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おっさん、魔法少女になる

作者: 木嶋隆太


 この世界では『ジョブ』と呼ばれる力がある。

 世界のあちこちにある女神の石像に祈りをささげることで、『ジョブ』を獲得できる。

 ノーマルジョブ、レアジョブと二つに別れていて、レアジョブを取得できれば人生バラ色。


 ノーマルジョブでは、モブキャラまっしぐら。とまではいかないまでも、少なくとも、有名にはなれない。


 十歳になったとき。ジョブを授かる儀式が行われる、俺のジョブは『剣士』、ノーマルジョブだった。

 

 村の人たちには散々笑われたものだな。俺の父さんが、最強の『勇者』の職業を持っていたからだ。

 だから、俺も強い職業を獲得できる。勝手に周りから期待されていた。


 がっかりしていた俺に、父さんがあることを教えてくれた。


『別の職業になれる方法があるんだぜ』


 あのときは、父さんの言葉に耳を疑ったな。

 だって、ジョブは一つしか持つことができないからだ。

 そうして、父さんはさらに続けたんだ。


『この世界はゲームに酷似した世界なんだ』


 ゲーム? 何それ? 当時の俺は父の言葉なんてまるで理解できなかった。



 〇



 この世界はゲームだ。

 それが俺の父がよく話していたことだった。当時は意味がわからなかったが、話を聞いて、ゲームというものを理解していった。


 この世界のシステムも――。


 ジョブには熟練度がある。魔物を倒したときに一定の数値が、得られるらしい。

 そして、ある程度までたまると、ジョブを習得し、別のジョブを獲得することができる。


 これが、複数のジョブを獲得する方法だ。

 ……驚いたが、父さんは実際にジョブを三つ所持していた。剣士と魔法使い、そして勇者。


 父さんはそして、もう一つ驚くことを教えてくれた。

 ジョブの熟練度は、どのモンスターを倒しても変わらないのだ。

 これが滅茶苦茶重要だ。


 ゴブリンを倒しても、それこそ迷宮の最奥にいるボスを倒しても、もらえる熟練度は同じだ。

 ジョブには十段階のレベルがあり、レベルがあがれば単純に強くなる。

 強くなれば、その分高階層の魔物を倒せるようになるため、多くのものは雑魚狩りをしなくなる。


 そして、ジョブをマスターするまでには、かなりの時間が必要になるため、未だかつて、ジョブをマスターしたものはいなかった。

 ……だが父さんは、転生者で、地球の日本という国にいた記憶を持っていて、それを利用して強くなった。


 その知識を俺にも譲ってくれたのだ。

 今年で三十歳になった俺は、十歳でジョブをもらってから、ずっとゴブリンを狩り続けた。



 〇



 ゴブリンが死んだことを確認してから、短く息を吐いた。

 剣を鞘に戻し、素材をはぎ取り、腰についた袋に入れる。

 使える素材はゴブリンの角くらいだ。体内の魔石の回収を終えてから、俺は汗をぬぐった。


 これで依頼は終わりだ。

 街へと戻る途中、森の中にある女神の石像へと向かう。

 女神の石像は世界のあちこちにある。

 

 街中はもちろんだし、そこら辺の道にだってある。

 人々はあちこちで祈りをささげることができ、常に自分の状態を確認することができる。

 さて、今の俺のジョブはどうだろうか。


 女神の石像の前で膝をつき、祈る。

 と、女神の石像の土台部分に文字が表示される。

 『剣士 Lv9』。……ああ、まだマスターはできていないか。

 と思っていると、その文字が強い光を上げた。……これはまさか!

 

 レベルアップのときは強い光をあげる。もしかしてレベル10に――。

 俺の期待通り、『剣士 Lv10』と表示された。

 思わず石像にかぶりつく。……これで、ジョブをマスター、したのか?


 涙がこぼれてきそうだった。

 苦節二十年。ひたすらゴブリンを狩り続けた。……長く険しい道のりだったが、父を信じてよかった。

 さらにその下に新しいジョブが表示された。

 これが……新しいジョブの獲得か。


 斧士、弓士……うん、この二つはノーマルジョブだ。

 その下に、一つだけレアジョブが表示される。『魔法少女』? なんだそれは。

 言っておくが俺は今年で三十のお兄さんだ。おっさんではない。最近ではよくおっさんと呼ぶ奴もいて、少し悲しい。


 表示されたジョブはその三つだ。このうちどれか一つを選択することができる。

 意味はわからないが、『魔法少女』一択だ。

 父さんがレアジョブとノーマルジョブなら、レアジョブを選んだ方がいいと言っていた。


「女神シレン様。私、ロイドはジョブ『魔法少女』を授かります」


 そう言葉にして女神に祈ると、『剣士』の下に『魔法少女』が表示された。

 ……これで、二つ目のジョブを獲得したということか?

