通り道だからって
外はもうすっかり暗かった。ムッとした風が僕らを熱心に誘っている。涼しいコンビニから出てきたものだから、その勧誘はますます強烈に思えてきた。絡みついてしがみついて、何がなんでも離れない。そんな心意気を感じるくらいだ。
「うーん、解放感!」
――それなのに隣の彼女は、やけにすっきりした表情で背筋を気持ち良さそうに伸ばしている。何だかな。あまりにも幸せそうで、僕は思わず毒気を抜かれてしまった。
「ご機嫌だね」
「あたぼーよ」
すでに汗をかき始めているコーラを片手に、彼女はにんまり得意顔。
「嫌な補習がやっと終わったんだもん。嬉しいったらありゃしない」
「補習を受けなきゃいけないことがまずブルーなんだけど」
「暗いぞう少年」
なははは、と笑って彼女はもう一方の手にある袋を振り回す。ガサガサとうるさい音が静かな闇に響いた。ガツンと近くの大きな石に当たり、何かがへこんだ音がする。
虫さえこの暑さにへばっているのだろうか。目立つのは冴えるような月と彼女の存在ばかりだ。周りにはちらほらギャラリーもいるけれど、僕はあえてそれを無視する。見えない、見えない。何も聞こえない。意識しなければ、それはいないのと同じだから。
「さ、記念に乾杯」
「何の記念?」
「私たちの再会」
「毎日のように学校で会ってるじゃん。しかも昨日なんてやっぱり補習で」
「なはは、悲しきかな出来損ない同士。じゃ、素直に『サラバ補習よまた会う日まで』」
「もう二度と会いたくないです」
「まあまあ。現実を見よう。私たちが次のテストで補習を受けずに済む確率はゾウリムシ以下だ」
「せめてミジンコくらいには進化したいよ」
彼女に「現実を見よう」なんて言われるのは癪だけど、悲しいことにあちらの言い分の方が正しい予感がした。僕は一つため息を隠す。何度も何度も経験してきたやり取りだから、慣れつつある自分がまた少しだけ悲しかった。
「ささ、補習が終わったことは喜ばしいんだから。パーティをしようじゃないか」
彼女が笑顔でコーラを突き出す。僕も反射的に同じことをしていた。カツン、と冷たい音が鳴く。
パーティ、か。
味気ない、制服という名のドレス・タキシードに、灯りは月と星のシャンデリア。豪華な料理は百円のものばかり集めたコンビニ菓子。オススメは彼女一押しのカード付き板チョコだ。
――ああ。なんて最低で、最高に洒落ているんだろう。
「きっと風物になるねぇ」
「訳わからないよ」
「なはは。手厳しいなぁ」
何より彼女が隣で、平和ボケしたような笑顔を振りまいてくれるから。
こんなささやかなパーティが、僕は本当は楽しみだ。
――ただあえて注文をつけるなら、せっかくのささやかなパーティなんだから、出来ることなら二人だけで堪能したい。こうもギャラリーが多いと、僕は何だか落ち着かない。
「あ、コーラかけちゃった。ごめんなさい」
ねえ、君は一体誰に話しかけているのかな。
僕は心の中でそっと呟く。別に――ヤキモチを焼いているわけじゃない。彼女を独り占めしたいとか、そんな狭い心を持っているつもりはなかった。きっと誰だって、僕と同じ立場になればわかると思う。不意に込み上げてくる、この寒々しい、それでいてねっとりした気持ちをわかってくれると思う。
「ねえ」
「うん?」
「今度から墓場でやるのはやめないかな」
切に言った僕に対し、彼女は相変わらず「なはは」と笑って、コーラをぐいと飲み干した。