とり憑く魂
霊媒体質というものをご存知だろうか
人の感受性のように人外以外の現象、
霊と言われる対象などに取り憑かれたり、
影響を受ける体質のことである。
今回の話は、この霊媒体質の強い少女の話である。
春より県立の高校に入ってから話は始まった。
この高校は、戦前よりあり、
旧校舎は当時の有名な芸術家であり
建築家である人物の作成とかで
町の重要文化財として保存されている。
その旧校舎から続いている渡り廊下の先に美術室があった。
出窓風にカーブした窓、木造で青く塗られた壁は、
新緑の頃はとても映えてマッチしていた。
しかし、その美術室は保存対象とは外れており、
生徒たちの夏休みに合わせて、
取り壊しして自転車置き場の拡張に利用されることになっていた。
そのため夏休み前に美術部員はその美術室を整理片付けする事になった。
「うわっぷ!埃凄い」
ぱたぱたと目の前に舞ってしまった埃を手で払う。
「私達だけで、掃除って酷くない?」
「まったく同感!美術室っていったって、すでに倉庫としてしか使用してなかったのに」
「そうそう、その倉庫の品だって、もうだーい先輩方の遺物とかじゃん」
「先輩か?こっちの絵作成日のメモ昭和だよ?」
「生まれていませんね、私」
「親世代かな...うちの親同じ高校なんだよね」
美術室の広さは、普通の教室の半分程の広さだった。
美術部員は、3年1人、2年2人、1年1人の計4人
すべて女子高生である。
3年生は、名前を小田リカ
2年生は、小林深雪、鈴木久美子
1年生は、山口美優
春の新入生が入って来た頃は、まだ今の人数の倍はいたが
夏休みを前になると、バイトやその他の理由により
今ぐらいの人数へと変わる。
夏休み後には、3年生も抜けるので、部員数は3人なってしまう。
「あら?美優大丈夫?」
一年生の山口美優は、モップを持ったまま頭を抑えていた。
それに気づいた3年小田が聞いた。
痛いのか、辛そうな顔をしている。
「ちょっと、頭痛が...」
「少し、休んでなよ。こんだけ暑いと暑気にあたっちゃったかな」
「いえ、いつもの頭痛なので大丈夫です。ちょっとトイレ行って来ますね」
「わかった。あまり無理しちゃだめだよ」
「はい」
言って、美優はトイレに向かった。
旧校舎のトイレは、今だくみ取り式で使用不可なので
本校舎まで、ちょっと遠い。
トイレには、誰もいなかった。
洗面台で、顔を洗いすこしさっぱりした。
「ふう...またか」
山口は、深くため息をついた。
ポッケから、常備しているチョコレートを食べた。
気休めに過ぎないが、食べないよりはましだ。
彼女は、霊感が強かった。
幽霊とかは、見えはしないが存在を感じ、
そして影響を受けやすい体質だった。
母からは霊媒体質と説明された。
母自体は、霊感のまったくない人だったが、
祖母が強い人で、隔世遺伝らしい。
その手の話は幼い頃から聞かされて
普通の家から見れば、変な事だったが
それが当たり前の家なのである。
私と一つ下の弟の優一には祖母のその血が強くでた。
弟は、もっと強くて霊を良くみるタイプだ。
私は、感じてそれが頭痛としてあらわれる。
憑依される事も少なくないので、そう言う時は
弟に助けを求めたり、手に負えない時は祖母に連絡をとる。
チョコレートも祖母からのアドバイスだった。
理由はわからないが、口にするといくらか楽になる。
落ち着いて、美術室に戻った。
戻った時には、大方の整理は終わっており
中央に数枚の絵画が残されていた。
「すみません。終わっちゃいましたか?」
「いやいや..それより頭痛大丈夫?顔色は、さっきより良くなったみたいだけど」
小田の問いかけに山口は答えた。
「もう、大丈夫です。それよりこの絵は?移動ですか?」
「移動分は、もう終わってるのよ。
さっきそこを通過したサッカー部男子捕まえて、校舎裏の倉庫へ持って行かせたから」
と2年の小林が言った。彼女はサッカー部のマネージャーも兼任している。
行動派なので、スポーツ部の方があっているように見えるが
『絵を描くのも好きなの』と同じ2年の鈴木とともに残っている。
来年度の部長は鈴木久美子、副部長小林深雪とすでに決まっている。
「じゃあ、これは?」山口は聞いた。
「それがね...この3点の絵借り物らしいのよ」小田が言った。
「借り物?」言われて、裏を見た。
