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第六十四話:ドMと登山と天空のアリトン城

 ワラル山脈といえばいいのか、この山を抜けていく最中だ。

 ザハールさんが連れてる馬はとても頑丈で、二頭で僕らと荷物を載せて、モリモリと山道を登っていく。

 振り返ると、随分小さくなってしまった遊牧民たちのキャンプが見える。

 戦争の心配がなくなったお陰で、しばらくはあそこに留まって、羊に草を食べさせるらしい。


 目を凝らすと、ずっと続いているステップにも果てがあるのが分かる。

 そっちにも山があって、ぽつんと見える小さい白いものは、そっちに立っているお城らしい。

 この世界は果てがあるんだ。

 僕と新聞屋で見た、世界の空の果て。

 天井がある世界。

 それと同じように、世界の隅にも果てがあって、そこには見えない壁があるに違いない。

 じゃあ、この世界の外はどうなっているんだろう。

 そんな想像がムクムクと広がってくる。


「おおー、絶景かな絶景かなー」


「絶景かなー」


 新聞屋が身を乗り出して眼下の風景を見つめている。

 隣でエリザベッタ様も真似をした。

 本当に、この二人は姉妹みたいだ。


「これが冬なら、とても越えられないような難所になるんだけれどね」


 ザハールさんは荷馬車後部ではしゃぐ女の子二人を、微笑ましそうに振り返る。


「これから夏になっていく季節だから、一年で一番通り易いよ。君たちは運がいいな」


 小鞠さんと一勝負したのがふた月くらい前のことだし、そろそろ元の世界なら六月くらいだろうか。

 僕たちがこの世界に飛ばされたのは二学期の半ばくらいだったから、本当なら僕たちは中学三年生に進級しているのだ。

 ちなみに、僕はまだ誕生日までは遠い。早生まれなのだ。新聞屋は確か、そろそろ十五歳になるはずだけど。

 それにしても、そうかー。

 もりもり時間が経過していくなあ。

 なんだか、とっても内容の濃い半年間だった。

 冬場はずっとあったかい地方でわいわい騒いでたから、あんまり冬って感じがしなかったなあ。


 ところで、ザハールさんの言うとおり、山道はとても快適に進む事ができた。

 道らしい道があるわけじゃないんだけど、ちょうど平坦なところが続いていて、そこをパカポコ荷馬車で行く。

 ちょっと見上げると、今日は晴れ渡ってるので、首が痛くなるほど高い山の頂上を拝める。

 多分、今は高度が千メートルくらいかな?

 エリザベッタ様が、ちょっとくらくらする、と訴えている。


「ああ、山の病だな。かかり始めみたいだから、ここらで馬車を止めて、歩き回るといいよ」


 ザハールさんの言葉で、ここらで休憩ならぬ、ハイキングということになった。


「つまり高山病っすな」


「なるほどー」


「高山病? そんな病気があるのね……。私大丈夫かしら」


「病気というか、高いところに来すぎて調子が悪くなるみたいなことっすよ」


 不安そうなエリザベッタ様だ。

 新聞屋は彼女と手を繋いで、安心させようとしている。


「歩き回れば調子がよくなるんだってさ。せっかくだから、高い山の花とか見てみようよ」


 僕が提案すると、エリザベッタ様も表情を輝かせた。


「素敵! 本だけじゃ、花の色や香りは分からないものね」


 ということで、ザハールさんのところに帰れる範囲で、ちょっとしたハイキングを楽しむ事にした。

 山の上とは言っても、まだまだ千メートルくらいの高さなら草木も色々生えている。

 背が低いのが特徴かな?