 よっしゃぁ! 年甲斐もなく喜んだ。

 ジョブの能力はわからないが、レアジョブを引き当てられるなんて思ってもいなかった。


 いかんいかん、ここはまだフィールドだ。

 興奮を抑えるように深呼吸をする。そのとき、魔物の声が聞こえた。

 

 おっ、ゴブリンだ。

 人間の子どもくらいのサイズで、緑の肌を持つ魔物。人間の顔を殴って潰したように醜い。


 ゴブリンが唸り声をあげる。俺を獲物と認識したようだ。

 ……ちょうどいい。魔法少女の力を試すにはうってつけだ。

 ……とはいえ、魔法なんて使ったことがない。確か、魔法はイメージが大事だったか。

 

 片手をゴブリンに向ける。イメージしたのは火の矢だ。それに魔力を込め、外へと放つ。

 左手からすっと火の矢がいくつもでる。威力は想像よりもだいぶ弱い。まあ、ジョブレベルもあるしな。

 それでも、ゴブリンは仕留めた。

 

 だが、同時に俺の体が沈んだ。……なんだ? 体を起こそうとしたが……いま俺は立ってる、よな?

 視線を落とすと、黒の服が見えた。可愛らしい、というかどこか目立つ衣装――さっきまで身に着けていたものとはずいぶん違う。


 はっとして、全身を見る。

 なんだこれは!? 俺は自分の服装が変わっていることに驚く。両手をみると、そこには小さな手がある。まるで少女のような――。

 腰に下げていた剣はそのままで、重たい。重たいわけがない。いつもの俺なら軽々と振りぬける。


 顔をぺたぺたと触る。髭はない、すべすべの肌がそこにはある。

 ……まさか、いま俺少女の姿になっているわけじゃ、ないよな? ははは、そんなわけ――。

 俺は急いで川へと走り、そこを覗く。


 ……めちゃくちゃ可愛い金色の髪をした少女がそこにはいた。全身黒塗りの服を身に着けている。

 俺が手や口を動かすと、そこに移っている少女も動く。……まぎれもなく、俺だ。


 まて、待て! レアジョブ『魔法少女』の影響か!? こんな姿でどうやって、これから生きていけばいいんだよ!

 ひとまずここにいても仕方がない。俺は必死に街へと戻った。



 〇



 依頼達成の報告をしたくても、今のままではギルドにもいけない。

 ひとまず自宅に戻り、男に戻る方法を考える。

 ……この症状は状態異常に似ている。人間を、カエルや豚に変化させる魔物が時々いるのだ。


 俺は家に置いてある状態異常を治すポーションを口にする。しかし、効果はない。

 ……戻る手段はあるはずだ。ていうか、なければ困る。

 魔法少女になった時を思い出す。……魔法使用が変身のきっかけならば、その逆を試すというのはどうだろうか。


 魔力がなくなれば、元の姿に戻れるのではないか? とにかく俺は、魔力を外へと吐き出す。

 そうすると、十分ほどで俺の体が変化した。鏡を見ると、いつものお兄さんがそこにいた。


 ……よ、よかった。

 心の底から安堵する。少女の姿のままで一生とか絶対嫌だった。

 ほっと胸をなでおろしていると、部屋がノックされた。

 びくりと肩があがる。俺は急いで玄関へと向かう。


「ロイドさーん! おっさーん! いるんですかぁ?」


 こんこんとノックがされる。

 俺が急いで扉を開けると、ギルド職員のフィアンがいた。


「誰がおっさんだ……どうしたんだよフィアン」

「ああ、よかったです。いつもより帰りが遅かったので、心配で来ちゃったんですよ」


 ……たしかにそうだな。依頼を受けてから、もう半日以上が経っていた。

 

