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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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「ロビに会いたいって?」


 ルナセオの父と母に会ったことは、少なくともトレイズには黙っておこうということになった。ふたりが遭遇すればただの喧嘩では済まないというのがマユキの主張だったし、彼がこれまで親切にしてきたのが仇の息子だと知ったら、今までどおりの関係とはいかないだろうと思われた。


 なんだか騙しているみたいで気が引けるが、マユキの家にやってきたトレイズとエルディには、あくまで「マユキと話した」というていで話し合いの結果を伝えた。できればクレッセを倒すのではなくまずは助けようということ、その一方で巫子を集めるため、まずは10番の世界王陛下を目当てに、王子のロビ殿下に力を借りたいことを言うと、トレイズもマユキや父と同様、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「確かに今のところ居所が分かってる巫子なんて10番くらいだけどな、ロビの奴が素直に繋ぎを取ってくれるもんかな…あいつ、人の願いは叩き折るのが趣味みたいな男だぜ?」

「世界王のご子息がそんな性格だなんて、この世界の行く末が心配だわ」

メルセナが肩を落とした。すると、彼女の父親が提案した。

「それなら、シェイルの王殿下にご助力を願うのはどうだろう。いくらロビ殿下といえど、王殿下の頼みであればむげにはできないはずだ」

「世界王の繋ぎを取ってもらう人のさらに繋ぎを取ってもらうのか。なんか回り道だなあ」


 ナシャ王妃は優しかったし、あれほど栄えているシェイルを治めているのだからよほどの賢王なのだろう。ルナセオはシェイル王の姿を想像してみたが、王様なんて会ったこともないのでうまくイメージが湧かなかった。


 次の行き先が決まったところで、トレイズは渋い顔で頬杖をついた。

「だが、9番を助けるっていうのには反対だ。そんな悠長なことを言ってて、いざ被害が起きたらどうするんだ?」

「でも、クレッセは何もしていないんだよ?それなのに倒すなんておかしいよ」

「なにかがあってからじゃ遅いんだよ。酷なことを言うようだが、ことが起きたときに、お前たちは犠牲になった人に顔向けができるのか?」

「それは…でも、トレイズたちだって、とう…9番を倒さなかったんだろ?じゃあ、わざわざ9番の命を奪わなくたってさ」

「四十三人だ」

出し抜けにトレイズが言った人数がなんのことか分からなくて、ルナセオは首を傾げた。

「なにが?」

「チルタ…俺たちの代の9番が殺した人数だ」


 ネルもメルセナも、もちろんルナセオも息を呑んだ。

「あいつが殺したのが、全部善良に生きてきた無辜の民ってわけじゃない。それでも、結局あいつは、9番であることを放棄したばかりに、その罪を裁かれないまま今までのうのうと生きている」

優しい父がそんなことをするはずがないと否定したくなる気持ちと、父をそこまで豹変させた9番への怖れと、それをトレイズに言うわけにはいかない葛藤がないまぜになって、ルナセオは口をつぐんだ。


 喉の奥がぎゅっとすぼまるような感覚に声が出ずにいると、ばしんとテーブルが叩かれた。見上げると、メルセナが顔を真っ赤にしてトレイズを睨んでいた。

「さっきから聞いてれば、あれやこれや勝手なことばっかり!」

「おい、セーナ…」

エルディがため息をつきながら娘に手を伸ばしたが、メルセナはそれをすげばく払いのけた。

「『被害が起きたら』『ことが起きたときに』、ぜんぶ、ぜーんぶ、想像の域じゃない!これまでそうだったからって、9番が確実に人殺しになる証拠でもあるわけ?それにアンタ、仮にそうだったとして、大切な人が世界を滅ぼします、だからその人を殺してくださいって言われて、ハイそうですかって頷けると思うの?」

「だけど、そいつが9番の印を持っている以上…」

「アンタの思いやりがないって言ってんのよ!こちとら動物の屠殺すらやったことないのよ。アンタも大人なら、自分都合の事情ばっかり押し付けないで人の顔色くらい伺ってみたらどう?」

「なんだと…」


 メルセナは椅子の上に仁王立ちして、軽蔑のまなざしでトレイズを見下ろした。

「前の9番が四十三人殺した?だからなんだっていうのよ。私は9番を救うって決めたら、そいつが誰かを殺すのを止めに行くし、何かが起こって世界中から責められることも覚悟の上よ。どっちにしろ人殺しになるっていうんなら、私はいくらだって足掻いてやるわ!」

