第八話:ドMと姫騎士とくっころ
「くっ、殺せ!」
あられもない姿に剥かれたエカテリーナ様が叫ぶ。
彼女を囲むのは豚みたいなマスクをつけた尋問官たち。
あいつらは悪魔のハーフで、人間の良心が無い種らしい。だから、ひどい尋問だってやってのけるのだ!
「あうっ」
鞭が唸り、エカテリーナ様が仰け反る。
なんてことだ!
彼女の白い肌に傷が! ゆるさん、ゆるさんぞぶたどもー!
「ふはははは!! アルフォンシーナ様に逆らう者はこうなるっすよー!!」
牢の外側で腕組みして高笑いしているのは、安定の三下である新聞屋。
なんて早い変わり身なんだ!!
超音速でエカテリーナ様から寝返ってしまった!
「ものども! さっさと吐かせるっすよー! アルフォンシーナ様は幾らでも褒美をくれるっすよー!!」
「ぶ、ぶう」
豚マスクたちが凄く戸惑ってる。
新聞屋の横にいる、性格が悪そうなお姫様もちょっと引いてる。
この人がアルフォンシーナ。
エカテリーナ様のお姉さんで、イリアーノ王国の次女なんだそうだ。
僕たちがこんな状況になっているのは、このアルフォンシーナに、罠にはめられてしまったからなんだ!
イリアーノ王国についた僕たち。
これでエカテリーナ様が使ってるような、フッカフカの王宮ベッドで寝られるぞ、なんて考えていた。
そこで、今まで名前が出てこなかった、メンバー最後の一人、馬井くんがうまい棍という、一個10円のスナック菓子を持っていたので、みんなで分配して分けた。
「みんな、黙っていたけれど、俺はこのうまい棍を虚空から作り出すという能力を得たんだ。もちろん、味は自由自在だが、時折ランダムで納豆味が混じる」
素晴らしい能力だった。
これで僕たちは飢えなくて済むぞ! しかもジャンクなお味にいつでも会える!
たまにロシアンルーレット風に納豆味を食べなきゃいけないのが愛嬌だね。
「そして納豆味が出たときだけ、俺はもう一つの力を使うことができるんだが、それは今は語るべき時ではない」
「もったいぶるなよう」
「ひえーっ! うまい棍うまいっすー!! ジャンクなスナック菓子最高っすよー!!」
涙を流さんばかりに感激して、がっつく新聞屋。
「なんだ、この食べ物は!!」
「うめえ!」
エカテリーナ様とイヴァナさんも、うまい棍のあまりのうまさに驚いていたようだ。
この化学調味料が生み出す強烈な味わい! 異世界ではまねできないはずだ!
このうまい棍を使って産業を起こせるかもしれない!
そのためには馬井くんには馬車馬のように働いてもらわないとな!
みんなでもそもそと棒状のスナック菓子を食べていると、現れたのがあのアルフォンシーナというわけだ。
彼女は、たくさんの兵士たちを連れていた。
「……!? 姉上、これは一体どうしたことだ!?」
「とぼけるのもいい加減になさい、エカテリーナ? お前がベルナデッタを暗殺した証拠はあがっているのよ!」
ベルナデッタというのは、エカテリーナ様のお姉さんで第六王女だったらしい。
魔法の才能があったみたいで、結婚しないで宮廷魔道師として王宮にいたようだ。
でも、そんな彼女が暗殺されたらしい。
ちょうどエカテリーナ様が出征している最中に、毒りんごを食べて死んだらしいのだ!
「りんごはお前の領地の名産品だったわね! 同じりんごが使われていたわよ! しかも、その日、ベルナデッタの護衛はお前の子飼いの騎士達だったわ」
「何を言うのだ姉上! これは誤解だ! 私はベルナデッタ姉さまを殺しなどしない!」
「どうだか。宮廷で権力を握るのに、ベルナデッタの魔術が邪魔だったのではないのかしら。エカテリーナ。今から、私の権限でお前の王女としての権利を剥奪する!」
イリアーノは男の王族が生まれなかったんだって。
長女は病弱で家を継げないから、次女が婿をとって、次期王位継承権を持っているんだ。
だから、彼女の権力は絶大だ。
「これは陰謀だよ!!」
僕は戦慄した。
「みんな、大変だ! エカテリーナ様が罠にはめられてしまった! このままじゃ犯罪者にされてしまうよ!」
階さんも出羽亀さんも、熊岡くんも富田くんも馬井くんも顔を突き合わせて、
「どうやってエカテリーナ様の濡れ衣を晴らすか」
を考えようとしたんだけど……一人いないよね?
「はーっはっはっは!! お前たちの悪行はここまでっすよー!! 王女殿下! あっしはこのエカテリーナ様……いや、エカテリーナに無理やり連れてこられたっすよ! あっしは善意の人っす! 協力は惜しまないっすよ!」
「あ、ああ」
アルフォンシーナが目を丸くしてる。
兵士たちもびっくりして動きが止まっていた。
新聞屋は、ささーっと跪いて、今にもアルフォンシーナの靴を舐めそうな勢いで、
「もう、あっしは王女殿下の下僕っす! どうか、犬と! タヌキと呼んでこき使ってやってくださいませ! ははーっ!」
「あ、アミ!?」
目を丸くするエカテリーナ様。
「エカテリーナ様、だめです! あいつはああいう奴なので、平常運転なんです!」
「そ、そうなのか」
気を取り直したのか、アルフォンシーナの目は、僕たちと同行していたイヴァナさんに向けられたようだ。
「悪魔の混血を連れてもいるようではないか! 忌まわしい! それが動かぬ証拠!」
「ち、違う、あたしは……!」
「連れて行け!!」
「くっ、お前たち、やめろ! 聞いてくれ姉上! 私は、私はそんなことなどーっ!!」
「言い訳は牢獄で、尋問官どもが聞いてくれるだろう。あーっはっはっはっはっは!」
「くっ」
僕は慌てて、唯一使える技、クロスカウンターの構えに入った。
だが、敵も去るものなのだ。
「さあ、大人しくしてね、ボク?」
「アッハイ」
綺麗なお姉さんが僕の手を取る。
「くっ、綺麗なお姉さんがいるなんて……! これじゃあ抵抗できないじゃないか!! うあああっ、すべすべした手でぎゅっと握られると、僕は、僕はー!」
「最低です」
「最悪ね」
『魔力がアップ!』
『魔力がアップ!』
『魔力がアップ!』
『魅力がアップ!』
うわああああ! 階さんからの蔑みの目で、僕の魔力が超絶アップ! 出羽亀さんの軽蔑の視線で、僕の魅力も磨きがかかったぞ!
だけどこれは抵抗できないよ。
仕方ないね。
ということで今に至るのだ。
「やめろー! エカテリーナ様をぶつのはやめろー! ぶつなら僕をぶて!!」
「ハリイ……!」
「張井くん……!?」
「張井くん、そこまでしてエカテリーナ様を……?」
エカテリーナ様を含む女子たちの目が僕に注がれる。
僕は湧き上がる衝動のまま叫んだ。
「僕をぶつのは、僕を連れてきたメイドさんにしろ!! 僕を足蹴にして詰りながら激しくぶってくれ!! いや、ぶってください!!」
アルフォンシーナを含む女子たちの視線が氷点下になった。
『魔力がアップ!』
『魔力がアップ!』
『愛がアップ!』
『魅力がアップ!』
何故か、新聞屋だけが生暖かい目で僕を見つめていたのである。
しかし、どうやって脱出したものだろう。