A4サイズ程の紙が貼られてあり、絵の題名、作者名そして借りた人の住所と
借りた日と返却希望と書かれてあった。
返却希望の下には、赤いペンでアンダーラインが引かれてもあり
「借りた日見てよ、昭和62年7月18日だって」小林が言った。
「7月18日っていうと、今日同じ日ですか」山口が読んで
「なんか、運命感じちゃうね」鈴木はそれを軽く受けた。
山口は、それが軽く受けるものではないと感じたが
あえて、それを口にする事はなかった。
「帰すんですかこれ...」
「さっき、顧問の田沼に電話したんだけどね、返しましょうってさ」
「まあ、勝手に処分もできないよね」
「でもさ、田沼ってば要領いいのよ。下の子が熱だしちゃって、これから保育園にお迎えだから帰しといてって、同じ市内だからできるわよねって言って切りやがんの」
美術部の顧問は、田沼悦子と言った。担当は国語の2-A副担任
美術に造型が深いわけではないが、部活動の顧問がたまたま廻ってきたらしく
難くせつけては、あまり部に顔を出した試しはない。
さらに、小さい子を抱えている事をいい事に5時以降に残っているのを
見た事もなかった。
「普通、レンタルビデオだって1日過ぎれば延滞金発生でしょ」
小林は、うへぇっと女の子らしくない言い種でいった。
「...昭和62年っていうと西暦1987年かな」
山口は、裏面に記載されている日付を確認していった。
「今年が2008年だから23年前か、生きてるかね」
「縁起でもない事言わないの。それはさすがに田沼が連絡入れるってさ、今返事待ち」
小田は、携帯を見せながら返事を待っているのだと答えた。
「あーでも、どうしよう私ここの掃除終わったら、サッカー部に戻るんだけど」
「うーん、私も1時間遅らせてもらって2時からバイト入ってるんだよね」
2年の二人は揃ってそう答えた。
「そっか..じゃあ私と美優も行ける?」
小田は、バイトはしていない。夏休みは塾の夏期講習が始まるが、今日は夜からだった。
さすがにこんなに長い事借りている代物だ、一人で行くのは心細いのだろう
山口にかなりすがるまなざしだった。
「私も今日は用事はないんでおつき合いします」
「ごめんね、頭痛いのに」
「あ..それは、大分良くなったし慣れているんで」と平気さをアピールした。
本当は、内心穏やかではなかった。
絵を持つとぴりぴりと電気が走るようになる。
頭痛の原因は、この絵に違いがなかった。
悪いねっと2年二人は、美術室を後にした。
「ごめんね、私が美術部に誘ったばかりに...あの二人もかなり要領いいほうだから
美優ひとりじゃ辛いんじゃない?」
「え?そんなことないですよ。結構自由に楽しくやらせていただいてます」
小田は、美優の家の近所に住んでいる。
小学生の頃から学校行くのも同じ学区の関係で、とても仲良く面倒を見てもらって来た。
中学の時、小田はバスケ部だった。
しかし部活で足を痛めて、高校では美術部に入っていたのである。
妹のように接してくれて、山口が頭痛持ちなのも気に掛けてくれていた。
プルルルル......携帯の着信音が鳴った。
小田の着信音は、機種音でかえって新鮮に感じた。
「はい小田です。はい...はい...わかりました。はい、私と山口で返しに行きます」
と返事して電話を切った。
「あのね、相手の人在宅中で、これからなら受け取れるって」
「そうですか」
「住所の地図は、学校までFAXしてくれるっていうから、職員室よってから行こうか」
「了解しました」山口は、軽く敬礼するような手まねをして
絵を持ち運びやすくするために梱包材を探した。
絵のサイズは、さほど大きくはない。
絵は、抽象的な自画像と精密な景色画が2枚だった。
「なんか、意外ですよね」山口は思った。
「なにが?」
「なんか、この自画像と風景画同じ人の絵に見えない」
「そうね...風景画は、とても精密で地元の山が題材かな?人物画は...」
「私、こういうの苦手です」
山口は、思った。さっきから手に感じていることもそうだが
複雑に入り交じった表情は、幾重にも目が重なり不気味ささえ感じる。
「でも、迫力はあるわよね...学校で借りるくらいだからかなり地元で有名な人なのかもよ」
「自画像っていうけど、どんな人物だと思います?先輩」
「そうね...絵からの印象だと、複雑な内面っていうのかな単純に考えると多重人格者ぽい?」
そういう答えに山口も納得して頷いた。