「悪いな。少し用事ができて。だからってわざわざ俺の家にまで来てどうしたんだ?」

「そんなー、彼女が、彼氏の家に行くなんて当然じゃないですかぁ」


 えへへ、とはにかむ彼女に、俺は嘆息をついた。


「俺とおまえに異性関係はないだろう」

「もう、ロイド先輩照れちゃって。まあ、それはおいておきまして、ロイドさんに頼みたいことがありまして」

「なんだ?」

「……明日、ちょっと面倒見てほしい冒険者がいるんですけど、いいですかぁ?」


 うるうると瞳を揺らす。同時に、長く伸びた耳の先がぴくぴくと揺れる。


「報酬の支払いがあるなら構わないが」

「本当ですか! ありがとうございます! それじゃあ、そういう風にギルドには連絡しておきますね!」

「……あ、ああ。ギルドに戻るのか? それなら俺の依頼達成もついでに報告しておいてくれ」

「わかりました。それじゃあゴブリンの角と魔石ください」


 フィアンに目的の品を渡すと、彼女は笑顔とともに去っていった。

 ……さて、一つ問題は解決だ。フィアンを見送った後、『魔法少女』のジョブを思い出す。

 

 即座に魔法が使える当たり、優秀なジョブなのは間違いない。

 けれど、あんな変身があるなんて……使い勝手が悪すぎる。

 これからどうしようか。そんなことを考えながら、その日は休みについた。

 


 〇



 俺はいつものようにギルドへと訪れた。

 人々からの視線が集まる。俺はこのギルドじゃちょっと有名だ。

 良い方ではない。


「ロイドさん……こっちです!」


 フィアンが手を振る。


「昨日は引き受けたが、Eランク冒険者の俺の指導をまともに聞くような奴なのか?」

「あっ、大丈夫です。その人はAランク冒険者の話も聞きませんでしたから!」


 にっこりと微笑むフィアン。

 それは何も大丈夫じゃない。こいつはいつもそんな面倒な仕事を押し付けてくる。

 それなりに付き合いも長い。受付に肘をつき、俺は首を傾げた。


「どんな奴なんだ?」

「本人にあったほうがいいですね。ルニさんっ、来てください!」


 フィアンがそう呼ぶと、だだだっと走ってきた。掲示板のほうにいた少女は俺の前まで来て、じろっと睨んできた。

 真っ赤な髪を揺らした少女は、俺を上から下まで見て、鼻で笑った。

 いや、まあみすぼらしい見た目しているし、その反応はわからないでもない。


「こいつが次の指導者ぁ? あたしはSランク冒険者を連れてきなさい、っていったでしょうが! こんな萎れたおっさんに何の指導ができるのよっ」


 俺はカウンターを背もたれのようにして彼女を見る。

 ……ルニ、ねぇ。聞いた事がある名前だ。

 最近ギルドにやってきた新人冒険者だが、そのジョブは『バーサーカー』。レアジョブを持ち、驚くような力を持っている子だ。見た目は十歳くらいなのにな。

 ギルドに出入りしているため、彼女の話はたくさん聞いている。


「もう、ルニさん。ルニさんはもっと、周りとうまくかかわらないと。冒険者としての常識とか、礼儀とか……それを覚えない限り、いつまでたってもBランク以上には慣れませんよ!」

