15 蜘蛛の糸
佐久間くんは多才です。
小説のできなど関係なしに、僕は心から満足していた。
とても人様に見せられたものではなかったが、それでも書いていた時間は、本当に楽しかったのだ。
だから、賞に応募したのも、ほとんどおまけだ。せっかく書いたし、ちょっと出してみるか。そんな軽い気持ちだったのだ。ペンネームだって考えていない。
プロデビューとか賞金とかは頭になかった。現に一作目を書き終え、推敲を行ってからは、一度も筆をとっていない。学校も始まってしまったしね。
というわけで今に至るので、僕には君を指導などできはしないよと説明したのだが、なぜか話を聞き終えた佐々は大きなその目にたくさんの涙を受かべ、しきりに頷いて見せたのだった。
「すごい、すごいです師匠・・・・・・!」
「待て早まるな。お前は勘違いをしている」
「いいえ、やはり師匠はすごいです! 天才です! 私なんて、まだ一つも最後まで書ききれたことがないのに、それが最初からできるなんて、天才以外ありえません!」
そんなことあるわけがない。
「いいか、よく聞くんだ佐々よ」
「はい師匠!」
「師匠はやめろ。お前も小説を書いたことがあるならわかるはずだ。真に面白いものなんて、滅多に書けるものではない。まして、僕が書き上げたのは、たった一作のみ。それがたまたま賞のいいところまで行ったというだけの話だ。考えてもみろ、僕の執筆歴は、合計でも一月ちょっと。書き続けた時間は、佐々の足元にも及ばないのではないか? しかも、熱意も目的もないときている。そんな人間に、なにを教わろうというのか」
「そ、そんな・・・・・・」
佐々はぽろぽろと泣きだした。その涙をどうにかしてやることは、僕にはできない。資格もない。彼女にとって、僕は小説家になるために示された蜘蛛の糸だったのかもしれない。
しかし、ここで手を差し伸べることはできない。
僕はお釈迦様ではないし、細く長い蜘蛛の糸は、自分の力で登ってこそ、意味があるのだ。
「さあ、わかったらお引き取り願おう。もう夜も遅い」
そう促すと、さすがに諦めがついたのか、佐々はのろのろと立ち上がって頭を下げた。
「どうも、ご迷惑をおかけしました・・・・・」
まったくだ。とは思うが、口には出さない大人な僕。
先に立ってドアを開けてやると、佐々は大人しく従った。
――チクリと、胸が痛んだ。
女の子が泣いていたら、誰だって悲しくなりますよね。




