二章への狭間
これは、単に一章と二章を繋ぐ、いわば無くてもいい話です。
読み飛ばしても結構ですが、読むとより良いかと
「では、今日はここまでにします」
教授が講義を終えると、学生たちに活気が戻った。
「姫っち、次は何取ってる?」
青年が教材を片付けながら、隣で半覚醒状態にある捺伎に聞く。
「ふぁ」
大きな欠伸を一つして、青年を一瞥する。
「俺、今日は帰るわ」
「そうか、かえ…は?」
「こいつの改造とメンテしたいからさ」
鞄からモリーを出し、青年に見せた後、それを地面に置いた。
「いや、帰るったって、お前この後何も無いのか?」
自分の準備を終え、リュックを背負い、捺伎の頭をバシバシ叩きながら聞いた。
「あるよ。大河内教授と霧暮教授の二つ…って叩きすぎだボケ!」
青年の前に人差し指と中指の腹を向け、そのまま目潰しをした。
「別に問題ないだろ」
捺伎が続けた。
「俺さ、さっき考えたんだよ。どうすればこいつでここまで楽に来れるかって」
「んで、答えは見つかったのか?自転車のときも似たような事言ってたぞ、お前…」
二人とも片付けを終え、椅子から立ち上がる。
「ああ、聞いて驚くなよ」
靴とモリーを履き替えながら、捺伎が笑顔で青年を見た。その笑顔にはどこと無く、無邪気な子供のようなものが伺える。
「こいつをホバーにする」
履き替えた靴を、先ほどまでモリーが入っていた袋へとしまう。
「……」
「どうよ」
捺伎が堂々と胸を張った。その体重移動で、微妙に後ろへと動いた。
「いや、どうって言われても」
「何が不満なんだよ。完璧だろ。作るぜ、ホバー」
「だから、そのホバーって何?」
呆れた顔で、青年が捺伎を押した。
「ぉお!っとっとっと。危ねーだろ!」
6、7メートルほど動いて、停止した。そして、その場所からモリーを起動させ、猪突猛進の如く青年に激突した。
「いいか、ホバーってのは、つまりは空気でものを浮かすことだよ。ほら、ホバークラフトとかあるだろ。あれと一緒」
通路の隅まで飛んでいった青年の耳元で、捺伎が語る。
「俺の体重とモリーの重量、そこに重力との釣り合いがある。これよりも強い力で地面を押せば、とりあえず地面からは浮かぶ。小学生にでもわかる簡単な理論だ」
人差し指を立て、ニッと笑う。
「ここからが違う。浮力と釣り合うだけじゃ何もならない。ようは、それよりも大きな圧力を長時間噴出可能なエンジンが必要なんだよ」
青年は未だ伸びていた。しかし、話の半分くらいなら聞こえている…だろう。
「そのエンジンをどうするか考えてたんだけどさ……………」
その後、捺伎の話は三十分に渡った。
「んじゃ、後の事よろしくな」
話をしている間ずっと伸びていた青年に手を振る。
モリーの電源を一旦落とし、ただのローラーブレードとして履き、校門に向かった。
「さてと、帰りますか」
キャンパスと世間との狭間、ちょうど校門のところで、捺伎が誰に言うでも無く独り言を呟いた後、モリーの電源を入れた。