渡って綴られていた。後ろで覗き込んでいるネルが小さく息を呑んだ。

 しばらく狂気に満ちたページが続いて、不意に元通りの几帳面な文字が戻ってきた。


『なんだか、長い間悪い夢でも見ていたみたいだ。僕はどうしてしまったんだろう?

 今日、ルナが神都にやってきた。僕が9番になったと聞いて、心配して神官の試験を受けてくれたらしい。一緒に働けて、すごく嬉しい。

 昔はヒーローみたいにかっこよかったけど、久しぶりに会うルナはびっくりするくらい綺麗になっていた。レナも生きていたらあんな風になっていたんだろうか』


『ルナが僕のために、神殿の中の特殊工作員に志願したらしい。あそこは命令だったらどんな汚れ仕事も請け負うこの国の暗部だ。とても心配だけど、ルナはあの部署に入って、僕を打ち倒すかもしれない巫子を止めると言って聞かない。

 ルナはいつもこうと決めたら頑固だ。怪我をしないように僕が見ていてあげないと』


『今日、ルナが同僚の男に言い寄られているのを見つけてしまった。ずいぶん下品なことを言われていて、思わず9番の力を使って殺してしまうところだった。危ない。

 レナと比べればルナはしっかり者だけど、時々すっごく抜けているから目を離せない。ルナはもうちょっと自分の見た目を自覚したほうがいいと思う』


「こんなの、もう好きじゃないの!」

 メルセナは頭を抱えた。ルナセオからしてみれば両親の馴れ初めを聞かされるのは小っ恥ずかしくてならない。

「でも、チルタさん、王様に止められてたのに、9番の力を使おうとしたんだよね?」

ネルが隣にしゃがみこんで、ぺらりと次のページと交互に見ながらつぶやいた。「それってなんだか…」


 確かに、父はふたたび、どんどん不安定になっているようだった。そこから続く母とのもどかしいやりとりの合間に紛れ込むように、不穏な言葉が挟まっている。「はやくレナを生き返らせなくては」「ルナを傷つけるやつを許しておけない」「トレイズ・グランセルドを殺さなければ」…

 かつて仇の暗殺者のことを「戦闘狂いの殺人鬼」と称した父自身が、まるで本人の自覚なくその殺人鬼そのものに向かっているようだ。

 そしてとうとう、決定的な場面にたどり着いた。


『今日、グランセルドの根城を潰した。現存する三十五人、全員を討ち果たした』


『トレイズ・グランセルドは僕をずいぶん憎んでいるみたいだった。勝手な話だ。世界の膿を僕が綺麗にしてやったのに』


『ルナが巫子になった。6番だ。あの子を巻き込むわけにはいかない。知恵を借りたくてインテレディアの名前もない小さな村に住む医者一族を訪ねたが、うるさいことを言うから親のほうを殺してやった。僕より年下の兄妹がいたが、エルフの娘に連れ出されて逃げられた』


『久しぶりにラファ君に会ったけれど、僕のことは覚えていないみたいだった』


『最近、毎晩同じ夢を見る。誰かが僕に聖女を殺せと言う。誰だ。誰が聖女なんだ』


『聖女を探さなきゃ』


『レクセで会った女は聖女じゃなかった』


『あの医者の家の子供、妹のほうは聖女じゃなかった』


『ゼルシャの村に匿われている女。聖女じゃなかった。それどころかあの忌まわしい金の瞳だ。殺し損ねた』


『ルナが巫子たちにとられた』


『聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女、聖女…』


 見開きのページいっぱいに書き殴られた、焦燥に満ちた「聖女」の文字にぞっとする。何かに操られるように聖女を追い求める9番は、次のページではクレヨンか何かで赤い花畑らしきものをグチャグチャ描いている。ルナセオは、クレッセも「聖女様」の話をしていたことを思い出した。

 そこからは何ページにも渡って、なにかよく分からない図柄や絵のようなものが続いていた。なにか輪っかのようなものがたくさんぶら下がっていたり、剣のようなものを持った人物だったり、エルフなのか、耳の長い人物の顔らしきものだったり。


 なにか意図があってのものなのか、無意味な落書きなのかよく分からないものが延々続くかと思われたあと、さらにページをめくってルナセオは目を瞬いた。

「あれ…白紙だ」

なにも書かれていないページが数枚続き、そのあとで、我に返ったように文字が綴られていた。


『9番の印が外れたからといって、僕の罪がなくなるわけではない。ギルビス君に僕を殺してくれと願ったが、一発殴られたあとで、父親になる奴がくだらないことを言うなと怒られた。一生を苦しんで生きろと。

