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呪われた王子と醜い令嬢

異世界・恋愛


美○と野獣をみた千羊が怒りに任せて書いた作品です。

ギャグとしてお楽しみください。


*

むかし、むかし、いえ、もしかしたらそんなむかしでもない話です。

とある王国にとても美しい王子様がしました。その名をアレクサンデルと言いました。

 むかし、むかし、いえ、もしかしたらそんなむかしでもない話です。


 とある王国にとても美しい王子様がしました。その名をアレクサンデルと言いました。

 アレクサンデル王子の容姿は神がかったように美しく、その姿は男女構わず誰もが見惚れてため息をついてしまうほどです。その美しさゆえに城に勤める一流の使用人たちでも見惚れて手を止めてしまうこともあるそうですから、美しすぎるのも困ったものです。

 それはともかく、アレクサンデル王子――長くて書くのがめんどくさ、いえ、親しみやすいように短く略しますと――アレク王子はこの上なく美しいですが、自身は美しいものがとても大好きでした。


 今日もアレク王子は鏡の中の自分を見て言います。


「ああ、美しい…」


 そして、その鏡に映った豪華な調度品、宝石、メイド、従者などにも言いました。


「今日も美しいな…。だが、わたしのほうが美しい……」


 これはアレク王子の日課でした。

 アレク王子は美しいものだけを好んでいたので、自分の周りには美しいものだけを置き、美しい者だけを侍らせました。

 逆にアレク王子は醜いものが大嫌いでした。それらをみると拒絶反応なのか、蕁麻疹になり、気分が悪くなるのです。そのため、アレク王子は醜いものはすべて遠ざけ、汚らわしいといってもみることさえもしませんでした。それもアレク王子基準の醜い、です。言わなくても分かるかもしれませんが、それはとても、とてもハードルが低かったのです。

 ある日アレク王子は鏡の前にいました。その鏡は凹凸一つなく、縁を彩る装飾は薔薇で、今にも香りが漂ってきそうな精巧なものでした。アレク王子はその鏡がお気に入りで、一日二十回はそれを見つめてうっとりとしていました。もちろんそこに映る自分に。

 アレク王子はそのお気に入りの鏡を見つめていつもの言葉を言いました。


「ああ、美しい…」


 しかし、次の瞬間、アレク王子はその美しい顔を固まらせました。それは鏡の端に小さな傷を見つけたからです。

 アレク王子は驚きに目を見開くと、その鏡から目を背けて控えていた美しいメイドに言いました。


「……醜い。もう、いらない」


 それだけ言うと、アレク王子はその鏡をもう見ようともせず、捨てさせてしまいました。

 こうしてなくなった『醜い』ものは人も含め、数知れませんでした。





 こんなナルシ……、いえ、美しいものへの執着があろうとも、アレク王子の身分は王子です。もちろん公務があります。それは国の要所への訪問であったり、書類仕事であったりします。

 アレク王子は意外なことにこういったことにはまじめに取り組んでいました。よくある物語の王子様のようにサボったり、いつ仕事しているんだ? と突っ込みが入れられることはありません。いくら側室であるアレク王子の母親がゲロ甘で休ませようとしてももやるべきことはきっちり果たしていました。この王子は実は民にはそこそこ人気だったのです。ええ、予想がつかないと思いますが。


 それはともかく、アレク王子はその日、公務のために隣の領地へ足を運び、帰るところでした。

 アレク王子は極力美しいものしか視界に入れたくありませんが、公務を放棄するなど絶対にしたくありません。ガタゴトと美しい馬車に揺られる間はあまり外を見ようとしません。

 今回は先日大雨による災害があった地域を訪問して回る、というものでした。災害による被害は大きく、山林近くでは土砂崩れによる死者も多く出ました。

 その、帰りでした。

 アレク王子が乗っていた美しい馬車が事故にあいました。明確な原因はわかりませんが、雨のせいでまだ緩い状態だった道に馬が足を滑らせてしまったのだと思います。

 その馬車は、行方不明になりました。


 アレク王子が気づいたとき、そこは固いベッドの上でした。

 ここはどこだと思い、あたりを見回すと、肩に鈍い痛みが走ります。


「いたっ……!」


 反射的に痛んだ場所に手をのばすと、そこはきれいに包帯で巻かれていました。


「おやおや、起きたのかい?」


 しわがれた声がしました。それは枯れた声といっても相違なく、落ち葉が風で地面を擦った音のようなかすれ声でした。

 アレク王子は耳障りだと思い、顔を顰めてその声のほうを見ました。

 ―――そして、目を見開きました。

 その、声の主は今まで見たこともない醜さだったのです。

 大きな鉤鼻と充血した瞳。顔には吹き出物がいくつもあり、薄い唇は紫でした。手入れがされていないとわかるパサパサの枝のような灰色の髪が箒のように広がっています。


「なんだい? 私の顔に何かついているのかい?」


 固まって動かないアレク王子を不思議に思ったのか、声の主はなんなんだと笑います。しかしその声に、その仕草に、そしてその顔にぞわりと虫が体中を這いまわる感覚を覚えました。


