第六十八話:ドMと彼女とコンビネーション
どーん! って感じで構えてると、今日も悪魔の軍勢がやって来た。
なんか、数が結構減ってる気がする。
彼らは、昼間攻めてきて、夕暮れとともにいなくなるんだそうだ。
たまーにドッペルゲンガーが街や城の中で暴れるけれど、基本的には人間のライフサイクルに合わせてくれている。
これは悪魔によるんだけど、人魔大戦が行われてる時間って、各国で変わってるのだ。
デレンセン王国は夕方から翌朝にかけてやられてしまったし、国によってはひたすら夜襲という国もある。
だから、アマイモンの軍勢みたいに、朝食、午前のお茶、昼食、午後のお茶の時間に休みを入れる軍勢もあるわけだ。
で、夕食前に帰ってしまう。
なんとも緊張感が無いんだけど、これが今回の人魔大戦の最大戦力である、黒貴族率いる軍勢なのだ。
ということで、朝一で彼らがやってくる。
アマイモンたちは持参したお弁当を食べ始めている。
食べ終わって少しすると、今日の戦いが始まる。
何度かフレート王国側では食事中に奇襲を仕掛けたらしい。
そしたら、アマイモンが烈火のごとく怒って、仕掛けた部隊を全滅させてしまったとか。
それ以降、この休憩時間は暗黙の了解みたいになっている。
「戦闘糧食が続いて、食生活が侘しいモン……」
心なしか、ほっそりしたアマイモンがやってきた。
彼、美味しいもの大好きっぽいからなー。
「おっ、なんか痩せたっすな。そのまま行けばかなりスリムになるっすぞ」
「僕はぽっちゃりが理想だモン! そろそろ戦争も終わらせてまた食道楽の毎日に戻るモン!!」
「あれがぽっちゃり……? ハハハ、ご冗談を」
「ムキー!! 人の体型の話をするのはマナー違反だモン!!」
おお、新聞屋がなんか挑発してる。
とりあえず僕も声をかけてみることにした。
「ということで僕たちが相手だぞ」
「むーん。やっぱりフレートには隠し玉は無かったモン? 僕の見込み違いだったモン。まだまだ人間は進化が足りてないモン」
アマイモンがガッカリした顔になる。
何か意図があって、このフレート王国を攻め続けてたみたいだ。
でも、彼の考えは外れてしまったと。
「僕としては君たちとやり合うのは楽しみだモン。だけど、これはガーデンの未来には関わりの無いただの私闘だモン」
「ふむふむ」
「言っておくモン。人魔大戦は、今日で終わりだモン! だから最後の派手な花火を上げてやるモン!」
あ、こいつ花火とか知ってるんだ。
この世界に花火が無いのは確認済みだ。
やっぱり、悪魔ってなんかおかしい。
この世界の人たちより、元の世界の僕たちに感性とかが近い気がする。
「しゃらくさいっすよ!! ええい戦場ごと焼き払ってやるっす! ”光の黙示録”!!」
「うわーっ!? ”魔法カウンター”!!」
「モーンッ!? ”対抗呪文”!!」
いきなりぶっ放そうとした新聞屋の一撃に、僕とアマイモンが慌てて共闘してしまう。
二人がかりで撃った魔法打消しの技で、新聞屋の極大殺戮魔法がしゅるしゅるーっと打ち消される。
「もがー!! 何をするっすかー!!」
「何をするってこっちのセリフだよ!?」
「君はフレート王国一帯を焼き払うつもりモン!?」
おかしいなあ。
本当の敵はこのタヌキ耳じゃないのかなあ……。
アマイモンも汗をだばだば掻いてて、胸ポケットからハンカチを取り出して拭いてる。
でも、こいつって僕の魔法カウンターに匹敵する、打ち消し技を使えるのだ。
なるほど、僕は多分エカテリーナ様やピエール王子より強くなってるけど、アマイモンも彼ら二人より強いのは明らかだ。
「もっと、こう……ピンポイントに攻める魔術を使って欲しいモン……! この土地の人間が滅びたら、僕の苦労はどうなるモン!? 人の命を無駄にしてはいけないモン」
「そ、それはすまんかったっす」
なんか真面目に説教してくるアマイモンに、新聞屋がしゅんとなって謝った。
別に人道主義とかじゃないと思うけど、アマイモンの方がまともかもしれない、なんて一瞬思ってしまった。
「ついついカッとなって世界の半分を焦土にするところだったっす」
「うわー、威力が順調に上がってるんだね……」
仕切りなおし。
もう、エカテリーナ様やピエール王子、フレート軍は僕たちから距離をとってるし、悪魔兵士たちも離れたところにいる。
この広い戦場は、実質僕と新聞屋とアマイモンだけのものだ。
「それじゃあ、行くモン!」
アマイモンが突然、ぼよーんっと高らかに跳ね上がった。
まるでゴム鞠みたいだ。それが、何も無い空間で跳ね返って、空中で小刻みにバウンドしながらこっちに来る!