「だから! あたしは魔物さえ倒せばそれでいいの! ほら、いいから早くあたしをBランクにしなさいよ!」


 ルニがフィアンの肩をつかんでがたがたと揺らす。

 ……聞いていた以上にやばい奴だな。

 仕事でなければ関わりたくない。


「ルニ、ひとまず俺の話を聞け」

「あんたそういえばランクは? Sランクあるなら話くらいは聞いてあげるわよ?」


 近くにいた冒険者がぷっと笑った。ルニの発言がつぼったらしい。

 へいへい、どうせ俺はEランク冒険者

 目の前にいたフィアンが頬を引きつらせる。

 俺は腕を組み、自信たっぷりに言ってやる。


「俺はロイド、Eランクだ」

「帰りなさい。それ以外の言葉はないわ」

「そう冷たくあしらうなって」


 ルニは考えるようなそぶりを見せた後、目を見開いて腹を抱えて笑った。


「『ゴブリン狩りのロイド』! このギルドで一番軟弱な男よね!」

「そうだよ。それでどうした?」

「魔物が怖くてゴブリンしか狩れない、ゴブリン狩りのロイド! 有名人ねっ! ぷぷっ!」

「そんな有名人に指導をしてもらえるんだ。嬉しいだろう」


 俺が口角をつりあげると、ルニは手をひらひらと振る。


「嬉しいわけないでしょうがっ! 最弱のおっさんなんて、もはや何を楽しみに生きているのわからないわね!」

「まあ、そうでもないさ。毎日楽しく生きているよ。それで、ルニ。これから迷宮に潜るのだろう? 俺が色々教えてやるよ」

「……なに一緒に行く気になっているのよ。あんたに教わることなんて何もないわよ」


 ルニがべーっと舌を出し、ギルドを飛び出した。

 ……はぁ、これでは仕事ができないな。


「……ルニさん。まったく周りとなじめないんですよ」

「あれではな」

「……そうなんですが。せっかく才能ありますし、無茶して怪我とかされたくないんですよね。それで、一発で冒険者の夢が途絶えてしまうなんてこともありますし」

「まあ、な」


 まずは、彼女の仲間を作るべきだな。

 ただ、俺の脈なんてロクにないし……彼女と組めるような大人しい子はなかなかいない。

 そこで、俺の中に一つの案が生まれた。


「フィアン、ルニの仕事は引き受けよう」

「本当ですか……? もしかして……ほれたとかじゃないですよね!? いけませんよっ、年下好きなのはいいですが、あそこまでいったら犯罪ですからね!」

「とにかくだ、ルニのことは任せてくれ。ただ、少し準備に時間がかかる。それまで彼女を迷宮に入れさせないようにしてくれないか?」


 今のままでは思わぬ事故があるかもしれない。


「……わかりました。その作戦ってなんですか?」

「俺の話を聞いてくれないのなら、俺の弟子に話をさせる。ちょうど、ルニくらいの年齢の弟子がいるんだ」

「……そうだったのですか!? 一度もギルドに連れてきたことないですよね?」

「まあな。というわけだ。あとでその子と一緒にルニに迷宮へ行ってもらう。その子は迷宮の基礎のすべては知っているし、年齢も近いから悪くはないと思うが」

「そう、ですね。今は彼女と一緒にパーティーを組んでくれる人がいればいいんです。お願いしますね」


 俺は小さくうなずき、ギルドを離れた。

 自宅に戻り、鏡の前に立つ。魔法を使用し、それから装備を整える。

 美少女がそこにはいた。……これ、俺なんだよな。股の間にあるものもなくなっているし、全体的に体が柔らかい……っていかんいかん。なんだか変態みたいになっている。


 女に変身するのは、できれば避けたいが……まあ、俺も将来有望な冒険者が怪我でもするのは見たくないしな。

 ――名前はどうしようか。



 〇



「どうも、ロッドと申します。ロイド師匠の弟子をしていまして、ルニさんと一緒にパーティーを組んでほしいという話で来ました」

「……あんた、あれの弟子なの?」


 次の日になって、俺は魔法少女の姿でルニの前に来ていた。

 昨日の時点で、フィアンを通して、冒険者登録はしてある。

 初期の能力でランクを計ってもらったが、すでにCランクはあった。 

