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王子殿下は女装がお好き

異世界・恋愛(BL・GL要素を含みます)


*

友人の招待で参加したお茶会。

そこで紹介された令嬢は、―――どうやら王子殿下のようだ。


※注意喚起※

適当設定です。ただ王子を女装させたかっただけです。

下ネタが出てきたり、エロくない半裸が出てきます。

タグ付けがネタバレなのでつけていません。何が出てきても大丈夫な方のみどうぞ。

 我が国には文武両道、眉目秀麗。完璧超人と言われる第二王子がいらっしゃる。

 幼いころからやることなすこと全てが称賛されている。

 勉強は10ですでに学者たちと討論できるようになり、剣術は相手ができるのは騎士団長と第一王子くらい。楽器を持たせれば天上の音楽を鳴らし、絵を描かせればコンテストで必ず入賞する。それに加えて性格良し、顔は神々しいほど美しいものだから文句なしのお方だ。

 そう、悪い噂は一度も聞いたことがない完全無欠の王子様のはずなのだか―――……


「あの、リクハルド王子殿下ですよね?」


 本当にいいのだろうか。

 そんな思いを少しは胸に抱えながら私は控えめに聞いた。だが本人から許可はもらったのだから、悪いようにはならないはずだ。

 目の前に座るのは私が身に着けているブルーの宝石と同じものにしか見えないキラキラとした瞳で私を見つめるご令嬢だった。光を弾いて黄金に輝く髪が彼女が首を傾げたことによって緩く肩から落ちる。

 このご令嬢は久しぶりに会った友人の紹介で今日初めて会ったのだが、王妃殿下の遠縁で王都に滞在しているらしい。その容姿は王妃様殿下譲りといわれるリクハルド王子殿下と似ているな、と最初思っただけだが、話してみて確信した。彼女、いや、彼だろうか。ともかくこのご令嬢がリクハルド王子殿下本人であることを。

 確かに所作も見た目も完璧で女性と思ってもおかしくないのだが、この私の目は誤魔化せない。この人は絶対に女装したリクハルド王子殿下だ。

 そう思っていたのがデフォルト無表情な私の顔に出ていたらしい。友人はすごい。この姿だと基本的に表情括約筋がボイコットを起こしているというのに、私の感情を読み取ってしまうのだから。

 友人がどうしたのと聞くと、ご令嬢(男)も気になったようで私に尋ねた。私は言っていいものか悩み、いやダメだろうと口を噤んだのだが当のご令嬢(王子殿下)がいいと許可を出したものだから聞いてみたのが先ほどの言葉というわけだ。


「―――えっ?」


 友人がぽかーんと口を開ける。昔から彼女を可愛いと思っていたが、呆気にとられた表情がこんなにも愛らしいなんて知らなかった。今度サプライズか何かを用意して驚かせてみよう。


「シュルヴィ、そんなわけないじゃない。リーア様はれっきとした女性よ?」


 友人よ、確かに見た目は誰もが振り返るような美女だが騙されてはいけない。彼女は彼だ。そして彼は王子殿下だ。


「まあ、シュルヴィ様は面白いことをおっしゃるのですね。確かに王妃殿下と似ているとよく言われますから、王子殿下にも似ているのですわ」


 すっかり可愛い友人を見ていてご令嬢(女装)のことを忘れていた。可愛い子ちゃんに目を奪われるのは仕方がないと思う。

 どうやら王子殿下はこのことを隠したいらしい。誰だって隠したいことの一つや二つや三つ、四つあるものだ。私はその意図を読み取ってすっとぼけた顔(無表情)をした。


「気のせいだったみたいだ」


 友人はシュルヴィは冗談が上手ね、と笑い、ご令嬢もそれに便乗した。

 そしてお茶会は無事に終わったと思ったのだが―――




「そうなるよなぁ……」


 次の日、朝一でお城から召喚状が届いた。

 差出人はリクハルド王子殿下。宛名はもちろん私、シュルヴィでございます。

 突然成人前の私に直接届いたものだから父は大慌て。この世の終わりのような蒼白な顔で何をしでかしたんだと詰め寄られて大変だった。リーア令嬢と会ったからその関係だろうと説明したら納得してくれたが、口封じとかいろいろあるだろうからこれからの父の心労がうかがわれる。私は問題起こす気ないけど何かあるかもしれなからとりあえず、ごめーん(合掌)。

 私は王族の前に出ても見苦しくない装いに着替えると、すぐに城へ向かった。当日に呼び出すなんて強引すぎやしないだろうか。私だって予定の一つや二つあったりなかったりするというのに。

 さっさと誰にも言わないといってから帰ろっと。


 城につくと、私はすぐに案内された。王城にそんな詳しいわけではないが、向かう先は王族が住まう区画のような……、と思っていたら、その通りだった。案内された騎士に「リクハルド王子殿下の私室でございます」と説明される。まさかそんな個人的な場所に呼ばれると思ってなかったから驚いてしまった。

 許可を得て中に入ると、そこにはお噂に違わぬ神々しい容姿をしたリクハルド王子殿下が笑っていた。今日は女装じゃないようだ。

 こんな豪華な部屋の入ることなんてもう一生ないだろうから私は不躾にも周りを見回した。そこで気づいた。ここにはリクハルド王子殿下と護衛の一人しかいないことを。嫌な予感がする。


「どうやってリーアが俺だと見抜いた」


 それはすぐに的中。挨拶をして勧められたソファに座った途端、腕を絡め取られ、頭の上に固定されて押し倒された。

 顔を覗き込まれて間近で睨むその瞳は酷く揺れていた。

 口封じに何か言われると思ったが、まさかこんなことをされるとは。もしかしてこちらが素なのだろうか? リクハルド王子殿下は温厚で有名だというのに。


「そうは言われましても……」


 変わらぬ表情のまま答える。

 詰め寄られても困る。分かったものは分かってしまったのだから。

 だが、王子殿下の視線が言い淀む私を責める。


「この目は『真実を見抜く眼』なので私の前では何人たりとも嘘はつけません」

「そのお前が嘘をついているだろう?」


 ちっ、流石に騙されないか。シャキーンと掴まれていない手で邪眼ポーズまで決めたというのに。

 誰にも女装好きって言わないから解放してくれないかなぁ。腕が痛い。


「わたくし、実は人間骨格観察が趣味でして」

「それも嘘だ」

「王子殿下には女装が似合うと常日頃から思っていたので」

「そんなこと思ったことは一度もないないだろう?」


 なかなか本当のことを言わない私に王子殿下の顔はお怒りマックスだ。強く捕まれている腕には血が止まっているせいで感覚がほとんどない。


「リーアには他人に見せる《能力》がかけられているんだぞ! 見破られるわけがない!」


 あーれー? 王子殿下がそこまで見破ったわけを知りたがっているのはそのせいか。

 私は一人納得していた。

 《能力》とは一部のものがもつ特殊能力のことだ。その特殊能力は様々で、《能力》によってはいい就職先が見つかったりもする。私自身、《能力》持ちである。


「《能力》がかけられていたなんて知りませんでした」

「当たり前だ。《能力》を見破る関連の《能力》持ちでなければ無理だ」

「いや、でもわたくしも《能力》持ちなので見破ることができますよ?」


 当たり前のようにそういうと王子殿下はますます険しい顔になった。


「そんなわけがない。《能力》持ち登録者の名前とその《能力》は全て頭に入っている。シュルヴィという名前はないはずだ。―――申告していないなら犯罪だぞ?」


 《能力》持ちの名前とその《能力》が頭に入っいてるとは流石完璧超人王子殿下だ。《能力》持ちが1000人に1,2人とはいえ国内でも2000人近くいる。そんなの私なら絶対に覚えきれない。

