第九話:ドMと姫騎士とうまい棍(納豆味)
「引いてしまった……!」
強い戦慄とともに呟いたのは、馬井くん。
僕と同じ牢に入ってしまった同級生である。
あまり普段の印象がない、目立たない一生徒で、僕とも全く絡みは無かった。
いじめグループには入っていなかったと思うけど、普段彼が何をしていたのかと聞かれれば、何も思い浮かばないのだ。
「一体何を引いたんだい」
僕はといえば、男と同室なんてテンションが上がらないことこの上ないのだ。
エカテリーナ様は無事かな、女の子たちはひどい目にあっていないだろうか。あんなことやこんなことがあって、あれしてこれしてああして、おおお、僕の大事な女の子たちが大変なことに、いかん興奮してきた。
……なんて考えていたのだ。
何せ、僕の使える技はクロスカウンターしかない。
いくらなんでもあんまりなレパートリーだ。
「納豆味のうまい棍だ。さっき話しをしただろ」
「フーン」
まさにふーんって感じだった。
たかがうまい棍で何が出来るというのだ。
納豆味を食べてその味の再現ぶりに、困惑するくらいではないか。
暇つぶしにステータスを開示してチェックする。
おっ、すごく魔力が上がってる!
名前:張井辰馬
性別:男
種族:M
職業:M
HP:256/256→848
腕力:3
体力:26→34
器用さ:5
素早さ:3
知力:4
魔力:5→20
愛 :29→38
魅力:6→7
取得技:ダメージグロウアップ(女性限定、容姿条件あり)
クロスカウンター(男性限定、相手攻撃力準拠)
クロスカウンターも、男にしかやれないみたいだ。
この間現れた、ダイヤウルフみたいな魔物がメスだったら結構やばいかもしれない。
しかしHPがでたらめに上がってるなあ。
もう騎士七人分くらいのHPがあるぞ。
一向に上がらないこの腕力と知力が悲しい。
「ステータスを見てるのか。俺もステータスが上がっているようだ。どうやら、特定のうまい棍を呼び出すことでステータスが上がるみたいだ」
「えっ、何それ面白い! 僕たちって、一人ひとり成長方法が違うみたいだね」
馬井くんはこの世の終わりみたいな顔をして、納豆味のうまい棍を地面において見つめている。
聞いてみると、彼のステータスはジェンガのようなシステムになっていて、仮想空間に積み上げられたうまい棍のタワーから、うまい棍を取り外すと召喚できるらしい。
タワーを崩してしまうと召喚に失敗するとか。
「納豆味を引ける確率は、実に1/16384なんだ。これが今、この状況で出現してしまったことに、俺は恐れを感じている」
「何故、それほどに納豆味を恐れるんだい」
「ああ……。俺は、この納豆味のうまい棍を包装袋から引き抜くことで、とある技を使うことができる。消耗が激しすぎるために、これを使えば俺も無事では済まないだろう。だが……この状況を打開できる力になるはずだ」
「よし、使おう」
僕は決断した。
「なに、いいのか。牢が崩れるかもしれないぞ」
「じゃあやめよう」
崩れたら、どこかでひどい尋問を受けているエカテリーナ様や、イヴァナさん、そして幽閉されているであろう出羽亀さんや階さんが巻き込まれてしまう!
富田くんと熊岡くんはなんとかするでしょう。がんばれ。
新聞屋……は、死なないと思うなあ。あれは死なないよなあ。
しかし、こうなると、お手上げとなってしまった。
どうしたものだろう。
やっぱり、馬井くんが言うとある技を使ってもらうしかないんじゃないか。
僕は3分間ほど悩んでから、頭が沸騰してきたので考えるのをやめた。
「よし、使おう! その後の事はその後考えよう!」
「わかった。決意は固いようだな」
「うん、どんなに考えても、僕はこれ以上の結論は出せないからね」
知恵熱出そうだし。
馬井くんはつばを飲み込むと、ゆっくり、包装袋を破った。
銀色の内側がむき出しになり、普段のうまい棍よりも、遥かに茶色いスナック部分が露出する。
「おいっ、お前たち何をしている!!」
兵士が慌てて走ってきた。
ちっ、うまい棍の殻を剥いたことに気づかれたみたいだ!
「させないぞ!」
僕は兵士が、檻の間から突き出した槍に立ち向かった。
ざくっと刺さるとなかなか痛い!
HPがちょっと減ったようだ。
「な、なにい! お前、どうして槍がささっても傷がつかないんだ!」
名前:張井辰馬
性別:男
種族:M
職業:M
HP:250/848
腕力:3
体力:34
器用さ:5
素早さ:3
知力:4
魔力:20
愛 :38
魅力:7
取得技:ダメージグロウアップ(女性限定、容姿条件あり)
クロスカウンター(男性限定、相手攻撃力準拠)
傷ついてないわけじゃない。HPは6点減ってる。無駄に上がった体力で、防御力も増しているみたいだ。
だけど、男に刺されても気持ちよくもなんともないぞ!
「この化け物めっ……」
「男性はご遠慮願います!!」
僕は叫びながら、クロスカウンターを放った。
槍を突き出そうとしていた兵士は僕に顎を砕かれて、崩折れる。
「馬井くん! なんとか鍵を奪えそうだ!」
「ああ! 俺もなんとか、うまい棍の暴走を食い止めている! だけど長くは持たないぜ!」
うまい棍の暴走ってなんだろう。
とにかく、僕は鍵を奪って牢を開け、外に飛び出した。
「エカテリーナ様!! イヴァナさん! 出羽亀さん! 階さん!」
大声で叫ぶと、兵士たちが走ってきた。
そうか! 大きな音を出したら呼び寄せてるようなものだよね!
