9 奇襲
佐久間くんだって、かわいい従妹のためならがんばります。
落としたケータイが床に衝突し、鈍い音を立てた。
僕は気にすることなくドアへと近づく。既に事態は一刻を争う。
警察による即時救済は望めない。なにか武器になる物はないか。
目についたのは、下駄箱につるされた靴ベラだった。一〇〇円ショップで購入した安物のプラスチック製品だが、ないよりマシだろう。
「さーや、今助けるよ」
僕は迷わなかった。二重ロックを手早く開錠し、一気に開け放つ。
そこにはやはり、例の不審者と、その正面で向かい合う紗綾子がいた。おかっぱが少し伸びたようなショートヘアに、くりくりと大きく、綺麗な二重瞼の目。なのに愛嬌も愛想も感じさせない冷め切った瞳。手足が伸びたため、やや寸足らずな印象を受けるセーラー服。
見間違えるはずがない。紗綾子は今、貞操の危機に瀕している。
「へやぁあああああ!」
容赦ない不意打ち。不審者の無防備な背中に、裂帛の気合と共に靴ベラを振り下ろした。
「ん? なにこれ?」
だがあろうことか、不審者は振り向きざまにそれを受けとめた。
「靴ベラ? あ。師匠」
「ふわぁあああああああ!」
こうなっては仕方ない。なにがなんでも、紗綾子だけは守らなくては。僕は靴ベラを手放すと、不審者の横をすり抜け、紗綾子へと抱き着いた。
「ふなあああああ! 逃げるよ紗綾子ぉおおお!」
「えー、いきなりなんなのこの人」
紗綾子の体を抱きかかえ逃げ出そうとするが、なぜかまったく動かない。ガッチリ腰をホールドし、渾身の力で持ち上げようとしているのにも関わらず、微動だにしないのだ。
どう見ても太っているようには見えないのに、なんだこの質量は! いつの間にこんなにおデブちゃんになったさーやよ。
「くそおおおおお重いぃいいいいい! 紗綾子太ったなあ! めちゃくちゃ太ったなあ! だから夜中のお菓子は控えろと言ったんだぁああああああ! なのにお前ときたら毎日毎日バリバリムシャムシャひっきりなしに食いやがって! おかげでこの様だぁあああ!」
「うるさい落ち着け」
多分肘だった。後で聞いたら、やはり肘だった。
憐れな僕はなんと守ろうとした従妹の手によって昏倒させられ、無様に床へと沈んでしまったのだった。
「うぅ・・・・・・紗綾子・・・・・・ごめん・・・・・・」
「ホント、なんなんだろうこの人。すみません、ウチの兄が。この人、たまにおかしいんで」
「あ、いえおかまいなく。ほら、よく言うじゃないですか。バカと天才は紙一重だって。師匠は間違いなく天才ですよ!」
まったくもって意味不明な会話が、遠くで聞こえた
実はこの不審者、作中最強キャラなんです。ちなみに佐久間くんは、女子も含めて最弱候補の一角です。