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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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 翌朝、大口を開けて寝ているグレーシャを横目に、ルナセオはすっかり傷のなくなった右手の包帯を取り、手早く身支度を整えて部屋を出た。一階の仕事部屋を覗くと、マユキはガラクタのような謎の器具が詰め込まれた箱をガチャガチャ探っていた。

「ああ、セオくん。ちょっと待ってて」

 ゆうべは徹夜だったのか、マユキは机の上に並んだ栄養ドリンクを一本手に取ると一気にあおった。気だるげに小麦色の髪をかきあげてため息をつく。

「『魔法話(マギフォン)』の納品が立て込んじゃって…ったく、あのお化粧男、いつもギリギリで依頼してくるんだから」


 ルナセオは入り口近くの椅子を引っ張って腰かけた。相変わらず彼女の仕事場は珍妙だ。なにに使うのかわからない工具やらネジやらがそこらに散乱している。ダイニングや客間は整然としているのに、私室の整理には頓着しないところはグレーシャの母親らしい。

 マユキは茶碗型の器の口に網を張ったような器具の金具を留めると、それをルナセオに放ってよこした。とんとん自身の耳を叩くので、指示にしたがって器具の網目を自分の耳に当てると、対となるらしいメガフォン型の器具を口元に当ててマユキが喋った。

『聞こえる?』

「うわっ」

マユキの声が耳元の器から聞こえて、ルナセオは危うく器を取り落としそうになった。マユキはメガフォンの口を検分しながら「大丈夫そうね」とひとりごちた。

「これ、どんなに離れてても聞こえるんですか?」

『家三軒分くらいの距離なら届くんじゃないかしら。まあ、これは一方通行型だし安物の動力だから使い捨てみたいなものだけど』

 耳元と正面から二重になって声が聞こえるとは不思議な感覚だ。マユキはルナセオの手から器を取り上げると、大きく伸びをした。

「あーっ、なんとか終わったわ。じゃあ行きましょうか。とりあえずセオくんの身を守るものを持っていかないと」


 マユキは箱の中からステッキ状の器具を取り出した。てっぺんにランプのようなものがついている。

「これ、巫子狩りの持ってる武器の原料に反応する器具。近くに巫子狩りがいるとランプが光るんだけど…」

スイッチを押すと、たちまちランプが点滅しながら七色に光って、マユキは肩を落とした。

「あーあ、ダメね、セオくんに反応しちゃってるわ」

巫子狩りだけでなく巫子にも反応するらしい。マユキはステッキを放り投げて、今度は紗織りのスカーフを引っ張り出した。何種類もの糸で織られているのか、見る角度によって色が違って見える。

「これを巻くとちょっとだけ存在感が薄くなるわ。まあそんなに効果はないけどないよりはマシでしょ」

スカーフをほっかむりにすると、マユキは少し釈然としない表情になったが、時計をチラと見て「まあ、いっか」とつぶやいた。どうやら美意識よりも時間を優先したらしい。


 ほっかむりの上からマントをかぶり、マユキに続いて外に出ると、朝の陽光が飛び込んできてルナセオは目がしぱしぱした。

「うちの悪ガキが起きるまでまだ一刻はあるけど、ちょっと急ぎましょうか。トレイズが来ると面倒だわ」

 マユキはトレイズたちに知られずにことを済ませたいようだった。注意深くあたりを見回している彼女に、ルナセオは昨日から思っていたことを思いきって尋ねた。

「ねえ、マユキさん。あの夜…ラゼとか巫子狩りのこと、隠ぺいしたのって、やっぱりマユキさんと母さんなんですよね?」


 マユキがぎょっとしてこちらを見たので、ルナセオは、ああやっぱりと納得した。だってそうとしか思えなかった。朝を迎えればあの路地は学生の通り道になるから、遺体を隠すことができたのはあの夜の間だけだ。そしてあの夜、彼女らはルナセオを探してあの路地にたどり着いたはずなのだ。

 確信を持って聞いているのだと分かったらしいマユキは、ため息をつきながら、つけっぱなしだった仕事用の眼鏡を外してエプロンのポケットに差し込んだ。

「そうよ。私とルナ…あなたのお母様がやった。巫子狩りの死体は燃やして、ラゼはそのうち誰かが見つけるように街の外の森に転移させたの。まさか座標がずれて川に流されちゃうとは思わなかったけど。ラゼのあの傷はただの学生がつけられるものじゃないって分かるように、どうしてもあの子の遺体は残しておかなくちゃならなかった。

