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第六十三話:ドMと遊牧民と北の山脈

「ふむ、これでアマイモンへのぎりははたしたです! グレモリーはてったいするです!」


 僕たちが落下した衝撃波で、戦場は壊滅状態。

 遊牧民の人たちも、悪魔兵士も動けるものが少ない感じ。

 こりゃとても戦争なんて無理だということで、この地方での戦争はお開きと言う事になった。

 大怪我をした人はたくさんいたけど、死んでしまった人は伝承に伝えられる人魔大戦より、随分少なかったみたい。

 悪魔の頭目であるグレモリーちゃんをひきつけて戦った僕たちは、すごく感謝された。

 最後のあのとんでもない衝撃波がなければ、もっとけが人が少なかっただの、いやいやあれが無かったら死者がたくさん出てた、だの色々意見が飛び出していた。

 あれが僕たちであることはそっと心の内にしまっておこう!

 人間、知らなくていいことってあるよね。


 遊牧民の人たちは、リーダーっていうのが決まってないみたい。

 それぞれの集落っていうか、彼らは部族って呼んでる集まりがあって、それぞれに族長がいる。

 で、族長が集まってきて会議をするんだ。

 昔には全ての族長を束ねる、大族長がいたらしい。

 だけど、どうやら大族長は戦士としても優れていて、どんどん強くなるうちに人間ではなくなってしまったとか。

 最後には悪魔になってしまったと言う伝承があって、それ以来遊牧民の人たちは大族長を立てないようにしている。

 そういえば、僕たちを見てベルゼブブが言ってたなあ。

 僕たちは人間じゃなくて、もう悪魔の方に近いって。

 あれはそう言う事だったんだろうか。

 この世界の人間はすごく強い人がよくいるけど、強くなっていった先に悪魔になるっていう選択肢があるんだろうか。

 うむむ。


「おっ、張井くんが何か考え事をしてるっすな。知恵熱が出るっすぞ」


 新聞屋が僕の額を小突いて、何か差し出してきた。

 酸っぱい匂いがする飲み物だ。

 いや、新聞屋がえれえれした酸っぱいやつじゃなくて、これはヨーグルト?