 《能力》持ちはその《能力》を狙って攫われたりすることが昔からあった。それ故に《能力》が分かったら国に申告し、登録しなければならない。それは《能力》の把握と保護の意味合いも兼ねている。そしてもちろん私も登録してある。だけど―――


「王子殿下、その登録書が新しすぎます」

「はぁ?」


 呆けた声を出すと同時に腕の力が弱まる。血が指先まで巡ってびりびりと電気が通った気分だ。


「恐らく王子殿下は過去60年ほどまで覚えているのでしょう? しかしわたくしの《能力》が登録されたのは約140年ほど前です」

「何を言っているんだ…? お前はどう見ても成人くらいだろう? まさか…?」

「違いますよ。隣国の《能力》持ちのように老いが遅くなる《能力》ではありません。ピチピチうら若き18歳です」

「じゃあなぜ140年前に登録されるんだ?」


 王子殿下が知らないなんて驚きだ。確かにそんなに有名な話ではないが、王族くらいは知っているものかと思っていた。


「―――わたくしの伯爵家が登録されているのです」


 そう、私の伯爵家はその血縁者のほとんどが能力者だ。とはいっても本家である私の家から血筋が離れると能力者ではなくなる。はとこは能力者ではないから恐らくいとこまでだろう。

 その能力とは《能力》が効かない《能力》だ。聞くと凄く使えそうな気がするが、そうでもない。なにせ《能力》持ちが少ないのだから遭遇することも稀だし、《能力》持ちを囲っている貴族たちの派閥争いに参加する気はさらさらない。だから自分でも《能力》持ちだということを忘れる事のほうが多い。今までで活用できたのは人の心が見えてしまう《能力》の子に対してくらいだ。


「伯爵家全員が、だと?」


 説明すると、王子殿下は流石に驚いたようだった。

 《能力》持ちは遺伝するものではない。だから、家族全員が《能力》持ちだということは我が家の七不思議のひとつである。


「ええ、知っているものかと思っていました」

「―――だから、俺だと分かったのか」


 はい、と答える。そして誰にも女装のことを言う気はありません、と付け加えた。私の中では任務達成だ。

 これでもう離してもらえるだろうと思ったけれど、王子殿下はそうはしてくれなかった。

 この部屋に私と王子殿下以外にはもう一人護衛騎士がいる。王子殿下はその護衛騎士に一瞬目配せをすると、にやり、と口元を歪めた。


「まあ、それはこの際どうでもいい。―――お前には俺の婚約者になってもらうからな」

「は?」


 今度呆けた声を出したのは私だった。そりゃあ、驚きますわ。


「リーアの正体を見破られたからにはお前も共犯者になってもらう」


 味方がいるに越したことはない、とそう王子殿下は言い放った。横目で護衛騎士が頷くのが見える。私だけ置いてけぼりの気分だ。事情を説明してもらいたいが、深みにはまりそうなので遠慮したい。そもそも私は結婚する気がない。


「嫌です」

「はぁ?」


 また王子殿下が呆気にとられたような顔をする。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。だが甘い。私は言いたいことははっきりという質だ。


「わたくしが社交界で何と呼ばれているか知っていますか? 『不動花』ですよ? 表情が全く動かないからだそうです。なんで婚約者もいないのに出会いの場である社交界でそれを改めないと思います? 結婚する気がないですよ」


 だから婚約者はいりません、とはっきり断ったのだが、王子殿下は許してくれなかった。至近距離で私をギッと睨む。


「―――そうか、婚約者はまだいい処分だと思ったのだがな。嫌なら仕方がない。無理矢理にでも誰にも言わないように口封じをさせてもらう」


 いや、誰にも言わないって。

 そう言ったのだが、王子殿下には伝わってなかったらしい。口の端が上がり、ドレスの胸元の部分に指をかけられる。コルセットをつけて、寄せて何とか作った胸の谷間に王子殿下の指が沈んだ。


「身体に教え込んでやろう」


 意味が分からん。

 そんなことを思う間もなくドレスを引っかけた指は下に下げられ、私の慎ましめの胸が勢いで揺れて曝け出された。まさか揺れるだけの肉があったとは驚きだ。

 ツーっと王子殿下の指先が胸の谷間跡から下乳を通り、少し背筋がぞわぞわとした。―――が、こんなことで動じると思ったかこの三下!!


「どうぞ、襲って構いませんよ?」


 私は胸を張り、おっぱいを差し出すようにほら、と王子殿下に言った。

 結婚する気がないのだから襲われても全然構わない。寧ろ傷物になったほうが公の場からすぐに退場出来てありがたいくらいだ。だからどうぞどうぞと、差し出す。

 すると、―――段々と王子殿下の顔が真っ赤に染まっていった。なんと耳まで赤くなっている。

 思えば王子殿下は私よりも年下だった。娼婦とか寡婦で経験はあるだろうけれど、こんなに堂々とおっぱいを曝け出す令嬢はいたことがないだろう。それとももしくは―――?

 私の中である考えが浮かんで、脳内のすべてが180度回転する。この姿ではダメだと心の奥底で誰かが叫んだけれど、もう止められない。

 ぺろりと唇を湿らせ、込み上げる笑みを表情に浮かべる。

 突然私の表情が変わったことに王子殿下は驚いたようで、その一瞬をついて自由な手で王子殿下の胸倉をつかみ、互いの唇を合わせた。


「んぐっ…!?」


 動揺するくぐもった声が上がるが、すぐに開いていた口に舌を入れ、王子殿下のそれを掬い上げて翻弄する。王子殿下はいい声をしているから、洩れる声の端々がエロくてイイ。

 キスをしていると、横目で護衛騎士が慌てているのが見えた。そこで私は思い出した。そういえば王子殿下は男色ではないかという噂があったことを。一番信頼されているこの騎士がその相手だといわれていた。では婚約はそのカモフラージュだろうか。女装は王子殿下の心が乙女だからか。

 そんなことを思いながら歯列をなぞり、舌の裏を舐め上げ、そして互いのモノを絡み合わせてから私は口を離した。最後のほうは王子もノリ気で気持ちがよかった。ぷはぁ、という可愛い声が上がる。


「―――婚約、お受けしてもいいですよ」


 はぁはぁとまだ息を整えている王子殿下にそう言った。

 いつか不要になるであろう婚約なら受けてもいい。この王子のこんな艶っぽい顔も嫌いじゃないし。

 王子殿下は怪訝そうな顔をしたけれど、もう答える余裕もないようでわかった、と小さく息を吐いた。そしてまた呼ぶ、と私を家に帰した。おっぱいは帰る前にちゃんと隠した。




 無事帰宅すると、私は私室に駆け込み、すぐにドレスをぽぽぽーいと脱いだ。ドレスは一人では着れないけれど、脱ぐのはコツを掴めば簡単だ。床に脱ぎ捨てて全裸になると、侍女に皺になると怒られた。

