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第六十一話:ドMとようじょとステップの戦い

「聖王国側の戦場が、悪魔が予想していた状況よりも早急に終わったと見てよさそうだ」


 ニックスさんは言った。


「ということで、君たちは世界を巡って遊撃してきて欲しい」


「おっ、好き勝手やっていいっすか!?」


「君が好き勝手やると世界が焼け野原になるな」


 新聞屋の言葉に、ニックスさんが苦笑した。

 僕と新聞屋、エリザベッタ様は、誰の下にもついていない。

 だから、別に命令をもらって動くような立場じゃないんだけど、ニックスさんから言わせると人間側でこれだけ強力な戦力を遊ばせておくのは勿体無いっていうことだった。

 ということで、彼からのお願いっていう形で僕たちが動く。


「早馬が来たんだが、あたしの集落も襲われているみたいだな。今は一族で移動しながら悪魔の襲撃を避けているがよ……」


 サリアさんが難しそうな顔をしている。

 彼女は北東にあるステップ地帯からやってきた、遊牧民の戦士だ。

 聖王国側を助けてもらったので、それじゃあ、今度はサリアさんを助ける事にした。


「じゃあそっちにいきましょう!」


「えっ、ステップ地帯に行くの? あそこってイリアーノと敵対しているから、私、一生見ることがないと思っていたわ!」


「遊牧民ということは、羊尽くしの料理が堪能できそうっすな! うふふ、楽しみっすー」


「お、おう。なんか旅行気分の奴がいるみたいだが、お前らが来るのは心強いぜ」


 僕たちの人格はともかくとして、その並外れた戦闘力を目にしたサリアさんだ。

 援軍を引き連れて、さっそくステップ地帯へと向かっていった。



 聖王国の地方は割りと空気が乾燥してるんだけど、海が近いから気候は割りと安定してる気がする。

 夜はアッバースほど冷えないし、昼間も砂漠ほど暑くならない。比べる対象がちょっと極端だけど。

 ステップは内陸なので、カラッと晴れると暑くて、夜は寒かった。

 去年辺りに学校で習ったところだった気がする。

 短い草がたくさん生えてて、アッバースよりは気温の変化が少ないような。


「生えている草が水を含んでいるの。それが温度を保つから、夜になってもそんなに寒くならないのよ。日陰があまりないのが困るんだけど」


 エリザベッタ様が本で読んだ知識は完璧だ!

 何やら、過去に世界中を旅した人がいたらしくて、その旅行記を読んでたんだって。

 この世界は、活版印刷の走りみたいなのができていて、手作業で1ページ1ページペッタンペッタン押していくのだけど、それなりに本の数がある。

 一冊一冊は結構お高くて、庶民にとってはちょうど、車を一台買うくらいの出費になるんだって。

 それが、塔の中には山ほどあったみたいで。


「ほほー、エリザベッタ様は物知りっすなー」


 新聞屋が感心することしきり。

 すっかりあだ名らしいことをしなくなって久しい彼女だ。


「へえ、あんた色々知ってるな。確かにそうだぜ。ステップはこの乾いた大地の底に、たっぷりの地下水を溜め込んでる。だから、乾燥して見えても実際はそうじゃないんだ。ま、土が貧しくて、作物があまり育たないんだけどな」


 サリアさんはそう言いながら、傍らの木に近づいた。

 背の低い枝ばかりの木に見えるけど、よく見ると枝の先端に針みたいに細い葉っぱがついてる。

 サリアさんはその枝に、腰に差していたごっつい刃の太いナイフを当てて、スパッと……いやゴリッと押し切った。

 そうすると、なんと枝からぽたりぽたりと水が出てくるじゃないか!


「こいつはシチイの木っつってな。根が恐ろしく長いんだ。で、地下深くにある地下水を吸い上げて、幹の中に溜め込んでる。こうして枝を切れば、ちょっとの間は水分を補給できるってわけだ」


 見れば、このシチイの木はあちこにちちょこちょこ生えている。

 なるほど、これを使って旅人は渇きを凌ぐんだねえ。

 話を聞いてると、30分くらいは水のぽたぽたが続くみたい。

 ヤギの胃袋で作った水袋が、二つはいっぱいになるとか。


 ということで、ちょっと生臭い水を補給して旅を再開した。

 何せサリアさんの集落は遊牧民だから、あちこち旅して回ってる。

 特に今は人魔大戦の最中だから、悪魔を避けるべく頻繁に移動してるんだ。

 それでも、集落の人が残す目印があるそうで、サリアさんをそれを追って着実に近づいていった。

 三日目くらい。

 遠くの方に大きなテントみたいなものが見えた。

 パオみたいなのだ。


「おー、サリアか! よく戻ったー!」


「あらー、可愛らしいお客さんだー! よく来たよく来たー!」


 なんか大歓迎。

 遊牧民の英雄であるサリアさんが連れてきた客人ということもあるし、何より僕たちは、極めて威圧感に乏しい……つまり、可愛らしい外見をした一団なんだそうだ。

 そりゃ、この世界だと年下に見られる日本人二人に、紫の髪のお姫様だもんなー。

 とてもこの三人で、一国を死の大地に変えられる戦力を持ってるようには見えないよねー。


 僕たちを歓迎すると言う事で、この人魔大戦で大変な時に、羊を何頭か潰して振舞ってくれる事になった。

 肉も内臓も血も、余さず食べ物に加工する。

 皮も骨もきちんと利用して、あとで加工して町で売ったりする。

 無駄がないなー。

 焼いてもらった羊の肉や、ちょっと癖のある血と内臓の煮物をいただいたりしながら、楽しく過ごした。


「うぇーい、あっしはもう怖いものなしっすよー」


 あっ!!

