第七十話:ドMとクラスメイトと別れる人々
「それじゃあ行って来ます!」
僕が言うと、エカテリーナ様は苦笑して見せた。
「さようならではないのだな? まるで、ここに帰ってくるような口ぶりだが」
「あっ、すみません! 帰ってこないです!」
「それはそれで寂しいな」
僕たちは、全員でベルゼブブの元に向かう。
そういうことで、エカテリーナ様とピエール王子に別れを告げたのだ。
あと、イヴァナさんとか。
あの人何をしてるのかと思ったら、戦争が終わった途端にエカテリーナ様の護衛に志願したんだそうだ。
戦争の最中は目立たないように、目立たないように過ごしていたらしい。
半悪魔であんなに目立つ人なのに、目立たないようにできるって凄い気がする。
「わが国としては、君を迎えたいのだけれどね。行く行くは、私たちもどこかの領地を継承する。そこで君を騎士に取り立てることだって出来る」
ピエール王子はちょっと僕に未練があるみたいだった。
手元に強い人は置いておきたいもんね。
「すみません。僕たちはやっぱり、みんなで話し合って帰ることにしたんです。こっちに残る人もいますけど」
この世界に残るのは、マドンナと階さんと熊岡くん。
マドンナはエカテリーナ様の部下、アベレッジさんと結婚するし、階さんは聖王国に行ってザンバーさんと世界を巡り、世界の伝承をまとめて本にするんだとか。熊岡くんは何を考えているか分からないけど、彼なりに思うところがあったんだろう。
「やはり決意は変わらんか。まあ……そうだろうとは思っていた。では、今は素直に、君たちの宿願が果たされる事を祈ろう。あのいけすかない黒貴族に、一撃を加えてやれ!」
「はい!」
「あー、なんか青春っすねー。あっし暑くなってきちゃうなー」
こういう所謂くさい空気が苦手らしくて、新聞屋が襟元をパタパタさせている。
あっ、その動き、谷間が見えるよ!!
「ぬうっ!? 気付けば張井くんがガン見しているっす!! きええ!」
「ぎゃあー!」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
新聞屋に目潰しを受けて、僕はのた打ち回る。
「まあ、その、なんだ。頑張って来いよ! あたしはあたしなりに上手くやる」
「あ、イヴァナさんも頑張って下さい」
サラッとイヴァナさんとも別れを告げる。
気持ちいいくらいに利己的な人だった。この人はぶれなかったなあ。
向こうでは、アベレッジさんとマドンナが何やら話しこんでいる。
アベレッジさんは付いて来たがってたけど、マドンナはそれを断ったみたいだ。
この世界に残る三人も、僕たちと一緒に行く事になる。
彼らは一緒にベルゼブブと戦い、僕たちの帰還を助けてくれるのだ。
「エカテリーナ様、お世話になりました。どうぞ、末永くご健勝であらせられるよう」
「ああ、サトコもな」
エカテリーナ様と出羽亀さんは、なんていうか主従関係以上に女の友情みたいなので結ばれてた気がする。お互い、この一年くらいで一番一緒にいた関係だもんね。
「さあ、行こうぜ!」
「ああ。ここからの道のりはまだ長いからな」
「旅の準備は整っている? 確認しなくちゃ」
富田くんと馬井くん、委員長が色々話し合っている。
これから出発と言うので、気も昂ぶってるんだろうな。
さて、あと一人、お別れを告げないといけない人がいるんだけど……。
「張井くん、エリザベッタ様はどこにもいないっすよ? うむむ、あの人どこにいるんだか」
そうそう。
気が付いたら、僕と新聞屋といつも一緒にいた魔眼のお姫様。
彼女が見当たらないのだ。
しばらく探したけど見つからなくて、仕方ないなって感じで出発する事にした。
僕たちはフレートを救った英雄っていうことになってる。
なってるっていうか実際そうらしいんだけど、実感は湧かなかった。
だけど、こうしてみるとじんわり、そうだったんだって分かってくる。
だって、僕らを見送ろうと、たくさんの人たちが集まってくれているのだ。
街は城壁で囲まれている。その入り口からあふれ出したたくさんの人たち。そして、城壁の上には騎士や兵士たち。ピエール王子とエカテリーナ様、そして新聞屋の魔法で救われたフレート国王までいる。
「おー、まるで国賓みたいな扱いだったんすねえ」
いつもなら調子に乗るところだろうけど、これには新聞屋すら目を丸くしている。
「正に圧巻っていう感じよね」
「ですよねえエリザベッタ様」
ちょこんと僕らの隣に、紫の髪のお姫様が腰掛けている。
しばらく僕と新聞屋で、盛大な見送りを眺めていて……ハッと気づいた。
「うおわあああああ!? な、な、なんでエリザベッタ様がここにいるっすかあああ!?」
「ほんとだよ!? 僕たちについてきちゃったの!?」
僕らの大騒ぎに、仲間たちも気づいたようだ。
御者をしている富田くん以外がわいわい集まってきた。
「そうよ!」
エリザベッタ様、どーんと胸を張って言う。
「ついてきたんだから」
「ま、まずいんじゃないですか?」
「フリーダム過ぎます」
出羽亀さんはオロオロしてるし、階さんもちょっと呆気に取られてる。
「エリザベッタ様、僕たちは戻るんだから、付いて来ちゃだめですよ」
「そうっすよ? あっしたちは別の世界から来たっす。だから、ベルゼブブの奴をぶっ倒して戻るっすよ。エリザベッタ様の世界はこっちでしょう」
「あら、私はハリイとアミの世界に行くつもりよ? 私にとって、一番付き合いが長いのはあなたたち二人だもの。二人が行くところだったら、どこまでも行くわ」
「な、な、なんだってー!?」
エリザベッタ様を除く、僕たち全員の叫びだ。
委員長は胃袋を押さえて倒れてしまった。すごくストレスがかかったらしい。
マドンナはちょっと溜め息をついてから、「ま、いいんじゃない?」なんて言う。
階さんはもう他人の振り。出羽亀さんは一層オロオロしてる。
馬井くんは難しい顔でぐぬぬ、とか唸ってる。熊岡くんは何がおかしいのか、くすくす笑っていた。
「むー……。ま、いいか。なんとかなるでしょ」
僕は割り切った。
エリザベッタ様がついてきたいと言うなら、一緒に元の世界に戻ればいいだけだ。
その後の事はその時に考える!
