第六十五話:ドMと北国と傍観者
山を越えると、もりもりと下っていく道になった。
「おっ! なんか遠くでドンパチやってるっす!!」
おー、確かに!
音は聞こえないけど、ごちゃごちゃした人や悪魔の集まりが、ぽこちゃか戦っているらしいのが見える。
僕と新聞屋、エリザベッタ様には見えるんだけど、ザハールさんは目を細めても見えないみたいだ。
「え、本当かい? 全然見えない……。俺も年かな……」
本当に戦争をしてるのなら、どこの国が戦争しているのか確認して、そこを避けていくのだとザハールさんは言った。
ちなみにザハールさんがお年を召して視力が落ちたわけじゃなくて、僕や新聞屋はステータスのせい、エリザベッタ様は魔眼の魔力があふれ出して、眼に関係する能力が凄く上がってる。夜目だって利くし、闇を見通すし、魔力とか、魔術で姿を消した相手まで最近は見えるみたいだ。
「ええとですね、あっちの方向の、城壁がある国みたいですけど」
「ふむ、そっちはデレンセン王国か。そちらは避けよう」
「あ、でもあっちに王城があるっていうことは、この辺全部領地なんじゃないんですか?」
僕は聞いてみた。
イリアーノとかフレートとか、聖王国も、お城の周りだけじゃなくてとても広い範囲が領地だったからだ。その国を避けていくっていうなら、物凄い遠回りをしないといけないんじゃないかな。
「ああ、それはね。この辺は北方諸国と呼ばれていて、小さな国が集まっているんだ。ワラル山脈の西から、山を囲むようにして、ステップを越えて世界の果てまで小さな国が連なっている。デレンセンは比較的大き目の国だよ。城壁があって、城だけじゃない、町もその中に収められているからとても守りが堅い」
「だけどその城が落とされそうっすよ」
荷馬車の上に立ち上がって眺めている新聞屋。隣でエリザベッタ様もこくこくうなずいた。
ザハールさんはギョッとする。
「なんだって!? デレンセンの城壁が落とされるなんて、聞いたこともない!! 北方諸国の紛争があっても、一度も抜けられた事がないのに」
「相手は悪魔ですからねー」
僕はしみじみ言った。
遠くで煙が上がり始める。
デレンセン王国には、きっと準勇者級の戦士がいなかったのだ。
見た感じ、一つの国に一人、名前のある悪魔が割り振られている。
あのレベルの悪魔だと、準勇者級の戦士が二人いて互角くらい。普通の兵士しかいないなら、もうそれはご愁傷様って言う感じだ。
「あ、落ちた」
新聞屋の言葉を聞いて、ザハールさんが震え上がった。
僕たちが戦っている様子を見てから、まだ一時間半くらいしか経っていない。
だけど、遠目に見える城壁の形が全然変わってしまっている。半分くらい崩れていて、その方向にある町が瓦礫になっている。
ついでに、煙を一番多く噴いているのは王城だ。
「参った……。まさかこれほど、悪魔っていうのがとんでもないとは思っていなかった……。うちはすぐに終わったのになあ……」
うん、僕と新聞屋とエリザベッタ様は規格外なので。
そこを基準にしてはいけないね。
とりあえず、ザハールさんのテンションが非常に低くなってしまったので、デレンセン王国が遠くに見える丘の上で一休みとなった。
お茶なんか飲みながら、のんびり遠くを見ている。
すると、煙は少しずつ少なくなってきていた。
思ったよりも、ごちゃごちゃ動いているものが少ない。
あれ? なんか悪魔が引き上げていくぞ。
「不思議ね。悪魔っていうから、人間を一人残らず滅ぼすぞー! なんていうのを想像していたのに、戦争に勝ったと思ったらさっさと撤退してしまうみたい。まるで戦争する事そのものが目的で、それで何かを得るなんて考えてもいないみたい」
「んー、あれならあの王国、復興できそうっすねえ」
「そりゃ本当かい!?」
しんなりしていたザハールさんが飛び起きた。
「実際に行ってみれば分かるんじゃないかな?」
という訳で。
夕方前くらいにデレンセン王国についたよ!
