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8/14

娘が、ヒロイン、悪役令嬢。私は、ラスボス。

異世界転生・恋愛


タイトルだけで書き始めた昔の話を完成させたものです。

設定などガバガバなので頭をからっぽにしてお楽しみください。


*

日本で死んで生まれ変わったジュリア・ルーテシアは幸せに暮らしていたが、ある日旦那アホに養女になる少女を紹介されて今いる世界が乙女ゲームの世界だと気付いた。

養女はヒロイン。そして私の娘が悪役令嬢で私はラスボス!?

いいじゃない、受けて立つわよ。


※あらすじは適当です。

 私こと鏑木夏樹が前世で事故で死んで、日本という国、いや、存在さえない全く違う世界でジュリア・ルーテシアに生まれ変わって、早二十五年。

 下級貴族の末娘として生まれた私はすくすくと特に不自由することなく育った。転生したからなのか魔力が高く、そして前世の記憶のおかげで学問がそう進んでいないこの世界ではとても優秀だったので成人するとすぐに家格の高い伯爵家に嫁いだ。結婚してからはすでに九年経過しており、かわいい子供が二人もいる。夫は私の魔力目的で婚姻を結んだので、愛されるとかはないけれど、息子と娘と暮らせるだけで私は幸せだ。

 そんな私は特に大きなこともなく、穏やかに私は暮らしていた。

 ―――が、そんな日々に突然転機が訪れた。


「養子にしたミリアーナだ」


 夫が小さな女の子の背を押してにこやかに笑いながら言った。養子と言っていたけれど、娘と同じ年頃のその子の瞳の色や目元が夫と並んでいるとそっくりなことがよくわかった。

 けれど、私はそんなことを構っている暇はなかった。

 別に夫が不貞を働いたであろうことは別に構わない。むしろヘタクソだから、夜こっちに来るよりも他の女のところに行ってくれてありがたいとさえ思っている。

 でも、それどころではない。

 頭痛がする。これは、忘れていた前世の記憶を思い出すときの前兆だ。

 わんわんと何かの音が反響する頭で、思い出すべきことを見つめる。

 ああ、そうだ。

 私は改めて目の前の幼女を見て思い出した。

 ここは私が前世でプレイした乙女ゲームの世界だ、と。


 目の前にいるストロベリーブロンドの若葉色の瞳がきゅるるんとしたこの子はヒロイン。

 私の後ろに隠れてその子を見つめる可愛い娘は悪役令嬢。

 ―――そして、私は、ラスボス。


 確かこのシーンはヒロインが引き取られた日の回想であったはず。

 その時、継母になるその女――ジュリアは言った。

 どこの馬の骨の子ですか、と。

 冷たい、黒い笑みで。

 でも、私は、


「まあ、歓迎いたしますわっ!」


 手を胸の前で合わせて声を歓喜に震わせた。

 だって、ヒロインちゃんがかわいいのだもの。


 ―――だから、そのかわいい顔で涙をいっぱい溜めているところを見てみたいって思っちゃった。







 私こと鏑木夏樹が前世で事故で死んで、日本という国、いや、存在さえない全く違う世界でジュリア・ルーテシアに生まれ変わって、早二十五年。

 下級貴族の末娘として生まれた私はすくすくと特に不自由することなく育った。転生したからなのか魔力が高く、そして前世の記憶のおかげで学問がそう進んでいないこの世界ではとても優秀だったので成人するとすぐに家格の高い伯爵家に嫁いだ。結婚してからはすでに九年経過しており、かわいい子供が二人もいる。旦那(アホ)は私の魔力目的で婚姻を結んだので、愛されるとかはないけれど、息子と娘と暮らせるだけで私は幸せだ。

 そんな私は特に大きなこともなく、穏やかに私は暮らしていた。

 ―――が、そんな日々に突然転機が訪れた。


「養子にしたミリアーナだ」


 旦那(アホ)が小さな女の子の背を押してにこやかに笑いながら言った。養子と言っていたけれど、娘と同じ年頃のその子の瞳の色や目元が旦那(アホ)と並んでいるとそっくりなことがよくわかった。

