8 お隣さんこんにちは
新キャラ登場。
股間にものすごく食い込んだが、今は貞操の危機である。かまってられるか。
しかし、事態は思わぬ方向へとシフトした。不審者は僕が見ている前で膝を折り手を床につけると、その怪しげな顔を両手の人差し指と親指で作った三角形へと放り込んだのだ。
「私を弟子にしてください!」
とても綺麗な土下座だった。
沈黙が支配するエスポアリバティー水戸二〇七号室の前で、僕は混乱の極みに陥っていた。
「な、な、な、なん?」
今こいつはなんと言った?
「弟子にしてください!」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。しかし、意味がまったくわからない。僕には他人に師事を乞われる能力などありはしない。勉強は多少できるが、それだけだ。成績を上げたければ、塾に通うなり友達同士で教え合うなり、好きにすればいい。
「で、弟子とは・・・・・・?」
「はい! 弟子にしてほしいんです! 師匠!」
左手で壁を探った。目的の物はすぐに見つかった。今度は右手の番だ。
「一体、なんの・・・・・・?」
「もちろん、しょうせ」
バッタン! 鍵が開くと同時にドアを開け、体を中へと滑り込ませると、再びドアを閉じた。もちろん鍵をかけて、チェーンロックも完璧に。
「ああ、ちょっと待って! 話を聞いてぇ!」
ドッカンドッカンドアが叩かれる。話など聞いていられるわけがない。ケータイを取り出し、警察へと電話をかけるべく操作する。
「ケーサツケーサツひゃくとーばん! ひゃくとーばんって何番だっけ!」
「あげでえー! わだじをなんとかかんとか~!」
後半聞き取れなかった。
外からはドアを爪でひっかく音が聞こえる。泣き声も相まって最早妖怪だ。
「お兄ちゃんさっきからうるさい」
その時、ドアが開く音と共に、聞き慣れた声が聞こえた。
最悪の事態だ。僕が住まう二〇七号室の隣、つまり二〇六号室には、父方の兄の奥さんとその一人娘が住んでいるのだ。普段から食事を共にしたり従妹の勉強を見てやったりと、なにかと交流がある。
今ドアを開け、声をかけたのは、間違いなく従妹の佐久間紗綾子に違いない。二つ下の中学三年生。最近妙に大人びてきてお兄さんびっくりな年頃の娘さんだ。
音がやんだ。背筋が凍るというのは、こういうことだろう。
奴に追いかけられた時も怖かったが、今の恐怖はそれを上回る。
紗綾子はかわいい。
そりゃもう、世界一かわいいと断言できるほど、ものすごくかわいい。
そんなかわいい紗綾子を見た不審者がとる行動など、一つしかあるまい。考えただけでぞっとする。
かわいい妹に、お姉ちゃんって呼ばれたいだけの人生だった…。