 そしてすぐに()は服を変えた。

 簡単なパンツとシャツ。これが俺の家での基本スタイルだ。上げていた髪を解き、軽く横で結ぶとすぐに部屋を飛び出した。


「ミュンリー!!」


 俺の大事な大事な婚約者の名前を呼ぶ。


「お兄様!!」


 愛しいミュンリーは応接室で待っていたようで俺の声を聞いて飛び出してきた。超かわいい。つい顔がニヤけた。ぎゅっと勢いのある身体を抱きとめる。


「ごめんよ。今朝突然呼び出しがあって時間通りに会えなくて…」

「大丈夫よ、お兄様。お兄様に会えただけでわたくしは幸せですもの」


 ミュンリー、お兄様、とお互いを甘く呼び合い、額にキスをした。真っ白な肌が赤く染まって食べごろの果物のようだ。いつか食べる。


「それにしてもどうしたの? 急に呼び出されるなんて…」


 二人でラブラブ腕を組んで座ると、ミュンリーは心配そうに尋ねた。こんなかわいい子を心配させるなんて俺はなんて罪な婚約者なんだ…。


「シュルヴィが今度王子殿下と婚約することになったんだ」

「ええっ!?」

「俺も驚いたんだけど、人気の高いリクハルド王子殿下の依頼を断るのはあまり利がない。だから受けることにしたんだ」

「大丈夫ですの…?」


 ミュンリーが表情を曇らせる。事情が事情だけにこの先どうなってしまうか不安なのだろう。

 だがきっと大丈夫だ。王子は男色だし。婚約は形だけで破棄されるだろう。

 そう伝えると、ミュンリーはホッと息を吐いた。

 先ほどのシュルヴィもミュンリーにお兄様と呼ばれたクレメッティももちろん同一人物だ。の名前はシュルヴィだし、の名前はクレメッティだ。つまりはこういうことだ。

 私には一つ年の離れた兄がいる。子供のころから母は兄だけを溺愛し、自分が次期当主に教育するといい、父は母にそれを任せた。だが、兄は問題児に育ってしまった。勉強は真面目に取り組まず、横暴な態度をとり、精通がくるとすぐに女に手を出した。これには父も困り果てた。母のことを信頼しきって任せたのにこんなことになるとは、と。それが分かったのは母が病気で死んですぐだった。だがそのころにはもう兄の性格は強制できるものではなかった。それに悩んだ父は、私を跡取りにすることにした。しかしこの国では女は爵位を継げない。だから時間をかけて私が兄に成り代わったわけだ。この話は親戚の中で納めるためにいとこのミュンリーを私(兄)の婚約者とし、種馬としてだけ利用する。そんなことが決まったのが今から3年前のことだ。私と兄は似ていたおかげで成り代わりは完璧に行われた。問題になるのはシュルヴィの存在だ。私は病気にでもさせて死なせればいいのではないかと父に言ったのだが、なぜか成人まではと止められている。

 つまり私はシュルヴィとクレメッティの二人を使い分けている。私がきっと王子殿下を見破れたのは男装を普段からしているからだ。王子殿下の女装ははっきり言って完璧だった。男性に喉仏など見える部分をなんとか見せないようにしたり、骨格を誤魔化すメイクをしていたりと女装マニュアルがあるならばそれをマスターしているだろうという完成度だった。加えて背の高さを誤魔化すためか、足の不自由な設定にして車いすで移動している。その車いすも小柄に見せるデザインなものだからその努力がうかがえる。きっと《能力》の効かないミュンリーや父がみても女性と信じて疑わないだろう。だが私は3年間も男装している。同士だからわかってしまった。こんな家の恥、王子殿下に知られるわけにはいけないから誤魔化していたというわけだ。

 今回シュルヴィと王子殿下と婚約することになってしまったが、シュルヴィはあと数か月したら成人を迎えてぽっくり死ぬ予定だから余り問題視していない。

 ―――それに、俺は男装するのが好きだ。最初はクソ兄になるなんてと思ったが、ハマってしまった。可愛いミュンリーとイチャイチャできるし、可愛い女の子を口説けるし、男友達とは令嬢たちみたいに探り合いはなく気兼ねなく話せる。もちろん最後までしないけど夜には女性や時々男性をあんあん啼かすのも楽しい。この姿になって気づいたが、私は女性男性どちらでも愛せる人のようだ。性別を変えて愛したい(愛されたい)王子殿下の気持ちが少しわかる気がする。


 その日はミュンリーとラブラブして過ごした。事情を全て知っているミュンリーはきっと男性が好きなのだろうけど、俺が大好きだから何されても大丈夫だといってくれる。結婚したらいっぱい愛してあげようと思う。

 そして帰ってきた父に婚約のことを伝えたら卒倒してしまった。クソ兄が問題児だから俺は自重してきたけれど、やっぱり血の繋がった兄妹のようだ。大事を抱えてしまう。まあシュルヴィはそのうち死ぬからいいでしょうとベッドに横たわる頑張って説得したのだが、父は唸りながら苦い顔をしただけだった。







「次は俺のターンだな」


 そう言ってルークを動かす。すると対戦相手の友人は唸り声をあげた。一度も俺に勝てたことがないというのに、よくまだ挑戦しようと思うのか感心してしまうくらいだ。

 今日は友人たちと会員制のサロンで寛いでいた。男たちが集まれば必ずと言っていいくらいゲームでの賭け事が始まる。俺は負けなしだからかなり稼がせてもらった。


「おい、クレメッティ、いいか?」


 観戦している友人が口元に二本指をあててタバコを吸う仕草をした。それに俺は眉を寄せて首を振る。


「俺がいるときは禁煙って言ってるだろ?」

「だがなぁ…、一本でいいから!」

「ばーか、一回でも俺に勝ってからもう一度言ってみろ。今日は外で吸え。俺が病気になったらどうしてくれんだ」

「お前チャラいくせにそういうとこ厳しいよな……。昔はスパスパ何本も吸ってたじゃないか」

「俺は一回病気になって思い知ったんだよ」


 そう答えると友人たちは納得したようにうなずいた。俺とクソ兄の入れ替わりはクソ兄を病気ということにしてそれから半年後に俺が成り代わった。その期間のことを友人たちは思い浮かべてるんだろう。

 タバコは薬と同じで中毒性があり、煙を吸い続けると病気を発症すると東の医学書に書いてあった。俺はミュンリーを幸せにするためにも長生きしたいから控えている。あとなんか煙いし。

 友人は俺ともう一人の友人のチェスの過程が気になるのだろう。だが、喫煙欲には勝てなかったようでベランダに出ていった。

 コトリ、と対戦相手の友人がポーンを動かす。


「そういえばお前のところのシュルヴィちゃんがリクハルド王子殿下と婚約したんだって?」

「ああ」

「リクハルド王子殿下も物好きだよなぁ。よりによってあの『不動花』ととは……」

「なんでもリーア令嬢に話を聞いて実際に会ってみたら一目惚れしたらしいぞ。どんな趣味だよ」


 友人たちが噂話を俺に気にすることもなく話している。実際に気にしていないから構わない。男装をしているとシュルヴィという自覚が薄れる。思考が180度切り替わっているので他人の話をされている気分だ。

 そのシュルヴィだが、クレメッティと使い分ける面もあるが社交界で滅多に表情を動かさない。俺は感情豊かだ。基本的には隠さずに何でも言う。―――それはシュルヴィも一緒か。だが、俺は表情にも隠さない。よくシュルヴィと比較される。一応本人なのに。

 王子殿下にはあれからまた呼び出しを受けた。その時は前と違って押し倒されることもなく、逆に距離は遠いくらいだった。おっぱい丸出しの令嬢にキスで腰砕けにされたからだろう。そしてこの間よりも護衛騎士との距離が近かった気がする。きっとたっぷり愛し合ったんだろうな。生暖かい視線を送っていたら苦笑いされたから無表情を返しておいた。

 王子殿下にはそれからいろいろと質問をされた。自分が女装していることをどう思うかだとか、リーアやリクハルド本人についてどう思うかだとか、婚約について親はどう言っていたかだとかだ。私は全て正直に答えた。思えば王子殿下とは何度かパーティーでシュルヴィでもクレメッティでも会ったことがある。今日はその時の公の性格に近く、穏やかだった。とはいっても普段見ていた姿よりももっと素に近い気がした。思ったよりも王子殿下は命令口調と『俺』という一人称が似合う。この間の凄く強引な王子殿下はなんだったんだろうか。私は疑問に思いながらも質問をされたのでいろいろ質問を返してみた。女装は趣味かとか、評判の悪い私と婚約して何のメリットがあるかとか。王子殿下は律儀に答えてくれた。なんと女装は任務だからと宣ってきた。きっと男色については隠したいんだろうと思う。べらべらといろいろ説明してくれたけど、王子殿下はきっと心が乙女で…云々考えてたから聞きそびれた。まああまり意味にないことだろう。そして私の婚約についてはなぜか強引王子殿下に急に口調が変わって「俺が結婚してやるんだ! よ、喜べ!」と怒鳴られてしまった。いや、だから結婚相手を探す気はないので喜ぶ要素は欠片もないのですが、と言ったのだが王子殿下の耳に入ったかわからない。ともかく面倒になってきたので何度かしっかり断ったのだが、王子殿下の一言で婚約は正式に決まった。シュルヴィを表社会から死なすのを少し慎重にしなければと気を引き締めた。