「セーナ…」

ネルはぽろりとひとつぶ涙をこぼした。ルナセオだって泣きたい気分だった。この中でいちばん小柄なセーナ姉さんは、ルナセオたち巫子の年長者らしく、腕を組んでネルとルナセオに言い放った。

「いい?ネルにセオ。私たちが9番を助けるのは、そいつが誰かを傷つけるその時まで。そして誰かが傷つくとしたら、それは私たちみんなの罪よ。その時は私たち、9番を倒すのをためらっちゃいけないわ」


 ふふ、と笑い声が聞こえて、皆は一斉に台所へ続く出口を見た。大きなトレーに茶器を乗せて、マユキが肩を震わせてやってきた。

「頼もしい巫子様じゃない。いいでしょうトレイズ。この子たちの好きにさせてやりなさいよ」

「だけどこいつらの言い分は、少なくとも一人は犠牲を出す前提だ!」

「そもそもあなたの言い分も、クレッセが犠牲を出す前提の話でしょ。何のためにうちの旦那が9番を保護したと思ってるのよ。あのままラトメに置いておいたらあの子、巫子が揃う前にまずラトメを滅ぼしていたわよ」

トレイズはぐうの音も出ない様子で口ごもった。マユキは手早く茶を入れながら、メルセナに優しくほほえみかけた。

「ありがとう、うちの甥っ子を救おうとしてくれて。あの子はすごく優しくて、いつもデクレとネルを引っ張ってあげてて…」

 そこまで言って、マユキはくしゃりと顔を歪めた瞬間、くるりとルナセオたちに背を向けると、目頭のあたりを押さえて「ごめんなさい」と呟いた。


 トレイズはばつが悪そうに顔を逸らした。

「悪かったよ…」

 そうは言うけれど、きっと世の中の人々からしてみれば、トレイズの意見の方が一般的なのだろうと思われた。犠牲が出てから「どうして前もって倒しておかなかった」と言われるくらいなら、世界を滅ぼす力を持つ9番はやはり打ち倒すべきだ。

 それでもクレッセが、夕暮れのラトメで出会ったあの優しい少年である限りは、ルナセオはほんの少しの可能性に賭けてみたかった。


 気持ちを切り替えて、ルナセオは努めて明るく尋ねた。

「それより、トレイズは大丈夫なの?本当はラトメに巫子たちを連れて行くのが仕事なんだろ」

勝手にトレイズを頭数に入れていたが、本来、彼はラトメの人間で、ルナセオたちの旅に付き合う義理などないはずだ。

 しかし、トレイズは呆れた様子で頭を掻いた。

「こんなところでお前たちを放っておくわけないだろ。レフィルには、暴動が起こって危険だから、しばらくラトメには戻らないと手紙を飛ばしておいた。あいつの目的もよくわからないしな」

トレイズはチラリとネルを見た。彼女を狙っているという上司の思惑に、トレイズも猜疑心がわいているようだ。


 メルセナは唇を尖らせた。すっかりトレイズのことが気に食わなくなったのか、不満を隠しもせずに向けている。

「こっちは別にアンタなんていなくていいんだけど」

「いーや、お前らだけじゃどんな無茶するか分かったもんじゃねえからな。俺も当分は付き合わせてもらうぜ」

トレイズもトレイズで大人げなくメルセナをじろりと一瞥した。火花を飛ばし合うエルフの女の子と隻腕の男の間で、エルディが美しい顔に乗っかった眉を困ったようにひそめて嘆息した。

「シェイル王殿下に拝謁が叶うよう、ギルビス様には連絡しておく。シェイルまでは徒歩になるから、みんな体を休めておきなさい」

「また転移でパパッといけないの?」


 ラトメからここまでもエルディの転移魔法で来たのだから、当然シェイルへの道のりも魔法を使うものだと思っていた。エルディは瑠璃色の瞳を細めた。

「もちろん転移で行けないことはないが、王殿下にお会いできるまではおそらく時間がかかる。それなら、君たちも徒歩での旅に慣れておいた方がいい。これからの旅、いつでも転移魔法が使えるわけではないから」

「セオ、せっかくだから道中で戦い方をエルディから教えてもらえよ。シェイル一等騎士の稽古なんてそうそう受けられねえぞ」

「そうよ!パパったらものすごく強いんだからね!」

エルディは紳士的に「私でよければ」と言ってくれた。顔がよく、性格も優しく、おまけに強いだなんて天は彼に何物まで与えようとしているのだろうか。ルナセオはおののいた。