全体的にとっても沈んだ様子で、まるで国中お葬式みたいだ。
あちこちで、死んだ兵士を集めている。どこかでまとめて葬るんだろう。かなりたくさんの兵士が戦死したみたいだ。
ザハールさんの荷馬車がやってくると、みんなハッと顔をあげてこっちを見る。
「おお……あんた、無事か。悪魔に遭遇しなかったんだな。運がよかった」
そう言ったのは、鎧姿のお年寄りだ。
「ああ。なんだいこの有様は。どこかの国と戦争でもあったのかい」
ザハールさんは詳しい事を知ってるんだけどとぼける。
見えてたけど遠目で見てただけっていうのは、危険度的に仕方ないとしても人聞きが悪いからだ。
「あんたも聞いたことあるだろう。もう方々で起こってるよ。人魔大戦さ。まさか俺の生きている間に、こんなことが起こるなんてなあ……。俺より若い奴らがみんな死んじまった」
お年寄りが溜め息をつく。
なるほど、結構たくさんの兵士が死んだみたいだ。
生きてる人は、仲間の死体を集めてる。
でも、物凄い数が死んでるから、大変そう。
「で、悪魔はもういないのかい」
「ああ。戦争で俺たちを徹底的にやっつけたと思ったんだろう。連中、あっさり引き上げていったよ。女子供が無事なのが、せめてもの救いだな。だが、子供たちは今日と言う日を一生忘れないだろうな、可哀想に……」
忘れた頃に起こる人魔大戦、なぜか生き残る女の人や子供たち、一生忘れられない記憶。で、それが言い伝えられて、それに備えるようになっていって、技や魔術を磨いて……。
ふむふむ。
なんか、こう……もやもやするなあ。
予行演習みたいっていうか、なんていうか。
馬鹿にならない数の犠牲が出てるんだけど、僕たちがあっちの世界で知っている戦争とは全然違う。
本当に戦うことだけが目的なんじゃないか。
「きな臭いっすなー」
新聞屋も顔をしかめていた。
彼女はすごい回復魔法が使えるけど、ここで使う気は無いみたいだ。
「だって、あっしが一人治したら、次々治してくれって来そうじゃないっすか。それで治らなくて死んだ奴がいて、逆恨みとかされたら面倒くさいっすし」
「本音は違うわよね、アミ。今にも飛び出して行きそうだったもの。でも、多分これって、助かるような怪我の人はほとんどいない。死んでしまっているか、無事に生きているかどっちかよ。なんだか、戦う力を持っている人を徹底的に殺してしまったみたいな……」
「むむー、ここにいると気分が滅入るっすねえ……。ザハールさん、すぐ別の国に行くっす!」
「いや、そりゃ無茶だよ。もう日も暮れる。暗い道は危険だからね」
結局この国で一泊する事になってしまった。
あちこちから噂が聞こえてくるんだけど、王様は名前のある悪魔に、近衛兵ごと討ち取られてしまったんだって。
だというのに、悪魔は王子や王女を残して帰ってしまった。
近衛兵も、凄く若い人なんかは殴って気絶させただけで殺さなかったって。
でも、逃げ出したり投降したりしようとした人は容赦なく殺したみたい。
なんだろう。
戦争は実際、昨日の夜くらいに始まったみたいだ。
一晩中続いて、昼前に終わった。
だからこの国は食料なんかもまだまだたっぷりあるし、国にお金もある。
大混乱状態だけど、みんな普通に暮らすには全く困らない感じだ。
ということで、ちゃんと夕食も食べられた。
あっ、これってソーセージじゃない? 酸っぱいキャベツみたいなのもついてくる。
「しかし、あの女の悪魔強かったなあ……。悪魔は見た目じゃ強さが分からないな」
生き残った兵士らしい人が喋ってる。
へえ、女の悪魔なんだ!