「だがなぁ、最近シュルヴィの調子が悪くてな……」

「そうなのか?」


 俺の言葉に友人たちは食いついた。こいつらは口が軽いからすぐに広めてくれるだろう。これはシュルヴィバイバイ計画の布石だ。


「半年ほど前から何かと体調を崩していたんだが、最近はよく寝込むようになったんだ」

「大丈夫なのか?」

「医者には見せたが、異常は見当たらないらしい。調子が悪いようなら俺と同じように一回領地に返すつもりだ」


 そりゃあ大変だな、と友人たちは口々に見舞いの言葉を送ってくれた。だが、俺は軽い口調でビショップをもってニヤリと笑う。


「ま、俺みたいに大丈夫だろう。―――チェックメイト」

「ああーーーーー!?」


 くそぉまたクレメッティの勝ちかよ。あいつをどうやったら負かせるんだ。せっかくお前に賭けてたのによぉ。と、話が逸れて友人たちは悔しさの雄叫びをあげる。どうやら彼らの中で誰が一番最初に俺を負かすことができるか賭けているらしい。俺は今回の取り分を懐に入れる。


「……これでミュンリーにお土産を買っていくか」


 そう呟いたのがどうやら友人たちの耳に届いたらしい。肩を組まれてニンマリと笑われた。


「おいおい、相変わらずミュンリーちゃんとお熱いなぁ」

「お前、遊んではいるけどなんだかんだ言ってもミュンリーちゃん一筋だな」


 こいつらの目は節穴なのだろうか…?


「お前らなぁ、ミュンリーだぞ? ミュンリーを見たことあるだろ? 超かわいいだろ? めちゃめちゃ可愛いだろ? 好きになるのは当たり前なんだよ! だって知ってるか? 昨日本を読んでいるときに突然後ろから『お兄様!』って抱き着かれてどうしたのか聞いたら『ふふふ、お兄様と一緒にいたいだけ』って頬を擦りつけながら照れて笑うんだぞ? もうヤバイ!! ミュンリー可愛い!!」


 またミュンリートークが始まった、と友人たちは話を振ってきたくせに呆れ顔だ。ミュンリーの可愛さについては話題が尽きないから仕方がない。ミュンリー可愛い。


「お前たちと話してたらミュンリーに会いたくなってきた……。今日はもう帰る」

「お幸せに」

「あったりまえだ!!」


 ミュンリーを幸せにするなんて当たり前のこといちいち言うな、と怒鳴って扉を開いた。すると、一人の友人が思い出したように言った。


「リクハルド王子殿下の婚約を上の方々がよく思っていないらしい。シュルヴィちゃんに気を付けてって言っておいて」

「わかった」


 俺はサロンを後にした。






 友人の忠告があったものの、何も起きず、時は二月流れていた。

 その間に王子殿下からは何度も呼び出しを受けてお茶会をした。婚約者の体裁があるのだろう。けれど、三回に一回は体調が悪いと断っている。これをどんどん増やしていくつもりだ。どうせ男色を隠すための婚約なのだからきっと王子殿下もシュルヴィがいなくなったほうが動きやすいはずだ。喪に服して婚約者を作らなかったり、私が忘れられないから結婚しないといったり。思えば王子殿下にメリット沢山ある。私を選んだのも伯爵家で家柄が低すぎず、どこの派閥にも属さないフリーな貴族だったからだろう。流石完全無欠の王子殿下。頭が冴えていらっしゃる。

 そういえばリーア令嬢とも何度か他の家のお茶会に参加した。情報集めをしたいからとリーア令嬢は言っていたけれど、きっと乙女心が疼いたんだろう。私は割と他家との交流が広く浅くあるのでいろんなところに紹介した。紹介がなければ参加できないような女の花園にも行きたいとしつこく言われたので連れて行ってあげた。そこは上の方々が多くて私は苦手だ。このお茶会も体調が悪いからと断っているのにしつこく誘う王子殿下は本当に面倒だと思う。


 父が用意してくれた超豪華な重いドレスに着終えると私は侍女にメイクをしてもらって立ち上がった。元の顔がいいだけに我ながら美人に仕上がっている。

 今日は成人式の舞踏会だ。今年18になった貴族子息令嬢が一斉に行う。とはいってもクレメッティの姿で一度成人式を経験しているから今回の参加は二度目になる。だが、父はシュルヴィに成人式に参加させたいと前々から何度も言っていたので恐らくこれが最初で最後の舞踏会参加になると思う。

 一応婚約者なので、王子殿下がわざわざ迎えに来てくれた。要らないと言ったのだが、体裁もあるのだろう。自分よりも美人にキマっている姿で完璧にエスコートしてくれた。そういえば婚約発表は前々からされていたけれど公の場に二人で出るのは初めてかもしれない。会場に入ると沢山の祝福の言葉をもらった。

 成人式は簡単なもので、成人おめでとうと王が言って、成人した子息令嬢たちが一曲踊るだけだ。私も今年成人する子息と踊ろうとしたのだが、王子殿下が譲ってくれなくて相手はまだ未成年だっていうのに結局二人で踊った。

 そしてことは私が休憩したいからとバルコニーに出た時に起こった。王子殿下は飲み物を取りに行くために一度別れ、私は一人外の景色を眺めていた。すると、急にバルコニーへの扉が閉まる音が響いた。バルコニーと会場はカーテンで仕切られていて、ここにいるのは私だけとなった。―――と思ったが、急に足音が聞こえて人が現れた。まるで《能力》で隠されていたかのようだ。いや、実際そうなのだと思う。私が気づかなかったのはその人が暗闇にいたからだろう。


「貴女がシュルヴィ令嬢?」


 陰から聞こえたのは凛とする綺麗な声だった。

 こんな声で啼かせたらさぞ楽しいのだろう。そんなことを心の隅で思いながらそうです、と答えた。

 するとその女性は嬉しそうに笑った。


「よかったわ。リクハルド様やわたくしみたいな美しさだと、あなたみたいな平凡な顔は見分ける自信がないの」


 そう言った彼女は月明かりに照らされてその顔が見えた。そのご令嬢の顔面偏差値はおそらく私といい勝負だが、王子殿下には全然敵わない。今度眼科を紹介してあげたほうがいいのかもしれない。どこにそんな自信があるのだろうか。


「わたくしって、こんなに美しいでしょう? だから釣り合うのはリクハルド様くらいなのよ」


 何も聞いていないのにそのご令嬢は語ってくれた。はいそうですかという気分だ。しかし、―――先ほど聞いた足音は一つじゃなかった。グッと目を凝らして建物の陰を見ると、そこには黒い服を着た男たちが何人かいた。きっと《能力》が効かない《能力》持ちの私でなければ気づかなかっただろう。警戒を強める。


「だからねぇ、邪魔なのよ、―――貴女が」


 やれっ、と女性が声を上げると、男たちが小さな足音で飛び出してくる。どうせ叫んだって音を操る《能力》持ち当たりがいるだろう。その《能力》持ちは重宝されると聞く。それにそんなことをしても敵を挑発するだけだ。私の《能力》は自分にかかっているものにしか効果がない。自分から離れた声という音には何の意味もないから本当に役に立たない。