「み、醜い……っ!」


 体中に蕁麻疹が広がります。

 見ているのもおぞましいその姿をアレク王子はもう見まいと目を背けました。そして、慌ててかたいベッドから飛び上がると、肩の痛みも忘れてその家から飛び出します。

 幸い捜索隊が近くを通りかかったのでアレク王子はすぐに保護されて城に戻りました。






 夜。

 アレク王子は魘されていました。傷が思ったよりも深いもので、刺すような痛みが絶え間なく肩に走っていたからです。アレク王子はぬくぬくとした美しいベッドの上で苦しみに喘ぎます。侍従を呼ぶためのベルには手を伸ばしても届くことはありませんでした。


「あ、あ゛ぁああ、あっ……!」


 額には汗が浮かび、耐えるために嚙んだ唇からは血が伝っていました。

 そんな痛みですから、段々と意識が朦朧としてきます。そして、アレク王子は霞がかった思考であるものを見ました。

 それはとても美しい花畑でした。アレク王子が見たこともないような華やかで鮮やかな花々が咲き乱れていました。


『        』


 突然声がしました。

 振り向くとそこには自分と並んでも遜色ないほどの美しい女性が立っていました。

 彼女は言いました。


『        』


 アレク王子がその言葉に息をのむと、先ほどまで突然なくなっていた肩の痛みがぶり返しました。それは今までのとは比べ物にならないほどの痛み。焼いた剣を突き立てられ、何度も何度も抉られている気分でした。


「あ、ああ゛…っ!」


 その痛みに夢心地だったアレク王子の意識は引き戻されました。

 そして遂には耐え切れず、気を失ってしまいました。





 朝。

 アレク王子はとてもすっきりした気分で目覚めました。

 昨晩肩の痛みに喘いだ記憶がありますが、起きてみるときれいさっぱりなくなっていたからです。その驚異的な回復力はまるでゴキブr……いえ、失言でした。

 アレク王子は上機嫌のままで侍従を呼ぶためのベルをチリーンと鳴らします。と、同時に王子は叫びました。


「わああぁぁぁ!?」


 やってきた侍従があまりに醜かったからです。

 まるで団子のような鼻と盛り上がった肉瞼のせいで見えない目。その瞳もまるで濁った水のようです。

 自分の周りの人間は美しい者たちで固めていたというのに、特に私室担当の侍従はすっと通った鼻筋と、アーモンド形の切れ目、水晶の如く美しい瞳でしたのに、なんということでしょう。


「近寄るなぁぁぁぁ!!」


 ずざぁぁぁっとベッドの上で後ずさりながら叫びます。その様子はいかにも小物臭が漂っています。

 しかし、侍従は王子の包帯を取り換えねばなりませんから、訝しげな顔をしながらも近寄ります。

 ぶわぁとアレク王子の全身に蕁麻疹が広がりました。


 ブツブツ、ヤバイ。


 すぐに枕を手に取り、ブ男に投げつけます。


「なんだっ、そのヒキガエルを何回も踏みつぶしたような顔は!! それともお前は蜂にでも刺されたのか!? そんな醜い顔でわたしに近寄るなっ!!」


 布団をかぶり、視界に入れないようにします。フルフルと体を震わせる姿はまるで小動物です。


「―――王子、いかがいたしましたか?」


 布越しに声が聞こえます。その声もねっとりと耳に残る豚の涎のような声でアレク王子の蕁麻疹はますますひどくなっていきました。


「うるさいっ! 喋るな! 出て行け!!」


 終いには耳までも塞ぎ、子供のように首を振ってアレク王子は侍従を追い出してしまいました。






 それからの王子の生活は大変でした。

 どうやら城の占い師によるとアレク王子は美しいと脳が思ったものが醜く見え・聞こえるようになる呪いにかかってしまったようです。今まで美しいと眺めてきたものがすべて醜く変貌して目には見え、蕁麻疹が止まらなくなり、最近では意識を失うことも多々ありました。