 ルナのお腹には僕の子がいる。ルナとその子を見捨てて僕が死ぬわけにはいかない。

 いずれ僕と同じように、9番に選ばれる者が現れる。その時の巫子たちの指針となれるよう、僕はこの日記を残すことにする。


 次の巫子たちへ、9番を救いたいなら、決してその人物を生かしてはならない。』


 日記はここで終わっていた。ルナセオは裏表紙を眺めながら、当時の父の心境に思いを馳せた。

 父は死んで罪をあがないたかったのだろうか。母に子供ができた義務感でこれまでを生きてきたのだろうか。


 暗い気持ちが胸を渦巻いている中、メルセナはほうと息をつきながら言った。

「セオのパパは、自分が罪を償うことより、セオのママとお腹の子供を幸せにすることを選んだのね」

そんな美談みたいにまとめてもいいのだろうか。ルナセオは少し疑った。きっと父がやったことで、大勢が彼を恨んだだろうに、子供ができてしまったことでその行き場をなくしてしまったのではないか?

「レインさんは、私が、巫子が決めていいんだって言ってた」

ルナセオの膝から日記を取り上げて、ネルはパラパラめくった。

「世界を滅ぼすのも、9番の命を助けるのも、巫子が選んでいいって、それが許されるって。マユキおばさんたちは、セオのお父さんを殺さないで、これからも生きていくことを許したんだね」

「でも、少なくともセオの父さんは、次の巫子はそうなっちゃダメだって考えてるんだろ?」

グレーシャが反論した。

「俺も同意見だね。悪者が改心してハッピーエンドなんて創作の中だけだ」

「アンタは巫子じゃないでしょ」

すかさずメルセナが突っ込んだが、グレーシャは悪びれずに「いいだろ?一市民として俺の意見も聞いてくれよな」と肩をすくめた。


「だから、父さんは“9番が誰かを傷つけるまで”って言ったのかな」

 単純に誰かを傷つけた9番を許すなというより、逆に許された側の苦しみを知っているから、次の9番にはその苦しみを味わわせたくないから、父はあんなことを言ったのかもしれない。


「それより、聖女ってあれだろ。神都を作って、この世界をひとつの国にまとめたっていう。なんで9番はもういない聖女様を殺そうとしてるんだ?」

 ネルの頭上から日記を覗き込んでグレーシャが言ったが、もちろんルナセオには分からない。ただ、父がおかしくなる中で聖女に執着していったことを考えると、聖女や巫子に否定的なことを言っていたクレッセが果たして()()()だったのかも怪しいように思えてきた。ネルの会ったクレッセは、ラファがなんらかの処置をするまでは病気のようだったと言っていた。傍目には正常に見えても、実際のところ、クレッセは今、どこまでおかしくなっているのだろうか。


 ふとネルを見ると、彼女はなにやら蒼白な表情で自分の胸を押さえていた。

「ネル?」

どこか痛いのだろうかと彼女の顔を覗きこむと、弾かれたように顔を上げて、ネルは目をぱちくりさせてこちらを見た。

「な、なに?」

「いや、具合が悪そうだったから」

「…ううん、なんでもない」

そうは言うけれど、ネルはやっぱり物憂げに眉を寄せていた。父の過去をクレッセに重ねあわせて落ち込んでいるのかもしれない。


 メルセナは腰に手を当てて、ルナセオたちの正面に立った。

「とにかく、私たちがすべきは敵を知ることよ。9番はふとしたきっかけで不安定になって、そのうち聖女を探し始めたら危険信号ってことよね。でも、今の9番の目的も、9番を止める方法も、ましてや私たち巫子の力を使いこなせてもいないわ。

 私たち、情報も力も足りてないのよ。シェイルにはギルビスがいるし、神都には世界王がいる。いろんな人に会って知恵を絞らないと」

 確かに、ギルビスも世界王も父を知っている。それに、クレッセがラファによって神都に連れて行かれたのなら、神都に行けばまたクレッセにも会えるかもしれない。

「何はともあれ、まずはシェイルか。それでシェイルの王様に協力してもらって、ロビ殿下って人に会う。それから世界王に繋ぎをとってもらう。運が良ければクレッセとラファさんにも会いたいな。クレッセの目的が分かるかも」

「やらなきゃならないこと、いっぱいだね」

ネルも頷いた。メルセナは鼻息荒く使命感に満ちた様子で仁王立ちした。


「ま、一歩一歩やっていくしかないわ。私たちの巫子の旅はこれからなんだから。頑張っていくわよ、おー!」

皆で拳を振り上げたところで、ちゃっかり混ざっていたグレーシャに、やっぱりメルセナが呆れ顔で突っ込んだ。

「…だから、アンタは巫子じゃないでしょ」

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