美しい姉と醜い妹
世界観は中華風をイメージしています。
昔々ある所に二人の姉妹がいました。
姉はそれはそれは大そう美しい娘で性格も人に優しく、笑顔が可愛らしい子でした。
彼女の周りの人達はいつも笑顔が絶えず、姉の周りには人が途切れる事はありませんでした。
一方妹はあまり器量は良くありませんで。いや、笑えば人並みに可愛いのだが、困った事に性格が宜しくありませんでした。
傲慢で、弱い者には当たり散らす。そして何時もしかめっ面。これでは誰でも好きにはなれません。
そんな二人の両親が流行り病で亡くなり、色んな事情があって二人は別れて暮らす事になりました。
姉の方は優しい資産家夫婦に。妹の方は性格がキツイと噂の母親と姉妹の家に預けられる事になりました。
これに悲観した醜い娘はとある魔女の所に向かいました。
「ああ、魔女よ聞いてちょうだい! 私はこの醜い顔のせいで何時も周りに冷遇されていたわ!! だからいつも貧乏くじばかり!」
「そいつは大変だったね」
魔女はロープで顔を隠していましたが、しゃがれた声なので恐らくは老人でしょう。魔女は醜い娘のヒステリーを黙って聞いていました。
「それで? お前さんは私に何を頼みたいのだい?」
「私はこんな顔で苦労しているのにあの人は顔が綺麗だけでチヤホヤされている! 私も姉さんの様な美しい顔だったらこんな目に合わなかったのに!
お願いよ!! 姉さんの顔と私の顔を入れ替えて頂戴!!」
「……それ位お安い御用さ。この薬を先に姉に飲まして自分も飲みな。そうすれば翌朝は入れ替わっているよ。その代わり人を嫉んだり恨んだりする様な事は止める様に」
「ありがとう!!」
さっそく醜い娘は魔女に渡された薬を飲み水に混ぜて、夕飯の時に美しい娘が飲んだのを確認すると直ぐに醜い娘を飲みました。
翌朝、美しい娘が眼を覚め、鏡を見ると何と自分の顔が妹の顔になっていました。
驚いた美しい娘は急いで妹の所に向かうと、そこには自分がいました。
でも、その顔は人を見下すような何とも下品な顔で、その身体の持ち主が妹だと分かりました。
どう言う事か妹に聞くと妹はそれはそれは醜い言葉で姉を罵り、唖然とした姉を放置して資産家の使用人に連れられて家から出て行きました。
どう言う事か混乱した姉はとある魔女の元へ行きました。
そして姉は魔女から全てを知ったのです。
「どうするかい? お前さんが望めば元に戻す事も出来るよ?」
しかし姉は頭を振りました。
「いいえ。いいえ。私は知らず知らずあの子を追いつめてしまった。あの子の事を思っての言動はあの子を傷つけてしまっていた。あの子がそんな風にしたのは私です。ならばこれは私への罰でしょう。謹んで受いれます」
「……善意もそこまでいけば気持ち悪いを通り越して呆れてしまうね」
魔女は溜息を吐いた。
意地悪な母子に引き取られた姉は早速使用人の様にこき使われました。姉は文句一つも言わずせっせと働き、辛くなった時は隠れて涙を流していました。
その姿に疑問を持ったのは意地悪な姉です。
「変ね。妹の方はかなり性格が悪い女と聞いていたから、使用人の様に扱ったら反抗されると思ったけど。あれでは私が嫌いな姉の方じゃない」
意地悪な姉は美人ながら、どこか悲劇のヒロインぶった姉が大っ嫌いでした。
一度疑惑を持つとだんだんと怪しくなるのが人の性。
観察すればするほど疑惑が確信へと変化していった。そこで意地悪な姉は意地悪な妹と共謀して鎌をかけてみました。
何てことはない。ただ単に姉の方の名前を呼ぶだけ。そして姉はまんまとその策に乗ってしまいました。
