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少年ルナセオと大団円のゆくえ  作者: 佐倉アヤキ
2章 狂気と幸運のハッピーエンド
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2章全9話、毎日0時更新です。よろしくお願いいたします。

 聖女様はこの世界をひとつの国にとりまとめるのに、十二人の仲間を集めた。


 聖女様の右腕として剣の役目を果たす青年と、聖女様の頭脳として花のように佇む少女。それから1番から10番までの席を持つ、聖女様の家来たち。

 仲良くこの世界を治めていたけれど、彼らもまた聖女様とともに、この世界から去ってしまった。ある日突然姿を消した聖女様とその仲間たちを人びとは探したけれど、結局いつまで待っても、彼らが帰ってくることはなかった。


 ある人は、まことしやかにささやいた。

 聖女様が遣わしているという、世界を救う巫子様は、実は聖女様の家来たちなのではないか。


 ある人は、それに対して首を傾げた。

 じゃあどうして、巫子は九人しかいないんだい?聖女様の家来は、十人いるはずなのに。



 レクセディアの学生街は、あの日の夜と同じ、すっかり人気もなくなってしんとした静けさだった。


 そこまで長い時が経ったわけではないけれど、もしかしたらもう一生帰って来られないと思っていたから、ルナセオは何も変わらない煉瓦造りの街を見て感動に浸った。

「レクセだ…」

 じんとしながらつぶやくと、メルセナが「そりゃそうでしょ」と冷たく言って父親に小突かれていた。

「いや、こんなに早く帰ってこられると思ってなかったから。母さん、元気かなあ」

「言っとくが、家には帰れないぞ。人目につかないように気を付けろよ」

 どうやら今回は転移酔いしなかったのか、平然としているトレイズの忠告に、ルナセオの期待はみるみるしぼんだ。確かに、きっとこの街ではお尋ね者になっている。母が心労で倒れたりなどしていないことを祈った。


 メルセナは呆れたようにルナセオを見上げた。

「アンタ、何やったのよ。実はすごい悪ガキだったとか?」

「ちょっとね」

自分よりずっと年下に見える女の子にガキ呼ばわりされるのには少しモヤモヤしたが、ルナセオは肩をすくめてごまかした。あの血なまぐさい旅立ちの一幕は女の子たちに話すことでもないだろう。


 ネルは家々が立ち並ぶ街並みが珍しいのか、口をぽかんと開けてあたりを見回している。迷子にならないようにか、無意識にルナセオのマントを握っていた。

「すごいね、家がいっぱい…こんなに小さい家じゃ、家族みんなで住むの大変だね」

なるほどインテレディアはレクセとくらべて一家庭の敷地がもっと広いらしい。農業がさかんな土地柄らしく「畑はどこに作るの?」などと言っている。ちなみにレクセの学生街に畑を持つ家はない。


 引率よろしくトレイズが手を叩いた。

「さて、とりあえず俺の知り合いのところに行くぞ。お前ら、はぐれずについてこいよ」

「こんな大所帯で押しかけて大丈夫かな」

ネルの言ではないが、この街の家はそんなに広くない。こんな日が沈んでから事前連絡もなしで何人も訪問したら、その知り合いも迷惑ではないものか。

 トレイズは頭を掻きながら口を器用にへの字にひん曲げた。

「まあ、いざとなれば俺とエルディは宿を取ってもいいだろ。とにかくお前ら巫子を匿ってもらわなきゃな」


 トレイズの後に続きながら夜の学生街を進む。途中、あの日ラゼに遭遇した路地が見えたが、当然ながらそこには猫の子一匹見当たらない。

 あの巫子狩り達はともかく、ラゼはきちんと弔ってもらえただろうか。あんな黒い筒のような武器は見たことがないから、見慣れない傷口に各学校の医学部の連中が騒いだことだろう。解剖などされて、妙な研究に回されていなければよいのだが。


「ねえ、えーと」

 死んだ同級生のその後を心配していると、ネルがくいくいマントを引いてきた。「ルナセオって呼んでいい?」

「セオでいいよ。なに?」

「セオはこの街の学生なんでしょ?なんの専攻なの?」

ネルの質問にルナセオは目を瞬いた。

「俺はまだ四年生だから。専攻が決まるのは五年からなんだ。でも、よく専攻なんて知ってたね」

「あのね、うちのお姉ちゃん、レクセの学校に通ってるから。今はかがい…じゅぎょう?っていうので、クライディアの遺跡を調べてるんだって」

「へえ!ネルのお姉さん、考古学専攻なんだな。じゃあ父さんに会ったことあるかも。うちの父さん、考古学者なんだ」

 クライディアは南西に広がる広大な山岳地帯で、世界が統一される前に滅びた国が統合されてできた都市だ。広い都市でまさかそんな世間が狭いわけがなかろうが、もしネルの姉が父と一緒に遺跡探索などしていたら不思議な話だ。

 想像して笑いがこみ上げてきたところで、ネルはやけにほっとした面持ちで「そうだったらおもしろいね」と言ってほほえんだ。なんでそんなに安心した様子なんだろう?首を傾げていると、脇からメルセナが肘でつついてきた。

