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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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「なんだって?」


 ルナセオはフォークとナイフを取り落とした。父さんが、トレイズたちが倒すはずだった、当時の9番?

 隣のネルも顔を上げて、不安げに母とルナセオの顔を見比べた。しかし、対する母のほうは、ニコニコ穏やかに「そうよお」と頷いている。

「9番が父さんで、ほかの巫子が当時の“神の子”からはじまって、席順にラファ、ギルビス、ラゼ、マユキ、母さん、トレイズ、世界王子殿下と世界王陛下。懐かしいわねえ、もうあれから二十年以上経つのね」

「懐かしんでるところ悪いけど、端折って説明してあげて」

マユキがピシャリと言った。「うちの悪ガキが起き出してきちゃうわ」


「あの頃の父さんったら見てられなかったわ。日に日にやつれて怖い顔になっていって、でも世界を壊してやるって気持ちばっかりふくれて、いつもギラギラしてた」

「でも…でも、セオのお父さんは助かったんだよね?」

 ネルが身を乗り出した。「セオのお父さんは今も生きてるんでしょ?世界も滅んだりしないで、9番も倒さなくていい方法があるってことだよね?」

「巫子の印には意志があるの。資格がある宿主を印が選ぶ。チルタは…セオくんのお父様は、その資格を失ったから9番ではなくなった」

 マユキの説明は、シェイルでギルビスが言ったのと同じだったが、それが自分の父のことだとはよもや思いもしなかった。ギルビスは、まさかとは思うが、気付いていたのだろうか。ルナセオが自分の仇の息子だと知っていてあんなことを言ったのだとしたら。考えただけで、ルナセオは恥じ入って、土に埋まりたい気持ちになった。


 ネルは立ち上がって、母に懇願した。

「ルナさん、教えて!どうやってセオのお父さんは9番じゃなくなったの?クレッセも同じように助けてあげられる?」

「お嬢さん、今回の9番と仲良しだったのね。それは苦しいことねえ」

母はうんうん頷いた。ネルを見る母の目にきらりと涙が光った気がした。

「うちの父さんはね、かつてトレイズ・グランセルドが殺した、初恋の子…私の妹、レナを生き返らせるために、9番の力を手に入れたのよ。この世のことわりを打ち壊すため、すなわちこの世界を滅ぼして、レナのいる世界を取り戻すためにね」

「は、初恋の子?」

ルナセオは驚きすぎてかすれた声になった。「そ、そんな…そんなことで?」


 ひとりの人を生き返らせるために、世界を滅ぼそうとしたというのか。その唯一を殺したのがあのトレイズ?混乱して頭が痛くなってきた。

「“そんなこと”よねえ、本当に。それで滅ぼされちゃう人たちはたまったものじゃないわよね」

母はなにが面白いのか、それとも悲しんでいるのか、くすくす笑う声は乾いていた。

「だからねえ、母さん、父さんを籠絡したの。色仕掛けで」

「ろうらく」

ネルがおうむ返しに言った。そもそも純真な少女には言葉の意味がわからなかったらしい。マユキが至極柔らかく「まあ、ルナに夢中にさせたって感じよ」と解説した。

「い、いろじかけ?色仕掛けで世界を救ったの?母さんが?」

ルナセオは頭を抱えた。突拍子もない母だとはつねづね思っていたが、彼女の破天荒さは昔からだったようだ。母は悪びれもせず「理にかなってるでしょ?」とうそぶいた。

「9番の資格である『世界を滅ぼしたい』理由がなくなれば、9番は印から解放されるわ。そのクレッセ君も9番に選ばれた以上、その資格を得るに足る理由があるはずよ」

「クレッセが、世界を滅ぼしたい理由」


 ラトメで彼は、聖女も、巫子も、この世界のくだらないことわりを壊すと言っていた。巫子はこの世界の生贄なのだと。

「クレッセは…」


 クレッセは、巫子のいない世界を作ろうとしている?