 シェイルに旅立つのは明日ということになって、ルナセオたちはグレーシャの家にもう一泊していくことになった。となれば、父の日記を見に行くのは今日の夜しかない。

 夕食後、トレイズとエルディが宿に帰ってから、ルナセオたちは街のはずれへと向かった。ルナセオ、ネル、メルセナの巫子三人に加えて、グレーシャも一緒だ。


 マユキは当然、息子がついて行くことにいい顔をしなかったが、グレーシャは頑なに同行を主張した。

「街はずれの廃墟って、あの幽霊屋敷だろ?それなら俺、行ったことあるから案内できるぜ!セオ、あそこの入り方知らないだろ?」

確かに、街はずれの幽霊屋敷といえば、学生たちの間では有名だった。女の幽霊が出るとか、昔あそこで学生が行方不明になったとか、いわくありげな噂には事欠かない場所で、たまに肝試しで忍びこむ学生がいるらしい。といっても、そんな愚行をおかすのはせいぜい低学年までだ。寮生の多いレクセの学生たちにとっては、幽霊よりも門限を破った時の寮母さんや教師たちのほうがよほど怖かった。


 ルナセオは一度も足を運んだことはなかったが、校則を一顧だにしないグレーシャは肝試しの経験者らしい。迷いのない足取りで屋敷までたどり着くと、なにやら生垣に首をつっこんでごそごそやっている。


 幽霊屋敷というだけあって、なかなか趣のある出で立ちの廃墟だ。赤い屋根は色がはげているし、壁は雨風にさらされてボロボロ。過去の悪ガキによるものか窓ガラスが割れている。屋敷の周りは、ルナセオの頭二つ分は高い柵に囲われている。ルナセオは巫子の力を使えば乗り越えられそうだが、女の子ふたりには無理そうだ。

「秘密の入り口があるんだよ」

グレーシャは葉っぱまみれになりながら、生垣から首を引っこ抜いた。覗き込むと、木の枝や葉っぱで工作されているが、たしかに柵が歪んでいて、人ひとり通れるくらいの穴があいている。

 メルセナが呆れた目でグレーシャを見た。

「わざわざついて来なくても、アンタがこの穴の場所を私たちに教えてくれればよかったんじゃないの?」

「おっと、この屋敷の注意点はこれだけじゃないぜ。部屋の配置、床の抜けそうな場所、外から光を当てられた場合の死角まで。俺以上にこの屋敷に詳しい奴はいない」

「なんだってそんなに詳しいんだよ」

 ルナセオの知る限り、この屋敷にそう何度も潜りこんだ奴はいないはずだ。教師連中が目を光らせていて、すぐに見つかって学校の反省部屋行きになるから。あそこに行った奴らは哀れなほどげっそりして帰ってくる。


 グレーシャは胸を張った。

「ここ、普段は人気が少ないからいいサボり場所になるんだよな。倫理の授業時間とかによく来てるんだ」

「なるほど、どおりで倫理観がすっぽ抜けた奴だと思ったわ」

納得顔でメルセナが頷いた。皆で穴をくぐると、隙間風の音なのかどこかから低いうなり声みたいな音がする。怖いのか、ネルがルナセオのマントを掴んできた。

「大丈夫だよ、幽霊なんて迷信だし」

「う、うん…」

「わっかんねーぞ?おとぎ話だと思ってた巫子が実在したんだ。幽霊くらいいたっておかしくねえよ」

「実際、死んだと思ってたレナがゾンビみたいになって生きてたわけだし」

こんな時だけ結託してグレーシャとメルセナがニヤニヤするので、気の毒なネルは震え上がった。趣味が悪い。


 枠ごと外れた窓から中に入ると、当然ながら真っ暗だった。用意していたランタンに火をつけてかざすと、明かりから逃げるようにクモたちが這って行った。

「な、な、な、なにも出ない?怖いものいない?」

まだ窓を乗り越えられないネルが震え声で言った。

「なにもいないよ」

「油断しちゃダメだよ、前にデクレが読んでた本では、扉から入ろうとした瞬間に、ばーん!ってゾンビが飛び出してたんだから!」

「会ったことないのが惜しまれるな、そいつとは趣味が合いそうだ」


 余計なことを言うグレーシャはぶん殴り、ネルをなだめすかしてどうにか屋敷の中に入れたものの、この大きな屋敷から一冊の日記を探すことができるのか。手当たり次第に部屋をまわるしかないのか…覚悟を決めかけたところで、グレーシャが声を上げた。

「俺、多分知ってるぜ、セオの父さんの日記のありか」

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