「そうっすねえ。思えばあっしら、何に関しても行き当たりばったりだったっすなあ」
その結果、色々な事をこの世界でやらかしてきた気がするけど、それはまあ終わった事だし仕方ないね。
「やったあ!! ハリイ、アミ、大好き! ずーっと一緒よ!」
「むぎゅわー!? え、エリザベッタ様苦しいっすー!?」
「うわーっ、やわらかーいっ」
「ぬうう張井くん、この隙に胸元で頭をグリグリさせるとはいい度胸っすな! しねえ! ”石の金槌”!!」
「きゃーっ!? 至近距離から魔法はやめて!?」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『精神がアップ!』
『魔力がアップ!』
『愛がアップ!』
新聞屋め、ついに手に持って振り回す土の魔法を会得したらしい。
小規模の魔法を使えるようになるまで凄くかかったあたり、順番逆じゃないかなーなんて思う。このタヌキは大規模殲滅魔法が一番得意なのだ。
ということで、僕は彼女にぽこぽこ石のハンマーで叩かれてしまった。
そんな感じで、エリザベッタ様を加えた僕たち一行はフレート国境からイリアーノへ。
ここで、エリザベッタ様が見つかってひと悶着あったんだけど、そこはそれ、人魔大戦の英雄である僕と新聞屋が穏当に(魔法とかをちらつかせて丘一つを更地にして)解決した!
後にあの丘があったところは、周囲の海とかが入り込んできて、ヴェネツィアみたいな町になったらしい。
聖王国に到着すると、ニックスさんが出迎えてくれた。
「やあ、小さな英雄たちのご到着だね。ようこそ。そして健闘を祈る」
「あれ、ニックスさんもお出かけですか?」
「ああ。私は人魔大戦までの間を聖王国で宮廷魔術師をする予定でね。その期間を満了したということさ。これからはまた、ガーデンを巡って色々なものを見聞きしようと思う」
その後、ニックスさんは階さんと話しこんでいた。
ザンバーさん、僕と新聞屋を見てちょっとは嫌そうな顔をするものの、前ほどあからさまに敵対的じゃなくなった。
その後、ダレンさんやアストンさんと言った聖騎士団の重鎮の人たちもやってきて、色々とお話。
出羽亀さんが中心になって、ベルゼブブという黒貴族の情報を集めたのだ。
「どうやら、ベルゼブブって黒貴族で一番偉い奴見たいね。ただ、直接戦えば一番強いのはアマイモン。魔術を使わせればペイモンだと言われてるらしいわ。ベルゼブブは隙の無い万能だって」
データが出羽亀さんにインプットされていく。
「私の能力ってね、その人のデータとかステータスを見るだけじゃなくて、こうやって前情報を仕入れる事である程度、その相手のステータスを表示できるようになるの。これを見てると、確かに腕力とかはアマイモンの方が上ね」
「私たちが役立てるのかしら……」
「あたしや井伊の能力って、人間向けだったでしょ。どうせ黒貴族には通用しないわ。補助に徹するつもりで行こう」
「うん、そうね」
「何枚くらいコスト消費しましょうか」
「瑠美奈は遠慮してね!? あんたが張り切ると帰れるクラスメイトが減るんだから!」
「そうよ。それに階さんがやられたら、クラスのみんなが全滅するのと一緒よ?」
「私はそれでも……」
「おいおい!?」
委員長とマドンナが階さんに突っ込みを入れていた。
「俺は最後までボーンクラッシュしか使えなかったなあ」
「何を言うんだ。富田のは万物に通用する最強のワンパターンじゃないか」
「馬井は色々応用できていいよな」
「これはこれで、大変なんだよ……」
「……」
男たち三人もしみじみ語り合ってる。
で、こっちでは、新聞屋とエリザベッタ様がぐうぐう寝てしまっていた。
「二人とも、大物だね」
ニックスさんは思わず笑った。
「全くです。お陰で役得ですよ!!」
二人は両側から僕によりかかっている。
ちょっと重いけど、いいにおいがして実にハッピーなのだ。
こうして僕らは、聖王国の人たちとも別れる。
南へ、南へ向かっていくのだ。




