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カザリル王国がリトアニアに対して停戦を申し込んだその日、リトアニアの第一王子であるノア・スタンリード・リトアニシナが使者として自軍とともに書簡を持ってやってきた。彼は王の間に腹心と思しき長身の男を一人連れただけで入り、国王に自分の身分や名前を明かした。
リトアニアにはそれぞれ母親の違う王子が6人いる。その中でも特に優秀と言われ、最も玉座に近い位置にいるのがこの男だ。
ノアは書簡を広げると、カザリルが降伏する上での条件を読み上げる。
「一つ、貴国は我が帝国の一部となり、その高度な軍事技術を余すことなく公開すること
一つ、此度の戦の最高指揮官テオドール・アニシナを捕虜としてこちらに差し出すこと
以上だ。」
条件が読み上げられ終わると同時に、カザリル側がざわついた。
それも主に2つめの条件について。
というのも、この国の特筆すべき点というのが軍事技術しか無いため、相手の狙いについては予想がついていた。そして敗戦国の末路というのも大方予想がつくだろう。
けれど、最高指揮官だったとはいえ一参謀にすぎないテオドールが捕虜として、それも単独の名指しで要求されるとは思ってもみなかったのだ。せめて彼と同時に王家の誰かが指名されたならわかるのだが、王族に関する処遇は今のところ何も言われていない。大抵はここで王族を廃するなり斬首なり言い渡されるものなのだ。
名前を呼ばれた当の本人は至って冷静であったものの条件として出されるのは想定外だったらしく軽く目を見開いている。
「これらのことを承諾していただければ、すくなくとも国民の皆様には今まで通りの生活を約束する、とのお言葉を皇帝陛下より賜っている。」
そこでノアは一度言葉を切ると、唐突にテオドールに視線を向けた。
「___そうだ、王族や貴族の処遇だが、条件の2つめであるテオドール・アニシナを捕虜として差し出す、という条件を承諾していただければ誠意ある対応を約束しよう。もし承諾しない場合には...私にはなんとも言えないが、少なくともいいとは言えないことになるだろうな。
明日の正午にまた伺うのでそれまでに返答を考えていただきたい」
必要事項を言い終わると、ノアは腹心とともに踵を返した。
そして彼らがいなくなると、それまで黙って話を聞いていた国王が口を開いた。
「条件を受け入れる入れないについてだが、正直なところ受け入れるしか方法がないと思っているが、2つめのテオドールを捕虜として差し出せという条件。これは本人の意見を尊重したい。彼の功績はもとより、まだ若い。向こうがどうするつもりかはわからないが、人権が保証されるかどうかさえも怪しいからな。...どうしたい、テオドール」
普通、王という立場の人間は自分の一族の存続と繁栄を願い、多少の犠牲は割り切るものだ。
ましてや捕虜1人で王族どころか貴族たちにも経緯ある対応をすると言ってきたのだから、承諾の旨をすぐにでも伝えるものだろう。
それをしない、いや、できないのがこの国の王様だった。誰よりも優しく、情に厚い。それは時に短所ともなり得るけれど、その人柄故に多くの者がその足下に傅くのだ。
テオドールももちろんその一人。
はじめから迷いなんてなかった。
「陛下、私は捕虜としてリトアニアへ参ります」
テオドールは毅然としてそう答えたのだった。