意地悪な姉妹に問い詰められた美しい娘は渋々全てを話した。
「まったく。偽善もここまでいけば清々しいわ」
「偽善だなんてそんな……」
「偽善だよ。アンタは悲劇のヒロインになりたから今の状態になっているんだ」
意地悪な姉に同意するように意地悪な妹(美しい娘にとっては義理の姉になる)は頷く。
「アンタの妹、アレは絶対に生まれ持った性根だよ。人を妬まないと生きていけない性質だよ。それにアタシだったら今まで以上に悪さするね」
「そんな……」
その頃の妹の方はと言うと。
引き取られた資産家夫婦はとても優しい人でした。それに調子に乗って我が侭放題。
嫌いな使用人がいれば勝手に解雇し、欲しい物があれば例えそれが人のモノでも奪い取った。
これには周りも騒ぎ始めた。何せ性格の良い姉の方を引き取ったのにまるで妹の様な我が侭を振るうのだ。皆は一様に噂した。
『間違えて姉の方ではなく妹を引き取ったのではないか』と。
「やっぱり姉さんに成って良かった! 好き放題しても誰も文句は言わないわ。本当に入れ替わって良かった!!」
醜い娘は誰もいない部屋で一人高らかに笑った。
その様子に周りがどのように思われているか知らずに。
美しい娘は義理の姉達のキツイ言葉のお陰で自分の行いは間違いだと気付きました。
「私は間違いだったのですね……」
「今更気づいたの? だから私はこのタイプの女は嫌いなのよ」
「でも姉様どうする? 私あの妹の思惑通りに動くのは酌に触るわ」
「だったらギャフンと言わせればいいじゃない」
三人に声を掛けたのは意地悪な母親です。
「三ヶ月大きな祭りがあるわ。そこにはとある貴族のご子息が花嫁を探すと聞くわ」
「「だから?」」
「この子を私達の手で綺麗にさせて御子息を落とすのよ」
恐らく姉に成り替わった妹も祭りに出る筈。引き取られた家がこの貴族と懇意しているから間違いない。
「そうして周りの奴等に分からせるのよ。『自分達は姉ではなく妹の方を引き取ったのだ』と」
「成程ね。確かにお母様の言う通りに動けば私達を馬鹿にした奴等にもギャフンと言えるわ」
「……ソレをすれば妹の目も覚ますでしょうか」
「さあ? さっきも言った通り妹はとんでもない性悪女だからね~そう簡単にはあの性根は治らないと思うけど……一度コテンパンにやっつければ多少はマシになるんじゃあない?」
意地悪な妹の言葉に決心した姉は「その案に乗ります」と答えた。
その日から姉は義理の姉達によって変身しました。
義理の姉の方は化粧気のない娘に化粧の基本を教え、姉に合う化粧を一緒に研究しました。
義理の妹の方は美しい娘に流行りのファッションを教え、少ない服をアクセサリーや着方でバリエーションを増やしました。
意地悪な母親は事ある事に姉に小言を言いました。
やれ背筋を伸ばしなさいとか、やれもう少し動作を丁寧におやりなさい等の実の娘以上に厳しく躾ました。
そうして祭りの当日となりました。
貴族のご子息が花嫁探しに来ると聞いて妹も気合を入れて美しく飾っていました。
ただ、周りの人達からは眉を顰め嘲笑いながら妹を遠巻きに見ていました。何せ成金趣味よりも悪趣味な格好だからです。妹の後ろにいた資産家夫婦は疲れ切った表情で佇んでいました。
お目当てのご子息は整った顔立ちの知的な男性でした。
若い娘達は早速彼に近づきますが、妹はそんな彼女達を突き飛ばしてご子息に接近しました。
べたべたとご子息の身体を触り始めました。これには触られたご子息は勿論周りも眉を潜め、資産家夫婦はますます肩を縮ませてしまいました。