「わかんない」

 ネルは弱々しく首を横に振った。

「クレッセはずっと前にラトメに連れて行かれちゃって、その間なにがあったのかも、わたし、知らない。なんで9番になっちゃったのか、なにをしたいのか、よくわかんないよ」

ルナセオは、自分の予想を彼女に伝える気にはなれなかった。仮にルナセオの考える通り、クレッセが巫子のことわりを壊そうとしているのだとして、それを打ち崩せるだけの大義名分が果たしてこちらにあるのか、どうしても自信がなかった。


「そうねえ、9番のことについて知りたいなら、父さんの隠した日記に手がかりがあるかも」

「日記?」

 母は戸棚の引き出しから小さな鍵を出すと、ルナセオに差し出した。ずいぶん古い鍵だ。ルナセオの人差し指くらいの長さで、ところどころ金メッキがはがれている。

「ほら、うちの父さん筆まめでしょ?9番になっておかしくなっても、なぜか日記は毎日つけていたのよね。でもさすがにあの頃の日記をそばに置いておきたくなかったみたい。街はずれの廃墟に隠したって言ってたわ」

廃墟とはいえ、人様の家にそんな私物を置いてもよいのだろうか。疑問に思いつつも、ルナセオは大人しく鍵をポケットに突っ込んだ。

「行ってみるよ。でも、そろそろマユキさんの家に戻らなきゃ」


 いい加減マユキの我慢の限界らしかった。確かにいい加減、グレーシャもメルセナも起き出して、ルナセオたちの不在に気づいている頃だ。そわそわしているマユキを慮ってルナセオとネルは立ち上がった。


「まだしばらくはレクセにいるの?」

 いつも学校に行く時と同じように、玄関まで見送りについてきた母が尋ねた。

「うーん、わかんないや。これからのことは今日話し合うことになってるから」

「これからはちゃんと手紙くらい送ってね」

母の心配がくすぐったくて、ルナセオはマントのフードをかぶりながら「わかってるよ」とそっけなく言ってしまった。

 父が9番だというのも、それを止めたのが母だというのも、トレイズと深い因縁があるというのもまだ信じがたくて、ゆっくり考えたいと思った。それなのに、普段どおりの母と我が家にはやはり安心してしまう。


 行ってくるよ、出かけるときのおなじみの文句を口にしようとしたところで、ちょうど玄関のドアがけたたましくノックされ、一同は顔を見合わせた。外から焦った調子で聞き慣れた声が上がる。

「おばさん!おばさん、いる?」

「あら、うちの悪ガキじゃない」

マユキが怪訝に眉を潜めた。首を傾げながら母がドアを開けると、外からグレーシャとメルセナが玄関に転がりこんできた。全速力で走ってきたのだろうか、ふたりともやけに息が上がっている。

「グレーシャ、セーナ、どうしたんだよ」

「はあ、はあ…起きたらこの…ちんくしゃ以外誰もいなくて…セオんちに行ったのかと…はあ…思って…」

「ちょっとぉ、ちんくしゃって言うんじゃ、ないわよお!」


 どうやらルナセオたちのいない間に、ふたりは仲を深めたのか悪くなったのか、肩で息しながらもお互いを肘でつつきあっている。ふたりして歯に衣着せないタイプなので、すぐに喧嘩になりそうな組み合わせだ。