 魔法の才能がD、剣の才能がCランクだ。

 この体でも『剣士』のジョブはきちんとある。ただ、筋力がないため、軽めの剣しか触れない。


「はい。それで、師匠からはルニさんと一緒にパーティーを組んでほしいといわれたのですが……」

「ちょっと、試すわね!」


 ルニが笑みとともに背負っていた斧を振り下ろしてくる。

 いきなりかよっ。非常識なんてものではない。

 俺は腰にさげていた剣を振り、その一撃を受け流す。


 地面に当たればギルドが壊れるため、ルニの斧を風の魔法で受け止める。

 あっぶねぇ……。ギルド破壊とか周りの奴らに何を思われるか。

 と、ルニは驚いたような顔をする。


「魔法剣士ってところ?」

「そんなところです」


 魔法少女と、剣士。略したら魔法剣士だ。うん、間違いはない。


「いいわ。認めてあげるわよ。あたしのパーティーに加わりなさい」

「ありがとうございます。フィアンさん、それではCランクの迷宮に入りたいのですが、構いませんか?」

「え、ええ……大丈夫です。……あの、ちょっと」


 くいくいと、フィアンが手招きをする。俺は彼女の方に近づく。

 ……フィアンには、ロッド=ロイドのことは伝えていない。


「ロイドさんも、隠れてついていくんですよね?」

「……はい。すでにCランク迷宮『悪菌の城』に入って待機しているはずです」

「……たしかにあそこでしたら、いまのルニさんにはちょうどいいかもしれませんね。わかりました。お願いしますね」

「はい。承りました」


 こくりと俺は頷いてから、ルニの前に行き一礼をする。


「それではルニさん、よろしくお願いしますね」

「……ええ、わかったわ。よろしく」


 どうやらルニは、礼儀正しくされるのは慣れていないようだ。意外と殊勝に頷いてくれた。

 というか、今の俺の身長ルニよりも小さいんだな。

 ぺこりと頭をさげると、ルニが笑みをこぼした。


 冒険者ギルドの二階へとあがる。そこにはいくつもの部屋がずらっと並んでいる。各部屋には絵があり、そこから迷宮へと入ることができる。


 迷宮の入り口は、その迷宮を表したような絵だ。

 俺たちはその絵に触れて、Cランク迷宮、『悪菌の城』へと入る。


 ルニがこちらを見る。


「ねぇあんた。普段は一人で狩りしているの?」

「ええ、まあ」

「ふーん。あのおっさんが師匠だなんて、せっかくの実力にケチがついちゃうわよ」

「そうですかね?」

「そうよっ。あんなのに教わることなんて何もないわよ」


 こいつ、本人がいないからって好き勝手いうな……いや、いたときも散々言っていたか。

 まあ、実際俺が教えられることなんて少ない。高難易度の迷宮なんて入らない。

 だって、効率悪いし。


 ただ、それでも迷宮の歩き方くらいは教えられる。

 『悪菌の城』の庭に移動する。

 背後を見ると、光の扉がある。俺たちは移動することができるが、魔物たちはこれをくぐっても移動できない。


 それが、迷宮のルールだ。俺たちはまっすぐに城を目指して歩いていく。

 空は薄暗く、時々雷が鳴る。

 ボロボロになった城が雷で照らされる。まるで幽霊でも出そうなほどだ。

 ルニが少しだけ身震いする。俺の手をぎゅっと握ってきた。


「どうしたのですか?」

「……な、なんでもないわよっ。……ロッドは怖くないの?」

「へぇ、怖いんですかルニさんは?」


 そういうと、ルニはむっと頬を膨らませる。……いかんいかん。普段の俺の調子でからかってしまった。

 ロッドは大人しい子、という感じを意識している。


「こ、怖くなんてないわよっ! ふんっ、ロッドが怖いと思って手を握ってあげただけよっ! ほら、いくわよ!」

「はいはい、わかりました。ルニさん、悪菌の城ではゾンビやスケルトンといった魔物が出現します。気をつけてください」

「……スケルトンに、ゾンビ? いやな相手ね」

「そうですか? 彼らは火や聖属性に弱いという明確な弱点がありますから、やりやすいですよ」

「あんた、火魔法は?」