すると後方からザワザワと騒めきが起こりました。
子息と妹は一体何だと思いながら後ろを騒ぎの方へ視線を移すと、後方の人達が一本の道を作る様に左右に避けていました。
道の先には一人の女性が立っていました。
容姿は普通でしたが顔だけは美しい妹とは違い、身に着けている服は華美過ぎず、けれども地味過ぎない衣装。一番の特徴は大きな蓮の花の刺繍でした。
そこまで美しくはなかった女性ではありましたが、化粧をしているその顔は上品さが備わり笑みを浮かべば思わず顔を赤らめてしまう程可愛らしい笑みでした。
女性の後ろには誇らしげな同い年位の二人の女性と、二人の後ろに呆れた様に二人を見ている老年の女性がいました。
そう。先頭の女性は妹の姿になった姉で、後ろの三人は意地悪な義理の姉妹と母親だったのでした。
貴族のご子息の元へ姉はゆっくりと歩いて来ました。その歩く姿が何と美しい事! 行儀を教えている老婆も感心する程の美しい歩き方でした。
そうしてご子息の前に辿り着くと姉は教本に載っているよりも完璧な作法で挨拶をしました。
すると貴族のご子息はさっきまでの嫌そうな顔から一転、花が開いた様に表情が明るくなり妹を押しのけて姉の手を取りました。
「ああ……貴女を探していました」
「私を?」
「はい。覚えていますか? 十年前男の子達に虐められていた小さな少年の事を?」
「…………まぁ! あの時の男の子!?」
十年前、貴族のご子息は屋敷の人間達の目を盗んで一人町へと遊びに行きました。
しかし運が悪い事に悪ガキと噂されている男の子達に目を付けられてしまったのです。そして大人の目のない場所に連れ出されてそこで殴る蹴る等の暴力を受けていた所を幼い頃の姉が追い払ってくれたのです。
それだけではなく、傷の手当てや子息の家の近くまで送りながら、町の美味しい食べ物を売っているお店を紹介してくれたのです。
楽しそうに笑いながらお店を紹介する姉にご子息は一目惚れをしたのです。そもそもこの花嫁探しも初恋の人である姉を探す為だったのです。
「ちょっ、ちょっと待って! それは私です!! その子は私の妹で、貴方が探している娘は私です!」
呆然としていた醜い妹ははっと正気に戻ると急いでご子息に詰め寄りました。
しかし貴族のご子息は嫌悪の表情をして妹を見ました。
「確かに見た目はあの時出会った彼女そっくりだ。だが、お前のその笑顔は幼い頃私が男の子達に虐められる切っ掛けを作った娘にそっくりだ。
しかし彼女は私が虐められる切っ掛けを作った娘に顔は似ているが、笑顔は私の初恋の娘そっくり。私が彼女の笑顔を間違える事は絶対にありえない」
そうです。貴族のご子息が悪ガキ達に虐められる切っ掛けを作ったのは、偶々幼い頃妹と町で擦れ違う時に軽く手と手がぶつかってしまったのが原因でした。怒った妹が悪ガキ達を唆して彼を虐める様に仕向けたのです。
その事を知らなかったのか、姉は手を抑えて絶句してしまいました。義理の姉妹と母親は『然もありなん』と顔を顰めて妹の顔を見ていました。
周りの人達も次々と騒ぎ始めました。
「確かにあの子の笑顔はどう見ても妹の笑った顔そっくり」
「顔は確かに姉そっくりだけど、笑った時は妹そっくりだわ!」
「姉の顔は優しげな笑みだけど、妹の方はとても醜く笑うわ」
「引き取られた家での振る舞い、どう考えても……」
周りの目が姉の姿をした妹へと集中しました。妹を引き取った資産家夫婦も疑惑の目を妹に向けました。
「な……なっ!!」
