プロローグ
太陽がいつになく眩しい。手を翳して影をつくってみても、その光は抑さえられそうになかった。これは自分の心の現れだろうか?ふと、頭にそう浮かぶ。
無理もない。何故なら俺は今日、これから、恐らく空前絶後であろう試みに挑もうとしているのだから・・・。
いつも通り、学校への道を闊歩する。俺は公立の大学に通う2年生。ついでに言うと、勉強には受験以来手をつけてない。ただひたすら、自分の趣味の道を突き進んできた。
そして、駅に着く。
「ん〜、よし。始めるかな」小さな伸びをして、勉強道具の入った鞄とは別の一回り小さな袋から、それを出す。
「今日もよろしく頼むぜ、モリー」
手に持ったそれ、灰色のローラーブレードに声をかけた。
何を隠そう、俺の空前絶後の挑戦、それは、このモリーが主役とも言える。
人の行き来が、まだそれほど減っていない朝の時間。それほど盛んな町ではない割に、この駅を利用する客の数には、主要駅顔負けの数を誇っていた。俺は人の波を掻き分けて、路面の見える位置まで、どうにかしてたどり着いた。そして左右を見回し、ある人物を探す。この駅の車掌さんだ。
「ったく、どこいったんだよあの爺さん…電車来ちまうよぉ」
焦りのあまり、手にうっすらと汗をかく。車掌さんの姿は、ここからは確認することができなかった。
<まもなく、二番ホームに、久遠町行きの電車が、到着いたします…>
「やっべ、間に合わなくなる!」
アナウンスが、電車の到着を知らせる。必死になって、周囲を見回した。しかし、人の波の後ろにいるのか、未だその姿は確認できなかった。
「ん〜〜〜あ〜〜〜!もう!」
自棄になる気持ちを抑えつつ、深呼吸して、駅に入ろうとしている電車と自分の位置とのある程度の距離を測る。
「……一昨日から言ってあったから、平気だよな…な、モリー」
答えてくれないのは分かっているものの、何かに同意を求めないとどことなく淋しいのだ。
「いいや、行こう」
履いている革靴を脱ぎ、お気に入りの靴下を人目に晒すことなく、俺はモリーに履き替える。
「…ふう、行こう」
電車がホームに入ってくる。後数秒で自分の前に到達するだろう。
周りから驚きの喚声が上がった。もちろん、俺の行動に、だ。
モリーを履いた俺は、そのまま線路の上に飛び降りたのだ。電車が警笛を鳴らすため、余計に目立ってしまっているのは、ちょっとした手違いなのだが…。とりあえず、俺の計画はこれからだ。
「よし、頼むぞ〜モリー、昨日みたいに動いてくれよ」
間近に迫る電車を背に、少し屈んでモリーに手を伸ばす。ホームからは、当然、危ないだとか、逃げろだとか、手を合わせて拝んでいる人までいる。へっ、死んでたまるもんか。
モリーの外側の面、ちょうどくるぶしの辺りに取り付けられた、薄く緑に光る円形のものを押す。
カチッという音と共に、小さなモーターが回転する音が聞こえた。
「モリー、GO!」
前方に伸びる線路を見据え、そう呟いた。“音声自動認識システム”俺の親父が作った、なんともハイテクな機械だ。店で売っているものもあるが、それよりもはるかに小さなICが組み込まれているのが特徴だ。
俺の声に応え、モリーのモーターが急速に回転する。線路からの高圧電流のおかげで、モリーは十分に充電されていた。
半導質のタイヤが、路面との摩擦で白い煙を上げる。軽く足を前に出してみた。
「ん、ぬお!」
猛烈な速さで発進する。その急激なGに一瞬よろめいたが、すぐに体勢を立て直す。
見事に、線路の上を走っていた。時速はおよそ65キロほどであろうか、十分速い。
ちなみに、この細い線路から落ちないのは、レールに流れている電流を感知して、そこからレールの中央に常に乗っていられるようにしてあるためだ。
「…やった……やったー!成功だ!俺スゲー!」
線路の上を激走して、大きな歓声を上げた。
「っくっくっく!やべー!笑いが止まらない。これで簡単に学校行けるぜ」
風に靡く髪の毛を押さえることなく、実験成功の余韻に浸っていた。
「あとは、学校に行って…あれ、でも……どうやって止まるんだ…あぁ、電源切りゃいいか」
んでも、そうすると…電流が直接自分にくるのは確実…
「うわーー!考えてなかった!」
しかし、この挑戦はどうにか成功のようだった。確定した成功ではないが、それでも、こんなことを考えた人間は、いたにしても実行したのは俺が始めてだ。
でも、この成功が後に、あんなことに巻き込まれる引き金となっているなんて、微塵も思っていなかったのだ…。