 だ、誰だ! このタヌキにお酒を飲ませたのは!?

 新聞屋がすっかり出来上がってる。

 あれだ。羊のミルクで作ったお酒みたいなのを飲んじゃったようだ。

 エリザベッタ様もちょっと飲んだらしくて、顔を真っ赤にしてニコニコしてる。あの人は笑い上戸らしい。

 で、新聞屋はあれだ。

 絡み酒。


「おー、張井くんはお酒を飲まないっすねー? んー、このお酒はなかなかっすよー? ほれほれ、注いで上げるっすー」


「うわー! スープとお酒が一緒にー!!」


「なにぃー? あっしの注いだ酒とスープのちゃんぽんが飲めないというっすか! うっはー、こりゃあっしも飲めないっすー」


 僕の中をばんばん叩いて笑う。

 何がおかしい!?

 この後の展開がなんとなく読めて、僕はススッと新聞屋から離れようとして……押し倒された!


「さあ張井くん、この後の展開は分かってるっすよねー?」


 なんか遊牧民の人たちも僕たちの光景を見て微笑ましげに笑ってる。

 微笑ましくないからね!?


「まあ、アルコールっていうのは便利っすよー。気持ちを伝えるのが簡単になるっすー。あっしはね、あっしは、張井くんの事を……えれえれえれえれ」


「きゃーっ!!」


『HPがアップ!』

『HPがアップ!』

『体力がアップ!』

『精神がアップ!』

『魔力がアップ!』

『愛がアップ!』

『魅力がアップ!』


 三回目です!!

 なぜ!

 なぜこのタヌキは学習しないのか!!

 なんか言葉の先が気になったけど、それ以上に大変すっぱいスメルに包まれてしまう。

 いや、悪くない。決して悪くはないんだけど、水が少ないこの地域で、洗うのとかどうするのさ!?


「うっ、す、すっぱいです」


 近くに来ていた小さい子が鼻を摘まんだ。

 あれ? なんか聞き覚えがある声だ。


「まさかゆうぼくみんをまもるために、ハリイたちがくるとはおもってなかったです。これもうんめいのいたずらです」


 こ、この平仮名トークは……!


「グレモリーちゃん!」


「そうです、このちくのたんとうは、グレモリーなのです」


 それは、僕と新聞屋とともに冒険した悪魔のようじょ、グレモリーちゃんだったのだ。

 ええと、これはつまり、遊牧民を守る為には、グレモリーちゃんと戦うということ?


「そういうことなのです」


「で、出た、悪魔だー!!」


「サリアが戻ってきたあとでよかった……!」


 グレモリーちゃんの後に続くように、悪魔兵士が次々姿を現す。

 なんか、この地域に来てる悪魔兵士は、みんなケンタウロスみたいな姿をしている。


「ちっ、戻ってきて早々悪魔かよ!? だが、こっちには心強い援軍がいるからな! なあハリイ!」


「ええ!」


「うわっ、くせえ!! 近寄ってくるな!!」


「ええーっ!?」


『精神がアップ!』

『魔力がアップ!』

『魅力がアップ!』


 ああっ!

 サリアさんに邪険にされて、もりもりと僕は強くなる。

 グレモリーちゃんは微妙な顔をして、何かゴニョゴニョ呪文を唱えた。

 すると、だばーっと彼女の手のひらから水が出てきて、僕と新聞屋にくっついたすっぱいものを洗い流してしまった。


「もぎゃー! お、溺れるっすー!?」


 髪も服もびしょびしょの新聞屋、酔いもさめたみたいで、ステップの上でばたばたもがく。

 水はもう流れていっちゃったんだけど。


「はっ!? こ、ここは丘の上……! あっしは今まで何を……」


「アミはハリイに愛の告白をしようとしてたのよ」


「ギャーッ!? いいいい忌まわしい記憶がまた一つ増えたっすーっ!?」


 エリザベッタ様の言葉で、新聞屋が耳を塞いでのたうちまわった。


「むむー! グレモリーがいたころと、なんらかわらぬ、へいじょううんてんです!!」


 グレモリーちゃんが唸った。

 うむ、精神的には僕たちは別に成長もしてないぞ!!

 そんな僕たちを囲むように、遊牧民側からは戦士たちが、弓に槍を持って。悪魔側からは悪魔兵士たちが。


 あっという間に、夕暮れのステップが戦場に変わる。


「ほら新聞屋、起きて起きて」


「ううーっ、あっしは傷心を癒す暇もないっすか」


「だからお酒をやめればいいのに」


「いやー、ついつい手が伸びてしまうっすなあ」


 そんな雑談とともに、僕たちにとって複雑な戦いが始まるのだ。

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