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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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「それにしても、お前、生きてるならちゃんと連絡くらいよこせよ。うちのお袋もセオんちの母さんも、一晩中お前のこと探してたんだぜ?」


 グレーシャの部屋は脱ぎ散らかした服やら本やらが散乱していた。部屋の主はベッドの上にあぐらをかいて、さあ説明しろとばかりにこちらを睨んでくる。

ルナセオはマントを脱いで椅子に引っ掛けた。

「母さんがここに来たの?」

「らしいな。俺は寝てたから知らなかったけど。朝起きてお前が行方不明になったって聞いてぶったまげたぜ」

 だとすれば、母たちはあの惨状を見たのだろうか。あのほのぼのしたうちの母が、あんな凄惨な現場を見たら、いったいどんな反応をするだろう。


「ラゼのこと、お前もなにか関係があるんじゃないかってみんな噂したんだけど、お前んとこの母さんは『うちの子は旅に出たみたい』って一点張りでさ。普通、親ならもっと息子が事件に巻き込まれたんじゃないかとか心配するもんじゃないのかよ」

「あー、うん、うちの母さん、ちょっと変だし」

 幸いなことに、母は通常運転だったらしい。「出たみたい」という人ごとみたいな言い回しがなんとも母らしい呑気さだ。もっとも、兄もある日唐突に「俺は魔法道具屋になる!」と言って家出よろしく飛び出していったので、マイペースで楽観主義なのは我が家全体の性質なのかもしれない。


 ルナセオは机の上に放りっぱなしの教科書をパラパラめくった。かつてはルナセオのそばにもあった日常のすがただ。

「なにがあったかとか、なにしてたかとか、悪いけど言えないんだ。ちょっと立て込んだ事情があってさ」

「おいセオ、人に心配かけといてそりゃねーだろ」

「まあ、正直に話したとしても、馬鹿言ってんじゃねえって信じらんないかも」

ルナセオはけらけら笑った。だって誰が信じるというのだ。おとぎ話だと思っていた赤の巫子になって、世界を救うために、なんの変哲もないひとりの子供を倒さなきゃならなくなったなんて。


 友人の拒絶を感じとったのか、グレーシャは一瞬ひるんだが、すぐに挑むようにこちらに身を乗り出した。

「…お前、実はラゼのこと、なんか知ってんだろ」

疑るような視線だ。

「あの金の目のオッサン、あの日ラゼと話してたやつだもんな。…俺は信じちゃいないけど、学園には、ラゼのこと、お前がやったんじゃないかって口さがなく言う連中もいるんだ」

 当然そうだろうとルナセオは思った。腰につけたチャクラムをなぞりながら、あの日のことを思い出した。

「そうだなあ、俺が殺したっていうんなら、確かにそうなのかもなあ」

グレーシャがはっと息を呑んだ。

「俺があの夜、ラゼと会わなかったら。あの時、ラゼの手を振り払わなかったら。あいつに怯えたりしなかったら。悪いのはラゼを撃ったやつだって分かってるんだけど、考えれば考えるほど、俺がいけなかったんじゃないかって思うんだ」

椅子の上でぎゅっと縮こまって、ルナセオは震えの止まらない両手を祈るように握った。何度も訪れたグレーシャの部屋の中にいると、変わってしまった日常を実感しておかしくなってしまいそうだ。巫子狩りを殺したって、ラトメでなすすべなく倒れていく人々を見たって、いつもの自分を取り戻せていたはずなのに、実は知らないところで決定的に変わってしまっているような、恐怖が湧き上がって止まらなかった。

「おい、セオ…」

「シェイルに行ったときにさ、俺、シェイルの騎士団長に会ったんだ」


 グレーシャがルナセオの肩に触れた。見上げると、彼はまるで化け物を見るみたいな顔をしてルナセオを見ていた。あのとき、俺もラゼにこんな目を向けていたんだろうか。こわくないよ、だいじょうぶ。

「ギルビスさん、かっこよかったなー。仇に対してさ、知らないところで幸せに生きてるんなら、手を汚さずに済んで幸福だっていうんだ。俺もあんなふうになりたいな。俺は、」

歯を食いしばっても、拳を握りしめても、思い出すだけでこみあげる怒りは止めようがなかった。自分が泣きたいのか叫び出したいのかも分からなくて、組んだ指がミシミシ言うのを、ぼんやりと人ごとみたいに見つめていた。