 けれど、私はそんなことを構っている暇はなかった。

 別に旦那(アホ)が不貞を働いたであろうことは別に構わない。むしろヘタクソだから、夜こっちに来るよりも他の女のところに行ってくれてありがたいとさえ思っている。

 でも、それどころではない。

 頭痛がする。これは、忘れていた前世の記憶を思い出すときの前兆だ。

 わんわんと何かの音が反響する頭で、思い出すべきことを見つめる。

 ああ、そうだ。

 私は改めて目の前の幼女を見て思い出した。

 ここは私が前世でプレイした乙女ゲームの世界だ、と。


 目の前にいるストロベリーブロンドの若葉色の瞳がきゅるるんとしたこの子はヒロイン。

 私の後ろに隠れてその子を見つめる可愛い娘は悪役令嬢。

 ―――そして、私は、ラスボス。


 確かこのシーンはヒロインが引き取られた日の回想であったはず。

 その時、継母になるその女――ジュリアは言った。

 どこの馬の骨の子ですか、と。

 冷たい、黒い笑みで。

 でも、私は、


「まあ、歓迎いたしますわっ!」


 手を胸の前で合わせて声を歓喜に震わせた。

 だって、ヒロインちゃんがかわいいのだもの。


 ―――だから、そのかわいい顔で涙をいっぱい溜めているところを見てみたいって思っちゃった。










 さて、事態を整理しましょうか。

 ここは私が前世でプレイした乙女ゲームの世界。題名は覚えていない。

 理由はこのゲームは私の妹のものだったからだ。


 その日、私はとっても、途轍もなぁーく暇だった。大学の講義もなくて、バイトも休みで、昼に起きてご飯を食べた後、何もやることがなかった。だから妹の部屋に行って、机の上で充電されている妹のゲーム機を手に取った。前日、妹が乙女ゲームのイージーモードのほうがやっと終わったと笑顔で報告してくれたからだ。この乙女ゲームにはイージーモードとハードモードがあって、イージーモードを全部クリアしないとハードモードは解放されないから大変だったと愚痴りながらも笑顔だった。

 妹はどうやら乙女ゲームの才能はあまりないらしく、加えて攻略サイトを見るのを断固反対派だったので発売日に買ったのにイージーモードをクリアするまでにこのゲームの2の製作が決まったと発表されるまでかかってしまったのだ。それはおよそ半年。どれだけ下手なのかと笑いたくなるところだ。

 して、妹はやっとイージーモードをクリアし、昨日騒いでいたので、暇だった私はハードモードをプレイすることにした。全部クリアしておいて、後で涙目になった妹が『おねえちゃぁんっ!!』と怒るのを考えるとニヤニヤが止まらない。妹は見た目がかわいいし、単純だから本当にイジリ甲斐がある。

 まあ、結局私はちょうど合宿に行っていた妹が帰ってくるまでに全部クリアしたのだ。二日半も徹夜した甲斐があり、帰ってきた妹はゲームを立ち上げてすぐに睡眠をとっていた私の部屋に駆け込んできた。「なんでクリアしちゃったのぉっ!!」と目をこすっていた私の肩を軽く両手でぽかぽかと叩きながら涙をいっぱい溜める妹は見ていて可愛かった。妹は私と一週間は口を利かないと言っていたが、それは結局乙女ゲームの才能がなかった妹がハードモードには太刀打ちくて攻略法を私に聞きに来ることで終わった。口を利かない宣言からたった半日のことであった。

 妙に意地っ張りな妹は攻略法を聞いた後、ハッと思い出したようにまだ怒っているのだからと私にアイスを所望した。しかも、ダッツさんだ。

 私はこれくらいで機嫌が直るならと一緒にコンビニに買いに行って、そして―――……

 私は可愛い妹を泣かせるのが好きだったし、大きな瞳に涙をいっぱいためている姿は特に好みだったけれど、こんな悲しくて仕方がないという風に泣きじゃくる妹の姿を見たかったわけではない。死んじゃって、ごめん。