「くっ、まずい! 逃げよう馬井くん!」
「うぐぐ、済まん! もう限界だ! 俺の右手では抑え切れない!」
わっ、なに中二っぽいこと言ってるの。かっこいい!
馬井くんは手にしたうまい棍納豆味を突き出す。
うまい棍納豆味は、その瞬間、馬井くんの制御を離れて暴走し始める。
まるで巨大なモーターが回るみたいな音を立てて、眩しい光を放ち始めたのだ。
「うわああっ、お、お前、なにをしているーっ!!」
兵士たちも慌てて立ち止まる。
だけど、うまい棍は止まりはしない。
「うおおおお!! 三全世界のうまい棍よ! 俺に力を貸してくれ!! ”最後の一撃”!!」
馬井くんはうまい棍を振りかぶり、空を打った。
次の瞬間、スナック菓子は、ガラスが砕けるみたいな音を立てて消滅する。
生まれたのはとんでもない衝撃波だった。
「うおわあああああ!」
兵士たちが吹き飛ばされていく。
牢獄自体も破壊され、崩れ始める。
馬井くんはゆっくり膝を付き、前のめりに倒れた。
意識を失ってしまったのだ。
「助けて! 助けて!」
出羽亀さんの声が聞こえる。
くっ、馬井くんを見捨てていくわけには……! すぐに戻ってくるぞ馬井くん!!
僕はサッと出羽亀さんと階さんが閉じ込められた牢に走った。
扉を開けて二人を解放する。
そして、水牢に閉じ込められていたイヴァナさんを助け出す。
「くっ、なんだよこれは……!? 強大な魔術が荒れ狂ったあとみたいじゃねえか!」
イヴァナさんが驚きの声を漏らす。
水牢に入っていた割には元気そうなので、僕は走って戻っていって、馬井くんを引きずってきた。
「この人を背負ってください!」
「な、なんであたしが」
「彼がこの状況を作って、みんなを助けられるようにしたんです!」
「なんだと!」
「馬井くんが!?」
「馬井くん……!」
いけない!!
僕の妄想するハーレムが馬井くんの登場によって崩れる予感がするぞ!
ここは彼を置き去りにしたほうが……いやいやいやいや。
僕たちはこうして移動した。
富田くんと熊岡くん? 多分大丈夫じゃないかな? 多分?
やがて、エカテリーナ様が閉じ込められている牢にやってきた。
鍵が合わなかったけれど、ファイナルストライクの影響で扉がゆがんでいる。
僕と出羽亀さんと階さんが、うんうん唸りながら引っ張って、なんとか人が通れるくらいの隙間を作った。
「エカテリーナ様!」
「おお……ハリイか……!」
そこにいたのは、全身に傷を作って、消耗しきったエカテリーナ様だった。
なんということだ!
ゆるさんぞアルフォンシーナ! 一思いにはころさないぞ! じわじわとなぶりごろしにしてくれる!
僕は某大物悪役みたいなセリフを脳内に抱きながら、エカテリーナ様を救助した。
さあ、脱出だ!
「はーっはっはっは! やっぱり来ると思っていたっすよ!!」
「そ、その声は!!」
その声も何も無い、安定の新聞屋である。
「あっしはアルフォンシーナ様から、ここであんたたちを足止めする役割をおおせつかったっす!! ふっ、信頼されている家臣はつらいっすねえ」
だが、牢獄は今まさに崩れてきている最中で、そこに信頼している人間をよこすかな?
ふと浮かんだ疑問を、階さんが素晴らしい滑舌で新聞屋に投げかけた。
「それって捨て駒にされているだけじゃないですか? 崩れる牢獄に投入する戦力なんて、失っても惜しくない人だけですよ」
言われたあと、一瞬新聞屋の笑い声が止まった。
少しして、彼女は青ざめて、
「ひ、ひいー! 張井くん助けて欲しいっすー!! あっしはまだ死にたくないい!!」
うわ、すがりつくなよ胸が膝に当たって気持ちいいなあ!
「よし、助けてあげよう!」
「こいつを助けるのか!? 裏切り者だぞ!」
イヴァナさんが驚いたようだが、人間、広い心がなければいけないのだ。決して彼女のおっぱいに屈したわけではない。
「その代わり、エカテリーナ様と僕に回復魔法をかけて!」
「お安い御用っすよ! ”治癒の光”!」
みるみる傷が治っていく。
新聞屋、人格は最低だけど能力は優秀だ。すぐ裏切るけど。
かくして、僕たちは牢獄を脱出した!
背後から「パリィ!!」という声が聞こえてきて、崩落する瓦礫を受け流したらしい熊岡くんと泥だらけの富田くんが出てきたので、全員無事である。
だけど、これでめでたしめでたしとはいかなかった。
僕たちの前には、完全武装の兵士たちが待ち受けていたのである。
しかも、背後には大きな魔物が!
「おーっほっほっほっほ! まさか牢獄を崩して脱走してくるなんてね! エカテリーナ! お前は国家反逆罪だわ! いますぐここで処刑してあげる!」
アルフォンシーナが高笑いする。
「くっ、みんな、すまない、巻き込んでしまって……! だが、力を貸して欲しい!」
「もちろんですよ!」
「ひい! アルフォンシーナ様! あっしはあなたの右腕だったはずでは!」
「誰がお前のようにころころ寝返る者を重用するか! エカテリーナと共に死ね、タヌキ!」
タヌキってこの世界にいるんだなあ。
新聞屋はふう、と汗を拭う仕草をしてから、キリッ僕らに振り返った。
「地獄のそこまでおともするっすよ、エカテリーナ様!」
うん、分かってはいたけど、ほんとにひどいな新聞屋。
かくして、いきなり決戦なのである。