 それにも理由があります。アレク王子のためにと料理人が趣向を凝らして盛り付けた味も見た目も美しくおいしい料理もまるで皿の上で虫が踊っているように言えたり、どこぞのB級グルメの味は美味しいのに見た目は最悪なナニカのように見えるものですから口にできなくなってしまったのです。

 他にも問題がありました。なんとアレク王子から段々と人が離れていったのです。なんせアレク王子の周りは美しい人で固めていたものですから、全員が醜く見えます。彼らをアレク王子は拒絶していきました。アレク王子は美しいものを賛美するために鍛えた語彙力を罵るためにも発揮し、それらに傷ついた繊細な心の持ち主の美男美女たちは離れていったのです。


 こうしてアレク王子は心も体も衰弱していったのです!







 アレク王子が呪いを受けてから一月と少し。

 とある令嬢がアレク王子付きに命じられました。彼女の名はサーシャ。王城に行儀見習いとしてやってきた下級貴族の令嬢でした。

 このころにはアレク王子の世話をしたがるものはなく、食事もほとんどとれないくてアレク王子の命は風前の灯火でした。

 それにもかかわらず、そんな身分の低い令嬢が世話係になったのは、自分たちに手が付けられないと投げ出したか、アレク王子にもしものことがあったときの責任の押し付けのためか。ともかく、サーシャはその任命を受け、アレク王子の私室にやってきました。

 最近のアレク王子は誰も部屋に入れくこともありませんでしたから、暴れたような破壊跡は掃除されずそのままでした。一つで大きな屋敷が変えてしまうほど高価なツボは無残に割られ、活けられていた花々が床に散らばります。しゃらりと音が聞こえなそうなくらい艶やかで滑らかなカーテンは無残に引き裂かれ、まるで幽霊屋敷のようでした。

 サーシャはその残状に驚きましたが、ベッドの上で蹲るリス……ではなくアレク王子に頭を下げました。


「本日からアレクサンデル王子付きになりましたサーシャと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 アレク王子はその言葉を聞いてもなにも答えませんでした。ただただ布団で蹲ったままでした。

 サーシャはこのことを予想していました。最近は反応が薄いと事前に聞いていたからです。すぐに頭を軽く下げ、部屋の掃除をします。

 その間もアレク王子は布団から出てくることはありませんでした。







 それからサーシャの仕事は捗るものだったかというと、そうではありませんでした。確かに部屋の掃除は邪魔するものは誰もいませんでしたから捗りました。しかし、アレク王子の世話はそんなことはありませんでした。

 まず、アレク王子の拒絶があったからです。食事を食べさせようにも破壊行動のせいで傷ついた身体を手当てしようにも近寄るなと弱々しく言われます。終いに布団から出てきて言われてしまいました。

 「醜い顔でわたしに触るな」と。

 これには仕事に関してなるべく完璧を心掛けているサーシャは困りました。しかし、困った末に思ったのです。

 目を塞げばいい、と。

 アレク王子は見た目重視で拒絶するのですから、見なければいいのです。

 早速弱って眠ってしまったアレク王子に目隠しをします。これで完璧です。


 そして、朝。

 アレク王子は目を覚ましました。しかし、視界は真っ暗でした。最近は寝る時間も起きる時間も決まらずまちまちですから夜中だと思いました。何も見なくて済むことになぜかほっとします。

 そこに、いい香りが漂ってきました。ここ数日はまともにご飯をとっていなかったのですから、お腹がぐぅとなりました。そこで声が聞こえました。なぜか普通と思える声です。


「王子、お食事でございます。誠に申し訳ありませんが、蝋燭を切らしてしまいましたので、このまま口にお運びいたします」


 その声がそう言い、アレク王子は口を開けました。恥も何もありませんでした。ただいまは空腹を満たしたいと思ったのです。


 その食事は、温かくて、美味しかった。







 その日からアレク王子は見ることを止めました。

 あの食事の後、すぐに寝てしまい、また起きた時にも視界が暗かったのです。あの時はぼーっとしていましたが、流石に布が目の周りにあることはわかりました。目が、塞がれていることも。

 しかし、それでいいと思いました。

 それでいい、と。







 サーシャは今日もアレク王子の世話をします。

 目を塞げば大人しいものでした。相変わらず部屋から出ようとしませんが、ご飯もちゃんと食べ、破壊衝動も収まったのですから、サーシャの仕事は掃除と食事・身の回りの世話だけで、手が空く時間もあるほどです。