「使えます」


 というか、俺がイメージできるものはだいたい作れる。

 逆に転移のようなものは、イメージが難しくてできない。


「ふーん、じゃあ。あたしが突っ込んで、あんたが魔法をぶっ放す。それでいいわね?」

「わかりました」


 戦闘に関しての指示だしは、まあ及第点。このくらいの指示ができれば、十分だ。

 それに、思ったよりもずっとコミュニケーションがとれる。……単純に、高圧的だからそれで敵を作ってしまうだけのようだな。


 城に入る。あちこち崩れた城の中には、スケルトンやゾンビの姿があった。

 それらが俺たちに気づくと、迫ってくる。

 ゾンビの片目が気味の悪い液体とともに、だらりと落ちる。それを見たルニが一層激しく身震いした。


「ろ、ロッド! 早く魔法の準備をしなさい!」

「わかりました。時間を稼いでください!」


 まあ、魔法自体は一瞬でできるが、様子見だ。

 ルニがあまりにも戦えないようなら、ここで引き返す。俺は魔法の準備を終えてから、彼女を見守る。

 と思ったがそんな心配はなかった。


 ……さすがに、つよいな。Bランクにあげろ、と叫んでいる程度はある。 

 彼女が振り回した斧が次々と敵を薙ぎ払っていく。その姿はまさにバーサーカーだ。

 それでも、スケルトンやゾンビたちも負けじととびかかってくる。

 一人ではルニも押され気味だ。


「魔法は!?」

「準備完了です。放ちますので、離れてください」


 ルニが斧を下げ、それから薙ぎ払う。風がスケルトンとゾンビを巻き込み、それから吹き飛ばす。

 魔物たちが一か所に固まり、俺がそちらに魔法を放つ。着弾した火の弾が、その場でサークルを作り、全体を飲み込んで焼く。


 逃げようとしたスケルトンとゾンビの足を、火の手がつかみ、火の波へと引きずり込む。

 よし、魔法は問題ない。昨日、一日かけてしっかりと練習しただけはある。

 短く息を吐くと、ルニが駆け寄ってくる。目を輝かせている。


「あんた、やるじゃない!」

「いえ、ルニさんが時間を稼いでくれたおかげです」

「ほんと? えへへっ、あんたあのおっさんの弟子とは思えないほどいい子ね!」


 よしよしと頭をなでてくる。……ちょっといらっとしたが、今はロッドだ。平常心、平常心。

 ルニには、妹のような態度で接するのが正解だったらしい。まるで彼女が俺の面倒を見ているかのようだった。


 その調子で共に迷宮を進んでいく。

 ボス部屋もあるが、今日は行かない。

 だからルニにも伝えない。絶対行きたがるからな。


 進んでいると、冒険者たちと遭遇する。

 ……彼らは確かCランクパーティーだ。三人パーティーで、みな男だ。

 こちらに気づくと、リーダーの男が眉間に皺を寄せる。


「……ちっ、問題児かよ」

「ほんと、調子に乗ってるな。もうCランク迷宮に入っているのかよ」

「死んじまえばいいのに……」


 男たちがぼそりと言う。いやそれは言い過ぎだ。

 彼らの声が聞こえたルニが、腕を組んで笑う。


「あー、なんか聞こえるわね。今年で三十近い、芽のできなかった冒険者たちよね? あーあー、あたしはああはなりたくないわね!」


 ……すげぇタフな精神だなおい。


「なんだとてめぇ!」


 男たちが声を荒げる。……まあ、そうなのだ。

 彼らはある程度までは順調に成長したが、そこでぴたりと止まってしまっている。

 というのも、彼らは無茶な冒険を繰り返してきた。成功と失敗の連続で、経験は増えても、ジョブの熟練度はたまっていない。

 

 この世界では、とにかく上を目指すべきと教えているが、実際は違うからな。

 だからってルニ、喧嘩を売るなよな。


 冒険者たちに謝罪しようとしたが、舌打ち交じりに去っていってしまう。


「ルニさん、冒険者とは仲良くしたほうがいいですよ」

「それって、あれでしょ? おっさんの教えでしょ? いいのよ別に。雑魚となれ合ったって仕方ないのよ。あんたは強いからいいけどね。ほら、先に行きましょう。魔物、狩っていくわよ!」