 ―――前世のことはもう終わったことだ。妹とはまた会いたいが、そこは世界が違う限りどうしようもないので仕方がない。


 まあ、つまり、この乙女ゲームは妹ので、私は徹夜して一気に進めただけだから題名を覚えていない。

 でも、覚えているところが途切れ途切れにある。


 まず最初に先ほど見たミリアーナがヒロインだ。

 彼女は伯爵家の妾の子で、母の死後、伯爵家に引き取られて義姉にいじめられつつも健気に育ち、そして、大きくなって入った貴族だけが通う学園で高貴な人々と恋に落ちるのだ。


 次に愛娘のアンジェリカは悪役令嬢だ。

 アンジェリカは攻略対象者の一人と婚約していて、恋に落ちていく二人をあの手この手で阻止しようとするのだ。


 最後に私、ジュリアはラスボスだ。

 ミリアーナが幼少期の時は放置し(実際は使用人に手をまわして嫌がらせをしていた)、学園に入ってからも放置し(実際は手下に手をまわして嫌がらせをしていた)、そしてその時の攻略者に応じた悪役令嬢と手を組んで暗殺しよう(実際は部下に手をまわした際どい嫌がらせにとどめ、殺そうとしたのは血迷った悪役令嬢のみ)として断罪されてしまうのだ。わぁ、かわいそう。

 それで、ジュリアのどこがラスボスかって?

 もちろん最後に立ちはだかる存在だからよ。

 あるルートでは囚われているヒロインを助けに来た攻略対象者の前に立ちはだかってチートな魔法で攻撃してくる。違うルートでは隣国との戦争の末になぜか敵将の側近として立ちはだかり、ヤバイ魔法で攻撃してくる。そしてまた違うルートでは―――、と、めんどくさいので取り合えずジュリアが最後の最後に立ちはだかるのはわかってくれたかしら? ジュリアは魔法が上手なので結構倒すのが大変だ。前世の私は魔法のステ振りはこのためかと突然始まったバトルを戦闘もののゲームみたいで楽しんでいたけれど。

 さあ、ジュリアだが、なんでこんな風にヒロインに陰湿な嫌がらせをしたかというと、彼女は嗜虐趣味があったのだ。端的に言えば、ドのつくサディストさんだ。可愛い子をいじめて泣かせるのが趣味で、小動物みたいなヒロインちゃんをいじめたくなったのだ。わっかるぅ(巻き舌)!

 「なぜなのですか、お義母さま……」って涙を目に溜めてたヒロインちゃんのスチル最高だったものね! なんていうのかしら、美少女が潤んだ瞳で上目遣いふるふると上目遣いしてくると、……滾る。


 と、こんなものかしら。

 あっ、あと息子はサポートキャラね。


 うん、これくらいで整理は完了ね。

 まだ足りない気もしなくもないけれど、思い出すときに頭痛が走るからやめておくわ。私はマゾヒストではないもの。











 さて、引き取ることになったヒロインことミリアーナは今日も元気に勉強に励んでいる。

 乙女ゲームでは義姉アンジェリカに妨害されて大変なことになっていたけれど、アンジェリカは私が課題をいっぱい出しているのでそんな暇はないようだ。

 ゲームでは妾腹だと蔑んだジュリアに便乗していじめを始める。私はミリアーナを愛をもってかわいがっているつもりだけれど、なぜかミリアーナを目の敵にしているみたいね。なんででしょうね? ふふふ……。


