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君のすべては誰が為に

異世界・恋愛


昔書いた話を完成させたものです。

恋愛要素は薄めです。

設定もペラペラなので頭をからっぽにしてどうぞ。


*





―――この国には守護神がいる。

「おはようございます、皆さん」


 今日も姫さまは明るく俺たちに挨拶をする。そして、近くにあった剣を持つと今日は誰がお相手なのかしらと軽くそれで空を切った。

 すると、弟子たちは我が先だと姫さまに頭を下げる。


「わかったわ。―――一斉にかかってきなさいっ!!」


 姫さまは弟子たちの意気込みを見てか、訓練場の中央で剣を構えでさあ、来いと笑った。

 弟子たちは頭が回らないはずの朝に見合わぬ雄たけびを上げ、手に持った訓練用の剣を手に一斉に姫さまを取り囲んだ。

 ぱっと見無造作に動いてに見えるが、そこは弟子たちも騎士だ。いつもの訓練通り、連携を生かして姫さま一人を倒しにかかる。

 見た目はか弱いたった18の少女に誇り高き紅薔薇騎士団といわれる男たちが30人近くで包囲している様子は見慣れぬ者には些か、いや、かなり異常な光景に移るだろう。

 ―――しかし、この国では当たり前のことだ。

 はぁぁぁっっ!! と力を込めて姫さまに切りかかった最初の男が軽く剣筋を流され、一瞬の間に腹をけられて飛んで行った。

 それを皮切りに、ほかの騎士たちも連携を取りつつ姫さまに剣を下す。

 姫さまは騎士たちの猛攻を難なく受け流し、時に受け止め、襲い掛かるあいつらをちぎっては投げて倒していった。


 俺はそんな様子を訓練場の隅で見ていた。

 週に一度のことだが本当によくやると思う。

 姫さまも、弟子たちも。

 姫さまはあんなことしても訓練になりはしないのに。

 弟子たちは姫さまに敵いっこないのに。


 この国の守護神である、姫さまに。






 俺は世界一を目指していた。

 世界中の人々が、神すらも認める世界一を。


 剣術のとある流派がある。

 その流派は世界のほとんどの国で支持され、主流とする国々も多い。

 故に、誰かが言った。

 世界で一番この流派を極めているのはだれか、と。

 この流派を努めている多くの者たちはその声に言った。

 それは自分だ、と。

 その声はあまりにも多くて、だれかが一番を決めよう、といった。


 そして開催された、剣術大会。

 この流派を伝えたといわれる神に正々堂々と戦うことを誓い、剣を交える。

 優勝者は剣王と呼ばれ、神から祝福を授かるらしい。

 5年に一度しかないこの大会はこれまでたくさんの剣豪たちが挑み、勝利を重ね、そして敗北を喫してきた。


 俺も、それを目指していた。


 俺が生まれたのはとある国のスラム街。

 汚れの掃きだめみたいな場所で、俺は毎日を暮らすのに苦労していた。

 盗み、奪い、時には殺しもした。

 そんな中、師匠に会った。

 師匠は俺を見ると、突然弟子にすると言い放ち、スラムから拉致した。最初は何だこのクソ親父と思ったが、師匠の剣術は一流で、その技に魅せつけられたらもう習うしかなかった。