 トレイズがこの街に来ていたのは知ってたから、たぶんあの人がセオくんを連れて行ったんだろうってすぐに分かったわ。本当だったらあなたたちはラトメへ向かう道すがらモール川の関所で目撃されて、あの人は誘拐犯としてこの街で指名手配される予定だったの。…まさか、逆方向のシェイルに行ってたなんて思いもしなかったわよ」


 なんとお尋ね者になる危機に瀕していたのはルナセオではなくトレイズの方だったらしい。まさか狙ったわけではあるまいが、彼の方向音痴が自分の首の皮をつないでいたようだ。

「と、トレイズになんか恨みでもあったんですか?」

トレイズのほうはマユキを信頼して巫子たちをここへ連れてきたのだろうに、実は彼の知らないところで憎まれでもしていたのだろうか。ぞっとしてマユキを見ると、彼女はちょっぴり困ったように肩をすくめた。

「彼自身がどうというより、あの人の上司が巫子を集めてるって聞いて、グレーシャも9番の血縁として狙われるかもしれないと思ったの。それに…トレイズがまたこの街に来て、あなたが()()()()の息子だと気づかれたくなかった」

「どういうこと?」

マユキはそれ以上は答えてくれなかった。母が一体なんだというのだろう。


 それにしても、トレイズが仮にきちんと南に向けて進んでいたら、のうのうとレクセに戻ってきた今頃は大変なことになっていただろう。マユキや母に何かの事情があったとはいえさすがにひどい仕打ちではないのか。ルナセオが釈然としない気持ちでいると、路地からぴょんと飛び出した影にぶつかりそうになった。

「わっ」

「うわっ、すみません…あれ?」

あわやすべって転びそうになった相手の腕を反射的につかむと、なんとそれはネルだった。申し訳程度にマントのフードをかぶっているが、すきまからしっかり赤い髪の毛が見えている。

「ネル、いつの間に外に出てたの?」

「あ、あの…ちょっとおさんぽ…」

「まあ!信じらんない!」

マユキは両頬に拳を当てて叫んだ。

「あのねえネル、あなたが一番赤い印をさらしやすいんだから、そんなお粗末な隠し方で外に出ちゃダメよ。落ち着かないのはわかるけど」

「う、ご、ごめんなさい」


 ルナセオがほっかむりを取って、ネルの頭に巻いてやると、たしかに少しだけ彼女の顔がもやがかって見えづらいような気がした。たぶんすれ違った人が気に留めにくい程度の認識阻害の魔法道具なのだろうが、果たして巫子狩りがこんなおもちゃひとつに騙されてくれるかは謎である。

「セオとマユキおばさんはどこにおでかけなの?」

「俺んちに帰るんだ。母さんに顔出しにさ。ネルも来る?」

ネルは頷いた。マユキはあまりいい顔をしなかったけれど、なにも言わなかった。ルナセオの母にネルを会わせるよりも、彼女を一人でふらふら歩かせるほうがまずいと思ったらしい。


「セーナは?」

「さあ、まだ寝てるんじゃないの?昨日ぐっすりだったし」

 彼女ひとり仲間はずれにしたとなれば、烈火のごとく怒りだしそうだ。帰ったら散々言われることを覚悟しておこう、ルナセオは心の中で十字を切った。マユキが徹夜明けで気が立っているのか、イライラした様子で言った。

「さっさと顔を出してすぐに帰るわよ。この調子じゃいつまで経ってもたどり着けやしない」



 レクセとしては一般的なレンガ造りの家は、ルナセオが旅立つ前となにひとつ変わっていなかった。マユキに背中を叩かれて、銅製のノッカーを打ちつけると、すぐに中からぱたぱたと走ってくる音がした。途中、ガタンとなにかを倒す音がしたので、またどこかにぶつかったのだろう。