ワナワナと震える妹に姉は悲しそうな顔で見つめました。
「……どうして! 姉さんの顔なのにどうして……!?」
「そりゃあアンタが醜いからだよ」
意地悪な姉が口を開きました。
「そんな筈はないわ! だって姉さんの顔は!」
「アンタの場合は顔じゃあなくて心が醜いのよ。いっつも人を嫉んだり人の物を奪ったり様な性根の腐った女は、どんな奇麗な顔をしても心の醜さが顔に滲み出るのよ。その証拠に……」
意地悪な妹が何処からか鏡を取り出すと、妹に自分の姿が映る様に仕向けました。
「な、何をこれ――――!!!!」
鏡に映っていたのは、目が吊り上がり眉間には皺が寄り、口元は不自然に吊り上がっていました。なまじ美しい顔でしたから余計に醜く顔が歪んでいました。
「アンタ、ひょっとして町外れの魔女に頼んで顔を入れ替えたのね?」
「馬鹿だね~。あそこの魔女は願いを叶える代わりに、それなりのリスクを負わなければならないの。何か言われなかった?」
意地悪な姉妹達の言葉にハッとした醜い妹。
『その代わり人を嫉んだり恨んだりする様な事は止める様に』
「あ……あのババア!!!!」
怒り狂った妹は恐ろしい形相のまま突然と何処かに走り去って行きました。その恐ろしい形相に周りの人達は下がってしまう程でした。
「……彼女は何処に行ったのだ?」
妹の後ろ姿が見えなくなるまで唖然としていたご子息は、ポツリと呟きました。意地悪な姉は呆れた様に答えました。
「大方魔女の所でしょうね。でも行ったって無駄足なだけ」
「えっ?」
確信を持って断言する意地悪な姉に美人な姉は素っ頓狂な声を上げました。
「今頃あの魔女の家はもぬけの殻。此処まで騒ぎが大きくなったのだから、喧騒を嫌う魔女は何処かの森に隠れた筈よ」
「あの……どうしてそんなに詳しいのですか?」
「お母様が常連だったのよ。魔女が作る美容液は良く効くのに辞めちゃったから原因を作ったアンタの妹にカンカンに怒っていたわ」
この後、美しい姉は貴族のご子息の元へ嫁いで行きました。
ご子息の両親と兄弟と仲良くなり、使用人達からも大変尊敬されました。顔は妹のままでしたが、いつもニコニコ笑顔で、妹の顔を知っている者でも別人だと分かる程でした。
そうして沢山の子宝に恵まれ幸せに暮らしました。
一方妹は姉とは真逆の人生を送りました。
姉の顔を奪った妹は周りから軽蔑の目を向けられるようになりました。妹を引き取った資産家夫婦は意地悪な母親に説教されて色々目が覚め、妹をビシバシと躾ける様になりました。厳しい義理の両親に嫌気がさした妹は家出をしたのです。
その後妹はどうなったか分かりません。ただ、別の町の路地裏で薄汚く思わず眉を潜める程醜い顔の老婆が物乞いをしているそうです。
「あーあ。だから私は言ったのに。どうして心が醜い者は私の言い付けを守らないだろうね~」
「そもそも姉の顔を入れ替えて欲しいと願う時点で、心が醜いのは当たり前でしょ母さん」
「第一母さんの昔の恩人の孫だからって、醜い方の妹を引き取るって言ったのに、入れ替わったら本末転倒じゃあない」
「まさかあの客があの人の孫だと思わなかったのよ。絵姿も小さい頃のしかなかったし」
「でもさ。良いの?」
「良いのよ。あの人も『アンタの目で駄目だった場合は見捨ててくれ』て言われているから。姉の方は何もしなくても幸せになれたし」
「そもそも魔女の言い付けを守らなかったあの子が悪いもの」
「それもそうね」
「さぁ! そろそろ私達の本来の我が家に帰りましょう!」
暗闇に三人の親子が人知れず帰って行きました。