「むっ、張井くんが興味を持ったみたいっす! 不潔な!」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『愛がアップ!』
「あいた!? テーブルの下で脛を蹴らないでよ!? 普通に痛いよ! でも悪魔ってさ、みんな男ばっかりだったじゃん。グレモリーちゃんだけはようじょだったけど」
「おい、お前、今グレモリーって言ったか?」
いきなり声がかけられた。
女の人の声だったので、おやっと思ってきょろきょろする。
すると、後ろの席でソーセージ盛り合わせを食べていたフード姿の人がこっちを見ている。
「もしかしてあれか。お前がグレモリーをいじめた奴か」
「えっ、関係者さんですか」
「関係者も関係者だ。よし小僧、表出ろ」
フードの人が僕の腕を掴んだ。
うわっ、なんかとんでもない力だぞ!
僕はあっさり連れ出されてしまう。
ザハールさんが目を丸くしていて、新聞屋とエリザベッタ様は騒動のにおいを感じてついてきた。
で、ここは瓦礫の影。
フードを下ろすと、そこにあるのは、耳の辺りから半魚人みたいなヒレを生やした、青い髪の女の子。
悪魔だ!
「そうだ! 私がこの国を陥落させた悪魔ヴェパルだ!」
彼女はどーんと胸を張った。
年齢は、僕と同い年くらい。
「そして、グレモリーの恋人でもある!」
「えっ、恋人なんですか」
「未来の恋人だ」
「あ、まだ片思いでしたか」
「うるせえ!」
ヴェパルさんが僕のお腹に連続ボディブローだ!
『HPがアップ!』
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
『精神がアップ!』
『魔力がアップ!』
『魅力がアップ!』
「なんと、百合っすか……! あっし、そっち方面は全然だめっすねえ……!」
「あら、女の子同士の恋愛だって素敵じゃない? 私、男の子同士の恋愛だって素敵だと思うわ。そう言えばハリイとウマイってちょっといいわよね」
「やめて!?」
『精神がアップ!』
「……まあ、そういうことでだ。グレモリーが敗れたと聞いて、私はその時感じた怒りをこの国にぶつけたんだ。ちょっとやり過ぎたが滅ぼしてないからまだよし」
「はあ」
「お前ら、あれだな。グレモリーが最近同行していた、異世界から来た人間か。チッ、お前らが戦場にいれば、私がボッコボコにしてやったものを」
実に好戦的な人、いや悪魔だ。
ちなみにこの人、得意なのは海戦で、陸の上だと風を起こすくらいしかできないそうだ。
なので、片っ端から兵士を拳骨で沈めていったらしい。
恐るべきは基本ステータスの高さ! っていう感じだろうか。
「だけど僕たちは戦意はないですよ」
「……ああ。私も任されている地域の仕事が終わってる。無駄な戦争行為は禁止なんだよな。くっそ、運がいいやつらだぜ。カッとなって戦争を早く終わらせすぎたか……」
瞬間湯沸し機みたいな人だ。
しかも百合でグレモリーちゃん大好きと。
なんというか、こう……城の上から手を振り返してくれた悪魔といい、グレモリーちゃんといい、美味しいもの大好きなアマイモンといい。
悪魔ってすごく人間くさい。
「まあ、私も仕事が終わって、また百年近く暇になる。ちょっと付き合え」
付き合うですって!?
「鼻息荒げるんじゃない! そっちじゃないぞ!!」
「あいた!?」
『HPがアップ!』
『体力がアップ!』
「あの悪魔、張井くんの扱いをよく分かってるっすねえ……。ありゃ天性のもんっす……!」
「アミにライバル出現ね!」
ということで、なんか変なのが同行することになっちゃったぞ。