まったく違う作風の絵、自画像はそう言った事も表現したいのか
からみ合うように、重なりあうように、表現された目が重なり
口は、笑っている口もあれば、苦悶にゆがむ口もあった。
それらが荒い輪郭の顔からはみ出すごとく描かれていた。
とりあえず、傷つける事無く絵を梱包し、職員室に二人は向かった。
美術室も掃除は終了して、なにも持ち出すものはないが鍵を閉めて
職員室に持参した。顧問の田沼はすでに帰宅済みで、
代わりに生活主任の先生に、鍵を渡してFAXを受取った。
該当の家は、同じ市内で歩いていける距離だ。
こんなに近いなら、早々に返しておけばいいものを
何故、今まで忘れられて来たのか疑問もあった。
「ごめんください」小田は、家の中へ向かって玄関先から言った。
家は、高校から歩いて20分程
さすがにこの季節だ、着いた頃には二人は汗だくだった。
鉄柱でできた簡素な門を開け、家はそこから10m程奥まったところにあった。
昭和の作りの和風な平家、築はかなり古そうだ。
呼び鈴もなく、小田が先程のように声をかけるしかなかったのである。
「田沼先生、いるっていってたんですよね?」
「うん、今日なら在宅してますから届けてくださいっていってたって」
家の中から返事がない。
「私の声、聞こえないかな?」
「先輩の声、ちゃんと通る声ですもん。そんなことないと思いますけど」
言って、山口は家の玄関の引き戸に手をかけた。
戸は、がらっと軽くあいた。
中から、少々生暖かい風が頬を過ぎて行った。
「開いた!」
「こら、美優」
「え?だって耳の聞こえない老人かもしれないじゃないですか、開けて声を掛けた方が確実」
「たく!....でも不用心だね。ではもう一度」
言って小田が中へむかって先程よりも大きな声で声を掛けた。
「ごめんください!○●高校の者ですが、お借りしていた絵をお返しに上がりました」
今度は、奥でガタンっと音がして、ぎっぎっと床の上をゆっくりと歩く音がした。
「やっぱり、居たみたいだね」小田は、安心して山口にいった。
「でも、返事ぐらいしてほしいかな」
家の奥から、ぎっぎっ...バタンと戸を閉める音がして
こちらに近付いているのがわかった。
山口は、ふと玄関脇から庭を見た。
草は伸びており、あまり手入れはされていない。
さらに、まだ3時過ぎだというのに雨戸が閉まっていた。
「先輩、この家ってそんなに広くないですよね」
「そうね」
「ずいぶんと玄関に来るまでにかかっていませんか」
「...でもお年寄りって、歩くの遅いものだし」
「にしたって...」山口の背中に悪寒が走った。
不安から来るものだったかもしれない。
でも、なにか心の奥からここから離れた方が良いと警報がなっているようだった。
「先輩、帰ろう」山口は、小田の手を引っ張った。
「でも、それではあまりにも失礼でしょう」
ああ、こんな時に小田の律儀さが仇となっていると山口は思った。
でも、山口は意を決して
「あのーこちらに絵を置いておきます。長い間お借りして申し訳ありませんでした!」と
中へ大きな声を掛けて、小田の手を引っ張って帰ろうとした。
「ちょ、ちょっと美優!」
それではあんまりよっと小田は、抵抗した。
すると奥から、ガラガラガッシャーンっとなにかを倒した音とどさっと音がした。
「あっ、倒れたんじゃあ!」小田は、美優の手を振り切って家にあがった。
「ちょっと、先輩!!」山口も後を追った。
音のした奥へ走って行くと、そこは台所だった。
散乱するガラス
「足切らないように気をつけて」
スリッパもなく、足はソックスだけである。
ずっと掃除もしていなかったのか、うっすらと埃もつもってた。
「先輩...ここ人住んでいるんですよね」
「そのはずでしょ?地図から間違えるような住宅街じゃなかったし」
地図と比べても間違いようのない家だった。
学校に送られて来たFAXの下には、家の玄関先の写真も写っていた。
白黒ではあったけれど、間違えようようのない外観だった。
外観から想像したように、家はさほど広くはなかった。
平家で、玄関から入ってすぐにまっすぐ奥まで続く廊下
廊下の左側に和室の茶の間があり、そこから奥に縁側があって奥にトイレ
茶の間の隣にも和室がもう一つあり、床の間となっていた。
そこは布団がしきっぱなしで、乱雑に乱れている。
雨戸がしまっているせいでかなり暗い。