 ここは二階だ。私は靴を脱ぎ捨てると飛び降りた。クレメッティになる為に体は鍛えている。足も速いつもりだ。だが、重いドレスを着ているせいでなかなか思うように動けない。後ろからは複数の足音が追いかけてくる。そのうちの一つが何かを唱えた。


「火よ!」


 ボォっと私のドレスが燃え出す。

 どうやら火を操る《能力》持ちがいるらしい。こんな戦闘向き《能力》持ちを雇えるなんて流石は上の方々のご令嬢だ。彼女には見覚えがある。確か侯爵家だったと思う。それくらいお金があるとこう何人も《能力》持ちを雇えるのだろう。

 私はドレスに手を当ててポフポフとそれを叩いた。普通なら熱いと思うだろうけれど、《能力》で作られた火は私の身体に触れた途端すぐに消えていく。下の部分が燃え落ちたおかげで少しドレスが軽くなった。

 なっ!? と後ろで声が上がった。驚いたのだろう。ついでにその歩みを止めてくれると助かる。

 そんなことを思いながら必死で走っていると、私は何かに躓いて転んでしまった。べしゃっと花壇に体を突っ込む。

 男たちはすぐに私の周りを囲んだ。ナイフを持っていないところを見ると、気絶させて攫うのだろうか。その予想は的中で、彼らが持っていた縄ですぐに巻かれてしまった。彼らに担がれると、バルコニーからかなり離れたと思ったのにカーテンの奥の会場が明るいお陰で暗くても遠目からそこがよく見えた。いつの間にか王子殿下が戻っていて、さっきのご令嬢がその腕にしな垂れかかる。王子殿下は男色で護衛騎士とラブラブだろうから靡かないだろうけれどご令嬢頑張れと心の中で応援した。このまま攫われておけばシュルヴィの死の演出が楽になる。父の言いつけ通り成人式にシュルヴィとして出たのだからもうシュルヴィには死んでもらおう。逃げるのは至難の業だが私にだって隠し玉くらいある。

 わっしょいわっしょいと運ばれ、城の外に出るところで―――


「俺の婚約者に何をしているんだ?」


 なんと王子殿下が現れた。さっきまでご令嬢と仲よろしそうに見えたけどどうしたのだろうか。運ばれていた時間があったといえ、駆け付けるのが早すぎて驚く。王子殿下の後ろには恋人の護衛騎士と他の衛兵たちがぞろぞろとそろっていた。守られる王子殿下が前にいてどうすんだと心の中で突っ込みつつ様子をうかがう。

 誘拐犯たちは止まったままで動かなかった。これが王族の覇気というものだろう。物言いは優しいのに威圧感がすごい。


「早くその汚い手を離せ」


 低く、冷たい声で命令する。誘拐犯たちは息を呑んでいつの間にかそれに従っていた。衛兵たちがいるというのにあっさり解決だ。私としてはシュルヴィをここでおさらばさせられなかったからちょっと残念だ。

 それにしても王子殿下も《能力》持ちなのではないだろうか。こうも簡単に命令に従うものなのか。


「シュルヴィ、大丈夫か?」


 衛兵に縄を解いてもらって両手が自由になると、王子殿下が心配そうに聞く。それを私はデフォルトの無表情で平気だと答えた。

 そういえば成人式はどうなったのだろうか。私の誘拐云々で台無しになってないといいが。そう思って聞くと、王子殿下は少し目を見開いてくすりと笑った。


「シュルヴィは優しいな。自分の心配よりも他の人の心配か? 安心しろ。この件は内密にしてある。だが―――」


 怖かっただろう? と急に抱きすくめられた。

 驚いた。王子殿下はきっと護衛騎士一筋だからこんなことをするとは思わなかった。その護衛騎士からの視線が痛い。だがおかしいな。睨まれているわけではなく、なぜか生暖かい瞳だ。


「王子殿下、怖い思いはしていないので離してください」

「イヤだ。こうしなければシュルヴィは逃げるだろう?」

「もちろんですとも」


 逃げるも何も帰るだけですが?

 私の返事に王子殿下は落胆し、何度か攻防はあったが無事に家に帰してもらった。







 そうして数か月。シュルヴィは前から患っていた病気が悪化した(嘘)。

 それを理由に父は王家に婚約破棄を申し出たが、どうも応じてくれないので領地に帰ったことにして死ぬことにした。父は相変わらずその考えに消極的なようだ。だけど家を存続させるためには一番いい策だと思う。王子殿下も結婚を断る口実になってそっちのほうが助かるだろう。

 シュルヴィは王子殿下に顔を合わせることもなく領地に帰っていった。訃報は間近だ。


 するとあとはずっとクレメッティの番だ。ずっと、俺のターンだ。

 もちろん父の手伝いや伯爵家の仕事はするが、ミュンリーとは毎日俺として会えるし、もう結婚も近いので夜まできゃっきゃうふふしている。幸せに満ち満ち溢れている。

 そんなある日、俺は前にあった友人たちとまたサロンに来ていた。今日はお互いの婚約者たちも呼んでいる。ミュンリーとは一緒に来る予定だったが、友達を呼びたいそうなので俺は男同士でチェスをしながら待っていた。


「お兄様!」


 ミュンリーの可憐な声が響く。朝に会ったけど、ミュンリーの可愛さは時とともに進化している。また一段と輝いて見えた。

 抱き着くミュンリー。受け止める俺。愛してるぜ、俺のハニー。

 周りの友人たちはまたか、とあきれ顔で見ていた。ミュンリーが減るから目潰ししてやろうかいつも悩みどころだ。


「ミュンリーさん、紹介してくださらない?」


 凛とした声が響く。はきはきとした美しい声だ。もちろんミュンリーには及ばないが、褒めてもいいくらいには綺麗な声だ。しかし、どこかで聞いたような…?

 ミュンリーはそこで友達の存在を思い出したようで慌ててその子のもとへ駆け寄る。忘れちゃうなんてお茶目さんがっ! ミュンリーの姿を目で追うとその令嬢も自動的に見えた。車いすに乗った、絶世の美女が。俺の頭が真っ白になる。

 友人たちが婚約者たちが近くにいるというのに口笛をヒューと吹いて可愛いねぇと口々に呟く。

 それが誰を指すのか明白だ。もちろん――リーア令嬢である。

 俺はクレメッティ俺はクレメッティ俺はクレメッティ

 焦って頭の中で何度もつぶやく。そして気を取り直してにっこりと笑いかけた。王子殿下に見破られるわけ……


「初めまして、ではないですよね? クレメッティさん?」


 ありますよねー。そりゃぁ、男装女装同士ですからねー。わっかりますよねー。

 笑っているのに圧力を感じる。さっきから背中の汗が止まらない。

 これはヤバイ。我が家の恥など説明できるわけがない!!

 俺が悩んでいると、リーア令嬢の言葉を聞いて純粋な瞳でミュンリーが尋ねる。


「まあ、お兄様とミュンリーさんはもうお知り合いでしたのね?」

「知り合いというか、ねぇ?」


 リーア令嬢はミュンリーとは正反対の冷たい目を俺に向ける。やめてくれ、温度差で吐血しそうだ。

 もうここは仕方がないと俺は逃げることにした。ミュンリーすまない、あとはよろしく!