 そして俺は剣術を極めた。


 そうして知った剣術大会。

 俺もそれを目指して頑張っていた。

 師匠は言った。俺はそんな才能はない、と。

 けれど俺にはあるそうだ。スラムでのナイフの使い方で直感したらしい。

 師匠は俺を剣王にして見せると思ったそうだ。

 そんな師匠の期待に応えるべく俺は努力した。


 だが、怪我をした。足だった。

 がけ崩れに巻き込まれて一本持っていかれた。

 剣王になれなくなった。


 師匠は悔しがっていたけれど、でもまた弟子を見つけると颯爽と旅に出てしまった。

 剣術とスラムでの生活以外は何も知らない俺はその先どうすればいいかわからなくなった。

 だから師匠と同じく旅に出た。


 そんな時、姫さまに会った。

 とある離れた国に剣王よりも強い、

 大勢の軍隊をたった一人でなぎ倒す守護神の少女がいるとは噂に聞いていた。

 けれどそんなの嘘や誇張だと思っていた。

 ―――姫さまを見るまでは。


 姫さまは強かった。

 強かったとしか表現できない。ただひたすら誰よりも強かった。

 その時の姫さまは齢14だというのに、一つの盗賊団を一瞬で壊滅させてしまった。


 杖が近くになかったせいで立てなかった俺に姫さまは手を差し出した。


「大丈夫かしら?」


 その時掴んだ手がいかに小さいか、彼女が少女であることを思い知らされた気分だった。

 姫さまは当時、王宮で働く剣術指南役を探しにこちらの国まで足を運んでいた。そして、掴んだ俺の手の感触を確かめるようににぎにぎすると嬉しそうに笑った。


「貴方、王宮で剣を教えない!?」


 隻足のおっさんに何を言っているんだと思ったが、その少女は何度も何度も旅について来てまでしつこく言いよった。結構、その熱意に俺は負けたのだった。






 そうして俺は今、姫さまの国の王宮で剣を教えている。

 俺の国の周辺では剣術は当たり前だったが、この国は姫さまという守護神がいるからかあまり盛んではなかった。(しご)き甲斐がある。


「ありがとうございました!!」


 紅薔薇騎士団が一斉に姫さまに頭を下げる。

 必死で立っているが、実際はみな足がフラフラだろう。朝だというのに姫さまと戦ったんだ。疲れないわけがない。


「お疲れさんでした」


 汗一つかいていないがタオルを渡すと、姫さまは嬉しそうにそれを受け取った。


「来ていたのね」

「ええ、弟子たちが朝から騒がしかったもので」


 お茶でもどうぞと差し出すと、姫さまは喜んでそれを飲んだ。白い喉がコクリと動く。


「あなたの入れるお茶ってなんでこんなにおいしいのかしらっ!」

「運動後だからでしょう。メイドたちが入れたほうが俺は美味しいと思うんですけど」

「そんなことないわ。きっと何か秘密があるのよ!」

「テキトーに淹れただけなんですけどねぇ」


 苦笑いしながら応対すると、すぐに俺は杖をもって紅薔薇騎士団に所属している弟子たちに声をかけた。訓練場に座り込み、まだ立つことができないものばかりだ。

 正直姫さまの実力と弟子たちでは天と地の差がある。一度だけある剣王を見たことがあるが、剣王と姫さまでも熊VS兎くらいの実力差があるだろう。もちろん熊が姫さまだ。この熊は恐ろしいことに兎の俊敏性まで備えているものだから(剣王)では勝てっこない。


「今日の反省を午後にする。自分の行動を見直してくるように。それまでは各自休憩及び業務につけ」


 俺が声をかけると、生まれたての小鹿のようなガクガクとした歩き方でみな寮に帰っていった。

 もう現役を退いて大分たつが、足さえあれば俺も姫さまに少し息を切らせるくらいには対マンで戦えると思う。とは言っても子兎が熊を多少撹乱する程度だろうが。だが弟子たちは俺の最盛期の半分の実力もない。情けない限りだ。


「暇でしょう? 少し打ち合いでもする?」


 まだ訓練したりないのか姫さまはそんなことを持ち掛けてくれた。

 義足を作ってもらったので動かない打ち合いだけなら何とかなるが、やはり足に似せただけの木の棒では踏ん張りがきかなくてそう時間は持たない。だがたまには姫さまの訓練に付き合うのもいい。


「いいですよ。少ししか持ちませんけど」

「構わないわ」


 そう言って義足をつけると、まだ寮に戻っていなかった弟子たちが姫さまと師匠の打ち合いだぞー! と大声を上げた。最近は歳だ何だと理由をつけて姫さまとの対戦を避けていたせいため、久しぶりに剣を交える。正直弟子たちには到底届かない域の戦いなので見て意味があるのかはわからない。