「アンタが路地なんか睨んでるから気を遣ったんでしょ」

 小声で言われて、思わずルナセオは口元を押さえた。ラゼのことを考えて、つい表情が硬くなってしまっていたらしい。女の子に気を遣わせるなんて最悪だ。ましてネルだって幼なじみと引き離されて不安で仕方ないだろうに。


 メルセナはネルとルナセオの前に出ると、後ろ歩きしながらこちらを向いた。しんがりをついてきていたエルディが「セーナ、転ぶぞ」と苦言を呈したが知らんぷりだ。

「私のことはセーナでいいわよ。あ、もしくはセーナ姉さんと呼びなさい」

「セーナ姉さん、きみ、いくつになったの?」

見たところルナセオやネルよりずいぶん年下に見える。まだ十歳くらいかなと思っていたら、彼女は気分を害した様子で目を吊り上げた。

「失礼ね!私は二十歳よ!アンタ達より年上!」

「えーッ!?」

ネルとルナセオの声が重なった。ルナセオは思わず背後の父親のほうを見る。神の化身かと疑わしいこの美貌の男だってまだ二十代前半に見える。ナシャ王妃といい、美形には年齢詐称の魔法でも使えるのだろうか。

 隣のネルは涙目で震えて、「えっ…じゃあお母さん…何歳…?」と謎の呟きを漏らしている。


 前を歩くトレイズが呆れた様子で振り返った。

「お前らなあ、エルフって種族は人間の倍以上の寿命があるから、成長も遅いんだ。俺と同世代でようやく人間でいう二十歳そこそこの見た目になるんだぜ?」

「いや、そりゃ寿命が長いっていうのは聞いたことあるけど」

どおりでやたらとお姉さんぶった態度なわけだ。二十歳にしては父親にべったりだし落ち着きがなさすぎる気もするが、それは彼女自身の性格によるのだろう。

「ま、お前の年頃でそんなに口が達者なエルフなんてほかに見たことないけどな」

「そりゃそうよ。私、人間の街で育ったんだもの。旅に出てびっくりしちゃったわ、エルフの同世代たちってホントに子供よ、なーんにも知らないの」

 そう言うメルセナも背後の父親からすればだいぶ冷や冷やさせられるようで、エルディは娘がトレイズに無礼な態度をとらないかひどく心配しているようだった。ずっと愛想のない仏頂面なので分かりづらいが、このエルディという男は娘が心配で仕方ないらしく、メルセナがひとつ声を上げるたびにそわそわしていた。


 まあ、こんなおてんばな娘がいたら父親は不安でいっぱいだろうな、エルディに同情を寄せていると、ルナセオはふと、今歩いている道順にやけに見覚えがあることに気づいた。それどころか、ルナセオがこの街を後にしたその日、まさに歩いていた道だ。

 近づいている、よく知る屋根を見上げながら、ルナセオは口を開いた。

「…あのさ、トレイズ。俺ちょっと気づいちゃったんだけど…」

「あーッ!お前、お前ー!」

 ちょうどその家の二階にある窓から、身を乗り出してこちらを凝視していた影が大声を上げた。その人物は転がるように家に引っ込んで、バタバタドッスンと音が聞こえたかと思うと、乱暴に玄関の扉を開いて姿を現した。

 ブラウンの髪を振り乱して、相変わらず着崩した制服姿のその少年は叫んだ。

「セオ!」

「グレーシャ…」


 勢いよく飛びついてきたグレーシャは、ぐわしとルナセオの両肩をつかむとあらん限りの力で前後に揺さぶった。

「どこ行ってたんだよ!うちから帰ってそのまま行方不明になりやがって!どんだけ心配したと思ってんだこのばかセオ!」

「ちょ、グレー、待って、目、目が」

脳がぐらぐら揺れる感覚に目が回ってろれつは回らない。なんとか親友の腕を叩いて凶行を止め、首を振っていると、グレーシャのほうは見慣れない訪問者たちを順繰りに見て、警戒するように言った。

「お前ら誰?」

「グレーシャ、アンタ、ドアを開けっぱなしにするんじゃないわよ。何してるの?」

「お袋!セオが帰ってきた!」


 開け放たれた扉からひょこりと小麦色の頭が覗く。彼女もやはり、ルナセオの顔を見てぎょっと目を見開いた。

「セオくん!それに…」

彼女は戸惑ったように一同を見渡して、ネルに目を留めた。はっと息を呑んで、マユキは彼女に駆け寄ると、その一部だけが赤い髪を撫でながら言った。

「ネル!よくここまで来られたわね。あなたのお母さんから手紙をもらったのよ。あなたとデクレがラトメに連れて行かれたって」

「マユキおばさん…」


 なんとネルもマユキと知り合いだったらしい。マユキはぎゅっとネルを抱きしめながら、残りのトレイズ、エルディ、メルセナを見て眉をひそめた。

「ええと、待って。ちょっとこれ、どういう組み合わせ?」

「悪いな、マユキ。いきなり押しかけて」

トレイズが前に進み出た。グレーシャはこの薄汚れた隻腕の男を不審そうに眺めまわしている。

「上がらせてもらってもいいか?」

「そりゃ構わないけど…何?何があったの」

「今までラトメにいたんだが、暴動に巻き込まれてな。とにかく子供たちを休ませてやってくれないか?事情はちゃんと説明する」

「マユキ様、夜分に申し訳ありません」

エルディは胸に手を当てて丁寧に一礼した。シェイルでギルビスがやっていたのと同じ動きだ。これが騎士流のお辞儀なのかもしれない。隣のグレーシャが「やべえ、彫像がしゃべった」とつぶやいた。


