一章
「いてて」
頭にできたこぶと、思いっきり打ち付けた膝をこすりながら、少年が椅子に座った。
ここは、山間部に位置する小さな短期大学だ。基本的に服装は自由。そのため、少年は高校のときの白いワイシャツを、しわが取れなくなるぐらいにまで着ていた。
「姫、今度はなにやったんだ」
「だから名字で呼ぶの止めろって言ってんじゃねーかよ。俺の唯一の羞恥の場所なんだからさ」
隣にいる、少年よりはどことなく大人の雰囲気が漂う青年が、あきれた顔で話しかける。
「いいじゃん。姫乃 捺伎って、どこで呼んでも女っぽくなるンガッ!」
「黙れ」
少年、姫乃捺伎が、手に持っていたローラーブレード、モリーを投げつける。それは、見事に青年の顔に当たった。
「今日はこいつで、駅からの時間短縮やってみたんだけどよ…」
「ぜ、前回自転車でやってたやつか?」
青年は鼻を押さえていた。
「あぁ、今回は通学路工事中でさ、仕方なく線路を使ってみたんだよ」
「そしたら、電車にはねられた!」
捺伎の答えは右アッパー。見事に青年の顎を捕らえていた。
「そしたら今生きてる俺はなんだよ」
「……かっ」
未だに顎を押さえながら悶絶している青年を尻目に、捺伎が話を進める。
「いつものあの駅のホームに上れなかったんだよ。んで、仕方なくジャンプしてみたら
これが見事に成功してさ」
「んならいいじゃねえか。怪我なんかする要因がねえな」
「まぁ、最後まで聞けよ。よっと」
背負っていたリュックを椅子の下に置く。ガシャと小さな音がなった。
「物理の慣性ってあるだろ。あれで、そのままの勢いで自販機に激突。おかげでこのざまだ」
「あほだな」
青年が鼻で笑って、正面を向いた。
「んだよ、別にいいだろ、好きでやってるんだから」
「ま、止めはしないよ。ほら、教授は言ってくるぞ」
二人がノートを出す。
周りの生徒達も、教授が入ってくると、静かになった。
「…」
捺伎は何か考え込むように眉を顰めながら、教授を見る。
そして、授業が始まった。