 いつも寒いところなので、いわゆる針葉樹みたいな樹が多いように思った。

 隙間隙間に真っ白な花が咲いている。


「あら、素敵!」


 エリザベッタ様が花に駆け寄る。

 匂いをかいでみて、首をかしげた。


「不思議な匂い。甘い香りじゃないわ」


「え、どれどれ」


 新聞屋も屈みこんで花を近づけたら、白い花の中からポンッと何か飛んできた。


「ぐわーっ!?」


 新聞屋の鼻に当たって飛び散る。

 新聞屋はなんか派手な悲鳴? 叫び声をあげて尻餅をついた。

 うーむ、そういう女の子らしくない叫びはどうなんだろう。

 ちなみに、花の中から飛び出してきたのは種みたいだ。

 近くを動物が通りかかると反応して、種を吐き出して毛皮とかくっつけるやつだ。

 今回、新聞屋が花に鼻を突っ込むくらい顔を近づけたので飛び出してきたのだ。


「あ、危なかったのねー」


 エリザベッタ様が胸をなでおろしている。

 ちなみに新聞屋はこういう攻撃を食らっても、HP制で生きている女子なので外見にダメージは無い。

 ……あれ? でもこの間鼻血を流していたような。


「張井くんからの攻撃は外見ダメージになるようっすな」


「ああ、僕の後頭部が当たったから!」


「あと、あっしは服までHPが影響しないっす!」


「スライムに溶かされてたもんねえ」


「むむむ、そ、その話は……」


 なんか新聞屋の反応が期待と違う。

 きさまー! とか言って首を絞めてくるかなと思ったんだけど。


「だが報復はするっす!! 恥ずかしい思い出を語るなっす!」


「うきゃー!?」


『HPがアップ!』

『愛がアップ!』


 新聞屋が僕のお尻を蹴り飛ばしたのだった。



 高い山だけど、動物だってそれなりにいる。

 山肌と同じ色の羽根をした小さい鳥と、それを狙うオコジョみたいな動物を見かけた。

 エリザベッタ様が「かわいい!」と声をあげたので、鳥がびっくりして逃げてしまった。

 オコジョが悲しそうな顔でこっちを見ていた。

 正直すまんかった。


 エリザベッタ様の高山病っぽい気配はすっかりよくなった。

 だけど、日も暮れてきたということで、ちょっと開けた場所で本日はキャンプ。

 山には雪が残っていて、ちょっとこの辺りになると肌寒い。

 ザハールさんは雪を沸かして水にしていた。


「おっ、今火を起こした道具はなんすか?」


「ああ、これは下の森で暮らしてるサラマンダーって魔物で作った火口箱でね」


 羊の皮をなめして作った袋の中に、必要な道具が詰まってる。

 赤いうろこみたいなのを打ち合わせると、そこから割と大きな火種が飛び出してくる。

 これを乾いた草に燃え移らせて火を起こすんだけど……。


「火打石より性能よさそうですね」


「そりゃあね。サラマンダーはこれで、火を吹くんだよ。昔はドラゴンの仲間だとされていたようだけど、今は火を吹く大きなトカゲだね」


「興味深いです!」


 エリザベッタ様が目を輝かせる。

 その後、色々ザハールさんを質問攻めにしてたみたいだ。

 僕と新聞屋は、合間に夕食を作る。

 干し肉を水で戻したスープと、ビスケットを火で炙ってちょっと焦がして。

 それから、水分を抜いて硬くした羊のチーズ。


 ささやかな夕食をとっていると、すぐに辺りは真っ暗になった。

 動物避けのために火はつけたままにするらしい。

 そういえば僕たち、野宿ってあんまりしたことがない。

 いつも宿場町に寄ってたし、この見た目から民家とかでも泊めてくれることが多かったもんなあ。

 ごそごそとテントに潜り込み、毛布を被って寝る。

 前半は、ザハールさんがエリザベッタ様と見張り。

 エリザベッタ様はザハールさんから、旅の話しを聞きたがっていたからちょうどいい。


 外の声を聞きながらごろごろしていると、新聞屋はさっさと夢の中。

 この人はなんというか大変寝つきがいい。

 僕も割りと寝つきがいい方だけど、新聞屋は布団に入って数分で爆睡状態になる。

 これはなかなか凄いと思っている。

 寝ているとタヌキの耳がぴくぴくしていて、夢見によって動きが変わる。

 この間トイレに起きた時発見した新事実だ。

 夢の中で危機的な状況にいると、新聞屋の耳はピンと立ったまま時々ぴくっぴくっと動く。

 大変いい状況にいると、耳はくたーっと脱力して、たまーにふにゃりふにゃりと動く。

 今は……うん、まだ夢を見ているわけではないようだ。

 そんな観察をしてたら眠くなったので、僕も毛布を頭まで被った。



 見張りの順番がやってきたので、あくびしつつ新聞屋と外に出る。

 外はまだ暗い。

 焚き火を囲んで、とりあえず暇つぶしに〇×ゲームなんか始めた。

 これが思いのほかヒートアップして、引き分け、引き分け、また引き分け。

 なんか勝つ方法があるらしいんだけど、僕も新聞屋も割りと猪突猛進なので、毎度同じ展開をしながら勝負がつかないまま一時間くらい戦った。


「くっ……今日はここまでにしてやるっす」


 思えば焚き火から離れて、辺りの地面を〇×ゲームだらけにしてしまって我に返った。

 見張りだった。


「むきになってまでやることではなかったっすなー」


 新聞屋も反省してる。

 せっかくなので、星でも見ながら星座を探したりしてみる。

 見ていて驚いたんだけど、この世界の星座は僕たちの世界と大体同じなのだ。

 ちょっとだけ星の位置がずれてる気がするけど。

 というのも、僕は小学生の頃天文少年だった。

 マイ望遠鏡を持って、姉と小鞠さんに連れられて、あちこちの川原や丘にいったものなのだ。

 懐かしいなー。


 そんな事を考えていたら、夜が明けてきた。

 段々夜空が朝の色に変わってくる。

 ぼーっとしてると、凄い勢いで肩を叩かれた。


「あいた!? なにさ?」


「張井くん、あれ、あれ」


 新聞屋が山の上を指差している。

 なんだ、と思って見上げたら……ちょうど山のてっぺんを越す形で、そいつが姿を表すところだった。

 それはなんなんだろう。

 多分、一言でいうなら城だ。

 空飛ぶ城。

 この世界はとてもファンタジーで、いい加減現実離れした光景は慣れたなーと思ってたけど、この風景はあんまりにもファンタジーらしくて、びっくりしてしまった。

 じーっと見てると、城の隅っこにいる小さいものと目が合った。

 距離はずーっと離れているんだけど、なんか僕のステータスがあがるに連れて、視力も強化されたみたいだ。

 そいつはヒトデみたいな形をしている奴で、おなかの真ん中に目があった。

 あっちもじーっとこっちを見ているから、手を振ってみた。

 すると、向こうも手?を振り返して来た。

 あれは多分悪魔だなー。

 なんかこの世界に来てから、悪魔って字面ほど悪い奴らじゃない気がしてる。


「そいつは間違いなく、黒貴族アリトンの城だね。たくさんの悪魔を住まわせて、ガーデンの空を漂ってるんだ」


 再び動き出した荷馬車の上で、ザハールさんが教えてくれた。

 ゆるゆると旅は続き、そろそろ山脈を越える頃。

 ステップ側と比べると、空気のにおいが違う気がする。

 北方諸国という辺りに、到着なんである。

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