 扉を開けて出てきたのは、相変わらず少女然とした若々しい母だった。よほど急いだ様子で、いつも懇切丁寧に手入れしていた黒髪は少し乱れていたし、背後で観葉植物が倒れていた。彼女は目を見開いて、幽霊でも見つけた顔をしてルナセオを見ていた。


「あの…母さん、ただいま」

 ほかになんと言えばよいか分からなくて、頬をかきながら言うと、たちまち母は顔をゆがめてルナセオの頰を張った。あの非力な母とは思えない力強さだ。

「どれだけ心配したと思ってるの!手紙くらいよこしなさい、バカ!」

それから母はがばりとルナセオの首に抱きついて、こらえきれない様子ですすり泣いた。

「無事でよかった…」

「ごめん、母さん」

 あの能天気な母がこんなに取り乱すだなんて、ルナセオは夢にも思わなかった。どんなに浮世離れしていても、やはり彼女は母親だった。ルナセオは彼女の小さな背中をそっと撫でた。


「ごめんなさい」

 少しして落ち着いたのか、母は涙をぬぐって息子の腕から離れた。

「お客様もいらしてるのに、ずっと立たせてはおけないわね…どうぞ入って。ちょうど朝食の準備をしていたの」

「朝食!?母さんが!」

ルナセオは慌てて家の中に駆け込んだ。なにやら焦げくさい香りに嫌な予感がして台所に飛び込むと、案の定、フライパンが炎とともに黒い煙を上げている。

「母さん!いつも言ってんだろ、料理中に台所を離れるときには火を止めろって!」

「あらあら」

後ろから追いかけてきた母は、目元が赤くなってはいたがもうすでに普段どおりだった。片手を頬に当ててのほほんとほほえんでなどいる。

「でもねセオ、母さん、セオがいなくなってから練習して、パンケーキは焼けるようになったのよ」

現在進行形でそのパンケーキなる代物を炭にした挙句キッチンを火事寸前まで追いこんだ人の言えた台詞ではない。ルナセオは火を止めて、焦げついた黒い物体をゴミ箱に落としながら母を睨んだ。

「母さん、俺のいないときにオーブン以外の火を使うなって言ったよね?」

「だってマフィンとパウンドケーキだけのごはんは飽きちゃったんだもの。ああ、お客様はゆっくりしていらしてね。今お茶をいれますからね」

「俺がやる!俺がやるから母さんは座ってて!」


 まだ朝も早いというのに、人数分のお茶とパンケーキが卓上に揃うころには、ルナセオはどっと疲弊していた。母はうれしそうにお茶を飲んでいる。

「わあ、セオのパンケーキ、久しぶりだわ。ねえ聞いて、この子ったら小さいころからお料理が大好きでね、大きな料理本を抱えてずーっと台所にこもってね…」

「そりゃ父さんも兄さんも家にいない以上俺がやるしかないからだよ」

「ルナ、息子自慢はいいから本題に入りましょう。チルタから連絡はあったの?」


 マユキがすっぱりと軌道修正した。そろそろグレーシャの起きる時間であることを気にしているらしい。さっきから何度も時計を見ていた。

「ええ、すぐに帰るって言っていたから、そろそろ戻ってくるんじゃないかしら」

「戻ってくるの!?」

マユキはソファから飛び上がった。

「あのねえ、今、街にはトレイズが来てるのよ?あの人たちが遭遇したらどんなことになるか想像つかないわけじゃないでしょ?」

「父さんとトレイズがなんだって?」

マユキと母を交互に見ると、母のほうものんびりと「困ったわねえ」とつぶやいている。隣のネルは大人しくパンケーキをもぐもぐ食べていた。


「あのね、うちの父さんとトレイズ・グランセルドって因縁の関係なの。会ったら殺しあいになっちゃうと思うのよねえ」

「殺しあい!?」

 それは穏やかではない。まさか、その殺しあいとやらを回避するためにラゼのことを隠ぺいしたというのか。うちの父とトレイズにどんな接点があるというのだ。

 血なまぐさい話題に似つかわしくなく、母は幸せそうにパンケーキを頬張りながら言った。

「あの人、昔、巫子だったって聞いた?」

「うん、それは聞いたけど」

「父さんだったのよ」

「…なにが?」


「そのときの9番。トレイズ・グランセルドが倒すはずだった当時の9番は、あなたの父さんだったの」

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