プロローグ
満身創痍で王の間へと続く階段を駆け上る者がいた。
その者が纏う赤い軍服は所々破れ、隙間からは包帯が顔を覗かせている。
少しふらつきつつも階段の最後の一段を登りきり、そのままの勢いで扉を開けると部屋の最奥にある玉座へと一直線に向かう。
「許しも得ずに王の間の扉を開け、挙げ句玉座へと向かうな___」
「今そんな悠長なことを言っていられるような場合でないとまだおわかりで無いのですか!?」
いきなり扉を開けたこと、許可無く入室したこと、すべて不敬に当たる行為であるということは百も承知。
だが今はその時間さえも彼にとっては惜しかったのだ。
まだ何か言いたげな枢機卿を横目に迷うことなく突き進むと玉座の前で片膝をつき顔を伏せた。
そして玉座に座るこの国の王へと声を投げた。
「____ご報告いたします。
敵は既に国の中心部へと踏み込みました。その数およそ3000。恐らくこの国を囲む山々の外にはその4倍の軍勢がいるとの報告が来ております。対する我が国の残存兵は2000にも満たない上に、みな満身創痍もいいところ。とても戦えるような状況ではございません。私が力不足なばかりに___」
申し訳ございません
そう続けようとしたが、王によってそれは遮られた。
「お前はよくやってくれたさ。
たとえ他の者が此度の戦の指揮をとったところでこれ以上のよい結果など望めなかっただろう。そもそも、相手とは国の大きさからして違いすぎたのだ。国を守る為戦うことにしたが、結局は多くの民に血を流させただけになってしまった。」
やるせなさに今にも涙を流しそうな王の顔がそこにはあった。
そもそも、敵であるリトアニア帝国は大陸を治めるそれは大きな国だ。対するこちら、カザリル王国はというと、山々の間に築かれた小さな国。その国土はリトアニア帝国のひとつの市と同じくらいだ。
人口からして大きな差がある以上、そもそもが負け戦であったのは王も分かっていた。
だからこそ外交で解決しようとしたが返事が来ることはついになく、相手が元から攻め入る気であったことがわかった以上、応戦するしか道がなかったのだ。
開戦してから半年が経とうとしている。
ここまで保ちこたえたのはこの国の参謀且つ最高指揮官として軍を動かしたのが彼___テオドール・アニシナだったからである。
それは王だけでなく、先程彼を咎めようとした枢機卿を初めとしたこの国の政に関わる者の全てがわかっていたことだ。たとえ負けたとしても、テオドール1人に責任を押し付けるようなことは彼らの矜持が許さない。それだけ彼らが国を大切に思い、王を慕い、何よりそんな自分自身を誇りに思っている証でもある。
それはもちろんテオドールも同じであった。
寝るところがあって、その日に必要なだけの食料が十分にあって、家族がいる。
いわゆる『普通の生活』を何よりも大切にしている優しい人々ばかりなこの国に対して、突然の宣戦布告。
_____一体彼らが何をしたと言うのだ
テオドールは、そう思わずにいられなかった。