「私たち、アンタたちの後を追おうと思ったんだけど、途中で、あの高等祭司に会って…」

 メルセナはぜえはあ言いながら顔を上げて、ちょうど正面にいた母を見て悲鳴を上げながらグレーシャを盾にした。

「ぎゃあ!なになにっ、こっちにもレナが!」

「…レナ?」

つい先ほど聞いたばかりの名前だ。メルセナがいやいやと首を横に振りながら叫んだ。

「だから、高等祭司のレナ・シエルテミナ!私の印、あいつから奪ったの、それで今、あいつに追われてるの!」


 こん、こん。

 玄関口を沈黙が包んだ瞬間、狙いすましたように再びノッカーが叩かれる音が響いた。背筋を冷たい汗が流れて、全員無言で扉を見た。

 こん、こん。こん、こん。

 規則的に何度もノックの音が鳴る。扉の向こうになにか、得体の知れないものがいるような、そんな嫌な予感がじりじりと胸を焼いた。

「セオ」

母がそっとささやいた。

「セオ、みなさんを連れて、二階に上がっていなさい」

「だけど、母さん」

「いいから」

 母は、あの時折見る冷たいまなざしで扉を睨んで、こちらに一瞥も向けなかった。有無を言わせぬ口調に立ち尽くしていると、マユキが肩を押した。

「行きましょう」



 ルナセオの部屋に母以外の全員が入り、扉を閉めて内鍵を回したところで、ルナセオは勢いよくメルセナを振り返った。

「どういうこと?レナってさっき聞いた母さんの妹だよね?高等祭司って?」

「私だってよく知らないわよ!」

メルセナは地団駄を踏んだ。

「あいつ、シェイルの街のひとを生贄かなんかにして、怪しげな儀式をしてたの。私、そのときにあいつから印を奪っちゃって、なんだかすっごく恨まれてるの!」

「でも、レナは昔死んじゃったんだろ?母さんがさっきそう言ったよね?」

マユキとネルに同意を求めると、彼女らも戸惑った様子でうなずいた。すると、グレーシャがメルセナの腕を叩きながら騒いだ。

「ほら!ほらな、やっぱ俺の言ったとおりじゃん!アイツ絶対幽霊屋敷の幽霊だって!」

「うるさいわね、ペチペチ叩かないでよ!なんで?私が見たのはゾンビかなんかだってこと?」


 マユキは口元を手でおおって、愕然とつぶやいた。

「レナ・シエルテミナが、実は生きていた?」

ルナセオたちに尋ねるというよりは、思わず内心の台詞が口から飛び出してしまった様子だった。「まさか」

「でも、そのレナさんが死んじゃったから、セオのお父さんは9番になったんだよね」

「何それ、どういうこと?」

一同は気まずげに黙りこんだ。なにやら状況が錯綜しているが、とにかく母の言っていた妹のレナは生きていて、しかもメルセナは彼女に会ったことがあって、おまけに今は追われているらしい。


「オーケー、オーケー。とりあえず」

 メルセナが両手挙げて降参のポーズをとった。

「話をまとめたほうがよさそうね。まずはお互いの状況を話すべきだと思わない?」



 扉を開けた先に懐かしい顔があったことを、喜べばいいのか恐れればいいのか、ルナには分からなかった。死んだと思っていた妹は、黒い髪に黒い瞳、ルナと鏡写しのようにそっくりな見た目で、夢見るようにほほえんだ。

 まだ妹が生きていた時は、彼女と似ていると言われるのが誇らしかった。ルナとレナはふたりでひとつ、体が弱い妹を騎士のように守るのが姉のルナ、頼りになる姉を姫のように支えるのが妹のレナ。

 それがどうだろう、今は夫となったチルタが9番に選ばれて、彼がルナの中にレナの面影を見いだそうとするたび、彼女の姉であることが苦しくなった。ルナはレナよりもしっかり者、ルナはレナよりも不器用、ルナはレナよりも恥ずかしがり屋。ルナはレナよりも。


 チルタに「ただのルナ」を見てほしかったから、軽蔑されることを覚悟で彼に迫って、レナじゃ絶対にやろうとしなかっただろう下品な手段で、彼を束縛して離さない初恋の女の影からチルタを奪った。結果的にそれでチルタはルナを選んで、9番の資格を失ったのだから、ルナはそれを誇りこそすれ恥ずべきものだとは思っていなかった。仇を討ちそこねたトレイズやギルビスがどう思っているかは知らないが。


 それでも、こうして過去になったはずだった妹を前にして、ルナは今更になって自分の選択に不安を覚えた。もしもレナが生きていたのであれば、ルナのやったことは。

「お姉さま」鈴のなるような声で、レナは甘く呼びかけてきた。「お姉さま、お会いしたかったわ」

「レナ、生きていたの」

 レナは花がほころぶような笑顔で、くるりとその場で回った。分厚い黒い衣装がふわりと舞い上がり、華奢なパンプスを履いた小さな足がちらりと覗いた。

「どうしてそんな悲しいことを言うの?お姉さま。レナはこうしてここにいるわ。お姉さまとチルタに会いにきたの。喜んでくださるでしょう?」


 レナ・シエルテミナの顔をした女は、ルナの手をぎゅっと握った。氷のように冷たい手だ。

「あのねお姉さま。私、お願いがあって来たの。この家に、かわいいエルフのお嬢さんが来たでしょう?その子を私に渡してちょうだい。そうすれば、私からチルタを奪ったことは許してあげる」

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