 ……うーん、少しずつ言っていくしかないな、これは。

 一日二日でどうにかなるものではない。


 ルニとともにしばらく魔物を狩っていった。……つえぇな、おい。

 ルニが前衛で魔物を引き付け、俺は魔法をぶつけていくだけだ。


 たまに俺のもとまでスケルトンが来るが、それは剣で適当にあしらい、距離をあければいい。

 問題なく魔物狩りが終わり、一度休憩をとる。


 俺が持ってきた水筒に口をつけていると、ルニが俺の方をじっと見てくる。


「……どうしたんですか?」

「あたし、何も持ってきてないのよ」


 ……こいつ馬鹿か。

 迷宮探索を行うというのは事前に話していた。ていうか、持ってきてないなら、ちゃんと言えよ。

 いや俺も悪いな。冒険者の基本くらい教えていなかったし。


「迷宮では水分補給は大切です。今は……私の水筒を貸しますから」

「ほ、本当!?」

「あっ、でも間接キスになってしまいますし……口に直接水を入れましょうか?」

「鼻に入ったらどうすんのよ! 水筒借りるわね!」


 この水筒、俺が使っているものと変わらないんだ。新しく買うのも面倒で同じのを持ってきてしまった。

 彼女がごくごくと喉をならす。……しまったな。


 ばれたら何をされるかわかったものではない。ばれないように気をつける他ない。

 彼女から受け取った水筒に水を追加で入れる。


 と、何やら騒がしい。視線を向けると、先ほどであった冒険者三人が、こちらへと走ってきていた。

 必死な様子だ。よく見れば、彼らの後ろには五体のスケルトンがいる。


「あっはっはっ! 何よあいつら! スケルトン如きから逃げ回っているなんて、みじめね!」


 足をバタバタと動かし、腹を抱えて笑うルニ。


「いえ、あれは違います! あのスケルトンは――」


 ユニークモンスターだ。

 『悪菌の城』の奥で確定で出現する、スケルトンファイターだ。

 BランクからAランク相当はある魔物だ。それが五体……。


 だが、彼らはこちらから攻撃を仕掛けない限り、襲ってくることはないのだが――。

 と、冒険者パーティーの一人が笑みをこぼす。邪悪な笑みだった。

 

「デコイ!」


 彼の剣先がルニに向いている。デコイ……魔物の注意を集める魔法だ。

 スケルトンファイターたちは途端にルニを標的として走り出す。


「何したのよあんた!」


 ルニが慌てた様子で斧を構える。三人の男たちはにやりと笑みを浮かべている。


「はっ、てめぇみたいに調子乗ったルーキーはすこし痛い目をみな!」

「けっ、そこで死んじまいな!」


 マジで言ってるのか、あいつら。ルニは確かに生意気だが、所詮子どもが騒いでいるだけだ。

 もっと冷静に受け流せよなっ!


 むかつくからといって、ここまでのことをするか普通は。

 彼らは笑いながら去って行く。


「何よあいつらっ! なんで、こっちにっ!」


 ルニがスケルトンファイターに向かって斧を振りぬく。しかし、スケルトンファイターは盾で攻撃を受け、すかさずルニへと剣を振る。

 一撃のあるルニだが、攻撃速度はそこまでではない。スケルトンファイターたちの連続攻撃に押され、どうにかさばいていく。

 

 俺が魔法を放とうとすると、ルニが声を荒げる。


「魔法はダメよ! あんたに敵意が向いちゃうわ!」

「……ルニさん」


 思っていたよりも冷静、だな。

 残念ながら、Bランクの魔物を一撃で倒せるほど、俺の魔法は強くない。

 剣術と魔法、合わせてCランク程度の力しかない。

 ルニが、舌打ちをして、斧を振りぬく。しかし、そのルニの攻撃は大きく外れる。


「な、なによこれ! 前が見えないっ!」


 スケルトンファイターの暗闇魔法だ。対象の視界を奪う魔法だ。

 ルニの顔の周りには、黒い霧が覆っている。

 