 アレク王子は日中、バルコニーで見栄もしない空を見上げることが多いのです。たまに紅茶を変えるくらいですることはほとんどありません。


「―――お前は、」


 アレク王子はサーシャに『近寄るな』『醜い』と言ったあとは話しかけることはありませんでしたが、今日はなぜか空を見上げながら何か言いました。見えもしないというのにサーシャのいる場所に顔を向けます。


「わたしの婚約者の座が欲しいのか?」


 アレク王子はずっと怪しいと思っていました。普通の令嬢があんなにひどいことを言われてこうして自分のそばに残るはずがないのです。それならば、最初に下心をもって自分の世話係を志願し、離れていった者たちと同じだと思ったのです。

 アレク王子にはまだ婚約者がいません。なんせ自分の隣に並ぶのにふさわしい女性がいなかったのです。自身が美しすぎて。

 だから、その座を狙う女性はたくさんいました。そうした女たちは醜いと思っていました。

 しかし、サーシャは言いました。


「いえ、仕事ですから」


 それにはアレク王子も目を見開きました。

 そして、前に一度だけ見たあの醜い顔を思い出して言います。手当てしてもらったアレク王子の指先が、なぜか痺れて、その変な感覚に強く拳を握ったのでした。


「そうだな。―――お前ではわたしに釣り合わない」


 夏も終わりだからか、冷たい風が二人の間を通り抜けました。










 そしてアレク王子が呪いを受けてから数か月、サーシャのお陰でアレク王子はどんどんと回復していきました。公務も目を塞いでいるため、サーシャに内容を読んでもらい、処理するということをしています。前ほど仕事を受け持つことはできませんが、それでも少しずつ復帰していったのです。

 これにはゲロ甘側室も喜び、アレク王子の見舞いに来ましたが、やはり呪いはなにも改善しておらず、声がダメだからと断られてしまいました。

 アレク王子の元専属たちもその地位を取り戻そうとしましたが、それもすべて断ってしまいました。

 だから、アレク王子にはいつもサーシャだけでした。


「お御足を」


 就寝前、アレク王子の体を拭いていたサーシャが足を少し上げるように言います。それにアレク王子は従い、そして言いました。


「お前は、まだわたしのもとにいるのだな」

「ええ、仕事ですから」


 自分が他の者を近づけさせないようにしているというのに何を言っているんだと突っ込みたいですが、サーシャはそんな無駄なことはしません。


「まだ婚約者を狙っているのか?」

「いえ、仕事だからしているだけです」


 あまりにもそっけない返事にアレク王子はふっと鼻で笑います。ここまで面倒な仕事を引き受けているのだから、出世を考えていないわけないのです。つまり、婚約者になることを目論んでいないということは将来の便宜を図ってほしいということなのです。この世の何よりも美しい自分が目の前にいるのに結婚したいと思われないのも癪ですが。


「では、出世が目的か?」

「いえ、地位を求めたことはありません」

「それではなぜだ?」

「仕事だからです。それ以上でもそれ以下でもございません。婚約者との式が整うまでわたくしはこの場で仕事を全うするだけです」

「はぁ!?」


 これにはアレク王子もびっくり仰天。こんな醜い令嬢に婚約者がいるとは思わなかったのです。そんな不憫な男がいるとは驚きを隠せません。

 それに、サーシャが初めて自分のことを話したのです。


「お、お前に、婚約者がいるのか?」

「ええ、これでも父は貴族爵をいただいておりますので、幼いころから同じ家格の婚約者がおります」

「そ、そうか」


 ぐっとこぶしを握ると、治ったはずの傷が少し引き攣りました。

 アレク王子は徐に目元に手を伸ばします。こんな醜い令嬢をもらう男がいるはずがないのです。だって、一度だけ見たあの顔は今まで見た何よりも醜かったのです。だから、だから、こんな令嬢を娶る男なんて―――……。


「本当に、醜いな」


 すっと目隠しを外しました。久しぶりの光に一度目を細めますが、それでもサーシャの姿はちゃんと見えました。とても、とても、醜いその顔。まんじゅうを潰したかのような輪郭。唇はまるでたらこを二つ横に並べたかのようです。目は一重でサカナのように出ています。肌は荒れ、そばかすだらけで吹き出物がたくさん。