 俺の足は腿の半分から下がない。だから義足を付けた後は関節がないせいでひょっこひょっことみっともない歩き方になる。

 剣を支えになんとか訓練場の真ん中につくと、姫さまー! と弟子たちの観戦が飛んできた。


「姫さま、がんばってー!」

「師匠なんかコテンパンにしてください!」

「一週間くらい再起不能で!」


 最後のヤツ、今度扱く。


「いくわよっ!」


 そんな姫さまの合図とともに遠くにいた姫さまは一瞬で間合いを詰めた。

 きっと弟子たちは見えなかっただろうが、俺の体は衰えてきてるといっても目はまだだ。

 勢いがある攻撃は流されると一番頭にくる。剣筋をよんで力を横へ流す。しかし姫さまは予想していたようで流した力を足の筋力をばねに地面で跳ね返し、すぐに反撃してきた。これには俺も危なくて剣を受けて踏ん張る。


「さすがねっ!」

「まだまだ!」


 こんな細い腕のどこにそんな力があるんだと毎度思うのだが、俺が本気で力を込めても姫さまの件はびくともしない。


「このぉ、馬鹿、ぢ、か、らぁっ!!」


 気合でなんとか姫さまを仰け反らせ、大きく振りかぶるが軽くよけられてしまった。


「馬鹿力とは失礼ね!」

「本当のことですよ。力だけなら熊よりも……っ!?」


 連撃に言葉を切られる。

 キンキンキンキンと早くて一つ一つが重い斬撃。毎日一応剣を振っているとはいえ、耐えられるものではなかった。足の踏ん張りも効かなくなってくる。

 姫さまは連撃を始めると段々早くなる。これ以上スピードが上がったら対応しきれない。


「チックショー!」


 早くなる前に、と剣を動かすが、その時足に衝撃が走った。その勢いについ床にしりもちをついた。


「あ」

「え?」

「あーー」


 連撃がいつの間にか止まり、俺の足にさっきまで姫さまが持っていた剣が突き刺さっていた。膝の部分を貫通するように、だ。

 あまりに突然のことで姫さまと俺はお互いに首を傾げた。しかし姫さまが状況を理解したようでわたわたと慌てだした。


「えぁ、あああ!? だだだ大丈夫!?」


 刺さったのは義足の部分だ。俺にダメージは一切ない。

 だが珍しい。姫さまがこんなミスをするなんて。


「心配ないですよ。義足は新しくせにゃいけませんけど」

「弁償! 弁償するから!」

「気にしないでください」

「じゃ、じゃあ、義足ができるまでずっと一緒にいるから!」


 そんな病人じゃあるまいし、と断ったのだが、姫さまはごり押しした。

 俺はそんな熱意(?)にまた負けたのだった。







 姫さまが付き添うようになって一日経ったが、―――正直言ってやめてほしい。横抱きにするのは。

 俺のおっさんとしてのプライドががぁぁぁ!!

 姫さまは一見細身の少女にしか見えない。その少女が隻足のおっさんをお姫様抱っこしているのだから二度見してしまうような光景だろう。

 だが俺は嫌だとはいえなかった。あまりにも姫さまが嬉しそうだったし、得意げだったからだ。

 おっさんの負けです。

 俺は姫さま限定で押しに弱いのかもしれない。


 早く義足を作り直してもらわねば。


 職人にはそう依頼したのだが、数日して慣れてくるとこれも悪くないと思い始めた。

 俺の仕事は剣術指南役だ。基本は弟子たちと訓練所にいる。姫さまは軍の最高責任者であるので訓練所には時折しか足を運ばなくて実はあまり話す機会がなかった。だが、姫さまは俺を横抱きにしてなぜか城内のいろんな場所に連れて行ってくれた。

 魔法研究所や文官たちの修羅の底、植物園や調理場、王族の居住スペースまでありとあらゆるところを楽しそうに紹介してくれた。お陰で城内で俺が姫さまに抱きかかえられていない姿を見ていないものがいないほど有名になった。俺のプライドはズタズタになったが、嬉しそうな姫さまの横顔に諦めがついた。

