16 コミュ障の意地
熱意があればなんだってできると思っていた時期が、私にもありました。
佐々はまだ泣いている。ギャルでも悲しいと泣くんだなと、若干失礼なこと考えてしまう。
教室で見かける佐々は、いつも笑顔だ。見た目通りのバカっぽい発言で、みんなを笑わせている。泣き顔どころか、不安や悲哀といった感情とは無縁の少女に見えた。
(うらやましいもんだな。なにも考えずに生きられるなんて)
そう、心の中で蔑んだ覚えがある。
本当にあのクラスメイトと、今ここにいる少女は同一人物なのか。天真爛漫を絵にかいたようなクラスメイトと、目を泣きはらし変装道具を片手に立ち去る少女。
一体どちらが、本当の佐々翠なのか。
佐々は、今まさに部屋の外へ出ようとしている。暗い夜の闇が支配する、社会という名の地獄。
彼女の蜘蛛の糸はどこにある?
「佐々!」
気づけば叫んでいた。佐々は踏み出そうとしていた足をとめ、キョトンとした顔で僕を見た。
(・・・・・・どうしよう、なんて言えばいいのかわからない)
この決定的な場面で足踏みしてしまう理由は他でもない、僕自身の性格にある。
僕は素直じゃない。そのくせ意地っ張りで見栄っ張りときている。他人を見下しては悦に浸り、孤独を誇っては他人を見下す、そんなどうしようもない性格をしている。
要は人づきあいがものすごく苦手な男の子なのだ。
そんな僕が、今さら佐々を呼び止め自分の素直な気持ちを晒すだと? ありえないね!
というわけで数瞬後。怪訝な顔をし始めた佐々を、できるだけ不敵な笑みで睨みつけた。
「まったく、お前はその程度で諦めてしまうのか? ふん、これだから最近の若者は」
「ぅぇえ? でも同い年・・・・・・」
「デモもストもない! ちょっと言い返されたくらいで諦めてしまうほど、貴様の夢にかける思いは軽いのかと聞いている!」
「そ、そんなことないもん! 私、絶対諦めないもん! でも、師匠は師匠になってくれないし、小説は全然書けないし・・・・・・私、どうすれば・・・・・・」
「ええい泣くな! 泣いている暇があったらネタの一つでもひねり出せ! どんなにつまらなくとも五秒あれば一文字くらい書けるだろう!」
「え? え?」
「とはいえ、一度も小説を書ききったことのない貴様のことだ。ただ紡いだだけの文章などたかが知れているだろう・・・・・・よし、とりあえず明日、貴様の書いた小説をすべて持ってこい!」
「あの、でも、師匠は小説を教えることはできないって・・・・・・」
「僕に不可能はない」
「それに、最近は全然書いてないって・・・・・・」
「ふんっ! 生まれてから一度も小説を書いたことのなかった僕が、一作目からそこそこいいところまで行ったんだぞ? たかが数カ月のブランクなぞ、あってないようなものだ」
「・・・・・・天才・・・・・・」
「そう、天才だ」
ようやく泣き止んだ佐々の瞳を、正面から見た。
ふんっ、悪くない。紗綾子には到底及ばないがな。
佐久間くんは優しい男の子です。