 やはり、とても、醜い顔でした。


「―――お前みたいな奴は、早く領地に籠るのが得策だ」


 なぜか、蕁麻疹はありませんでした。










 その日からアレク王子は目隠しをしないでの生活が始まりました。

 相変わらず周りには醜い(本当は美しい)ものばかりでしたが、なぜか少しずつアレク王子に耐性が付いたようでした。一番近くにいるサーシャがとても醜く見えるからでしょうか。

 そして、そのお陰で公務にも少しずつ復帰していきました。

 臣下たちはこれに大喜び、性格はさいあk……いえ、まちまちでもこの王子は仕事だけはできるのです。王ができない分肩代わりしていたのだ最近は片付けられなくなり、臣下たちは休暇も取らずに頑張っていたものですからやっと一息つけると安心しました。

 アレク王子は公務に戻りましたが、周りの側近をガラリと変えてしまいました。今までは見た目重視だったので、仕事ができないものもいましたが、そういう役立たずは切り捨て、使えるかつ呪いの影響がない平凡顔を側近に向かえました。使える美男は裏方仕事です。可哀そうに。









 そうして数か月、ある者が言いました。

 アレク王子付きの世話係を増やしてはどうか、と。

 なんせサーシャは責任を押し付けるために付けた人身御供です。もっと確固とした地位のある、信頼できる者たちをつけなければ公務の増えたアレク王子の面倒を見きることはできません。

 アレク王子はいらないと反発しましたが、それでも押し切られ、サーシャは外されることになりました。


「短い間ですが、お世話になりました」


 最後の日、サーシャが頭を下げます。

 実はサーシャはアレク王子の世話係になるために一時的に侍女頭に近い地位まで上がっていました。しかし、それも今日までで前と同じ平民の下働きより一つ上の雑用ばかりの地位に戻るのです。


「―――お前は、それでいいのか…?」


 アレク王子がその醜い顔を見つめながら言います。もう、この悍ましいと思っていた顔も見慣れてしまいました。


「お前は功績を全て取られてしまうのだぞ…?」

「構いません。仕事ですからそれをしたまでです」

「そうやって……っ!」


 アレク王子はがたりと立ち上がりました。

 誰に何を言われようとも、自分をここまで回復させてくれたのはサーシャなのです。そんな献身的にも見えるサーシャの行動がいつも仕事だからと片付けられるのがアレク王子には何よりも嫌だったのです。


「そうやって、貧乏くじを引くのか!? 婚約者のもとでもそうだろう!?」


 アレク王子は公務の合間にサーシャについて調べさせていました。すると、サーシャの婚約者は幼馴染で、そして女癖が悪く、すでに何人も庶子がいるそうなのです。そこにサーシャが結婚して正妻としての地位を確立しても子がいる女たちに悩まされるだけです。


 こんなに、こんなに、―――美しいのに、心根は誰よりも澄んでいるのに、そんな目に合うなんて……っ!


 アレク王子は驚きました。今までサーシャを美しいと思ったことなどなかったのです。でも、今は何よりも美しいと思えました。

 醜い容姿をしていようとも、その心の内は、なによりも、なによりも―――……



 突然、ぱぁっと光が王子を包みました。サーシャは驚いて、駆け寄ります。


「アレクサンデル王子っ!」


 必死に手を伸ばします。

 この王子を好きだなんて思ったことはありませんでした。それも、一度も。口を開けば傲慢な言葉が出るし、その態度は優美なのにふてぶてしい。あの何も話さなかった頃が懐かしいくらいです。

 それでも、罵声を浴びせられても面倒を見たのは仕事だから。そして、弱ってゆく姿がまるで過去の母のようだったからです。だから、放っておけなかった。

 そもそもサーシャは小さいころから男性に幻滅していました。父親と兄は浮気ばかり。婚約者が周りの女性に手を出しているのも聞いています。だから、誰かを好きになることなんてなかったのです。今も、これからも。

 でも、この王子は嫌いじゃありませんでした。

 その想いは決して恋なんてものじゃない。けれど時々見せる笑みが、自分の紅茶を飲んで微笑む姿が、いいな、と思いました。

 だから、なくしたくないと思ったのです。水面下でアレク王子と王妃の子である弟王子との王位継承争いが始まっていることは知っています。そんな中、自分は役に立てるとは思いません。守るすべがないのです。

 世話係が解任されても城にいれば見る機会があるでしょう。それでいいからこの王子に生きてほしいと思ったのです。あの、優しい笑みをどこかで零していてほしいと思ったのです。