 私は将来断罪の可能性が見えているからって今までの行動を変えるつもりはない。

 娘が望むなら攻略対象者の子と婚約させるつもりだし、いじめを止める気もない。―――そして、嫌がらせをしないつもりもない。

 だって、違うのだ。ゲームの中のジュリアと私は根本的に。

 ジュリアは他人に手を下させて泣かせるのが趣味。でも、私は―――


「ミリアーナ、今日もよく頑張ったわね」


 私はあまぁいブドウを摘まむと、ミリアーナを自分のほうへ手招いた。

 ミリアーナはぴょんっと椅子から降りると、嬉しそうに駆け寄ってくる。


「はい、あーん」


 ご褒美よ、と言ってブドウを可愛い義娘の口元に持っていくと、ミリアーナはあむっとそれを食べた。


「おいひぃ~っ!」


 市井にはここまで上等な果物はあまり出回らない。それに、母との二人暮らしだったというミリアーナには甘味は貴重だっただろう。頬っぺたを抑えてその味を堪能している。


「今日はどんなことを習ったのかしら?」


 そういって房からブドウをもぎ取り、また口元へもっていくとミリアーナはそれに飛びついた。


「きょうはこのりょーちについてべんきょうしました!」

「そうなのね、偉いわ」


 軽く頭を撫で、またブドウを摘まむと、またぱくりとそれをかっさらった。

 まるで鳥の餌付けしている気分だね。


「じゃあ、わたくしとおさらいしましょう。この領地の名前は何かしら?」

「えーっと、ルーテシア、です」

「そうよ。じゃあ、領都の名前は?」

「アルティシアですっ!」

「すごいじゃない。…次は、特産品は何かしら?」

「えーっと、果物で、ブドウとか、マンゴーとか、いろいろです!」


 そうよ、と相槌を打ちながらも正解するたびにブドウを口元にもっていく。すると、ミリアーナは嬉しそうにそれに食いつくのだ。

 けれど、気づいているだろうか。何度か問題を重ねるごとにその高さが徐々に上がっていることに。


「じゃあ、最後は、そうね……」


 私は考えるふりをして横目でブドウをつまんだ手を見た。

 その高さはミリアーナの頭より少し高いくらい。

 ミリアーナは少し届かないようで、背伸びして足をプルプルさせていた。


「か、かー、さまぁ……」


 か細い声が聞こえたが無視無視。

 手をそのままに、見ていないふりをする。


「やっぱり、あのことがいいかしら……?」


 どうかしら、とブドウを持っていないほうの手で悩むようにほほに手を当てる。

 すると、耐えきれなかったのだろう。ミリアーナの声がまた響いた。


「かーさまぁ、とどかないよぉっ!」


 私はまぁ、とさも今気づいたかのように可愛い義娘のほうを見た。

 その姿は目に涙を浮かべ、足をプルプルと延ばして口を鯉のようにパクパクさせていた。


 ぐうかわ。


 ―――と、まあ、この後少し揶揄ってから最終的にミリアーナにブドウを与えての餌付けを終えるのだけれど、わかっていただけたかしら? 私は自分の手で泣かせるのが趣味なの。

 ゲームのジュリアと同じになりようがないでしょう?










 こうして私はミリアーナを可愛がりながら楽しく過ごしていた。

 しかし、事件は起こった。

 それはミリアーナが養女になってから一月足らずのこと。庭でミリアーナとお茶会をしていた時だった。


「かーさまにちかよらないでっ!!」


 ドンッとミリアーナは強く押されて床に尻もちをついた。そんなに強い力ではなかったようで、突然のことのただ驚いてきょとんとしている。その視線の先は、自分を押した犯人の可愛いわが娘だ。


「わたくしのかーさまなのっ!」


 だから、近寄るなと言わんばかりにアンジェリカは私とミリアーナの間に立った。

 当のミリアーナは状況が理解できていないようで、首を傾げながら立ち上がると目をぱちくりさせた。そして、私のほうへと足を延ばすが、すぐに間にいるアンジェリカに肩を押された。同い年であっても体格は少しアンジェリカのほうが大きい。ミリアーナは義姉になすすべはなかった。


「どぉしてそんなことするの?」


 何度か試したのちに私のもとまで来れないとわかったミリアーナは涙目になりながら言った。


「だから! わたくしだけのかーさまなの!!」

「でもぉ、ミリーのかーさまでもあるでしょ?」

「ちーがーうーのっ! かーさまはわたくしのっ!」


 何度も何度も私を自分のだと主張する愛娘となんでよぉ、とついに涙が決壊したもう一人の愛娘の様子を静観しながら私はほくそ笑んだ。

 だって、だって、見てちょうだい。

 可愛い愛娘たちがお互い涙を耐えながら私を奪い合っているのよ。ああ、ここ最近このために行動してきた甲斐があったわぁ。


「―――母上、」


 ここ一月、ミリアーナをとことん可愛がり、もちろんアンジェリカも可愛がるけれど寝る前のキスの時に次はミリーのところに行くわねと言ったり、頑張ってねと課題を多めに出して私との交流の時間を減らしてみたり……。アンジェリカは私に応えるためと耐えていたけれどついに限界が来たのね。この愛しい娘はママっ子だもの。