「いやいやっ! 何よこれ! 誰か助けて!」


 ルニが必死に斧を振り回すが、攻撃は当たらない。

 ルニはそれから、涙交じりに声を上げる。


「……ロッド! あんただけでも逃げなさい!」


 ルニの言葉に俺は驚いた。

 ……まさか、俺の方を優先してくるとは思っていなかった。

 襲いかかってきた五体のスケルトンファイターたちの攻撃を受け、ルニの体が弾かれる。


 くそ、まだかっ。

 俺は歯噛みしながら、駆け出す。そして――時が来た。

 スケルトンファイターがぴくりと反応する。俺を見て、驚いた様子だった。


 そりゃあそうだろう。美少女が突然、さえないおっさんになったんだからな。


 背中に差していた細めの剣を振り下ろす。スケルトンファイターの体を両断する。

 残り四体。俺は肩を軽く回し、久しぶりのロイドの体で首を鳴らす。

 スケルトンファイターの一体が暗闇魔法を放ってくる。

 視界が封じられるが、耳がある。


 気配だって感じられる。目をとじたままでも、このくらいの魔物、なんともない。

 風を切る剣の音が耳に届いた。それをかわし、剣を振りぬく。

 相手の剣を弾き飛ばし、それからその体を両断する。

 悲鳴が聞こえる。スケルトンファイターたちが、俺に怯えた。


 そこから殲滅まで、そう時間はかからなかった。俺は手元にある、薬を飲んで状態異常を治す。……あいにく、一つしかもっていないんだよな。


「だ、誰かいるわね!? スケルトンファイターはどうなったの!?」

「倒したよ」

「……そのこえ、まさかおっさん!?」

「おっさんはやめろ。お兄さんと呼べ。……悪いなルニ、状態異常回復ポーションは一つしか持っていないんだ。おんぶしてやるから、掴まってくれ」


 彼女の前にしゃがみ、その手を掴む。

 と、ルニは恐る恐るといった様子で背中に飛びついてきた。

 ……軽いな。

 バーサーカーのジョブが優秀なことが、この体の軽さに凝縮している。


「……あんた、スケルトンウォリアーをどうやって倒したのよ? このあたしだって苦戦したのよ?」

「苦戦? 一方的にやられていただろう」

「う、うるさいわねっ。どうやって、倒したのよ! 弱点でもあるの!?」

「魔物の倒し方は簡単だ。武器を振って両断すればいい」

「それが、あんたなんかにできるわけ――……できたの?」

「たまたま当たり所がよかったんだろう」


 俺は短く息を吐いてから、まっすぐ歩いていく。

 別に俺は自分のランクを偽るつもりはない。

 ただ、効率の良い生き方をしているだけだ。難易度の高い迷宮に入ろうが、外でゴブリンを狩ってようが同じ熟練度しか入らないのなら、俺は後者を選ぶ。それだけだ。


 名声が欲しいわけでもない、Sランクを目指したいわけでもない。

 それでも、誰かが困っているのなら力を使うつもりだ。

 『剣士』とはいえ、ジョブをマスターした身だ。この剣で切れないものはそうはない。


 彼女とともに出口に到着する。

 そこで、ルニの暗闇状態も解除されたようだ。

 背中から飛び降りて、斧を身に着ける。


「……うぅ」


 ルニが俺のほうを睨んでくる。……なんだよいきなり。


「……たすけてくれて、ありがとうございました」


 ぺこりと、赤い顔で頭を下げる。


「すまない、ルニ。どうやら城のほうに本物を置いてきてしまったようだ」

「ぶ、ぶっ飛ばすわよ!」


 ルニが蹴りを放ってきて、それをかわす。

 俺はこういう性格なんだ、勘弁してくれ。

 苦笑とともに、ルニの頭を掴む。


「強くなりたいなら素直になったほうがいい」

「……」


 ルニが不満そうな顔でそっぽを向いた。


「そういえばロッドは?」

「多少怪我もしていたから、先に帰らせたよ。今頃はゆっくり体を休めているはずだ」

「……そう。よかったわ」


 仲間を思う気持ちはあるんだよな。

 これなら、そのうち仲間も見つかるだろう。……ルニとともに、ギルドへと戻ってきた。



 〇



 それから数日。

 仕方なく魔法少女のジョブを鍛える日々を送っていると、ギルドから呼び出しを受ける。

 ロイドの姿でギルドに行くと、そこにはルニが待っていた。


 もうすっかり元気だ。最近では大人しくなった、とは聞いていたが、直接会ったことはなかった。

 彼女が俺の前までやってきて、腕を組んで微笑む。ちょっとばかり頬が赤い。


「あんた、あたしのパーティーに入れてあげるわ。光栄でしょ? これから最強になるパーティーに入れてあげるのよ? 感謝しなさい!」


 誰が大人しくなったといったのだろうか。

 頬をわずかに染めた彼女に、嘆息をつく。


「断る」

「な、なな……なんでよ!」


 いつもは強気な彼女が珍しく怯んだ。

 いやだって、ゴブリン狩りのほうが効率いいんだもん。


 俺は冒険者として有名になりたいわけじゃない。

 父の習得したジョブの数を超したいんだ。そのためには、ひたすらゴブリンを狩る方がいい。


「俺はゴブリン狩りのほうが好きなんだよ」

「うっさいっ! これから仲間になるまで毎日つきまとってやるんだから!」

 

 ……勘弁してくれよ。ルニが明るい笑顔でそんなことを言う。俺は嘆息をつきながら、外を眺める。

 これからしばらくはロッドとして生活しようか。

 ルニが俺の服を掴んでくる。それを引きはがし、逃げ出すと、ルニが両手を振り上げて追いかけてきた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編、であるからか余計な要素もなく、 ちょうど私好みの展開で楽しかったです。 [一言] 楽しかったので短編ではなく…もう少し長い中編ぐらいにした物を読んでみたいです。
[一言] すごく面白かったです!
[良い点] 感想欄があること(笑) [気になる点] 何故ほかには無いんだろう? [一言] 楽しかったです。 魔法少女は服も変わるから安心ですね! (武器は変わらないのかな。レベル次第か)
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