玄関から続く廊下には、台所、そして奥にアトリエだろうか洋間の8帖程の部屋があった。
どこもうっすらと埃がたまり、とても人が暮らしているようには見えない。
「さっき、近付いてくる音しましたよね先輩」
「うん、したよね。そのドアかなバタンって」
足もとに散らばっているガラスの破片も今割れたようにはとても見えない。
「先輩...帰ろう。あとで先生に訳言っていっしょに来てもらおうよ」
「そ...そうね」さすがに小田も気持ち悪さにおよび腰となった。
帰ろうと玄関の方へ向きを変えた時、山口を頭痛が襲った。
「い...痛い!痛い痛い痛い.....」
いつもよりもかなり酷い頭痛に思わずうずくまってしまった。
「美優!大丈夫!?」
答える声すらあげられない程に頭は痛かった。まるで割れそうな程である。
でも、こんなところに1分も居たくない。
涙さえ浮かべながら、山口は小田の手をぎゅっと握った。
痛い頭を抱えながら、立ち上がり玄関へと向かったのである。
すると、再び後ろから
ぎっぎっぎっ...とゆっくりと歩き、板の間が軋む音がした。
小田が振り返り、薄暗い廊下の端に、黒い影が動いた気がして
「い、いや」っと悲鳴を上げそうになったが
山口が、ぎゅっと握った腕を自分の方へ引き寄せた。
「見ちゃダメ!帰るの!!振り返っちゃダメ」
頭の痛さに、冷や汗が額を流れる。
走れない体がもどかしかったが、なんとか玄関に近付いて
靴を履き、家を後にした。
家を後にした時は、もう無言のまま早足で、人がいるだろう通りまで
まったく安心できなかった。
商店街のおばちゃん達の店先での声が耳に届いた時
山口は、安心して力が抜けた。
だが、反動で気持ち悪くなって電信柱の影で吐いた。
小田が、心配して背中をさすっている。
自動販売機に気が着いて、水を買って来てくれた。
冷たい水で口をゆすいで、やっと抜けだせた事を実感した。
「うちに帰れる?電話して迎えに来てもらおうか」
「うん、先輩...お願いします」
とても立って歩けそうになかった。
小田は、自分の家に電話して
ほどなくして彼女の母親が自家用車で迎えに来てくれた。
家の前で、もう大丈夫だと小田を帰らせた。
そして家に入った時、山口は自分のベットへ倒れこんだ。
体が重い。頭はガンガンとトンカチで叩かれているみたいに痛かった。
夕方、外が暗くなる頃弟が学校から帰って来た。
「ただいま〜」言って家に上がる音がして
廊下、自分の部屋の前で止まる音がした。
ノックの軽い音の後、返事を待たずしてがちゃっとドアが開いた。
「ねえちゃん?」
部屋は、カーテンも閉まって暗い
ベットに姉が眠っているだろう姿が見えただろうが
そこで弟は、ドアをバタンと閉めて、ばたばたばたと階下へ下りて行った。
その後、小1時間ぐらい眠ってしまったのだろうか
頭の痛みは消えていた。
辺は、真っ暗になっていた。
「う...う〜ん」
全身のだるさに起きあがれなかった。
部屋は、クーラーも着いていないために蒸し暑かった。
全身をじっとりと濡らす汗が気持ち悪い。
帰って早々余りの頭の痛さに、制服のままベットへ倒れこんだのだ。
制服のブラウスは、汗で肌にべったりとついている。
「気持ち悪い」と思った。
そして、部屋のかなでさらに埃ぽい臭いが鼻をついた。
あの家でかいだ臭いだ。
カビ臭いような、埃が充満したような臭い。
思い出し、再びウッと気分が悪くなった。
そして、起き上がろうと体に力を入れたが
なにかに押し付けられているように、身動き一つできなかった。
金縛り!?と思った。
そして、ベットの周りであの音が響いた。
ぎっぎっぎっ...とベットの周りを歩き回る音
それはゆっくりとギシ...ギシ....と耳に音が響いた。
山口は、心の中で祈った。
『できません。できません。私にはなにもできません....』
祖母からは、いつも言われていた。
お前は見えないけど、頼られる魂の持ち主だからね
頼られちゃった時は、できませんってはっきりと言うんだよ。
霊達は、救いを求めているのだから
なまじ同情は酷なことなんだよと
『おばあちゃん助けて、お願い助けて』
最後には、祖母への助けを求める言葉になっていた。
ギシギシという音が、ベットの近くになり
ベットがきしみながら、沈んだ。
『ベットに登って来ている』
音と感覚でそう思った。
重く沈む音そして息遣い、男のようだと感じた。