「母上、」


 ああ、なぜこの世界にはカメラがないのかしら。この瞬間を治めて残したいわ。二人ともあんなに涙を溜めちゃって、可愛いわぁ。もういっそ自分で映像を記録する魔法をつくろうかしら。


「母上!!」


 後ろから怒鳴りつけるような声が聞こえ、愛娘たちはびくりと肩を震わせた。アンジェリカの瞳からは先ほどまで自分は泣くもんかと耐えていた涙がぼろぼろと零れ落ちる。


「に、にーさまが、おこったぁぁぁぁああ゛ぁぁぁっ!!」


 アンジェリカはとうとう叫びだした。わんわんと泣きながら私に抱き着いた。あら、ぶちゃいくな顔。

 ミリアーナも優しくしてくれた異腹の兄の大声を聞き、加えて姉が泣き出したのを見て追うように私のもとへ涙を流しながらかーさまぁととぼとぼと歩いて来る。

 私は二人を抱き上げて膝に乗せて、頭を撫でた。しかし涙は止まらないようで、アンジェリカとミリアーナはにーさまが、といかに怖かったかを支離滅裂な言葉で伝えてくれる。よしよし、可愛いからもっと泣いていいのよ。

 そして私は娘たちの頭を撫でながらこの状態の元凶である息子を見上げた。

 当の本人は泣き喚く妹たちを宥めようとおろおろしているが、私の魔法で近づけない。空気の壁をどんどんと叩いていた。

 パッと私がそれを解除すると、息子のディランは慌てたように駆け寄ってくる。


「あ、アンジェ、ミリー、泣かないでくれ。大きな声を出してごめんよ」

「だっでぇ、にーさまが、おこったからぁぁああぁっ!」

「ミリーはね、…かーさまとね、ぎゅーしたかっただけなのにね、それなのににーさまがね、」

「僕がアンジェに怒るわけがないよ! 僕はかーさまに話があっただけなんだ。ミリー、かーさまは君が思っているように優しくないからね。そんなに甘えないほうがいいんだよ」

「ああぁぁぁ!! にーさまが、ウソつくっ! おこってたもん!!」

「そーだよ、にーさま!! ウソついちゃいけないんだよっ! かーさまはやさしいもんっ!!」


 娘たちは私にしがみつきながら、兄を責めた。それに段々参って、今度は自分も若干涙目になる息子。

 ディランは誰に似たのやら聡明のようで私が娘たちにしていることの目的を薄々と気づいている。八歳にして手を回しに回している私の策略を一部でも気づけるなら上々ね。

 もっと単純なら扱いやすいのだけれど、これもこれで楽しい。本当に旦那(アホ)に似なくてよかった。


「ディラン、ダメじゃない、妹たちを泣かせて」


 よしよしと娘たちを宥めていた私は咎めるように息子を見た。


「は、母上っ!?」

「ほらほら、私の愛しい娘たち、そんなに泣いたら兄さまも泣いちゃうでしょう?」

「な、泣きませんって!!」


 ふふふ、目の端の水は汗かしら?