 姫さまは連れまわす中で沢山の思い出話をしてくれた。スラム育ちの俺には珍しくて楽しかった。


 そして明日に義足ができると知らせが来た日、姫さまは一番お気に入りの場所に連れて行ってあげると俺をまた抱き上げた。笑っている弟子たちは義足ができたら覚えてろよ。


 そうしてたどり着いたのはこの城のてっぺんだった。文字通りてっぺんだ。おそらく姫さまほどの身体能力がなければ絶対にたどり着けない。城の一番高い塔の屋根の上だった。急斜面の屋根を俺を抱えながら走って登れるのは世界でもきっと姫様くらいだ。


「ここ、わたくしの一番好きな場所なのよ」


 そう言って眺めるその先にはこの国が広がっていた。この丘の上にあるためこの場所からは広がる城下町から山の先まで全て見ることができた。もっと目がよければ山を越えた先の村も見えるものがいるだろう。

 城下町は豆粒のようにしか見えないが、それでも小さな人々が動いて活気のある様子がうかがえた。俺の出身国はかなり貧しいところだったからきっとそこと見比べたら一目瞭然だろう。とても賑わっている。


「いいところですね」

「そうよ。みんな笑顔でしょう?」


 俺には小さな点にしか見えない人々の表情まで姫さまには分かるようだ。改めてその身体能力の高さに驚いてしまう。


「ここに来ると全てが見えて、あぁ守れてよかった、と思うのよ」


 この国の周辺国は姫さまの無双ぶりを知っているため戦争を仕掛けてくることはめったにない。だが、それでも小競り合いは俺が来た2年間でも何度かあって姫さまはそのたびに弟子たちとともに出征していた。

 守れてよかったとはきっとその時のことを思い出して言っているのだろう。

 自慢げに俺に語るその瞳がキラキラしていて太陽よりもまぶしかった。


「姫さまがいる限りこの国が落ちることはないでしょう」

「そんなことないわ、わたくしの代わりはいるもの」

「まさか」


 あり得ないでしょう、と返すと、姫さまは寂しそう笑っただけだった。そんな悲しそうな顔は初めて見た。

 俺たちはそのあとは何も会話することはなく、ただ美しいこの国を眺め続けた。



「姫さまっ!!」


 屋根から降りると、伝達官が血相を抱えて姫さまを探していた。窓から城に入った俺たちを見つけると、慌てて駆け寄ってくる。


「王よりすぐに執務室に来るように、と。隣国が、攻め入ってきたそうです」

「わかったわ」


 姫さまは迷いなく頷くと、俺を下ろした。そもそも杖を持っているから抱き上げてもらう必要なはかったのだが、少し残念だ。いや、姫さまと話す時間が減って。

 しかし、隣国が攻め入るとは急な話だ。隣国は守護神である姫さまの恐ろしさを知っているはずなのになぜだろうか。だが俺はこの周辺の国々の情勢は詳しくない。事に任せるしかない。


「お気をつけて」


 そう声をかけると、姫さまは笑って走りながら手を振っていった。


「ありがとう!」




 その戦争は隣国が先手を取っていたため国境近くで死者が出る大きな戦いになった。

 しかし、姫さまの到着した翌日には勝利をおさめ、終結した。

 帰ってきた姫さまの頬には切り傷があって、一度も傷を作ったことのないはずのその姿が戦争の激しさを物語っていた。





 戦死者たちの追悼式をこんなに大々的に行う国を俺は他に見たことがない。

 王族全員が神殿に赴き、死者の名前を全て上げて皆で祭壇へと黙祷を捧げる。どうか安らかな眠りを、と。

 普段から守護神である姫さまのお陰でこの国の死者は恐ろしく少ない。だが、今回は数百人を超える騎士や兵士たちが姫さまが到着するまでにその尊い命を落とした。こんなにも死者が出た戦争は数百年ぶりだという。


「守れなかった……」


 姫さまは王族の席で唇を噛んで少し体を震わせていた。きっと姫さまが、この国の守護神が、泣いたら民たちも不安がると思っているのだろう。姫さまの責任ではないというのに、繊細なこの少女は静かに静かに息を殺して謝っていた。

 周りの人たちは恐らく姫さまのそんな様子に気づいていない。姫さまがあまりにも絶対的な存在だからだ。だが、他の国から来た俺にとっては違う。初めて見た姫さまは守護神ではなく、ただ一人の少女だった。