「なかなかいけるっすよ!」


 彼女は僕のとなりに腰掛ける。

 僕たちの目の前では、大きなテントが建てられている。

 柱で天幕を支えるタイプのテントで、パオよりも簡単だけどもっとずっと大きい。

 その中で族長の会議が行われているんだ。

 でも、みんな難しい顔はしていない。

 人魔大戦を乗り切ったということで、表情は明るい気がする。

 言い伝えによると、過去に三回、遊牧民は人魔大戦に遭ったけど、それは全て頭目である悪魔を退けたら終わったらしい。

 過去の大戦は総力戦みたいな感じで、たくさん死者も出た。

 だけど、今回は怪我人ばっかりでなんとか大戦を乗り越えられた。

 これが大きいらしい。

 若い人がたくさん死ぬと、その後で部族を立て直すのが大変なんだって。


「まあ、結果オーライっすねえ」


 新聞屋がヨーグルトを啜っている。

 結構濃くて、ごくごく飲むというわけにはいかない。

 砂糖も蜂蜜も入ってないから甘くも無い。

 だけど、疲れた僕たちとしてはたまらなく美味しく感じた。


「あれ、エリザベッタ様は?」


「寝てるっす。ここまで旅してきて、宴会して、それで一気に戦争っすからねえ。どっと疲れた出たっすよきっと」


 サリアさんが寝泊りするパオで爆睡しているそうだ。

 そのサリアさんはと言うと、向こうで遊牧民の戦士と談笑してる。

 女性ながら、遊牧民の中では最強の戦士であるサリアさん、尊敬の的らしい。

 多分、エカテリーナ様といい勝負できるんじゃないかな。

 ピエール王子とは相性が悪いかも。


「うーむ……」


「どうしたのさ」


 新聞屋が唸った。

 僕が彼女の方を見たら、タヌキの耳がこてん、と肩によりかかってきた。


「最近、ハードじゃないっすか……? なんか生き急いでいる気がするっす! 全く休んでいない……!」


「あー、確かにそうだねー」


 僕たちはこの世界に来たばかりの頃から、世界中をふらふら旅して回っている。

 ちょっと落ち着いたと思ったら、二、三日でまた遠くへ旅立って、その度に厄介ごとが起こって……。


「まあ、体力はつらくないっすけどねえ。あっしも随分この世界でたくましくなってしまった気がするっす……! 年頃の乙女としていかがなものか」


「えっ、新聞屋から乙女なんていう単語を聞くなんて」


「きちゃまー!? ……いや、らしくないのはあっしも自覚しているっす。しかしけじめはつけるっす」


 新聞屋の鋭いボディブローが僕を襲う。


『HPがアップ!』

『愛がアップ!』


 愛がよくアップするなあ。


「でもまあ、なんかさ。そろそろ見えてきた気がしない?」


「あー、確かに」


 新聞屋が頷いた。

 見えてきたっていうのは、僕たちの冒険の終わりの事。

 あのベルゼブブをやっつけて、元の世界に戻る事。

 僕と新聞屋って天井知らずに強くなっていく感じだ。

 だから、こうやって何かイベントがあるごとに、僕たちのステータスは跳ね上がる。

 今まではとても勝てないって思ってた相手が、次に会った時には全然相手にならなくなってたり。

 こっちの世界に来て半年ちょっと。

 それだけの時間で、僕たちは多分、この世界でもかなり強い方にいる。

 それはそうと、新聞屋はどうやってステータスがアップしてるんだろう。

 僕みたいに、可愛い女の子からダメージを受けるとかじゃなさそうだし。


「あー、それはっすね」


 なんか言いづらそうに新聞屋は頬を掻いた。

 もう、手にしてたヨーグルトは空になってる。

 新聞屋の唇の周りに、白いあとがある。うん、こりゃエッチだ。


「あっしは、どうやら張井くんのパワーアップと連動してるみたいっすね。魔法の威力がどんどん上がって、新しい魔法が増えて行ってるっす。あっしは攻撃、張井くんは守り。どうも、二人で一セットみたいになってる気がするっすよ」


 おお、思いのほか鋭い新聞屋の分析だ。

 でも確かに、僕は防御や防衛にステータス全振りだなあ。

 一応、気魔法を使えば攻撃力も上がるけど、悪魔に効くくらい威力を上げようと思ったらそれなりのリスクがある。

 それに、自分のHPを回復させたりも出来ないし。


「まあ、そんな感じで、あっしなりに色々考えてるっすよ。そろそろ付き合いも長いっすから、張井くんが考えてる事も割と分かるっす。例えば……なんでさっきからじろじろあっしの口元を見てるっす? ヨーグルトがついてて、よからぬことを考えていたとか」