すごく不規則な軌道で、動きが読めないのだ!
「あの動きだ……! 奴からカウンターを取る事は至難の業だぞ!」
ピエール王子が叫んだ。
これで、王子は左腕を持っていかれたらしい。
だけど心配ご無用!
なぜなら……僕は基本棒立ちだからだ。
ストン、と突っ立ってるので、アマイモンはもう僕のほうに来るしかない。
で、なんか新聞屋目掛けてばよーんっと跳ねてきたけど、
「うひゃー!? 張井くん助けるっすー!?」
「ガード済みだよ!」
「モンッ!?」
最近気づいたんだけど、僕がかばう、っていう技としてひらめいたのは、全体ガードの応用だったんだ。
これを一人に集中すると、長時間効果がある、かばうになる。
で、既にこれが新聞屋にかかっていたから、アマイモンの攻撃は僕に向くことになる。
「クロスカウンターだ!」
アマイモンがぶつかったのを確認しながら、僕も技を出す。
僕のパンチがアマイモンの顎に決まった!
結構凄い衝撃が来るけど、しっかり育った僕の体力が、彼の攻撃を吸収しきってしまう。
そして、パンチを決められた黒貴族が、「モーンッ!?」って悲鳴を上げながら吹っ飛んだ!
どこまでも飛んでいくーっと思ったら、突然空中でぴたっと貼り付いたように止まった。
「おおーっ、僕の得意戦法が通じないモン? なるほど、確かに君たちはバグだモン。しかも、前よりもさらにさらに強くなってるモン!」
アマイモンにもダメージがほとんどない。
今までにないくらい、威力の乗ったカウンターだったんだけど……。
「それじゃあ、午前のお茶の前に僕もちょっと本気になるモン!」
言うなり、アマイモンの姿が消えた。
そしたら、戦場全体にゴム鞠が弾むような音が響き渡る。
あちこちの地面が爆ぜて、穴が空く。
目にも留まらないほどの高速で、アマイモンが飛び回っているんだ。
で、その合間にこっちにバウンドしながら飛び掛ってきてる!
「やばっ!」
「ひゃんっ!?」
僕は慌てて新聞屋を抱きかかえた。
彼女がなんか甲高い悲鳴をあげる。だけどしょうがないのだ。アマイモンの攻撃、これって一発一発が僕の体力を抜けてくる威力がある。
これがまるでマシンガンみたいに降り注いでる!
かばう、でもかばいきれないかもしれない。だから、なるべく敵の攻撃に僕の体を晒した方が安全なのだ。
「うひょー、こ、これは凄いぞー……!? クロスカウンターする暇がない!」
受付時間が長いクロスカウンターを発動する前に、次の攻撃が来る。
だから技を撃つ暇が無いんだ。
もちろん、河津掛けで捕まえるなんてもってのほか!