 俺しか気づいてないであろうその震えた後ろ姿が、あまりにも弱々しくて胸が痛んだ。


 追悼式が終わると、戦勝記念パーティーが行われる。

 この勝利は死んでいった彼らのお陰でもある。彼らを称えて祝おうと盛大に行われる。

 王城の広場でこそ行われているが、戦勝記念パーティーだけは無礼講で平民も出入りできる。王や王妃、王太子と幼い王子と姫さまが王族席で笑っていた。こんなにも王と民が近いものなのかと最初は驚いたがもう慣れたものだ。そんな中で俺は弟子たちを労っていた。俺ができるのは指導だけで戦争には参加できない。普段はこいつらが死なないようにと悲鳴を上げるまで厳しい言葉で鍛えるが、今日は褒めてやらなきゃな。


「お疲れ様。無事に帰ってきてくれてよかった」

「師匠のお陰です」


 今日ばかりは生意気な弟子たちも可愛く見えるものだ。俺は弟子たち一人一人に声をかけて回った。

 そうして時間を過ごしていると、俺は姫さまがいないことに気づいた。今回の最大の功労者であるはずなのに、その姿が会場にない。普段は王族席から離れないというのに、そこにもいなかった。

 その時俺は追悼式で見た姫さまの姿を思い出した。

 そして城を見上げた。姫さまは、そこにいた。

 俺は急いで城の一番高い塔へと向かい、姫さまに声をかけた。なにも言わずに横に並ぶことができればよかったが、生憎一人で立つ足はもうない。俺に気づいて姫さまは窓から城に入った。


「一緒に来て」


 有無を言わさぬその言葉に、俺は素直に従って姫さまに横抱きにされ、屋根の上に腰を掛けた。城下町には戦勝記念パーティーの祝いの光が広がっている。

 俺は何も言わなかったし、姫さまも口を閉ざしていた。俺には姫さまの重責が理解しようがないからきっとそばにいることしかできない。この優しい少女の悲しみが軽くなるまで。

 だが、ねぇ、と姫さまは重い口をゆっくりと開けた。


「死ぬのって、怖いのかしら」


 数秒も溜めてから放たれたその言葉は震えていた。


「何人も何百人も殺めてきたけれど、分からないの。死ぬということが」


 顔を歪めて姫さまは俺に笑いかけた。

 その表情は何かと鬩ぎあっているようだった。きっと俺のようなおっさんにはわからない重責を姫さまは負っている。この国の守護神としての。だから誰の前でも守護神であろうとする。だが同時に姫さまはまだたった18の少女だ。感情と理性がかみ合わなくなっているのだろう。感情では泣きたいのに理性がそれを許さない。

 だから、俺にできるのは―――


「―――姫さま。今俺の前にいるのはこの国の守護神ですか?」

「えっ?」

「俺は薄っぺらい人生を生きてきたので姫さまの大変さはきっと分かりません。けれど、姫さまは一人の少女だってことは知っているつもりです。まだたった18のうら若き少女だってことは。俺にとって、姫さまは守護神ではないのですから」


 この少女の仮面を外せるだろうか。

 姫さまが初めて戦争に出たのは齢7の時だという。先代の守護神とともに参加したその戦争で姫さまは敵将の首をとったそうだ。それからずっと姫さまはこの国の守護神の仮面をかぶってきた。誰もこの少女が涙を流せないと知らずにその仮面だけを見てきた。

 だが、俺と姫さまが出会った日、姫さまはお供とともにいて、荷馬車で俺に話しかけた。なぜ旅をしているのか、どんな国があるのか。少しの時間だったけれど、その時の彼女がまさに仮面の内側だったのだろ思う。