「そそそそそんなことはないよ」


『HPがアップ!』

『体力がアップ!』

『精神がアップ!』

『愛がアップ!』


 僕は新聞屋にぼこられた。




 仕切りなおしの大宴会の後、僕たちはまた旅立つ事になった。

 サリアさんに見送られながら、とりあえず山を越える。


「あれが母なるワラルの連なりだ。あの麓あたりから森になっててな。そいつを抜けると山を登っていく事ができる。並みの人間だったらまともに越える事も出来ねえ難所だな」


「ほうほう」


「山登りなんて初めてだわ。楽しみねえ」


「エリザベッタ様だけなんとか出来ればいけそうっすねえ」


「うちからは案内を一人つけるつもりだが」


「おお、そりゃ助かるっす!」


 ということで、サリアさんの紹介で山道に慣れたおじさんがついてきた。

 この山を越えて、毛皮なんかを北の諸国に運んでいる、商人の役割をしている人なんだって。

 名前はザハールさん。


「いやあ……本当に俺の息子たちと年が変わらねえくらいなのになあ」


 ザハールさんは髭を生やした、ガッチリした体つきの人だった。

 顎を撫でながら、しみじみ言うので、僕は聞いてみた。


「ザハールさんの子供って何歳なんですか?」


「おう、一番上のが今年で十一になるな。そろそろ一人前に仕事もこなせるようになってきたわ」


「僕は十四歳なんですが!」


「あっしも十四歳っす!」


「なにぃ!? ……そ、そうか、人種が違うものなあ。随分若く見えるんだなあ……」


「私は十六歳よ!」


「あ、お姫さんは分かるんで……」


 ザハールさんの荷馬車に乗って、とことこと森を抜けていく。

 普段なら、村の腕利きの戦士が同乗して護衛をするんだけど、今回は僕たちがいるので護衛いらず。

 森の中には、悪魔に強化された動物、魔物がちょくちょく出るらしい。

 なので、荷馬車には魔物の気をそらす為の生肉なんかも積んでいる。特殊な草の汁をまぶすと、魔物を惹き付ける効果が出るんだって。

 これを袋ごと、魔物に投げつけるんだ。

 袋は羊の皮で出来ていて、分厚くて臭いが外に出てこない。


 ぱっかぽっこと馬を進めていくと、二日目になったあたりで魔物が出てきた。

 ダイヤウルフだ! うわあ、懐かしいなあ!


「別にやっつけてしまってもいいっすよね?」


 なんか新聞屋がかっこいい背中を見せながら言うけど、


「あー、魔物はあまり殺してしまうと、今度は魔物の餌になる鹿や兎の類が森を食い荒らしちまうんだ。連中がステップに出てくると、俺たちの羊が食う草まで食い荒らすからな。餌でやり過ごしてくれ」


 なるほどー。

 生態系だ。

 聞けば、ダイヤウルフの数はそんなに多くないらしい。

 一年に産まれる子供の数も、一夫婦で二頭くらいだとか。

 増えすぎると、近くに住んでる半悪魔の集落の人が捕獲にやってきて、村に連れて行く。

 それで数のバランスが取れているんだって。


 餌の袋を放り投げたら、ダイヤウルフも分かってるみたい。

 袋にすぐさま飛びついて、それを裂いて生肉を食べ始めた。

 僕たちが離れたら、茂みからダイヤウルフの子供が二頭出てきて、生肉をパクパクやり始める。

 向こうも、人間たちが餌をくれるって分かってるから無駄に襲ってこないっぽい。

 winwinなのかもしれない。


 それでも、ダイヤウルフじゃない魔物の中には、無差別で襲ってくるようなのもいる。

 そういうのは……。


「ねえねえ、魔眼使っていい?」


「死の森になるっすな……!」


「エリザベッタ様、ストップストップ! 今新聞屋が制御するから!」


 最近、新聞屋の協力を得て、魔眼の力をピンポイントで使えるようになったエリザベッタ様の活躍で、大きな人食い蛭が一瞬で灰になった。

 灰に!!

 五孔墳血どころじゃない。

 跡形も無くなった!

 もうこれは視線って言うかビームだ。


「お手軽な上にコストがかからなくて強い。うーむ、エリザベッタ様はすごいっすなー」


「え、凄い? 私すごい?」


 はしゃぐエリザベッタ様可愛い。

 ザハールさんはそれを見ながら真っ青になってる。


「いやあ……噂には聞いてたが、腕が立つとかいう次元じゃないんだな……。なんだい、今の。魔術? あんな凄い魔術見たこと無い……」


 この人は新聞屋が魔法を使うところを見たら失神するんじゃないか。

 そんな感じで、森を抜けて、山道へ。

 山脈とは行っても、山間には通れる場所があって、なんとか荷馬車が一台行けるくらいの広さがある。

 ここをゆるゆる登って、山脈を抜けて行くのだ。

 見上げると、真っ白な山のてっぺんは雲に隠れている。

 山登り……!

 なんだか僕もテンションが上がってきた!

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