なるべく新聞屋を抱え込むようにして攻撃に耐える。
さて、どうしたもんかなあ。
幸い、ばかみたいに高くなったHPのお陰で簡単には倒れない。
一発でHPを一万近くもって行かれるけど、僕のHPは三百万超なので三百発は耐えられる。
「モモモモーンッ!? な、なんで倒れないモン!? これはタフとかいう次元じゃないモン!!」
びっくりした様子のアマイモンの声が聞こえてくる。
「お、おふー……。あ、あっしとしたことが乙女のような悲鳴をあげてしまったっす」
「えっ、新聞屋乙女じゃなかったの!?」
「乙女っすよ!! ものの例えっす!!」
「きゃあ、守ってるのに攻撃しないで!?」
『HPがアップ!』
『愛がアップ!』
「まあ、張井くんが乱心したんじゃなくて、あっしを守ってくれてるのは理解したっす! じゃあ反撃っすよ!」
「でも凄い速さだよ!? どうやるのさ!」
「こんなこともあろうかと! ”光の追尾弾”!」
新聞屋の指先から、細い光のビームが飛ぶ。
それは、僕らから離れた瞬間に突然、物凄い速さで蛇行を始める。
「モモモ、モーンッ!?」
アマイモンが慌てた声を出した。
ビームがアマイモンを追いかけてくるんだ!
光の速さとはいかないみたいだけど、それでも凄い速さ!
ついにアマイモンは追いつかれて、
「うわーっ! 僕のお尻がやられたモン!!」
燕尾服のお尻の辺りを焦がされて、ぼてっと着地した。
今だ!
僕はアマイモンに向けて走る。
「来るモン? だけど僕の柔らかボディは剣も拳も通さないモン!」
「”河津掛け”!」
「モンッ!?」
僕はアマイモンと肩を組むと、そのまま後ろに倒れこんだ。
こいつって、見た目以上に重い。
だけどなんか違和感があるんだ。重い以上に、何かもっと大きなパワーみたいなのを無理やり内側に押し込めてるみたいな。
だから、この河津掛けは個人的にベストチョイス!
そうしたら、アマイモンが僕と一緒に倒れた時、こいつの影が一気に物凄い大きさに広がった!
明らかにアマイモンから生まれるはずがないくらい大きな影だ。
それがひっくり返ったんだ!
戦場一帯が激しく揺れる。
「モモモモッ!?」
アマイモンは頭を抑えて転げまわった。
「ま、まさか僕の本体ごと投げ飛ばすとは! 常識外れな技だモン! これは、認めるしかないモン」
ごろごろ転がって距離を取ると、あいつは立ち上がった。
で、燕尾服の泥をはたきながら僕たちを見つめる。
「君たちはついに、勇者に到達したモン! これがバグじゃなければ、ガーデンの歴史は大きな一歩を踏み出すところだモン!」
アマイモンの言葉が、戦場中に響き渡った。
エカテリーナ様もピエール王子も、びっくりした顔をしている。
「何のことっすかね?」
「何やら僕たちは凄いらしいよ」
ちなみに僕たちはあんまり良く分かってない。
だけどアマイモンったら何か興奮した顔で、ポンポンと弾み始めた。
「僕たちが目指す到達点が見えてきたモン……! これは予想以上の収穫だったモン! お礼に、僕の本気を見せてあげるモン!」
さっきまでのバウンドと明らかに違う。
これは、規則的に弾みながら、段々あいつのいる場所が高くなって行くのだ。
いや、何か下から出てくる!
そいつは、馬鹿みたいに大きな緑色の……ドラゴン?
ちょっとメタボなドラゴンで、大きさはフレートの王城よりもまだ大きい。多分頭から尻尾まで、百mはあるかな?
『この姿を見せるのは五百年ぶりになろう。これは君たちへの礼だ。存分に受け取ってくれ』
そいつが声を発した。
撒き散らす、物凄くヤバイ感じのオーラが、戦場どころかフレートを飲み込んでいく。
背後で、フレート軍の人たちが次々失神して倒れるのが分かった。
エカテリーナ様やピエール王子でさえ膝をついて、今にも意識を失いそうだ。
『とっ』
アマイモンの姿が消えた。
目の前の地面が物凄い大きさで凹む。これってもう、クレーターだ。
そして、僕に向かって一撃!
うわーっ!? 一発で二百万近いHPが持っていかれる!
あまりに物凄い衝撃で、僕の視界にあるHPゲージが赤く点滅しながら数字を変えていく!
やばいやばい!
やばいなんてものじゃない!