 グレーシャの家に通されると、ちょうど夕食後だったのか、まだ片付いていない食器がテーブルの上に乗っていた。マユキは食器を抱えながら「グレーシャ、適当な部屋から椅子を持ってきて」と指示を出す。

「マユキ様、私のことはどうぞお気遣いなく」

「俺も椅子はいいよ」

男二人が恐縮したが、その前にグレーシャが母の仕事部屋から椅子を引っ張ってきて「どーぞ」と置くほうが早かった。マユキは「お茶を淹れるからゆっくりしてて」と言うなりキッチンに引っ込んでいく。


 マユキ以外の全員が着席したところで、頬杖をつきながらグレーシャはネルの髪を見つめた。

「変わった髪だな」

「う、うん」

「グレーシャ、女の子にそれはないだろ」

相変わらずズバズバとものを言うタイプだ。ネルが縮こまってしまったので思わず口を挟むと、グレーシャはそれを待ち構えていたかのように身を乗り出した。

「それどころじゃねーよ!お前、どこ行ってたんだよ?すげえ騒ぎになったんだからな、あれから学校にも出てこなくてさ!」

「う、そ、そうだよな」

さぞ大変なことになっていただろう。ルナセオは左耳のあたりの髪を撫でつけながら視線をさまよわせた。


 グレーシャは器用に椅子の前脚を浮かせてゆらゆらさせながら愚痴るように続けた。

「風紀委員のラゼ、いるじゃん?知ってるかわかんねえけど、あいつも同じ日に行方不明になってさ。まさか駆け落ちか?って噂になったんだけど、それから何日かして、モール川からあいつの死体が揚がったんだ。お前もどっかで死んでんじゃないかって、学校で大騒ぎになってたんだぜ」

「…ちょっと待って、ラゼの死体が?どこで揚がったって?」

 なにか話がおかしい。あの日、ラゼはこの学生街の路地で殺されたはずだ。彼女を殺した少年の巫子狩りだけを取り逃して、あとの黒マントたちは全滅させたし、トレイズはラゼの髪を一房切り取ったほかはそのままにしてきたと言っていた。ならば翌朝に、巫子狩りたちとともに学生街で遺体が見つかるのが筋ではないのか。


 そんな事情はつゆ知らず、グレーシャはバシバシテーブルを叩いた。

「南の森にあるモール川だよ!もーびっくりしたっての。よく知らないけど不審死だかなんだかで?なんかの事件に巻き込まれたんじゃないかって役所の連中が血眼になって探したけど結局なにも分かんないし、同じ日にいなくなったお前はどこにもいないし。

 でも、その様子じゃラゼと一緒だったわけじゃないんだな。そりゃそうだよな、お前らあんま接点なかったし」

「うん…そうだな…」

相槌を打ちながら、ルナセオはトレイズと視線を交わした。彼も不可解そうに唇を引き結んでいる。


 翌日にはラゼは行方不明ということになって、あとから別の場所で見つかった。それに、巫子狩りたちは見つかっていない。誰かがあの夜のうちに事件を隠ぺいしたのだろうが、じゃあ誰がやったのか。あの小柄な巫子狩りに一晩でそれができるとも思えない。モール川はここから歩いて半日はかかる場所にあるし、そもそも壊れた街灯や血痕といった事件の傷痕をどう処理したのだろう。


 マユキが大きなトレーの上にお茶のカップをのせて戻ってきた。慌ててエルディが彼女の手からトレーをすくい上げる。紳士とはこのことか、メルセナが鼻高々にニンマリしている。

「ありがと、エルディ…グレーシャ、アンタは引っ込んでなさい。二階に行ってて」

「なんでだよ!俺も聞くよ!」

グレーシャはいきりたったが、確かに巫子だのなんだのという話を聞かされたところで、彼にとっては荒唐無稽で頭の沸いた妄想にしか思えないだろう。仕方なくルナセオは立ち上がった。

「じゃあ俺も一緒に二階に行くよ。こっちでのことも聞きたいし」


 マユキはちょっと困った様子で頬に手を当てたが、ルナセオの事情はトレイズが説明してくれるだろうし、あえてここに全員が揃っている必要もないだろう。そんなことより、ルナセオはもう少しその後のラゼとレクセの街のことを聞きたかった。

 腰につけたチャクラムに触れながら、ルナセオはほんの少しだけ、左耳が熱を持つのを感じた。

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