鳥籠の妖精
異世界・恋愛
*
―――今日も俺は君を囲い込む。
「じゃあ、もう行くよ」
俺が手を振ると、彼女は残念そうに目を伏せた。
しかし、窓から見える山は太陽で白んできている。
もう、行かなければ。
「また来てくれる?」
毎日繰り返されるやり取りだ。
俺がいつも同じ返事をしていても君は安心することはできないらしい。
君は、鳥籠の妖精だから。
「ああ、もちろん」
彼女はそれを聞いて、まだ不安だったようだけれど、俺に手を振った。
「じゃあ、また夜に」
「―――うん。また、夜に」
俺はその高い塔の唯一の外への道であるその窓から飛び降りた。
魔法なしでは死んでしまうような高さを俺は羽を震わせて軽く着地した。
振り返って塔を見上げると、彼女はまだ、手を振っていた。
不安な表情はぬぐい切れていない。
でも、大丈夫。
俺がここに来ないってことはありえないから。
彼女は妖精。
俺も妖精。
だけど、彼女は普通じゃない。
―――だって、闇属性の妖精だったから。
妖精族にはいないとされる闇属性。
だけど、彼女は闇属性だった。
誰かは言った。
彼女は呪われているのだと。
誰かは言った。
彼女は不幸を呼ぶのだと。
だから、俺は決めた。
彼女を閉じ込めてしまうことを。
封印の離塔に閉じ込めてしまえば、民たちも安心だろう。
そして、俺も。
美しい君が、他のやつらの目に入らなくなるから、安心だ。
愛しい君が、他のやつらを目に映さなくて、安心だ。
公務が終わり、日が沈むと、太陽から力を得ている妖精族はほとんどが寝静まる。
だけど、俺はベッドには入らずに自室を抜け出した。
向かう先はもちろん彼女のいる離塔。
「おかえりなさい」
彼女は今日も嬉しそうに、同時にほっとしながら俺を迎えてくれる。
俺はただいま、と言って彼女に熱いキスをした。
「……んんっ!」
彼女は毎日のことなのにまた驚いて目を見開いた。
その瞳は俺が見てきたどんな宝石よりも美しく輝いている。
滑らかな肌は触ったら気持ちよさそうで、頬は上気していて本当に可愛い。
俺は彼女の腰を引き寄せ、そして、もう片方の腕でぱっくり背中が開いたドレスからあらわになった彼女の黒い翅に手を添えた。
すっと、手を滑らせると彼女は「…あっ……」という甘い声をこぼす。
根元は妖精族でも敏感なところだ。
そこを人差し指でなでると、彼女はもっと艶やかな声を出した。
だけど、今日はここまでだ。
「本当に、今日もかわいいね」
唇を一度離し、彼女の額に自分の額をこつんと当てて彼女の顔を覗き込むと、赤く染まっていた頬をリンゴのようにもっと真っ赤にした。
食べちゃいたいくらいだ。
いや、今度食べてしまおう。
彼女は本当においしそうだから。
俺がにっこり笑うと、彼女は「あ、あの……」とタジタジしながらも話を切り出してくれた。
「紅茶を用意したの。ゆっくりしていって」
「ありがとう」
俺は彼女の言葉に甘えてソファに腰を落ち着けた。
そして、彼女の手を引き寄せる。
「きゃっ……!」
膝に乗ると、すぐに腰に手をまわして彼女の首筋に俺の顔を埋めた。
背中が広いドレスだから、首筋が露になっていて本当に、綺麗だ。
「今日は何をして過ごしていたんだい?」
俺が尋ねると、彼女は首元で話されてくすぐったいのか少し笑い声をあげた。
笑い声までかわいくて俺を魅了するから、首筋を少し舐めておいた。
「きゃっ、………え、えーっと、今日は本を読んでたの。それから、先日持ってきていただいた本の中に小説があったから、それを」
ここに持ってくる本はすべて俺が厳選しているから小説なんてなかったはずだ。
俺は内心首をかしげ、一応彼女に内容を尋ねる。
すると、彼女は目を輝かせ、嬉しそうにその小説について語りだした。