これってやられちゃう!
そうしたら、僕を守るように、彼女が僕の前に立った。
タヌキ耳がピンと立っている。
「ピンポイントに……一点狙いで……!」
新聞屋はそう呟くと、多分アマイモンがいるらしい、クレーターが生まれ続ける戦場に向かって指を構えた。
そこで、アマイモンが来る!
「新聞屋!!」
僕は彼女をかばう。
またHPが一気に削れる! ……っていうか、これってHPゼロになっちゃうんじゃないか!?
「大丈夫! あたしが、決めて、張井くんも守る! ”光の……神殺槍”!!」
言うなら、光の黙示録が一点に集中された魔法。
これが、新聞屋の指先から放たれた。姿はまるで槍。
これはアマイモンが一瞬姿を現した時、ちょうどそれを分かっていたみたいに、そこに到達。
炸裂した!
『おおおおおおおっ!?』
物凄く大きなアマイモン。
そいつの体が、次の瞬間だ。
半分がごっそり削れてなくなった!
途端に、戦場に響き渡っていたバウンドする音が消える。
新聞屋は指先を下ろすと、ふらっと僕に向かって倒れてきた。
僕もそろそろやばい。
HPがもうすぐゼロになりそうなんだ。
カウンターがゼロになったら、きっと僕はカードになってしまう。
階さんはきっと僕をコスト消費して、肉壁の魔法みたいに使うんだろうなあ。
「ひ、”光の治癒”……」
と思ったら、HPが満タンになった。
あれっ。
「ぐえー……。も、もう魔法はカラッケツっすー……」
新聞屋がしおしおしおっと僕にもたれかかる。
魔力みたいなのを使い果たしたみたいだ。
って、え? 新聞屋の足元が光り始めてる。
っていうか、彼女の輪郭が薄くなっていくのだ。
あれ、これって、もしかして、新聞屋がカードになっちゃう?
死んじゃう!?
やばいやばいやばい。
それはやばい。
なんとかしないと……!
「君の魔力を分けてあげればいいモン! ガードするのと同じ要領で、その子の流れ出す魔力をガードしてあげればいいモン!」
聞き覚えのある甲高い声がした。
僕は新聞屋を抱きしめて……!
「はいハリイ、そこでキス!!」
キスし……って、ええっ!?
なんか指示されたまま、新聞屋にキスしてしまっていた。
そうしたら、彼女の中から流れ出していく魔力とか、そういうのとHPを丸ごと使い切ったんだって言うのが分かってきた。
僕の有り余るHPを彼女に分け与えるイメージで……!
……これが、なかなか……難しい!
『HPコンバート!』
あ、なんか出た!
僕のHPが、一気に百万くらいごそっと消える。
そしたら、何かちょろっとしたものが、キラキラ輝きながら新聞屋の中に滴るのを感じた。
彼女の指先がもとの色を取り戻していく。
「あ……あっしのHPが……1になってる……」
「百万使って、1かあ……」
「って、うぎゃああああー!? 張井くん近い近い近いっすー!?」
僕は新聞屋にぺちーんと鼻っ面を叩かれてしまった。
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『精神がアップ!』
『魔力がアップ!』
『愛がアップ!』
『愛がアップ!』
『愛がアップ!』
なんだいこの露骨な愛推しは。
「参った参った! 僕の完敗だモン!! というか、あんなのをまともに食らったら、僕だって滅びかねないモン!!」
目の前には、ぷくぷくした燕尾服の奴がいた。
アマイモンは楽しそうに笑うと、ぼよーんっと高く弾んだ。
「また何百年かして、君たちみたいな勇者が出てくる事を待つとするモン! 君たちには本懐を頑張ってし欲しいモン!」
そして、空をぼよんぼよんバウンドしながら、黒貴族は帰っていってしまった。
残されたのは、気絶しているフレートの人たちと、エカテリーナ様とピエール王子と……。
あと、なんか気まずい僕と新聞屋。
それから、いつの間に来てたのか、鼻息も荒く僕たちを見てニマニマするエリザベッタ様だった。
そんなこんなで、人魔大戦が終わったんである。