 あの少女がまた見れるだろうか。

 ―――姫さまは、また表情を歪めた。けれどその顔は笑っていなかった。目元いっぱいに涙を溜めて、息を吸った。


「わたっ、わたくしっ、酷いのよ……っ! みんなを死なせてしまったのに、私も死にたくないと思ってしまった」

「誰も死にたいとは思いません」


 わっと泣き出した姫さまを抱き締める。俺の腕の中で震える姫さまが細くて改めて驚く。


「わたくしの命はこの国の為だけのものだというのに…っ、わたくしはっ、わたくしは……っ!!」

「姫さまは悪くありません。こんな状況を作り出した大人たちの責任です」


 でも、でも、と姫さまはきっと一生分泣いていた。今まで泣くことができなかった分、ずっと。

 俺はただ姫さまの背中を撫で続けた。


 夜も深まったころ、姫さまはゆっくりと眠りについた。

 その時の俺の心境が、どうやってこの屋根から降りようかと内心焦ったことは姫さまには一生内緒だ。


 ―――姫さまが起きたのは夜明け前だった。

 微睡んだ表情で俺を見上げた。


「ずっと一緒にいてくれたの?」

「降りることもできませんからね」

「ふふふっ、確かにそうね」


 姫さまはもう落ち着いたようだった。眩しそうに白み始めた空に目を細める。


「ねぇ、この国の歴史を知ってる?」


 突然の質問に俺は首を傾げた。そんな様子を姫さまはふふっ、と笑ってみている。


「わたくしたち王族の先祖はこの国の神から祝福をもらっているのよ」

「祝福、というと剣の神のようにですか? でも、神なんているんですか?」

「ええ、神は本当に存在するのよ。剣の神やわたくしたちが祀っている神。その中でもわたくしたちが祀っている神は大きな力を持っていてね、その力を全てこの国の王族に授けているの。だからわたくしは強いのよ」


 姫さまは俺が姫さまを横抱きにして座っているのが珍しいのだろう。俺の顔を面白そうに眺めながら笑い、そして話をつづけた。


「けれどね、その力は二人分までなの」

「どういうことですか?」

「王である兄と、わたくしの分しか祝福はないの。兄は国を統一する力を、わたくしは国を守る力をそれぞれ授かっていて、それ以外の人には少しも祝福はないのよ。王妃や民たちには」


 姫さまが言うには、剣の神も大きな力を持つ神だが沢山の人々に少しずつ祝福を与えている。だが、姫さまの祀る神は二人にしか祝福を与えない。だから祝福を受けた人間の実力の差が出るそうだ。

 そしてこの国で祝福を受けているのは現王とその娘と息子、そして姫さまだ。この国には歴史的に二人しか子が生まれず、長子には国を統一する力、次子には国を守る力を授けられる。

 このそれぞれの力には特徴があるそうだ。国を統一する力は任意で渡せること、国を守る力は勝手に次代に移行していくこと。そして祝福を無くすと、この国の王族は死んでしまうらしい。

 つまりは―――


「姫さまは、王子に力が全て移行すると死んでしまうのですか?」

「ええ」


 聞いた俺よりも答えた姫さまのほうが冷静だった。


「移行期間は大体10年。甥は今3歳だからあと7年ね」

「そのせいで怪我をしたんですか?」

「ええ、力がなくなってきているのが少しずつ分かるのよ」

「―――だから、」


 死ぬのが怖いと思ったのか、と俺は納得した。

 姫さまが死ぬなんてありえないことだと思っていたが、もう決まっていただなんて恐れてもおかしくない。余命宣言されているのと同じだ。

 でもね、と姫さまは声を上げた。それは無駄に明るい声だった。


「知ってたことだからいいの。先代の叔父もそうやって亡くなった。昨日は死に感化されすぎたのね」


 この少女はどこまで強くあろうとするのだろうか。きっと若い俺なら無理だ。分かっていてもこんなに素直に受け入れられない。

 だが今ならきっと、おっさんになった今なら。


「姫さま、諦めないでください」

「えっ?」

「姫さまは自分の命はこの国の為って言いましたよね? でももうそうじゃなくなったんです」

「どういうこと?」

「姫さまが姫さまのために生きられるようになったってことですよ」


 俺が剣王になれないと分かったとき、そりゃ自暴自棄になった。剣王になる為だけに生きていたからだ。それに加えて師匠が次の見込みのあるやつを探すと言って出ていったのも正直ショックだった。俺の代わりはいくらでもいるのだと言われた気分だった。だからやることがなくて旅に出たら俺という存在の意味なんてと自分を責めた。