 賭けで用意してあったウィスキーを一気に仰ぐ。


「うへっ…!」


 自慢じゃないが俺は酒が物凄く弱い。ワイン一杯で倒れるくらいだ。二日酔いが酷かったからそれ以来は付き合いでも一口しか飲まない。

 そんな俺がウィスキーのロックを一気飲みしたらどうなるかお分かりだろか。もちろん、倒れます。

 ばったんきゅーと俺は意識を飛ばしたのだった。






 夢を見た。

 それはまだ俺がシュルヴィとして笑えたころのものだった。

 シュルヴィはよく笑う子だった。母は兄ばかりに構っていて、シュルヴィには見向きもしなかった。その代わり父はたっぷり愛してくれて、将来は世界で一番幸せになれるようなお婿さんを探してくれると約束してくれた。

 その理想をシュルヴィはとあるパーティーで語ったことがあった。

 令嬢ばかり集められたその場所で、シュルヴィは一人の美少年と出会った。彼はパーティーには積極ではないらしく、シュルヴィは素敵な出会いがあるかもしれないのにと目を輝かせて自分の理想を教えてあげた。

 優しくて、でも少し強引なところもあって、いつも助けてくれて、本当の自分を認めてくれる最高の人と結婚したい、と。

 今だったらクソ兄に幻滅しているから強引な男は大っ嫌いな人種だが、そのころのシュルヴィはそれでも夢見ていた。

 ―――その夢は潰えてしまったけれど。

 今の男装の偽った生活に満足していないわけじゃない。ミュンリーは毎日可愛いし、友人たちとも本音が言えるし、自分の趣向の新境地を開拓できたし、ミュンリーは今日も可愛い。ミュンリーを幸せにするという目標があるから、やっていけている。

 ……こんな懐かしい記憶、思い出したくもなかった。

 夢は起きたら忘れるものだ。だから、この夢も、シュルヴィの夢も、忘れてしまえ。







 ………んん。

 なにか夢を見ていた気がする。大事だったと思うけど、忘れたならそれまでだ。

 それにしても俺は寝ていたのか。そういえばリーア令嬢がサロンに来て現実逃避にウィスキーを飲んだんだった。頭の中で鐘がなっているみたいにガンガンと痛みがある。

 ひやり、とした何かに手を触られて俺は驚いた。だがきっと寝室に来るなどミュンリーだけだ。頭痛のせいで目を開ける気になれなかったが、ミュンリーが来てくれたなら痛みも吹っ飛ぶ。

 俺は驚かせるためにミュンリーの手をぎゅっと握り、いるであろう場所に抱き着いた。そして耳元で甘く囁く。


「俺を起こしたのは可愛い子ちゃんかい? ここにいるということは食べていいんだよね…?」


 もちろんぺろりとさせていただきますとも。

 味見? それだけで収まるかな? ミュンリーが可愛い過ぎるのがいけないんだ。

 そう言って耳に息を吹きかける。だがいつもなら「きゃっ、お兄様……、その…、優しくしてくださいね」と言ってくれるのだが、今回は反応がない。どうしたんだろうかと腕の力を緩める。思えばミュンリーの肩幅が広くなったよう…な?


「シュルヴィ…?」


 地を這う声を人生で初めて聞いた。ヤバイ、と頭の中で緊急避難信号が点滅している。真っ赤っかだ。

 酒はどこだ―!? 誰か酒を持って来い!! いち早く意識を飛ばしたいんだ!!

 汗が全身から湧き出た。そしてすぐに身体を離して布団にもぐりこんだ。シュルヴィなんてここにはいませんー!


「リ、リーア令嬢? 未婚の淑女が男の寝室にいるのはいかがなものかと思うよ?」


 震え声で布団の中から声を出す。顔なんて見れたもんじゃない。


「それは何の冗談だ? まだこの茶番を続けるのか?」

「ちゃ、茶番? リーア令嬢が俺の寝室にいることですか?」

「はぁん?」


 お怒りマックスの声は変わらず、俺の命日は今日になるんじゃないかと思う。誰かを殺しそうな勢いだ。

 ひえ~、と思っていると、視界が急に明るくなった。布団が剥ぎ取られたからだ。やめてくれ! 俺の紙装甲を奪わないでくれ!

 ぎゅっと目を瞑ると、拳が飛んでくると思ったのに、代わりに何かに包まれた。温かいそれは予想はついたけれど信じられなくて、恐る恐る目を開けて確認する。俺は、王子殿下に抱き締められていた。乙女リーア令嬢じゃなかった。今の姿は本来の王子殿下だった。


「心配したんだ……」


 王子殿下の鼻を啜る音が耳元で聞こえた。顔が見えないから泣いているかはわからないけれど、こんなに心配されてるとは思わなくてつい驚いてしまった。自分なんて、利用価値のある令嬢くらいにしか思われていないと思っていた。


「君に面会を求めても断られるし、婚約破棄が進言されるし、いつの間にか領地に帰っちゃうし、この数か月は君がいつ死んでしまうのか気が気でなかった……」

「……王子殿下」


 仮にでも婚約者なんだ。気にかけてくれるなんて王子殿下は本当に優しいと思う。シュルヴィのことは家の恥とはいえ話すべきなのかもしれない。俺は、……私は、シュルヴィとしてちゃんとお別れを言うべきだ。ふう、と小さく息を吐いて、シュルヴィの声に変えた。


「王子殿下、俺――クレメッティの姿を見たでしょう? あれがこれから私が過ごしていく姿です」


 そう前置きをして、王子殿下に事情を話す。本当に恥ずかしい限りだ。クソ兄の痴態ばかりで。

 王子殿下は私を抱き締めたまま静かに聞いていた。何も言わずに時々相槌を打ってくれる。


「―――だから、私はクソ兄の尻ぬぐいに付き合わされたミュンリーを幸せにしたいんです」


 その言葉で締めくくる。シュルヴィが死ぬことをこれで納得してほしい。だが王子殿下ははぁぁ、と大きなため息をついて、身体を離し、肩を強くつかんだ。久しぶりに見たその顔は相変わらず完璧超人にふさわしい神々しさだったけれど、少しやつれた気がする。恋人の護衛騎士が最近つれないのだろうか。この部屋に私と王子殿下しかいないのはそういうわけか。


「なぜ、それでシュルヴィが死ぬことになるんだ?」

「私がクレメッティであるにはそれが一番安全かと」

「親戚からの養子は?」

「お恥ずかしながら信頼できるのはミュンリーのいる分家のみです。それに《能力》の関係もあって遠縁からは無理です」


 淡々と答える私に王子殿下はまた深いため息をついた。眉間には深い皺が寄っていて、不快そのものを表している。なぜだろう。シュルヴィはクレメッティとして生きるから、病気じゃないから安心すると思ったのに。


「王子殿下にとってもシュルヴィがいなくなるのは好都合では?」

「はぁ…?」

「だって、護衛騎士と恋仲なのでしょう?」

「はぁ!?」


 一度目の返事は呆気にとられた様子。二度目は驚きのあまり出てしまったようだ。

 でも知っているんですよ、王子殿下と護衛騎士がラブラブってことは。私自身女の子も好物なので偏見はありません。お幸せに!

 ―――ということを伝えてみたのだが、なぜだろう。さっきと同じく眉間に皺が寄っているのに表情は怒りを表していた。さっきから疑問ばかりだ。

 王子殿下は疑問符で頭がいっぱいの私を見て、今度は息を大きく吸った。そして―――


「何言っている!?」


 と怒鳴った。

 急な大声に肩がビクリと揺れる。


「…へ?」

「俺とあいつが恋仲!? 死んでも遠慮する!!」

「で、でも、そんな噂がずっとありましたし?」

「乳母兄弟で仲がいいだけだ!」


 んんん、おっかしいな。それじゃあ王子殿下が私に婚約を申し出る意味がない。

 ああ、そういえば共犯者だっけ? 内容は聞き流してたけど、それってリーア令嬢乙女計画的なことに協力するってことじゃないの?


「……今の表情を見るに、当たり前だが俺の想いは通じてないな」

「想い? 心が乙女ってことですか?」

「……………………それは女装のことを言っているのか?」

「それ以外になにか想いがおありで?」

「ある! あるに決まっている! シュルヴィが好きなんだ!! 愛している!!」

「は?」


 私は固まった。シュルヴィがスキ? アイシテル?