「俺は許せそうもないよ。トレイズは俺が手を汚す必要はないって言ったけど、そうじゃないんだ。俺がそうしたくてするんだ。ラゼを殺したあいつをいつか殺してやるまで、俺の旅は終われない」

 べつに仇を取ってやらなきゃラゼが浮かばれないとか、そういう義憤じゃない。ラゼはもうどこにもいないし、死人がそれを望むわけでもない。ただルナセオが、奴に思い知らせてやらないと自分を許せそうにないという、利己的な理由で復讐しようとしているだけだ。


 こんなんじゃ、くだらない世界のことわりを壊すと言ったクレッセのほうが、よほど正義の味方ではないのか。本当は、俺こそが9番になるべきなんじゃないのか…立てた爪で傷ついた手の甲から血がにじみだしたところで、がしりとその手をつかまれた。

「ごめん、俺、もう聞かねーよ。だからもういいよ」

「…グレーシャ、手が汚れるよ」

「うるせーな!お前は汚くねえよ!」

グレーシャはルナセオの醜い血が付くのも気にせずに手に力をこめた。

「お前な、しんどい時はそんな平気な顔してんじゃねえ!無理してんならもっとわかりやすい態度とれよな!ったく」

 グレーシャはなにに怒っているのか、ドスドス足を踏み鳴らして部屋を出ていくと、階下に向けて「お袋!救急箱!」と叫びながら行ってしまった。残されたルナセオは、もう血の止まっている自分の手の甲を見下ろしながら、首を傾げた。

「…俺、無理してんのかな」



 不老不死となった今、すぐに傷なんて塞がるから手当てなどいらないのだけれど、グレーシャは頑として引かずにルナセオの右手を包帯でグルグル巻きにした。これじゃチャクラムが持てないじゃん、包帯のせいで倍の厚さにふくれあがった自分のかわいそうな右手を見てルナセオはぼんやり思った。

「よし!完璧!」

「いや、完璧じゃないよこれ。こんなんじゃ俺フォークも持てないんだけど」

 文句を言ったが、グレーシャは自分の作品の出来に満足しているらしく黙殺された。よほどきつく巻かれたのか指先の感覚がない。このまま右手が腐り落ちたらまた生えてくるんだろうか。


 控えめに、開け放ったままだったグレーシャの部屋の扉が叩かれて、ひょっこりと栗色の頭がのぞいた。

「セオ、だいじょうぶ?」

「うん、グレーシャが大げさなだけ。話は終わったの?」

ネルは心配そうにルナセオの包帯のかたまり、もとい、右手を見ながらうなずいた。すると、その後ろからトレイズが顔を出して、やはりルナセオの右手を見下ろして眉をひそめた。

「ルナセオ、俺とエルディは今日は宿を取るから、お前はネルとメルセナと一緒にここに泊めてもらえ。明日また話し合おうぜ」

「わかった。トレイズ、ついでにそのマント買い換えたら?やっぱ臭いよ、それ」

「うるせーな」

トレイズはこつんとゲンコツを軽くルナセオの頭に当てた。そのままぐしゃぐしゃとルナセオの髪をかきまわして、じっとこちらを見つめてくる。

「なに?」

「…いや」

なんでもない、手を外して、トレイズはそのまま部屋を出て行った。ネルはルナセオの正面にしゃがみこむと、うかがうようにルナセオの顔を覗きこんできた。まんまるの若草色の目に、ルナセオはドキドキしてきた。


「セオ、泣きたくなったらわたしに言ってね」

「…えっ?」

「神宿塔でわたしが泣いちゃったとき、セオ、拭いてくれたでしょ?だから、セオが悲しいときはわたしに言ってね。わたし、飛んでくるから」

 ぽんぽんルナセオの右手をやさしく叩くと、彼女もまたグレーシャの部屋を出た。去り際にまたひょっこり頭だけ出して、「約束!」と付け加えて。


「…え、えっ?」

「セオ、落ち着け」

「かわいくない?今の。すごいかわいくなかった?」

「知らねーよ。お前、あーいうのが好みだったんだな」

「いやそういうんじゃないけど!」


 がばりと四つん這いになって、ルナセオは自身の失態を悟った。しまった、トレイズにマントを買い換えるついでに、ハンカチを買ってくるように伝えておかなきゃいけなかったのに!