「この小説はとある騎士様が主人公なんだけどね、身分違いの女性と結ばれるためにいろいろと奮闘するの。その時の騎士様と言ったら、かっこよくって……」
彼女はうっとりしながら本棚のほうを見つめた。
おそらくその小説があるからだろう。
俺はぎゅっと腕に力を籠めると、彼女の首にがぶりと嚙みついた。
顎に力を入れて、俺を刻み付けるように歯を立てる。
「いたっ……!」
彼女が苦痛に体を捩じらせる頃には俺の口の中に彼女の味が広がって、俺はそこから口を離した。
滴る彼女の赤を舐めとると、涙目で俺を見上げている彼女の涙も吸い取る。
「いけない子だね。君は、ほかの男なんて知る必要ないよ」
とりあえず、その小説は後で燃やしておく。
俺の怒気が伝わったのか、彼女はそれ以上その小説のことは言わずに紅茶を勧めてくれた。
うん、怯える顔もかわいいけど、俺は笑った顔のほうが好きだからね。
「今日はチョコレートのケーキを持ってきたんだ。人族の間ではやっているらしくてね。君も好きだと思うよ」
持ってきたお菓子を彼女がお皿に盛りつけると、俺はフォークを使って彼女の口にケーキを運んだ。
彼女は何度も自分で食べるっていうけど、俺がいるのに自分で食べる理由がないよね?
「どう? 人族にしてはなかなかいいお菓子を作ったのだと思うのだけれど」
「う、うん。……おいしい」
「よかった。じゃあ、今度手に入ったらまた持ってくるね」
俺はのどを潤すためにカップを手に取り、膝の上の彼女の口に運んだ。
彼女は縮こまりながらもそれに口をつける。
口はぷるっとしていて、おいしそうだ。
あとでまたいただいてしまおう。
それから、彼女は今日、ほかに何をしたのか俺の膝に収まりながら話してくれた。
部屋の掃除をしたら昔俺が上げた手紙が出てきて懐かしかったことや、空を見上げていたら鳥の親子が通り過ぎさって可愛かったこと、俺がいなくて寂しかったこと。
その鳥は今度結界を強くしてどうにかしておくとして、今日も一日俺のことだけを考えていたならよかった。
満足して彼女を優しく抱きしめる。
―――すると、彼女が少し腕を解いて出たいといった。
お手水だったら、連れて行くと言ったら真っ赤になって違うと否定されてしまった。
恥ずかしがることないのに。
「そ、そのっ! ひ、膝枕をしてみようかな、って!」
照れて目をそらしながら彼女は俺の腕の中から出たい理由を必死に説明してくれた。
俺は驚いた。
彼女からそんな言葉が出てきたのは初めてだったからだ。
不思議に思って何があったか尋ねると、どうやら小説の騎士が想い人にしてもらって嬉しかったと書いてあったようだ。
くそっ、すごく嬉しい。
満面の笑みを浮かべた彼女の膝に頭をのせると、柔らかくて気持ちがよかった。よく俺から触るけど、彼女からしてもらうのはまた違って気分がいい。それに、下から彼女の顔を眺められるのもいい。
少し照れているのか耳が赤かった。
「ど、どうかな…?」
彼女が恐る恐る俺の顔を覗き込んだ。
当の俺は彼女の長い髪を指に巻き付けて遊んでいた。
今日は髪を下しているけれど、今度編み込んであげよう。彼女はどんな上方でも似合うから。
「うん。幸せ」
「……ふふふ。わたしも」
彼女は俺の髪を優しく撫でると、柔らかく表情を崩した。
―――ああ、この時間が続けばいいのに。
幸せな時間は過ぎるもの。
俺は夜明けとともにここを去らないといけない。
彼女を囲い込むために公務をしなければ。
でも、彼女のためなら何でもできるよ。
なんでも、ね。
最近妖精王が不調らしいから息子である俺はもっと頑張らなきゃ。
俺は彼女に見送られながら手を振った。
「―――じゃあ、また夜に」
ヤンデレ召喚。
気まぐれに書いたものです。