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傾いた世界の夢の中で  作者: 千絵師 八猫
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序章


からんころん.


と、不規則に高い音を辺りに響かせて、中身の入っていないスチール缶が長い長い階段を上っていく.


僕はその現象を特に疑問に思うこともなく、スチール缶を追って長い長い階段を上っていた.


既に長いこと階段を上ってきたのだろうそのスチール缶は、銘柄の描かれたラベルが読めなくなるぐらい、悲惨なほどにその身を歪ませている.


僕自身には特に目的はないが、しかしこのスチール缶には、何か目的と呼べるものがあるように思えた.


ん、あれ?―――と.


小さな違和感.

この光景、このシチュエーションには.

見覚えがある―――いや、()()()()()()()

僕はこの後の展開を、このスチール缶がこれからどうなるのかを、確かに知っている.


ただ、その記憶を引っ張りだそうにも、(もや)がかかったように記憶が霞んで、頭の隅から上手く引っ張り出せない.

しばらく頑張ってその靄を振り払おうと試みてみたが、結局記憶は蘇ることなく、僕はただ為す術もなく階段を上っていくスチール缶に着いて行くしか出来なかった.


足を動かす以外に特にやることが無いので、周囲の景色に意識を向ける.

ひたすらに長く続く階段の脇には、古風な民家から近代的な建造物まで、様々な建物が並んでいた.


人の気配は今のところ無いが、ちゃんと住宅地として成立していそうな土地だった.

以前僕が住んでいた土地と似ている気がして、少しだけ懐かしい気分になる.

しかしそれはあくまで似ているだけで、僕が昔住んでいた土地とは、やっぱり違う土地だった―――


「…いや」


自然と、否定の言葉が口から出た.

スチール缶が必要以上に大きく跳ねた気がした.

足も、自然と止まる.


本当に違う土地か?細かい箇所は違っても、地形にも建物にも見覚えがあるぞ?

ここはもしかして、僕が以前住んでいた―――()()なんじゃないのか?


恐る恐る、自分が上ってきた階段を振り返った.

街はかなり下の方で水没しているようで、斜面の途中からは海のように水と霧が広がっているばかり.


…んー、判然としない.

景色はいいのだけれど.

仕方なく、再び前方を向く.

スチール缶は僕が立ち止まっている間ずっとその場で跳ねていたようで、僕が前を向くと再び階段を上り始めた.


どれだけ歩いたか分からない.

結構な時間を歩いていた気がするし、そんな気がするだけかもしれない.

気づけば民家は古風なものが増え、数も疎らになっていた.

代わりに木々の密度が増していき、やがて民家も見えなくなっていく.



そして、鳥居が、佇んでいた.



見た目にはなんの変哲もない、石造りの鳥居.

しかし潜るのを躊躇(ためら)わせるような、参拝者を拒むような、そんな重みを孕ませていた.


気圧されたように足を止めた僕とは対象的に、スチール缶は鳥居へと吸い込まれるように、階段を上る速度を上げていく.


逸るように、急ぐように.

或いはまるで、喜んでいるかのように.


しかしスチール缶は鳥居を潜る直前で、細い足でぞんざいに踏み潰された.


ぐしゃっと.

歪だったスチール缶が、簡単に折れ曲がる.


「…あなたですか、この子をここまで連れてきたのは」


鈴が鳴るような、少女の声.


白のワンピースに麦わら帽子を目深に被り、ひまわりの束を両手で抱えた少女が、鳥居の前に立っていた.

スチール缶は少女の足の下で、藻掻くように暴れている.


「君はこの鳥居を潜れませんよ、ア・バオ・ア・クゥー。可哀想ですが、君は自らの業に従って、まだ苦しんでいてください」


そう言うと少女は大きく足を振り上げ、再び跳ねようとしたスチール缶を思い切り蹴り飛ばした.

スチール缶は僕の頭を掠めて真っ直ぐ飛んでいき、その直後に絹を割くような悲鳴が上がった.


「…スチール缶って鳴くんだな」


「そんな訳ないでしょう」


僕の独り言に、少女は呆れたように応える.


「そんなところを意外に思うなら、空き缶が物理法則に逆らって階段を上ってるのを見た時から不審に思って下さい」


「あぁ、そういうものだと思ってた」


「…すごいなあなた。現世(うつつよ)の人間のくせに」


「は?なに?うつつよ?」


鬱強?そんなに根暗そうに見えるのだろうか.

気にしてるのに.


なんとなく見当違いなんだろうなとは自分でも思いながら、しかし意味が分からないので適当に変換して憤慨してみた.

…変換した先も意味が分からないけど.

少女は再び呆れたように僕を見て、今度は溜息を吐く.


「貴方は夢に囚われたのでしょう。仮眠のようですから、もうじき醒めますよ」


近いうちに、また会うことになりそうですけれど.


そう言うと、少女は僕にゆったりと近づいてきた.

右手の細い指で、僕の胸あたりにそっと触れる.


そしてそのまま、手のひら全体で強く押し出した.

つまり―――階段から、僕を突き落とした.


「どちらにせよ、今の貴方では鳥居を潜ることは出来ません」


錠と鍵をもって、出直してきてください.


そんな台詞を最後に、僕の意識はあっけなく途切れた.

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