 あのシュルヴィを好く要素があっただろうか。ないない、クレメッティ視点から見て顔は綺麗だと思うけどあんなに不愛想なのは遠慮したい。いやでも、夜はその表情を崩して啼いてくれそうだから楽しいかも。あー、王子殿下はそういうのがご趣味か。凄くわかる。あれ? でも王子殿下は私のキスに腰砕けにされて喜んでなかったか? あの顔は絶対喜んでた。私の中のクレメッティがそう言ってる。じゃあ、王子殿下はする側のほうよりもされる側のほうが好きだよ? どういうことだろう。ああ、どっちも対応可能なのね。流石完璧超人は芸達者だ。私は断然する側が好きなんだけどね!


「………なぜそこで黙り込むんだ?」

「いえ、王子殿下の真意を考えてまして。結果多彩な趣味をお持ちということに落ち着きました」

「意味が分からん!!」

「そうですか?」


 王子殿下は頭を抱えていた。文字通り頭を両手で抱えて唸っていた。

 そして私はそろそろミュンリーと会いたいから解放してくれないという気分になりかけたころ、気を取り直したのか私の肩をまたガシリと強くつかんだ。


「わかった。全て一から話そう」


 よくわからんが、それで王子殿下が満足するなら―(棒読み)。


「俺とシュルヴィが出会ったのは?」

「覚えてません。いつかどこかのパーティでは?」

「そこからか!!!!! 子供のころの俺と兄上の婚約者探しのパーティーだ!!」

「そんなのもあったような、なかったような」

「あったんだ!!」


 開始早々王子殿下は疲れていた。あ、ベッド使います?


「そこでシュルヴィと俺は出会った」

「はぁ」

「その時、シュルヴィは俺が誰だともそのパーティーの意味も分かってなくて俺に誰だと語りかけた」


 それから王子殿下が語ってくれたのは、幼いシュルヴィのこと。結婚相手なんていらないといった王子殿下に私は素敵な人と結婚したいと理想を語ったそうだ。しかも恋愛小説にはまっていたからそのエピソードを交えて熱演したみたいだ。何やってんだチビシュルヴィは。

 ―――で、王子殿下はそんなことをキラキラに語る私に惚れた、と。それで結婚したいと思ったが、兄の婚約者が決まるまではと待ち、大きくなったらそれで条件を突き付けられた。それが女装して不正を働いている貴族たちをあぶりだすことだった。幸い王子殿下はお綺麗な顔をしている。加えて非公式ではあるが『真実を見通す眼』という《能力》を持っているらしい。それを利用して犯罪者貴族どもを一掃出来たら結婚していいと兄である王太子殿下に言われたそうだ。実はこの王太子殿下も《能力》持ちらしい。その《能力》でいろいろ約束させられたみたいだ。詳しい《能力》は国家機密だそうで教えてもらえなかったが、こうして兄弟が《能力》を持っているのは本当に珍しい。初耳だったので驚いてしまった。

 そうして王子殿下はリーア令嬢で活動していた。しかし一番見つかりたくない私に見破られてしまった、と。そこでなんとか王太子殿下を説得し、婚約までは認めてもらった。想いを告げることはダメだといわれたそうだが。しかし他の男にとられる前に私を縛れるならば、と昔私が語ったシチュエーションで押し倒しては見たが、拒否され、照れ、キスされ、腰砕けにされた、と。

 なるほどなるほど。だけど―――


「―――よく私を嫌いませんでしたね? 全く変わっていたでしょう?」

「お前の本質は変わっていないと思った」


 本質ねぇ。そんな可変的なものを信じてたというのだろうか。人間は常に変わる生き物だ。シュルヴィという人間の本質は兄の件を知ったときから黒く塗りつぶされて変わっている。兄が使用人たちにしたこと、女性たちにしたこと、その家族に言われたこと、母に言われたこと、全てが私を変えてしまった。

 ―――さてと、こちらも本題に入ろうか。随分と話が逸れた気がする。


「王子殿下、シュルヴィを愛してくれてありがとうございます。けれど私はもうシュルヴィではありません。諦めてください。私の、俺の家の存続に必要なんです」


 俺は王子殿下から体を離した。もともと婚約を受けたのは破棄前提だと思ったからだ。結婚はできない。俺の相手はミュンリーだけだ。

 王子殿下は辛そうな顔をしていたけれど、次の瞬間何かを思いついたようで嬉しそうに笑った。やっぱりお美しい顔だ。


「―――俺が婿養子になればいいんじゃないか?」

「殿下が? この低位の伯爵家に!?」

「そんな強調するなよ…。だが、いい案だろう? 俺は伯爵家を乗っ取るつもりはないし、これで万事解決だ」

「なぁに大丈夫って顔してるんですか!? ミュンリーはどうするんですか!? 俺はミュンリーとしか結婚するつもりありませんよ!!」

「それはクレメッティ、つまりは男としての話だろう?」

「いや、俺はどっちもイケるんで」

「はぁ!?」

「俺の趣味はいいです!! シュルヴィが復活なんてありえないですから! この数年何の為に頑張ってきたと思ってるんですか!? ミュンリーと結婚します!!」

「その努力は無駄じゃない! 他の男を寄せ付けなかったんだからな。結婚は俺としか認めん!! ミュンリーは他のいい男を探してやればいいでしょう?」


 はぁ? 王子殿下は俺以上にミュンリーと合う男がいると思っているのだろうか? それになにさらりと呼び捨てにしとんじゃい!!

 ―――あ、いい案を思いついた。


「わかりました。ではクレメッテを死んだことにして結婚しましょう」

「本当か!?」

「ただし夜寝る場所はミュンリーの部屋です」

「は?」

「起きる場所もミュンリーの部屋です」

「はぁ?」

「次の日寝るのもミュンリーの部屋です」


 わかりましたか? と聞くと、王子殿下は俯いてフルフルと震えていた。ミュンリーの夜の痴態を思い浮かべたんだな、きっと。絶対に見せてやらないけど。


「バッカか、お前は!?」

「何言ってるんですか!? ミュンリーを幸せにするって決めてるんですー」

「だから、ミュンリーにはお前のそば以外にいる幸せもあるだろう!?」

「そんなのない!! 俺がミュンリーを幸せにしないといけない」

「何がお前をそこまで駆り立てる? そんなにミュンリーが好きか?」

「好きですよ、大好きです。世界で一番大好きでいい子です。本当ならば俺なんて汚い人間が触れてはいけない綺麗な女の子そのものなんです。でもあんなクソ兄の後始末にミュンリーも付き合わければならない。それに対する責任はずっとクソ兄のそばにいた私がすべきなんですよ。シュルヴィは幸せを得る資格がもうない!!」


 クソ兄の失態はずっとそばにいて、母の所業を知っていながらも止めず、父にも何も言わなかったシュルヴィのせいだ。クソ兄のせいで人生を台無しにされた使用人。殴られながら性交をされたせいで恐怖に自殺してしまった村娘。その両親が遺体を引き取りに来るときにシュルヴィを怒鳴った。当たり前だ。でも母はなんて汚らしいのと彼らのことを見ていた。同時に村娘を看病したシュルヴィにも嫌悪のまなざしで見た。

 大っ嫌いな母に愛されてみたかった。けれどそれは無理だから、愛されている世界一嫌いなクソ兄が母みたいに嫌な人になって大好きな父に怒られればいいと思った。そんな傍観者を気取っていたシュルヴィが一番悪いんだ。だからシュルヴィとしての幸せは捨てなければならない。

 なんでこんなこと語ってしまったのだろう。昔と言い、今と言いこの人の《能力》は『真実を見通す眼』ではなくて『真実を語らせる』なのではないだろうか。それなら私には効かないか。でも、なぜか俺の、私の被っていた装いが剥がされていく。なぜなんだろう。

 ポスっと急に王子殿下に抱き締められた。その優しい手つきに、なぜか涙が出そうになった。いや、涙はいつの間にか流れて頬を伝っていた。


「今泣いているのはシュルヴィか? クレメッティか?」

「…………………シュルヴィです」


 そうか、と言ってあやすように頭をポンポンと王子殿下は背中を叩いた。


「知っているか? 俺は《能力》が二つあるんだ」


 まさか本当に『真実を語らせる』《能力》が!?