 強い光は、いつの間にか収まっていました。

 アレク王子が顔を上げると、サーシャが自分に覆いかぶさっていました。未だ目をつぶったまま必死に自分を守ろうとする姿に心がじんわりと温かくなっていきました。


「―――サーシャ」


 初めて、名前を呼んだ気がしました。何度か必要最低限で呼んでいたはずなのに、それでも、はじめてな気がしました。

 名を呼ばれ、サーシャはハッとしてすぐに離れました。さっきまで触れていた場所がどんどん冷えていくのがよくわかりました。


「も、申し訳ございません。咄嗟のことでしたので」


 少し狼狽えながらも頭を下げるサーシャを見て、アレク王子は微笑みます。そんな動揺した姿は初めてだったからです。


「顔を上げて――?」


 アレク王子は距離を詰めて、サーシャの頬に手を当てます。そして、おずおずと頭を上げるサーシャの顔を覗き込みました。

 きっと、その容姿は普通と言われるものでしょう。可愛らしいと言えても、美しいと大々と賛美するようなものではない。しかし、アレク王子には何よりも美しく、愛らしく思えました。


「―――綺麗だ」


 えっ? と素っ頓狂な声を上げるサーシャにアレク王子は続けました。


「わたしは、世界で一番美しいものを見つけたよ」


 それは何かに対する返事のようでした。

 サーシャが首を傾げると、アレク王子は優しく笑って言いました。


 呪いが、解けたんだ、と。


 唖然とするサーシャにアレク王子はまたクスリと笑って、口元に顔を近づけ―――……





 重なる前に真面目なサーシャに何をするんですかと怒られたのでした。


 調子に乗るな、アレク王子。















「サーシャ、今日も美しいよ」


 今日も城の中で名物となりつつある口説きが始まりました。

 今日はサーシャが担当しているランドリー室ででした。王子にこんな裏方の仕事をしている姿を見せるのはあり得ないのですが、サーシャは手も止めずに続けていました。周りの同僚は美形の登場にきゃあきゃあと黄色い声を上げていました。


「アレクサンデル王子、仕事中です」


 アレク王子は先日、晴れて王位継承権を放棄し、臣下に下ることを表明しました。誰のためというのはみな言わずともわかりました。


「そんなつれないことを言わず、わたしとお茶会をしないか?」

「いえ、今日はそんな時間はございません」

「そう? じゃあ、結婚しない…?」


 まるで、ちょっと近所に遊びに行こうぜ! と言っているかの如き軽さです。ですが、これは34回目のプロポーズなのです。きっと毎度趣向を変えているのでしょう。


「何度言っていただいても困るだけです」

「そう? だって、婚約者は勘当されただろう?」

「アレクサンデル王子が手を回したと聞いていますが」

「なんのことだ? ―――それよりも、やっぱりお茶会にしよう」


 そういうと、アレク王子はサーシャの手を引き、周りの女性陣に魅惑の笑顔で借りるね? と言って颯爽とその場を後にしました。





「ちょ、ちょっと、アレクサンデル王子っ、困りますっ!!」


 慌てて止めるサーシャにアレク王子は笑って足を止めると、頬を両手で挟んで言いました。何度見ても凡庸な容姿。声だって普通です。けれど、やっぱりアレク王子には何よりも可憐で、美しいと思えたのです。


「―――嫌なの?」


 問いかけると、サーシャは言葉を詰まらせました。

 だって、サーシャは困ると言っても嫌だと言ったことは一度もなかったのです。両手に挟まれたままで顔は動かせず、視線だけそらします。


「………嫌では、ないです」


 その返事に、アレク王子は優しく笑ったのでした。


















『お前には美しいと思うものを醜く見える呪いをかけてやろう』


 それは美しい花畑で見た女神のような女――森でアレク王子を助けた魔女から聞かせられた言葉でした。


『醜い中に美しいものを見つけるまで、お前は苦しみ続ける』


 魔女はそう言って消えてしまったのです。

 そうして受けた呪い。

 アレク王子が美しいと思うものほどより醜く見え、聞こえたのです。




「―――大丈夫、ですか?」


 そうやって心配そうに、けれど微笑みながら自分に笑いかけたサーシャ。


 凡庸な容姿のはずなのに、醜く見えたのは、きっと一目惚れだからでしょう。








随分前に映画であった『美○と野獣』を見た千羊が結局美女じゃないとだめなのかよ!!と怒りに任せて書いて放置したのを完成させてみました。

前に書いてから時間が空いているので変なところがあってもスルーしてください。


一年が終わってしまう現実逃避です。

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