「でも、かーさま、にーさまウソつくんだよぉ…?」

「かーさまはやさしくないって、ミリーにいうの……」


 あらあら、泣いている主旨が変わっているわ。この子たちにとって私が優しくないと言われたことが大声出されたことよりも今は重要なようね。お母さん、嬉しいわ。


「それはね、貴女たちがわたくしに抱き着いているのを見てディランもしたくなったからそういう嘘をついてしまったのよ。ディランは実は甘えん坊なのよ」

「母上!?」


 ディランが驚きに声を上げるが、娘たちの中の私は嘘をつくはずがない。そうなの…? と兄を潤んだ目で見つめた。

 こうされてはディランは何も言えないでしょう? 私が嘘をついているといえばまた責められ、そうだと認めるのは兄のプライドにかかわる。私に勝つなんぞ、まだまだまだまだ早いのよ。

 ディランの目元の液体が量を増す。すでにダムが決壊寸前だ。泣くのも兄の沽券にかかわるから耐えているのでしょう。仕方がない。助け舟を出してあげましょう。


「―――ああ、ごめんなさい。本当はわたくしのせいなのよ」


 まるで演技をしているかのように、けれど大げさではなく嘆くような声を私は出した。え? と娘たちの視線がこちらに向く。サッとディランが袖で涙を拭くのが見えた。


「わたくしが忙しくてディランに魔法を教えることが出来なかったの」

「「そうなの?」」

「そうよ。貴方たちの兄さまは早く魔法を覚えたいと前から言っていたのよ。でもわたくしが立て込んで教えられなかった。だからここへ来たのね。ごめんなさいね、妹たちばかりで貴方に構うことができなくて」

「……母上」


 私が謝罪すると、ディランはサッと目を逸らした。二人ならば私の胸に飛び込んでいただろうが、妹たちの手前出来ないようだ。しかしすっと手を広げておいで、というと、躊躇いながらも妹たちと一緒に私の腕の中に納まった。


「明日、空いていますか…?」

「ええ、明日なら大丈夫よ」

「……約束ですからね」

「わかったわ」


 兄が一緒に私に甘えるさまを、妹たちは静かに温もりとして感じた。

 そんな中、私は娘たちに聞こえないようにディランの耳元で囁いた。


「貸し、ひとつよ」


 驚いて顔を上げる愛息子はわかりましたよ!! とまた大きな声を出して屋敷へと戻っていった。

 一瞬悔し気にこちらを見たけれど、話の主旨を変えただけで実は『甘えん坊』を否定したわけではないといつ気づくかしら?















 そんなこんなで私の揶揄い甲斐のある可愛い息子と泣かせ甲斐のある可愛い娘たちの生活は山あり川あり谷あり海ありと楽しく過ぎ、いつの間にか子供たちは乙女ゲームの始まる学園に入学していた。

 学園に入学するまでの間、断罪回避をしたことはないけれど、アンジェリカは結局婚約せず、ミリアーナを虐めることはなく、二人はいつの間にか仲が良くなっていた。だが、もしかしたら所謂世界の強制力があるのかもしれない。エンディングがあるはずの卒業パーティーに保護者枠として参加することになった私はそうなったらどうしようかしらと小さくため息をついた。


「ここで、知らせたいことがある!!」


 腹の内で相手をおちょくる貴族たちの話に私も面白おかしく参加していると、突然大声が上がった。周りがなんだなんだとざわつく。

 ほぉら、何かある気がしていたのよ。学園内の情報は耳に入っていたもの。この声からしてこの国の王子だ。こんな公的の場で予定外のことをしでかすなんて勇気あるわね。

 そんな呑気なことを思っていると、当の王子が私の目の前までやってきた。その後ろには不安げな顔のミリアーナがいる。そして、王子は不躾に私を指さした。


「私はお前を倒す!!」


 あらまぁ、これは乙女ゲームの中でのセリフと同じじゃない。

 やっぱりどのルートでも、それこそ―――ゲームにないシナリオでも私はラスボスになるのね。だって、ジュリアだもの。


「ふふふ、いい度胸ね。わたくしに勝てると思っているのかしら…?」


 私はゲームと同じ返事をした。まるで王子を煽るかのように。

 王子は不敵に笑うと、もちろんだと答えた。上座で真っ青になる王に気づきもせず。あらぁ、国王がそんなに顔色変えてもいいのかしら? 断ったのに王子と愛しい私の娘の何度も打診するからよ。きっと息子には事情を話していないのでしょう? ざまあみろ。