「それは『愛するものと罪を分ける』というものなんだが、俺にシュルヴィの罪を分けてはくれないか?」


 罪を分けるって、そんなことできるわけない。それに《能力》が複数なんてありえない。嘘をつくならもっとマシなのにすればいいのに……。


「俺がシュルヴィが背負っているものを一緒に背負おう。そうすれば幸せになる余裕もできるだろう?」


 流石完璧超人だ。私を落とすのもイチコロ、か。この人は本当に私の罪を一緒に背負ってくれる。私の黒く塗りつぶされたものを綺麗にしてくれる。


「…………………そうかもしれませんね」


 そう言った私は王子殿下の背に手を回してぎゅっとその身体を抱き締めたのだった。










 それからシュルヴィは病気が快復した(嘘)。

 逆にクレメッティは私の見舞いで領地に向かう途中に崖崩れ死んでもらった(嘘)。本人は領内で父が始末した。父も種馬として利用するまで残すと生かしていたが、罪のけじめは取ってもらうと息子とはいえ領主として手を下した。これで全てが終わったわけじゃない。兄によって人生を狂わされて人たちへの贖罪は続けていくつもりだ。

 クソ兄が死んだことによって私の家の跡取りはどうするかという話になったのだが、王子殿下が伯爵籍に入るということを公式発表したので親戚たちが横やり入れる隙はなくなった。クソ兄と言い、親戚たちと言い碌なやつらが私の親族にはいない。もちろんミュンリー家族と父は除く。

 そんな伯爵家に王子殿下は今日も婿修行と言って遊びに来ていた。勉学達者な完璧超人にはあまり必要ないので父に少しのことを教わるとすぐに私のもとに来る。その私の様子は『不動花』と呼んでいた人たちには別人に見えるだろう。なにせクレメッティの時に感情を出して釣り合いを取っていたのにクレメッティは死んだから出来なくなって、シュルヴィのときにそれを発散させるしかない。というか元のシュルヴィに戻っただけだ。


「リクハルド殿下、いらっしゃい」


 仕事もなくなって令嬢らしくミュンリーとお茶していた私は王子殿下に笑いかけた。

 王子殿下は名前で呼ばない私をずっと不満に思っていたらしく、ついに名前で呼んでくれと先日言われた。だが呼び方なんて簡単に変えられるものではなく、キスさせてくれたらそう呼べるかもしれないといったら、悩みぬいた末にオーケーをもらい、腰砕けにさせて呼ぶことにした。どうやら王子殿下は本当はする側が好きらしいが、大好きな私にされるのは嫌じゃないらしくてプライドが鬩ぎ立ってるらしい。それをいつか崩せると思うと心がウキウキする。

 ミュンリーと私はチェスをしていた。チェスは男の遊びだが、ミュンリーがお姉様とやりたいというもんだから教えてあげたい。お姉様呼びは昔を思い出すし、夜を過ごすときは背徳的になって楽しい。


「あーあ、また負けてしまったわ。お姉様本当にお強いのね」

「それでもリクハルド殿下には勝てないんだけどね」


 私の無敗伝説は王子殿下に呆気なく破られた。流石完璧超人。意地になって何度も挑戦してみたが、もちろん全敗。項垂れる私に王子殿下は手を抜いてきたのでぶん殴ったのはいい思い出だ。

 私はあの時、確かにあの時王子殿下に絆されたが、恋愛的に好きになったわけじゃない。私の好意は常にミュンリーに向いている。そのミュンリーに対する私の想いは複雑すぎて一言では表せなかった。ミュンリーを幸せにすれば少しは罪が許されると思っていた。けれどミュンリーを巻き込むことに罪悪感もあった。それを全部語ったら、ミュンリーは私がいてさえしてくればいいといってくれた。ミュンリーはなんて優しくてかわいい子なんだろう。いい結婚相手を見つけるといったけれど、クレメッティが死んだことになっているから当分はいいと断られてしまった。

 そんな私たちを王子殿下はなぜかよく思っていないようだった。前に語った結婚後のビジョンが現実化されそうで怖いらしい。でも、小さい私が語った理想は自分を認めてくれる人だ。王子殿下が寛大なことを願う。貴方のこと好きじゃないわけじゃないのよ?


「ふふふ」


 こんな状態になるなんて前の私なら想像しなかった。

 父はずっとこうしたいと思っていたが、私に兄を演じろといった手前何もできなかったらしい。だからシュルヴィに最後まで幸せをと思って成人式に参加させたそうだ。


「ねぇ、幸せね」


 突然笑ってそんなことを言い出した私に、ミュンリーは可愛らしく驚いていたけどうんと頷いた。王子殿下も同じく頷く。

 そしてミュンリーは私の腕に抱き着いた。私と違って柔らかいマシュマロ素材なミュンリーのおっぱいは気持ちいい。


「お姉様、だぁいすき!」


 ナニコノコ、カワイイ!!!

 私が擦りついてくるミュンリーを撫でてくるとくっという声がして、なぜか王子殿下も私に抱き着いてくる。


「シュルヴィ、愛しているよ」


 あ、どうも。夜は愛してあげますよ。


「一番の敵はやはりミュンリーか………」


 そんな王子殿下の呟きは私には届かなかった。







 あれから王子殿下は人前で女装することはなくなった。リーア令嬢は田舎に戻ったという設定らしい。

 王太子殿下が玉座についても問題は何も起きない程度に片付けたそうだ。


 けれど、数年後、夜だけリーア令嬢は私のベッドに現れる。

 誰かさんが命令をしたから来てくれるんだけど、応じてくれる王子殿下はやっぱり女装が好きなんじゃないかと思う。

 恥ずかしがりながら、女の姿でぺったんな胸を隠すその姿、ごちそうさまです。


 どうやら私は新境地をまた開いたようだ。






女装王子とビッチな男装令嬢というよくわからない組み合わせを描いてみたくなったので。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

無駄に長くて書いてて笑いました。


設定集という名の駄文。

◆シュルヴィ

低位の伯爵家の娘。子供時代は父にしか甘えられない殺伐としたものだった。無駄に勉強ができたせいで母に調子に乗るなと虐待を受けていたりもした。その後クズの所業の責任ということで兄に成り代わる。男装で新境地を開く。

ミュンリーが大好き。それは恋愛的と言えば違う。ただひたすら愛しているだけ。

リクハルドにはいろいろと感謝している。男装は好きだけどそれはあくまで男装であって、男になりたかったわけではなかったから。夜にお礼をいっぱいしてあげている。

◆リクハルド

シュルヴィに恋に落ちてそれから頑張ったのに女装がばれた不憫な王子。

シュルヴィが変わって驚いたが戻ると信じていた。

無事にシュルヴィと婚約をし、女装もしなくなったが、ミュンリーに全てかっさらわれそうな可愛そうな人。

好きになったのが他の女の子ならよかったのにね。

夜はリードする側が好きだったが、シュルヴィに新境地を開かされた。

◆ミュンリー

可愛い。可愛い。可愛い。

実は女の子が好きな令嬢。

シュルヴィお姉様が大好きです♡



三日後くらいに『きまぐれ短編集』のみの公開とします。

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