 齢二十歳のセーナ姉さんは、不機嫌に口を尖らせながら、マユキに借り受けた枕を抱きしめてふてくされていた。

「パパが宿に行くなら私もそっちがよかった」

「最初からトレイズが巫子だけでもこっちに匿ってもらおうって言ってたじゃん」

「そりゃ分かってるわよ!でもパパと一緒がよかったの!」

 シャワーを浴びて砂汚れを落としさっぱりした三人は、ネルの鞄に入っていた干し肉と乾パンでささやかなパーティと洒落こんでいた。マユキが軽食でも作ると言ってくれたが、さすがに夕食後にまた台所に立たせるのは忍びないので。


 グレーシャがシャワー室にいる間に、ルナセオはネルとメルセナから、階下での話の共有を受けていた。マユキに大体の事情を説明したものの、これからの話をする前にグレーシャが階下に降りていってしまったので、ひとまず今日は休んでこれからのことはまた明日、ということになったらしい。

「それにしてもなんだってネルはマユキさんと知り合いだったの?ネル、レクセには来たことないんだよね?」

「マユキおばさんはデクレとクレッセのおばさんなの。何度かうちの村にも来たことあるんだよ。私とデクレがラトメに行っちゃったって、お母さんがマユキおばさんにお手紙送ったみたい」

「へえ、じゃあネルの幼なじみがグレーシャの従兄弟ってこと?そんなことあるんだね」

 ということは、マユキにとっては自分の甥が9番になったということか。ラファがラトメからクレッセを連れ出したのも、親戚だったからなのかもしれない。


 満月のぽっかり浮かぶ夜空を見上げると、クレッセのことがよぎる。彼らは無事ラトメから逃げ出したのだろうか。いずれ自分が倒さなければならない相手なのにおかしな話だが、あの少年が捕まっていないことをルナセオは願った。神宿塔でネルの話を聞いて、彼がやっぱり悪党なんかじゃないと知ったからだろうか。

 ふと、隣のネルも同じように空を見上げているのに気付いた。月明かりを受けて、彼女の赤くなった髪が艶やかに光っていた。

「不思議だね」ネルはぽつりとつぶやいた。「今日、あんなにこわいことがあって…明日どうなるかもわかんないのに、なんかね、ラトメで見たお月さまもおんなじまんまるだったな、デクレも同じお月さまを見てるのかなって思ったら、ちょっとだけ力がわいてくるの」

今日一日だけでたいへんな目に遭って、先行きも幼なじみの安否もわからず不安だろうに、ネルはそう言ってはにかんだ。世界でいちばん大事なひとだという、デクレのことを思い出しているのだろうかと思ってルナセオはどきりとした。


「たぶん見てるよ」

 なんの根拠もなくルナセオは言った。ネルが若草色の瞳をついとこちらに向けてくるので、慌てて両手を振りながら付け足した。

「いや、なんかそんな気持ちでいればいいんじゃないかなってさ!果報は寝て待てっていうし、心配するよりは無事だって信じてどーんと構えてりゃいいっていうか!なっ、セーナ!」

語れば語るほど泥沼にはまっている気がする。助けを求めて逆隣のメルセナを見たが、彼女はすでに膝に抱えた枕に突っ伏して夢の中だった。体内時計はお子様仕様らしい。

「寝てるし…」

「わたしたちももう休もっか」

「う、うん…」


 ネルが空き缶を手に立ち上がってしまったので、ルナセオはしゅんとして後に続きつつメルセナを抱え上げた。ひょっとして今日、ネルにはカッコ悪いところしか見せていないんじゃないか、彼女と出会ってからの自分の行動を思い返していると、ネルはくるりと振り返った。

「セオ、ありがとう」

 言うが早いかパタパタ行ってしまう少女の背中を見つめて、ルナセオはこっそりガッツポーズをした。腕の中のメルセナが、もにゃもにゃと「ちょうしよすぎるのよぉ」と寝言を発した。


 とにかくメルセナを寝かせようと、勝手知ったる家の客間へと運んでいると、廊下の奥からマユキがやってきた。彼女は遅くまで仕事らしく、眼鏡をかけてきりりとした風情だ。

「セオくん、明日のことなんだけど、ちょっと早く起きられる?連れて行きたい場所があるの」

「連れて行きたい場所?」

 特に指名手配されているわけではなかったものの、行方不明扱いされているルナセオが気軽に外に出て大丈夫なのだろうか。しかし、マユキはルナセオの懸念に先回りするように「人目につかないようにこっちでなんとかするわ」と言って、声を落とした。

「あなたのお母様のところよ」


 ふわふわしていた気持ちがすうと冷えていった。マユキを見ると、眼鏡の奥の真剣な瞳で、じっと探るようにルナセオを見ていた。

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