「私はお前を倒し、ミリアーナと結婚する!! それが、ミリアーナが言った条件だからだ!!」

「……お母様、ごめんなさい」

「いいのよ、ミリー」


 後ろで俯いて瞳を揺らめかせていたドレス姿の美しい我が愛娘が王子の前に出て凛と顔を上げる。―――そして、私の返事を聞くとくるりと身体を反転させた。


「殿下、わたくし、お母様が認めた方としか結婚したくないんです!!」

「……わかっている。だから私はミリーのお母上を倒す!!」


 ―――つまりはこういうことだ。

 私に懐きすぎた娘たちは私が認めた人としか結婚しないと言い出した。これには旦那(アホ)は大激怒したが、私がのした。物理的に、魔法で。

 だが、困ったことに私が認める人なんて今までいたことがない。(本当は息子なのだけれど、それは内緒よ)するとこの子たちは結婚しないで私が教えた魔法を使って魔術師になって生きると言い出した。別に私はそれでもいいのだけれど、周囲は黙っていない。なにせ二人とも絶世の美少女だもの。性格よし、勉強もでき、魔法もでき、夜の営みの知識だけはまっさらという純粋培養。男たちは喉から手が出るほど欲しがるに決まっている。

 そしてある日、こういう噂が流れた。二人の母であるジュリアを倒した人がミリアーナかアンジェリカのどちらか好きなほうを手に入れられる、と。

 するとどうしたことか挑戦者がわんさかわんさか。

 この王子もその挑戦者の一人らしい。惚れている相手はミリアーナのようだ。

 まあ、実はその噂を流したのは私なのだけれど。


「貴方にできるのかしら?」

「余裕な口を叩けるのは今の内だ!!」


 パーティー会場は突如として決闘場になった。テーブルはいつの間にか片付けられ、客たちは私と王子を中心にフィールドを作るかのように輪になっていた。そして娘たちと息子が私たちが攻撃魔法が使えるように結界魔法を展開した。


「いくぞ!!」


 王子の掛け声とともに試合が始まる。



 ―――3秒後。



 王子は気絶していた。


 一兆上がりっと。

 王子はこの国の王族だから魔力も強くて普通の人なら負ける。けれど、私が何で勝つのかって?

 私が転生しなくてもジュリアは下級貴族なのに伯爵家と結婚し、旦那(アホ)に冷遇されていたのにもかかわらず使用人たちの味方がいて、あるルートでは隣国の敵将の側近にまでなっている。おかしいとおもわないかしら? ゲームしているときはそんなものだと思っていたけれど、私はジュリアになってそれがなぜであるかわかった。

 ジュリアは魔法に関して優秀すぎたのよ。そして優秀すぎてとある巨大闇組織に幼いころにスカウトを受け、そしてその組織を実力で乗っ取ってしまった。ジュリアの味方は全て闇組織つながりで、きっと死ねと言えば迷わず従う忠実な部下ばかり。

 そんな組織の長であるから、ゲームのジュリアはきっと断罪されても死んでいないだろう。

 この国の重鎮だけが私がなんであるかを知っているお陰で私のお話(脅し)をよく聞いてくれる。大丈夫よ、私欲(子供たちのため)にしか使っていないから。


「お母様ぁ!」


 ミリアーナが私に抱き着いた。一緒にアンジェリカも私に抱き着く。ミリアーナは王子のことなど本当にどうでもよかったようで見向きもしない。

 本当に二人とも私好みのマザコンに育ってくれてお母さん嬉しいわぁ。最近は泣き顔が見られなくて残念なのだけれど。


「次は誰かしら?」


 そう言って私は王子の後に控えていた生徒たちに目を向けると、全員が一斉にぶんぶんと首を振る。

 娘をかっさらっていくのにそんな覚悟じゃ一生あげない。


 ラスボスって倒される運命だけれど、決まって可愛い女の子を攫うじゃない?

 それが、わ・た・し。

 どこぞの魔王だって?

 魔王じゃないわ。ラスボス。


 さぁ、倒してみなさいよ、可愛い娘たちが欲しければ。


 娘たちを一生愛す覚悟があるならば、それを試すために立ちはだかって、虐めてあげる。


 私はラスボスだから。

昔少し書いた短編を完成させるのにハマり中。

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