最終話:ドMとユートピアと元の世界
結論から言うと、ベルゼブブは凄くサービスしてくれた気がする。
全員が帰ってくることが出来たのだ。
コスト消費されたはずの、橋野本くんと糸井岬くんも!
ただ、あの二人はなんだか以前とは別人になったような気がする。えーと、具体的に言うと多分あの二人はドッペルゲンガーが代理をやってる。
こっちの世界に来て良かったのかなー。
親御さんとか最後まで騙せるのかなあ。
クラスのみんなは、異世界の事なんて何も覚えてない……わけじゃなかった。
カードになったまま、何もかも、全部を見てきていたらしい。
え、じゃあ、橋野本くんと糸井岬くんは意識があるままコスト消費されたの?
あ、考えない事にしよう。
で、これはびっくりしたんだけど……マドンナと、階さんと、熊岡くんがいた。
「え、なんで!? 三人ともあっちの世界に残ったんじゃないの?」
「残ったわよ?」
マドンナが、凄く落ち着いた風に言った。
「ちゃんと、あちらの世界の人間として生きたわ。やることはみんなやったわね。本当に満足したわ」
……なんだろう。マドンナが凄く老成してる。間違いなくマドンナなんだけど、すっごい違和感。
「間戸さん、あなた、ちょっとおかしくなってる……?」
「それはそうよ。私も、瑠美奈も、熊岡も、みんな向こうの世界で人生を全うしたんだもの」
「ええええ!?」
これは三人を除くクラスの全員の叫び。
「と、ということは、お子さんとかお孫さんとかいるっすか!!」
新聞屋が食いついてきた!
「子供も産んだわね……。最後はアベレッジと北方の国を切り開いて、領地を作ったわよ。あそこはどうなっているかしらねえ……」
なんか遠くを見る目をした。
大人だ。
階さんはというと、やっぱり別人みたいになっていた。
自信に満ち溢れていて、なんていうか、全身から達成感があふれ出してる。
「私は四十五歳で死んだんですけどね。ザンバーの子供を産みました。全てをやり遂げることはできませんでしたけれど、私が目指したものは、次の世代に受け継がれています」
「ひえーっ」
僕と新聞屋は並んでひっくり返った。
な、な、なんということになっているのだ。
あ、例によって熊岡くんは話してくれなかった。
そして、僕たちは日常に帰ってきた。
僕はいじめられる事がなくなった。
というか、あっちの世界の僕を見て、僕をいじめようとする奴なんていなくなってしまったのだ。
女子たちまで僕に優しくなって、とっても居心地が悪くなった。
彼女たちは僕をいじめてくれても構わない……いやむしろいじめてください!!
戻ってきたとき、僕たちの時間は巻き戻っていた。
僕たちがあっちの世界に転移した時から、時計の針はほとんど動いていなかったのだ。
ということで、マドンナと階さんの話に、僕と新聞屋がひっくり返ってたら担任がやってきて、不思議そうな顔をした。
家に帰ると、
「お帰りなさぁい」
「あ、帰ってきたわね辰馬! まだいじめられてるの!?」
「そこはちょっとビミョーなことになってまして」
「はあ!? また意味分からないこと言って! 正直に話さないとこうよ!」
「ひゃあ! 小鞠さんのコブラツイストだあ!! ありがとうございます! ありがとうございます!」
姉も小鞠さんも普通どおりだった。
「そう言えばね、小鞠ちゃん」
「うん? どうしたのよ洋子」
「一年生に、編入生でね、外人さんが来たのよー」
「二組にもいたわよね? 何かしら、外人ラッシュ?」
「さあー」
姉と小鞠さんの高校に編入した外人さんなら知っている。
マドンナが、彼女の身請け人になったのだ。
紫の髪のお姫様は、見るものみんな珍しいらしくて、休日のたびに僕と新聞屋を引っ張り出す。
今度の休みにも、色々と予定がたくさん。
嬉しいような、大変なような……。
そうそう。
こっちの世界に来て、僕たちが持っていた能力は消えた。
覚えた魔法も、技も、みんな消えてしまった。
僕たちは普通の中学生に戻ってしまったのだ。
あれは、ベルゼブブがあの世界の力を使って僕たちに配っていた、借り物の力だったわけだ。
普通の中学生になった馬井くんと出羽亀さんは、清く正しい中学生らしい交際をしてる。
彼は凄く目立つようになって、委員長を押しのけてクラスのリーダーシップを取る事も多い。
委員長はと言うと、なんかクラスのみんなに大変恐れられるようになって、彼女の言葉に逆らうクラスメイトは、あの時の仲間以外いない。
富田くんは、まあいつも通りだ。
友達とつるんで、いつも馬鹿な話をして笑ってる。
ただ、変わったのは、僕を変にリスペクトしてくるところだ。他のクラスの人が僕をいじめにくると、富田くんが体を張って守ろうとしてくれる。
ありがたいんだけど、なんかむずがゆい。
「ぎゃっ、黒猫が横切ったっす!」
隣を歩いていた新聞屋が大げさな悲鳴をあげて飛び跳ねた。
僕は咄嗟に反応できなくて、黒猫と正面衝突……というところで、猫は僕をするっと避けていった。
かわりに衝突したのは……。
ブレーキの音がして、何か重いものがボーンと飛んでいく音がした。
僕は頬をぽりぽり掻く。
見上げると、僕に追突したスクーターが電信柱にひっかかって黒い煙をあげている。
腰を抜かした運転手の人は、僕を見て、唖然。
「やばい、逃げよっか、新聞屋」
「新田さん」
「に、新田さん」
「おっけー!」
新聞屋……新田さんが僕の手を握って走り出す。
そう。
まあ、もうじたばたしても仕方なくなって、僕たちは付き合うことになって……。
こうしてごく普通の中学生として過ごすことになったのだ。
ただ、ちょっとだけ僕は、人よりも打たれ強い。人より頑丈。だけど、とろいのは変わらず。
「あっ」
つるんと、僕は何もないところで転ぶ。
「うおっ!」
新田さんから手が離れて、思わず掴むものを求めて手が空をひっかいた。
そしたら引っ掛かったのが、新田さんのスカート。
転ぶ僕の体重がかかって、スカートがストーンッと落ちてしまったのだ!
「ぎゃーーーーーーっ!?」
新田さんがすっごい悲鳴をあげて、
「ええい、張井くん死ねえええ!!」
見事なキックが僕を襲った。
これ!
このリアクションだよ!
僕の心が満たされていく。
割とすぐに手が出る彼女となら、まあ上手くやっていけるのかもしれない。
脳天を貫く衝撃を覚えながら、僕は満足げに頷いた。
『HPがアップ!』