『おばあちゃん!おばあちゃん!』もう泣きべそだった。
体は金縛りのまま身動きできない。
「おい!」野太い声がいきなり耳もとで聞こえた。
ビクンっとその声に反応して、目が開いた。
暗闇に浮かぶ黒い影
輪郭はぼやけて見えないが、自分を見下ろす二つの目があった。
黄色く濁った白目部分と真ん中に闇のような黒目
それに声が反応した時、目があってしまった。
相手も気づいたのだろう
口と思われる部分がにたあっと横に赤い筋ののように動いた。
山口の心臓はバクバクと早鐘のように打ならしている。
「助けて...助けて....」声にならない声が口を動かした。
黒い影の腕の部分だろうか、それが動いて彼女の首に手をかけた。
グッと閉まる感触、苦しさに首を振り抵抗したいが
指一本動かせなかった。
ううう...と声が出ているのだろうか、自分の声と思えない声が耳に聞こえる。
「俺を忘れたな...俺を忘れたんだろう」
黒い影は、そう言っていた。
「俺は、存在する。居るんだ...居るんだぞ」
低い野太い声は耳もとで、しきりにそんな言葉を繰り返した。
ぐっと首を絞める力が強くなり、殺されると思った。
酸欠になり、意識はだんだんと朦朧となっていく。
廊下でばたばたばたと音が遠くで聞こえて、意識はなくなった。
気づいた時、額を撫でる冷たい手が感じられた。
気持ちいい
心地よい、冷たさに目が冷めた。
全身はだるく、起き上がる力もでないが
金縛りではないようだ。
頭を撫でていたのは、祖母の手だった。
「よく頑張ったね」
優しい祖母の笑顔を見て、安堵から涙が止まらなかった。
結局、私はそのまま夏休みに突入した。
動けるようになったのは、海の日も超えて2日目
自分は、祖母と一緒に1階の居間で寝起きをした。
祖母を呼んでくれたのは、弟だった。
あの日、帰って来て廊下から姉の部屋の異変に気が着いた。
ドアを開けて、寝ている私の上には黒い影が覆いかぶさっていたそうである。
手に負えないと祖母に助けを求めたという。
私の部屋は、知り合いの神主さんにお払いをしてもらった。
そのせいか、部屋に戻った今爽やかな風が通り抜ける。
ずっと部活を休んだせいで、心配して小田先輩が様子を見に
お見舞いに来てくれた。
霊現象話は、黙っていたが
彼女は彼女なりに怖い思いをその後していた。
19日、学校で顧問の田沼に事情を説明し
再び絵の持ち主宅へ行ったそうだ。
人が住んでいる様子もない家に、不審に思い近所の家を尋ねた。
すると、あの家は家主がもう何年も前に倒れ入院中だといった。
空き家同然の家、でも確かに電話の応対があったと田沼の言葉に
しぶしぶと交番へ連絡して、中を調べてもらったが空き家だったそうだ。
その時に小田先輩は、あの家のアトリエの部屋を見たそうで
何枚もの絵が、乱雑においてありながら
それらの画風が、まるで贋作をおこなっているかのような
まったく作風の異なる絵がおいてあり、しかしどれも言い様のない迫力で
声にできなかったといった。
交番のおまわりさんの調べで、家主は23年前に倒れて
入院し、その後特別老人医療施設にいるといった。
そして小田が帰った後に祖母に聞いた。
「生きているんだってあの家の人」
山口はその話を聞いて不思議に思った。
今回の霊は、その家主だと思ったからである。
「生き霊かな」
でも、そこに祖母が言った。
「なにも肉体を持っているものだけが霊じゃないからね」
「どういうこと?」
「絵を見たんじゃろう?一つの肉体に複数の魂それが答えだよ。
その家主が倒れた時に確かに死んだ魂があったんじゃ」
「それが、彷徨っていたと」
「彷徨っていたと言うより、眠ってたのを起こされたっていうのが正しいかのう」
「あの絵の中に眠っていたんだ」
「一枚とは限らんがのう...まっ、二度と近付かんことだな」
「うん、わかったよおばあちゃん」
「俺は、存在する。居るんだ...居るんだぞ」
あの男の声がまだ頭のどこかで響く気がした。
野太く、低くそして悲し気にその存在を忘れないでくれといっている声
「おばあちゃん、ありがとう」
山口は、再びおばあちゃんに感謝の言葉を言った。
「もう、危ない事はするでないぞ」
言って、撫でてくれる手は優しく、心地よかった。
美術室は、かつて自分が通っていた小学校の美術準備室がモチーフになっています。雰囲気のある木造建築物は、恐怖とは別の情緒もありますね