 だが、とある旅先でしらぬじいさんの旅人にあって気づかされた。俺は俺のために剣王を目指していたんじゃなくて、師匠のために剣王を目指していたと。スラムから救ってくれた師匠のために剣王になりたかった。だが、その師匠に否定されたから俺は自分の存在意義さえ疑ってしまった。そのじいさんは言った。やっと自分のために生きることができるな、と。自由気ままに生きているそのじいさんの言葉が身に沁みた。

 それからの旅は俺のために人生を楽しむものだったから本当に充実していた。


「姫さまの力は王子に移るのでしょう? それならば姫さまはもう守護神である必要はないんです。守護神じゃない姫さまとして生きていいんですよ。最強でなくてもいい、一人の少女として。自分のやりたいことをするんです。今まで国の為に尽くしてきたんですから何しても許されますよ」

「わたくしの、やりたいこと…、ってなにかしら?」

「あー、確かにすぐには見つかりませんよね。じゃあ国の為じゃなく、自分の為って考えてみてください。今何したいですか?」

「そうね……」


 そう言って姫さまは悩んでしまった。やはり生まれた時からこの国の為に生きていたせいで自分優先に考えることができないようだった。

 悩みに悩み、朝日が昇り切ったころに姫さまはぽつりと小さく零した。


「わたくし、あなたのお茶が飲みたいわ」


 一瞬そういうことではなくて、と思ったが、すぐに納得した。今はこれでいいのだ。

 一緒に降りた後、俺はお茶を姫さまに淹れた。姫さまはやっぱり最高ねと笑って言った。


「これからは、自分のために生きてみるわ」









 ―――だが、その日から姫さまはなぜか俺といる時間が増えた。

 義足もできたし、依然と同じような生活に戻ると思っていたのだ、おっさん横抱き事件と同じくらい姫さまは俺と一緒にいる気がする。

 確かに親睦は深まったが、何かあったのだろうか。戸惑いながら姫さまに尋ねた。


「その、自分の為に生きてみるのでは…?」

「そうよ」


 姫さまの答えに迷いはなかった。


「では、なぜ……?」


 そう問うと、姫さまはふふんと鼻を鳴らして答えた。


「わたくし、自分の残り少ない人生を自分の為に自分のやりたいことをすることにしたのよ。そうして考えたら、その答えはすぐ見つかったのよ。あなたと一緒にいたいって」

「へ?」


 キラキラと輝くその瞳が俺にまっすぐと向いていた。そして少し照れた顔で姫さまは言った。


「わたくし、あなたが好きなのよ。だから一緒にいたいの」


 おっさん、びっくりです。

 正直頭が混乱して回らない。何がどうすればそういう思考になるのだろうか。確かに俺と姫さまの付き合いはそこそこ長いが、好かれる要素があっただろうか。盗賊から助けられ、剣の打ち合いでは負け、横抱きで城を連れまわされ……、あ、男として悲しくなってきた。

 とにかく、そんな覚えが全くない!!


「ひひひひ、姫さま!?」


 おっさんの威厳なんてどこに飛んだのやら。俺は自分が思っているよりも慌てていた。


「大丈夫! 幸せにするわ! わたくしたちの人生を、わたくしたちだけの為に生きましょう!」


 男前なセリフで姫さまは表情をキリリと引き締めた。


 ちょっと待ってください、待たないわ返事を早く、というやり取りが続き、姫さまの押しに俺が負けるのはこのすぐ後のこと。








 とある国に守護神がいた。

 その代の守護神は戦争において負けなし、そして兵士や騎士たちの剣術を鍛えることで国の為に尽くしたという。


 だがそんな彼女の人生は全てが国の為ではなかった。

 次代に守護神を譲るまで、彼女は年の離れた夫とともに二人の為の人生を生きたという。

 彼女が亡くなった後、老いた夫は言った。

 姫さまは自分の為に、そして俺の為に生きてくれた、と。


 そんな逸話が本当にあったのかは今となってはわからない。







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