14 書くか
佐久間くんの過去です。
「貴様の事情など知るか! 僕はストーカーに頼まれて物事を引き受けるようなお人好しではない。しかも小説だって、別にデビューしようとか、賞金が欲しいから書いたわけではない。単なる暇つぶしに過ぎなかったんだ」
数か月前、友達のいない(自嘲)僕は誰にも邪魔されることなく、冬休みという名のバカンスを一人楽しんでいた。毎日好きな時間に寝て好きな時間に起きる。紗綾子も部活が忙しいらしく、滅多に顔を出さないとあっては、生活が不規則になるのも無理はなかった。
朝昼晩三食抜くなんてこともざらであり、たまに向かうコンビニでは、亡霊でも見たかのような店員の反応を密かに楽しんだりしながら、無為な時間を過ごしていた。
新人賞という文字を目にしたのは、そんな時だった。
買ったり買わなかったりする文芸誌に、大々的に自作の小説を公募する旨が書かれていたのだ。
へー、こういうのもあるんだー。というのが第一印象だ。
友はなく時間はある僕にとって、本は心強い味方である。なにせ、文庫本なら一冊数百円あれば結構な時間をつぶせ、それなりに楽しめる最も身近でお手軽な娯楽として、その恩恵を享受しているのだから。
しかし、小説を書くというのは、まったく別のお話だ。これまでに一度だって筆をとろうなどと考えたことはない。まして、新人賞など雲の上。それが僕の認識だった。
「書くか」
自然と口をついて出た言葉に、僕自身が戸惑った。
しかし、なぜだろう。できる気がしたのだ。
今思えば、あの時の僕は退屈に追い詰められていたのだろう。僕を追い詰める禁断症状にも似たなにかから逃避できる代替行為ならば、なんでもよかったのだ。
とにかく、小説を書こうと思った。家に帰ると愛用のノートパソコンを起動し、文章作成ツールをクリックしたのだ。そこに現れたのは、白紙の画面。
未だなにも記されていない、まっさらな世界。
僕は笑った。
「書きたいことを、好きなように書いてください」
小学校の先生が作文の課題を出す際に用いる常套句が頭に浮かんだ。小学生の頃は、それがわかんないから書けないんだよと思ったものだが、今にして思えば、子供には難しすぎるだけで、あれはあれで唯一にして普遍の真理だったのだろう。
昼夜問わず寝食を忘れてあろうことか紗綾子にも一日一回しか会わず一〇日間書き続けた。痛みが指先から手の甲、肩へと達してもやめることができなかった。
稚拙な文章、唐突な展開、回収されない伏線。
挙げれば切りがないほどのダメダメっぷりに笑ってしまった。
(別にいいじゃないか。だって楽しかったから)
エッセイと小説の才能は、多分違うのでしょうね。最近、そんな風に思います。




